元騎士団員たちの移送
【王国暦122年12月15日 7:27】
猫のオブジェを付けたのはいい。
だけど、多分、赤い猫っていうのが怖いんだと思う。駆動方式も下部がウネウネくねって気持ちが悪いのは認める。
「魔物じゃないので……そこから中に入って下さい……」
何とか宥めて、入り口から難民をバスに乗せる。いち早く立ち直ったギースがフォローをして、全員が乗り込んだのを確認する。
すでに朝食は摂ったとのことなので、途中でトイレ休憩くらいは取るけど、ノンストップ二階建て猫バスの旅を始めることとしましょう。
「じゃー、出発するにゃー」
「ヒィィ」
猫バスの出発だから語尾でラブリーさを醸し出してみたけれど、余計に不気味になったみたいで盛大に怖がられる。
特に子供が怖がっているようだ。
ちょっと悲しい気分で二階建て猫バスが下半身をうねらせて、歩き出した。
【王国暦122年12月15日 12:08】
馬車もそうだけど、単に歩くだけよりも、何かに乗って揺られている、というのは案外疲労するもの。
橋の手前まで到着して、そこで休憩を取ることにした。
「うーん、暗くなるまでに到着できるかしら……」
グズついた空を見あげて呟く。雨は大丈夫そうだけど……。
距離的には石の台地の東端くらいが中間地点だけど、時間的には登坂し終わったくらいが中間地点か。道程は半分強残っている感じ。
グッタリしている乗客もいるし、あまり速度は上げられないけれど、石の台地に登ってしまえば道はいいから、それなりに速度は出せそう。
目処はつくからいいとして、問題はこの三百八十二名の食事だ。二十名ちょいでも大変だったのに、いきなり二十倍だもんなぁ。普通に村規模の人数だもんなぁ。
「うーん」
半魔物たちに指示を出しておくか。
グラスアバターにチェンジして、半魔物たちに受け入れ準備をさせることにしよう。
「っと」
『お帰りなさいませ、マスター』
「うん、半魔物たちを居住区に集合させてほしい」
『了解しました、マスター』
ええと、大鍋に適当なスープを作らせて……。
考えながら、居住区に転送してもらうと、半魔物たちの大半は集合していた。
「お疲れ様です、マスター」
「うん、何で集合してたの?」
何か全員が木片と小刀を手にしている……。
「はい、実は、ギースたちには素顔を晒さない方がいいのでは、と話し合いまして」
「それで仮面を作ろうと?」
「はい」
いかにも不器用な手つきで、無骨な、木製の仮面とも言えないモノだったけれど、オネガイシマスは大まじめに言った。ギースたちの家族たちに、自分たちの姿を見た時の違和感を覚えさせないように、という配慮なんだと。どうにも見た目が微妙に人間じゃない、っていう自覚があるんだよね。
なるほど、半魔物たちの中には、少なからず難民の家族に知り合いがいる、って人もいるわけだ。それも、向こうを気遣って、仮面を手作り、というのが泣かせるじゃないか。難民を政治の道具として送り込んできた連中より、よっぽどアンタら、人間だよ……。
「よしわかった。仮面については私が作ろう。だから他のことをしてほしい」
それを聞くと、半魔物たちは見る見る顔を明るくした。フフフ、どんな仮面を作るのか知りもしないで喜んでいるわ……。
「他のこと、と仰いますと?」
「うん、喫緊の問題は、今夜到着する難民たちに食事を提供すること。食材の備蓄は大丈夫だよね?」
「はい。四百人分として……一月分はあります」
多いのか少ないのかはわからないなぁ。しばらくは半魔物たちにも困窮生活を送らせてしまいそうだ。
「ポートマットで古麦を買う仮契約はしておいたからさ。えーとね、三体ほどゴーレムを、粘土を乗せて向かわせることになる」
「了解しました。粘土は全部黒でよろしいですか?」
「んにゃ、黒黒白で。粘土の採掘はもう始めてほしい。ゴーレムは私の到着後に生成しよう。向こうに着いたら半自動で粘土を下ろして、その後に開拓村の一つに移動させて、そこで麦をもらうから、連れ回す人が必要なんだ。ヴァンサンたちに話を通しておいてもらえるかしら?」
「了解です、マスター。『リベルテ』に話を通し、早速調理と掘削に入ります」
オネガイシマスは律儀に復唱した。
「うん、よろしく。塔の二階層目の扉は閉鎖、当面は難民を塔の一階層目に詰め込もう。毛布は無いから、これも代用品を作るよ」
「了解しました、マスター」
「それじゃ、また後で……」
グラスアバターを管理層に戻すことなく、意識を本体に戻した。
「それじゃー休憩終わります。にゃー」
「ヒィィ」
子供達が怖がるのも楽しくなってきたので、この口調は暫く続けようと思うにゃ。
【王国暦122年12月15日 18:19】
完全な暗闇になる前にブリスト南迷宮に到着した。橋も問題なく通過できた。猫バスの目玉は電灯なんか付いていないダミーなので、余計な工事をしなくて済んだのは幸いというもの。
「お疲れ様にゃー」
「…………」
難民たちは消耗していた。やはり駆動方式に問題があって、微妙な横揺れが乗り物酔いを誘発するらしい。ははは、知った事じゃないが!
「何だか懐かしいですね。しかし、この塔は……?」
ギースが暗がりでも淡く光る『塔』を見上げた。『塔』はギースたちが去った後に建ったから、それに驚くかと思ったけれど、そうでもなかった。
代わりに、それに倣ったかのように、バスから出た人たちは全員が大口を開けて『塔』を見あげた。ギザのピラミッドがあるならそれが一番だろうけど、世界最高の建物の一つだから、その威容は圧倒的だもんね。
「ほわ~」
「ほえ~」
と、そんな声が聞こえる。
「こちらへ。まだ受け入れ態勢が整ってないので、今晩はここで寝ることになります」
と、案内したのは『塔』の一階。この上には半魔物たちの居住区があるのだけど、今日は敢えて顔を出さないように言ってある。
スライススライムを出して床に敷き、そこで雑魚寝をしてもらうように言う。
難民たちが『塔』の一階に入りきると、体の弱った人の治療を開始する。三百八十二名だっけ。ここまでの移動で、乗り物酔いはあったにせよ、体調不良を訴えている人は全体の1/3ほど。重篤な人は三十人くらいかな。
老人と子供、重篤な体調不良の人を除くと、労働力として期待できそうなのは二百人程度、つまり半分くらいか。これはちょっと少な過ぎるかしらね。それに、彼らは農民ではなく、ちょっと前まで戦闘や警備を生業にしていた人たちで、多少の知識はあるだろうけど専門職というわけじゃない。
本当なら、彼らに相応しい、騎士の誇りを取り戻せるような仕事に就かせたい。だけど、それをやっちゃうと王宮が私たちに翻意あり、と警戒を強めることだろう。結局、安全のためには、彼らに武器を持たせるわけにはいかないという。適材を適所に置こうとしても阻まれる事態というのは、わかりやすく面倒臭いわね。
「おーい、食事持ってきたぞ」
ヴァンサンとジョンヒが、二人がかりでスープの入った鍋を運んできた。
「って、どれに入れりゃいいんだ……」
いきなり食器も足りないことが露呈する。ここは面倒臭がらず、
「大丈夫、作る」
《人間というのは面倒じゃのう?》
《うん、今更だよ、そんなの。さ、スープボウルと先割れスプーンがセットね。とっとと作っちゃおう》
四百人分の什器の製作とか……我ながら、何やってんだ、って感じ。
【王国暦122年12月15日 20:38】
固めのスライススライムをさらに薄切りにすると、保温性のある柔らかい板状になる。これを二枚重ねて体に巻いて毛布代わりにしてもらおう。本当にウレタンフォームみたい。二枚を重ねるのは空気の層が増えるからで、外気をシャットアウトしてくれる。
《薄切り……薄切り……ですか?》
と、これはシルフ先生にお願いすると、渋々やってくれた。
最上位精霊を二つ従えた私は、何とも贅沢な使い方をしてるなぁ、と思いつつも、これこそが精霊たちの望むことだったりする。
無闇矢鱈に破壊したり殺したりせず、生産的で創造的な活動をしたい、と常々思っているのに、過去に使役した人間たちは、例外なく破壊発動のために精霊たちを使役したそうな。そうは言っても、私だっていつ破壊活動をするようになるかわかんないし、時代や立場に恵まれているだけじゃないか、と思う。
体調の悪い人は極薄スライススライム……いい加減略称が欲しい……にくるまって、就寝を始めた。
これからのことについてギースに話そうと思ったけれど、そのギースも顔色が悪く、無理はさせられないと判断して、今晩はこのまま寝かせることにした。
『塔』の外に出ると、ヴァンサンが鍋を洗っていた。
「おい……いい加減アンタもお人好しっていうか……。聖女様だとでもいうのか?」
ヴァンサンが疲労を隠さずに、呆れた口調で私に向き直る。
「いやぁ、成り行きというやつですよ……。お人好しかどうかは人によります。敵対意思を見せるなら容赦しない……たまに容赦します……けど」
「うん、まあ、そうだな」
ヴァンサンはブルル、と震えた後に頷いた。
「それに、私は黒いし、聖女ってガラじゃないでしょう? エミーみたいなのが聖女様に相応しいんですよ」
ラルフに預ける格好で安心して出張に来ちゃったけど、なるべく早く戻りたいなぁ。
「黒い聖女様っていうのがいても、俺はいいと思うがな。まあいい。で、麦買ってくるんだよな?」
ヴァンサンなりに照れているみたいだ。私に照れても、何もあげないよ?
「そうなんです。ポートマットの領主には話を通してあります。古い麦ですけどね。麦を保管してあるのが町中じゃなくて、周辺の開拓村の一つなんです。大体の場所はわかるんですけど、人間が先導してやった方が確実ですから」
「わかった。俺が行った方がいいか?」
「いえ、今、難民たちに顔を見せられる人間として、今回、ヴァンサンさんとジョンヒさんは残って下さい」
身重のカサンドラも動かせないから、残るのは二人だけ。
「わかった。マルセリノとヴィーコに行かせる」
頷いて、私は代金を渡す。
「これで足りると思いますけど。余った分は……まあ、適当に。冒険者ギルドとして正式に依頼として処理しますから、別途で達成褒賞金も出ますけど」
「まあ、何か買わせるよ」
「干し肉とかが一番いいんですけどね。ま、無事に戻ってくれば何でもいいですよ」
「…………襲撃の可能性が?」
「無くはない、でしょうね。キャリーゴーレムを見て攻めてくる人がいるかどうかは不明ですが」
「しかし、それは『黒魔女』に敵対する、ということだよな?」
「そうなります。わかって攻撃してくるのであれば、それなりの相手でしょう。えー、私を襲おうと思っている団体は――――」
私は魔術師ギルドと、錬金術師ギルドについて軽く説明する。
「ほぉ…………。両方とも大陸じゃあ地下に潜ってるな」
「へぇ?」
これは面白いことを聞いたなぁ。
「大陸では魔法による攻撃を卑怯だとか何とか、とにかく否定的なんだよ。騎士団とかは顕著でなぁ」
「あ、それで冒険者ギルドに魔術師が集まっちゃってるのか」
「そういう面もあると思う。ただ、今後はわからんな」
ヴァンサンは私を見て、ニヤッと笑った。ああ、私の存在が、魔法を卑下する風潮を変えるかもしれないということね。ふと思ったけれど、それも『使徒』の策略なのかもしれないなぁ、なんて考える。考えすぎかな?
【王国暦122年12月15日 21:07】
ヴァンサンを連れて、『塔』の二階に、別ルートで戻る。
「お疲れ様です、マスター」
「うん、食器くらい、予め作っておけばよかったよ……」
それこそ道中でもできたなぁ、と思ったけど、ゴーレムに指示を出しながらだとやっぱり危ないからしょうがない。
ヴァンサンはマルセリノとヴィーコに、買い物任務の詳細を伝えている。
「襲われる可能性があるかもしれないって? 怖いネ」
「襲われたら逃げてもいいんだよな?」
マルセリノは怖いネを連発して、ヴィーコはニヤニヤと笑った。
「うん、そこでまずはコレ。ジョンヒさんも」
「うん?」
『リベルテ』の残り三人に『守護の指輪』を渡す。簡易的に個人認証がされるので、売っぱらっても、銀の細工物としての価値くらいしかない。ミスリル銀ですらないからね。
「いいのかい? 何か怖いネ」
「いえ、備えですよ。襲撃を受けたら、トンズラしちゃっていいですよ。ゴーレムは自動で迷宮に戻ってきますから」
どういう仕組みなのかといえば、太陽の方向を見て方角を決めている。これは魔法陣で記述が可能なので、物凄く細かいルート指定ができる。今回、迷宮からポートマットにゴーレムを行かせたのは、猫バスの材料が欲しかったということもあるけど、このルート指定をしたかったから。
前回、迷宮からポートマットに帰着したとき(東2エリアの脇に移動させた)のデータとの差異を見ると、ポートマット迷宮各所への自動配達は可能になりそう。
ちなみに、同じようなことは、港の巨人こと『タロス』にも可能なんだけど、『タロス』がBASICみたいな指定方法なのに対して、迷宮のゴーレム魔法陣はもっと高度で柔軟性がある。うーん、言うなればMIDIファイルみたいなのを参照するように出来ている。リアクションについても指定できるので、やろうと思えば、まるで人格がある、と錯覚させる程度にまでゴーレムを作ることが可能。でも、今のところは、この迷宮でしか作れないから、解読しても他に転用できない。セキュリティも含めて、実に良くできてるシステムだと思う。
「無事、麦を手に入れてくるよ」
ヴィーコがニヤニヤと笑いながら言った。ゴーレム運搬の指示が行えるように、一時的にゴーレム操作の権限を持たせる指輪も二人に渡す。
「万が一、捕まりそうになったら、この指輪だけでも壊して下さい」
「こ……怖いネ」
マルセリノが怖がってくれたので、とても気分が良くなった。
――――猫バスは作り直すかにゃ……。




