※仮面の再会
【王国暦122年12月16日 1:20】
「ふぅ~」
半魔物たちのリクエストである『仮面』を、全員分、各々の特性や弱点を補うように作っていたら、こんな時間になってしまった。
すでに複眼になっちゃってる人もいて、確かに、素顔を見せると怖がられそう。だからといって目を閉じている訳にもいかず、ついでに言えばそういう目を持つ半魔物は概して近視で、それを補うように作った。
またある半魔物は臭いに敏感過ぎて毎日が辛い、ということで、フィルター機能を強化したり。
幾つか作っているうちに、傾向がわかってきたので、汎用品を作って対応することにした。つまり、外装を同じにして、内部に仕込む部品を交換できるようにしたわけね。
たとえばフィルターは入れなくても使えるんだとか、近視だけじゃなくて遠視にも対応したり、可変ズーム機能を付けたり。簡易トランシーバ機能もつけてみた。
とまあ、うん。
いや、その。
だって、『仮面』って言ったらコレじゃん?
もちろん、これは初期型で、汎用品はもっと外装の色が緑で、目が赤かったりする。
今回は基本デザインを統一してみた。下半分のパーツも付属しているけど、普段は取り外したままにしてもらおう。ライダ○マンのデザインを選ばなかった私に感謝してよね。
全員のデザインを変えてもよかったんだけど、マフラーの色を変えて敵を取り囲む……のを再現したかっただけ。要望と必要があれば、プロテクター部分も作るよ! ベルトは……もちろん作るよ!
ところでバイゴットだけは汎用品のサイズが合わず、特注品にした。黒いからゴルゴムの仕業ってことにしておこう。
バイゴットは詳細に観察して思ったのだけど、魔物化が止まっているとはいえない状況で、ゆっくり進行してる。一番強く影響下にあったし、汚染されていた時間も長い。ホフマンほど頻繁に脱皮しているわけじゃないけど、脱皮をする度に人間から離れていってるらしい。
他の半魔物たちは症状が落ち着いていて、ほぼ固定、と言えるから、バイゴットだけが異質ということかしらね。魔物使役による魔法陣は脱皮で消えないから、仲間を傷付けるな、という指示はしてあるけど、突然魔物そのものになって前後不覚になり、人間を襲う可能性はある。
デザイン違いはもう一つ、カサンドラ用だ。電波人間タッ○ルじゃなくて、もう一つの女性ライダーの方にした。だから白っぽい。
半魔物たち全般に言えることとしては、人間の言葉で会話をしていないと、恐らく魔物化が進行するだろうということ。これは、意識が肉体を留めている状態で、余りいい状況ではない。
だから、いずれ、心が魔物を受け入れてしまえば、ここの半魔物たちは、ゆっくりと見た目も魔物っぽくなっていくんじゃないかと推察している。少なくとも、パッと見で人間っぽくない、程度には進行しそう。
魔物化の影響を受けて二ヶ月ちょい、か。これがウィルスによる病気だというなら、半魔物たちは一生に渡って後遺症と闘わなきゃいけないんだわ。
『解毒』により、毒素的なものは排除してあるんだけど、侵された細胞は元には戻らない。光系『治癒』でも、変質した状態を正常だと認識してしまう。以前にも検証した通り、一度羅患してしまうと、ある程度まで……生物として安定する段階までは症状が進む、という推察は正解みたい。
生体が整合性を取ろうとしているのは理解できるけど、人間に戻ることはなく、つまり完治はしないということでもある。
それでも、半魔物たちは前向きに生活しているし、オネガイシマスが言っていたけど、人間を超越したものとしての高揚感、特別感? みたいなモノがあるんだろうね。
それが、元々、このブリスト南迷宮が目指していた、継続性の高い防衛戦力のあるべき形なのかどうか、元の研究員だったクイーンハーメルンに訊いてみても解答が得られるかどうか。答えが見つかる性質のものかはわからないけどさ。
人間であることと、魔物であること。両方を等分に受け入れることで、文化的な魔物が登場するのではないか……。
まあ、何だっていいか。前向きに生きられるなら。
【王国暦122年12月16日 2:53】
「ふぃー」
ボウッと光る塔の灯りに照らされて、迷宮周辺は明るい。
迷宮の南西側は、元々冒険者ギルド支部の建物を作るために用意していたスペースで、ここに難民たちの住宅兼宿屋や商店を作るつもり。基礎はもう出来ているようなものなので、上屋を作ればいいのだけど、全部はやらない。これは時間が余計にかかろうと、ギースたち難民に手伝わせる。そうだなぁ、五日間くらい一緒にやって、残りは彼らに作らせる、って考えてるけど、どうかなぁ。
オースティン絡みの例の噂を止めるためにブリストの街に一度行かなきゃいけないから、建設作業中に行けるように調整しようっと。
あと、迷宮壁の外部、北側を勝手に耕作地にしてるから、その件でも話し合いをしなきゃいけない。
もう一つ、迷宮の一般開放についてもカアルと話し合いをしなきゃ……。ということは、最低でも冒険者ギルドの建物は完成してないと動けないってことか。
「ふむふむ……」
わかりやすい構造の建物をチュートリアルとして作ってもらって、その後は量産してもらおうかな。解説書付き製作キットなら、素人でも石組みの家が造れます! ということでやってみよう。
「よし」
寸法などはメモをした。工房に戻って図面引こうっと。
【王国暦122年12月16日 5:48】
目標座標をセットして、キャリーゴーレムを六体生成する。
「それじゃぁ、行ってくる。これ、高くてちょっと怖いネ……」
「たっ高くない」
マルセリノとヴィーコをゴーレムに乗せて、半魔物二名を採石場まで同伴させて送り出す。途中で、採掘してある粘土をゴーレムに載せて、三体はポートマットへ。残りの三体は切り出した石を積んで迷宮へと戻る。何回かに一度、こうして石材のストックを補充しているのだ。今回は南西に建物を作るので多目に石材を持ってきてもらう。
手を振って送り出し、その足で『塔』の一階層目に入る。何人かの元騎士たちは起床していた。
「お早うございます」
「お、おはよう……ございます……」
そうだなぁ、疲れてるよね。慣れない環境で体力的にも精神的にも辛いよね。でも、この元騎士たちは恵まれている。普通は、こんな手助けなんてないもんね。この手助けを当たり前だ、と思い始めたら……そう感じたら、突き放すつもりでいる。私の笑顔は、そういう笑顔だもの。
「はーい、起きて下さーい。早起きは三カッパの得ですー」
このことわざがグリテンにあるのかはわからない。『カッパ』は銅貨の単位だけど、あんまり使われてない。信用されてない通貨のイメージだからかもね。私も最近知ったくらいだし。
昨晩と同様、ヴァンサンとジョンヒが配膳を担当して、慌ただしく食事が始まった。
豆腐の入ったスープと薄焼きパンが一枚。指定通り、良い感じに質素で、半魔物たちの料理の腕が上がっているのを感じさせる。これだって、塩水のスープと硬い黒パンより数倍マシなメニューだわ。
それでも、誇り高き騎士の家族……からは、まるで奴隷の食事じゃないか、などと、不満が滲み出ているようにみえた。その割にはしっかり口にしていたけどさ。隣の元騎士団員たちは、それを諫めようとしたけれど、もう聞こえちゃったもんね。
でも、この場では指摘しない。ジッと耐えて、難民たちが食事を終えるのを待つ。
その様子を見ていたヴァンサンとジョンヒ、そしてギースが、何故か泣きそうな顔で私を見ていた。何か同情されてるっぽい。
まあ、助命して食事と寝床を与えて文句言われてるんじゃね。でも、昨日の出発時には名乗ってもいないし、大多数の人は、私のことを猫バスの運転手、程度にしか思ってないのでは。ギースたち元騎士団員が私のことを説明しているとは思うけど、この感じではそれが浸透しているとは思えないなぁ。
食事が終わると、お茶なんかが出る筈もなく、とりあえずその場に座ってもらった。
「いいよー、でてきてー」
上を向いて呼びかけると、二階層目の居住区から、仮面ラ○ダー……っぽい仮面を被った半魔物たちがゾロゾロ、と降りてきた。
「ヒッ」
うん、これは猫バスより怖いよね。でも改造人間じゃない……いや、ある意味改造人間で正解なのかな……。
半魔物たちは入り口も固めて、難民たちの周囲を囲った。そこで、ヴァンサンが声を上げた。
「実は、昨晩と今朝の料理を作ったのは俺じゃねえ。そこにいる仮面の連中だ」
黄色いマフラーの半魔物……料理番の証……が、下半分の顔でもわかるくらいに照れた。
『塔』の一階層が、難民たちの困惑の表情で包まれたところで、私は大声で話し出す。
「お腹も一杯……じゃない人もいるかもしれませんが、今朝はこれだけですのでご勘弁を。まず、皆さんの置かれた状況についてお話しします」
ざわつきも収まり、私に耳目が集中する。
「私は、このブリスト南迷宮の管理人――――の代理です。そのものだと思ってくれても構いませんが、別人です。以降よろしくお願い申し上げます」
私は合掌してお辞儀をした。習性というものか、同じように合掌、お辞儀を返してくれる人もいた。全体が前のめりになるのが、ちょっと面白い。
「王都を追い出された貴方がたはポートマットを頼った。そのポートマットでは遇しきれずに、この迷宮に回されました。ブリスト南迷宮の管理人は、それを受け入れました。ですから、皆さんは、この領地の住民となります。政治的な問題に巻き込まれた――――あるいは弾き出された――――言わば被害者です。被害者ではありますが、ご主人たちが裁かれた罪状については聞いていますか?」
私が問うと、元騎士団員たちは暗い顔をさらに苦み走ったものにした。騎士団員たちの奥方たちは大筋で聞いていたようで、声は上げずとも、軽く頷いている人が多い。しかし全員が把握しているわけではない。子供達に至っては、話されたとしても理解できたかどうか怪しい年齢の子もいる。
「私はその問われただろう罪状の根拠、つまり騎士としての禁忌を犯した、現場におりました」
家族たちは皆、一様に口を開けた。アサリの味噌汁が飲みたくなったわね。
「ギース卿たちは、危険な毒に侵された仲間たちを助けようとして、上司の命令を拒否したのです。誓って申し上げますが、これは人間として他者に誇れる、正しい行いだったと私は思います」
家族たちの顔がパァァ、と明るくなった。そうだろうそうだろう、私の夫は、息子は、正しい人間だ。騎士団の上層部が分からず屋なのだ、人間の心を解さぬとは、何という痴れ者か、心臓の代わりに魔核が動いてるんじゃないか。
そう言っている。
「ですが、雇用主であるロンデニオン市、それを管理する王からすれば、命令を守れない騎士の存在は大変危険です。何故なのかはすぐに想像が付くと思います。命令を聞かない、武装した騎士が王宮の足元にいる、となれば、警戒して然るべきものでしょう。通常、このような罪状であれば、連座制で一族郎党を処分するのが通例です。とはいうものの、人道的には正しいのだから、恩赦を考慮すべきである、という議論も騎士団内部にあったようです。その中庸を採用したのが、今回のロンデニオン追放、と聞き及んでいます」
何人かは正確に聞いていたんだろうし、そうじゃない人もいるみたい。ここで、私自身の働きかけが多少なりとも影響したのだ、ということは敢えて言わない。
ぶっちゃけて言えば、ギースたちがどうなろうが、それは騎士団内部の問題であって、私には関わりのないこと。
実際にはギースたちはオネガイシマスたちを救った訳ではない。それでも、助けようと行動してくれたことは評価できるし、義に生きる姿を見ては放置してはおけなかった。彼らがこのまま死ぬのは惜しい、と思ったのだ。青臭い人情論ではなく…………多分、上等な労働力として勿体ない、と思った。ってことにしておこう……。
「騎士籍を剥奪された皆さんにとっては起死回生を期することが可能な、我が迷宮ですが……王宮や王都騎士団の監視が全くない、とは言い切れません。ですから、皆さんが武装することは、大変に危険な行為で、これは私の念頭にはありません。一般の領民として暮らして頂きたく思います。迷宮は魔物の巣です。その迷宮で暮らす、というと違和感を持たれる方もいらっしゃると思いますが、迷宮運営には魔物だけでは足りない部分がどうしてもあるのです。つまり、魔物と人間が共生してこそ、迷宮は維持が可能になり、発展するというわけです。どうか、皆様のお力をお貸し下さい」
謙って言っているけど、この後にやらせる作業は騎士一家がすることではない。話と違う、などと言い始めたら、冷徹な迷宮の一面を見せられるのだけど。こっちの意志を汲んでくれるかは不明だけど、受け入れられなかった場合についても話しておこうかな。
「対応に不満があれば、この迷宮の保護下から、いつでも出ていって下さって結構です。行動の自由については保証しますが、その前に、この迷宮の立地について説明をしておきます。当方が領地として確保しているのは、現在、ここを囲っている壁の内側だけ……と思って下さい。つまり、この迷宮から一歩出たらノクスフォド領になります。ですので、迷宮から出て、近隣の村や町に辿り着いたところで――――不法侵入者として処分されることになります」
うん、面と向かってそう言われて、出ていく人はいない。いたら褒めてあげたい。
「今申し上げたことでお気づきかと思いますが、当迷宮はグリテン王国に属してはいません。つまり治外法権であり、独自の法を持ちますが、まあ、作るほどでもないと言いますか。簡単に幾つかお伝えしておきます。
① 迷宮の施設、魔物を傷付けるあらゆる行為をしないこと
② 緊急時には迷宮を守る協力をすること
③ ギルドカード登録をすること
以上の三点です」
えっ? という疑問の声が漏れた。
「つまり、迷宮に対して翻意を疑われる行動を取らない限り、皆さんの権利は保証されます。好きに暮らして下さい」
ええっ? という驚嘆の声が漏れた。
「とはいえ、それだけでは放任過ぎるというのは、こちらでも認識しておりますので、僭越ながら、皆さんの生活の場の構築をお手伝いしたく思います。しばらくはこの場所で寝泊まりすることになるかと思いますが、居住する建物はご自分たちで建てて頂きます」
ええー、という落胆の声が漏れた。
「そこで、建設だけではなく、皆さんを守り、生活の支えになってくれる人たちを紹介します。彼らは、皆さんが誇りを掛けて救おうとしていた人たちです」
私は手を広げて、やっと、マスクを被った怪しい集団を紹介する。
「やあ、ギース、久しぶりだ」
オネガイシマスがフレンドリーな表情を顔の下半分だけで作り、合掌してお辞儀をした。他の半魔物たちもオネガイシマスに倣って合掌する。これだけで、怪しげな集団が、聖教徒で、同じ言語を喋り、親しげな存在だと印象付けた。
「オ…………」
ギースが立ち上がってオネシマス、と言おうとして、途中で止めた。仮面をしている意味を悟ったのだ。
「私は『白の一号』です。我がブリスト南迷宮、ハート騎士団の責任者です。何でもお手伝いしますよ」
オネガイシマスが、さらにフレンドリーさを強調して、見えている、顔の下半分だけで、器用にニカッと笑った。ちなみに白とはマフラーの色のことで、大体同じ色の人が二~三人いる。それで一号だとか二号だとか言わせてるんだけど。オネガイシマスの仮面は一番最初に作ったので、初期型のやつね。いやあ、これはプロテクターを作るのが楽しみになってきたなぁ。どうでもいい話だけど、黄色いブーツと手袋に黄色いマフラーの組み合わせは六人中一人しかいないんだぜ?
「こちらこそ……よろしく頼む。王都を追われ、グリテン王国を追われ……もう、私たちにはここしかないのだ」
「そんなに自分たちを卑下しないでくれ。君たちは立派だよ。我らを救おうとしてくれたその気持ち、忘れない」
ギースとオネガイシマスは近づき、握手を求め合った。
うーん、感動シーンだなぁ。
さて、無事に演出が終わったところで、作業分担に入りましょうかね。って、まるでマテオじゃないですかね。
―――――ちなみに原作では十二人のショッカーライダー(そのうちの一人が一文字隼人)が登場する……。




