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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
異世界でカボチャプリン
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騎士団長の苦悩


 アーロンは日焼けしてわかりにくいけども、やや過労気味の疲れた肌をしていた。

 領主からは無理な命令を受理し、部下からは突き上げられ、冒険者ギルドからは醒めた目で見られつつも交渉を続けざるを得ず、実家であるダグラス家当主は宰相で本人は三男という微妙な立場、加えてオピウムに関わっているという怪しさ。

 アーロンが無能であれば、これらのネガティブ要素のうち、一つでも受け止められてはいないはずだ。


「それで、相談事、というのは?」

 フレデリカに対しても視線を送りながら、私は訊く。フレデリカは軽く首を傾げるけれども、アーロンが私に対して相談、というのは思いも寄らなかった様子だった。

「うむ。まず――――貴殿が教えている魔術隊の三人―――は、貴殿から見てどうだろうか?」

 育成状況が訊きたいのだろうか。意図を探る意味で、素直に返答する。

「才能という点で言えば並ですね。それでも、ポートマットの騎士団で言えば、お二人に次ぐほどの攻撃力にはなると思いますが」

 私の見解に、アーロンもフレデリカも頷く。

「なるほど―――遠距離の攻撃力としては我々二人よりもアテにはなるか」

「それはそうでしょうけど、人間を魔法で攻撃しよう、っていうのはかなり気合いのいることです。攻め手側が魔法攻撃をしてくるだろうことを考えると、魔力の使い道は攻撃ではなく、防御に回す方が効率がいいかもしれません」

「それは―――経験談か?」

 こいつ、カマをかけているのか。


「いいえ、一般論ですよ。魔法はイメージの具現化です。過去に戦闘に参加しているならまだしも、彼らに実戦の経験はありません。戦う、ということのイメージが作りにくいでしょう。であれば、守りたい、と思う方が、魔力使用の効率がいいのは当然のことです」

「貴殿には―――実戦の経験が?」

 ずい、と身を乗り出すアーロン。うーん、『勇者殺し(ラーヴァ)』かどうか、尋問しようとしてるのかなぁ。

 仮にこの場で私の正体が露見しても、証拠隠滅のために殺されるだけだと思うのだけど。自分の命を賭けてまで、私の正体を突き止めたいのかなぁ。

「戦争の経験は、当たり前ですけどありませんよ。それ以外の対人であれば何度か。日光草の採取の仕事だけやっているわけではありません」

 日光草、をわざわざ強調して、アンニュイに微笑んでみる。アーロンの視線が厳しくなる。が、口調は変えずに会話が続く。


「日光草―――か」

「はい、葉っぱの方ですけど」

 あんた(アーロン)たちとは違って、種拾ったり果肉から何か取り出してるわけじゃないよ、オピウムの件を知っているぞ、と言外に伝える。アーロンの眉根に皺が寄っていく。皮肉も一緒に伝わったようだ。


「貴殿は―――何か勘違いしているようだ」

 どうやら弁明をするらしいので、可愛らしいドワーフ娘を演じて、上目遣いを送る。はてさて、もう見た目には騙されないだろうけど。


「我々が提供している薬は―――新薬でな。薬効は素晴らしいが―――まだ投薬の実績が少ないのだ。そのために―――秘薬として売らざるを得ないという事情があるのだ」

「それ、自分で服用してみたこと、ありますか?」

「某は―――健康体だからな。必要はない」

 そりゃそうだよね。私は少し皮肉っぽく続ける。


「そうですか。投薬の実績が少ないとのことですけど、常用している患者は一定数、存在するんですね?」

 アーロンは首を捻った。

「常用―――?」

「そうです。私が調べたところ……調査方法は聞かない方がいいでしょう……オピウムには重度の常習性があります。薬効は一時的な痛み止め、くらいですよ、アレ」

 私はオピウムの名前を出して、そう言いながら、『道具箱』から日光草の種を数粒取り出して、テーブルに置いた。


「常習性―――だと? それは―――真実か?」

「真実かどうかは、私が保証することじゃありませんね。時間の経過と共に実例が多数でるだけかと」

 私は肩を竦めてみせる。『調査方法』についてはしらばっくれるつもり。人体実験か動物実験しか方法はないし。

「まさか―――いやしかし―――そんな」

 思い当たるフシがあるのだろう。アーロンはしばし考え込む。

「お疑いなら、実験されてみてはいかがですか。領主様が主導されているのなら、被験者を用意するのは容易ではないですか? 錬金術師ギルドに言えば一人や二人連れてくるのでは?」

 アーロンは苦々しい顔を私に向ける。激高しないのは、さすがに騎士団長様というところか。


「貴殿は―――どこまでこの件を知っているのだ?」

「外側で調べられることを調べただけですよ。オピウムの危険性は知っていましたのでね。ああ、私を処分しようとしても無駄ですよ?」

 フレデリカはこれまで静かに話を聞いていたけども、私の言葉を聞いて立ち上がり、アーロンとの間に、壁になるように移動する。

「私は、副騎士団長である前に、彼女の剣……です……だ」

 うわー、格好いいなフレデリカ。語尾がどっちかで確定していたら完璧だったのに。


「私自身は多分、寝入っていても殺すのは無理です。私の周囲の人を巻き込んだら、巻き込んだことを後悔するようになるまで……徹底的に反撃します。オピウムの件はまだ、私の関係者を誰も巻き込んでいませんけど、ワーウルフの件はやり過ぎですね。これにはちょっと腹を立てています」


「ワーウルフ―――貴殿を徴用した件か?」

「いえいえ、ワーウルフの群れ、そのものをポートマットに嗾けた件です。無関係の人まで巻き込んだ所業は許せませんね」

「えっ、貴殿は―――」

 語るに落ちるか。ここで驚いたことが既にクロだわ。

「簡単な推理ですよ。状況証拠は全て王宮や魔術師ギルドが犯人だと示していますので」

 アーロンは静かに立ち上がり、静かに動いて、私たちから距離を取った。その全てが流れるような動作だった。


「貴殿に―――一つ訊きたい。貴殿が『ラーヴァ』なのか?」


「何ですかそれは?」

 一応とぼけておく。

「勇者殺しの犯人だ。そう―――呼ばれている」

 アーロンの言葉は緊張に包まれている。まだ剣に手を掛けてはいないけども、掛けた次点で私も攻撃を開始する。それはアーロンにも伝わっているだろう。ジリジリと緊張感が高まっていき、アーロンの額には汗が流れ始める。

「そんな名前で呼ばれた記憶はありませんね」

 これは本当だ。嘘はついてない。


「某が! 父上から聞いた時には、もう! ポートマットにワーウルフの群れは出没していた! (けしか)けた理由を聞いたのも、王都に呼び出された時だ! 正直立腹もした! だが静観するように言われたのだ! 全ては『ラーヴァ』あぶり出しのためだと!」

 私という死の権化に相対して、アーロンは半ば叫びながら弁明をする。見上げた根性じゃないか。


「剣と短剣を置いて、ソファに座ってください。柄に手を掛けたら三枚にして殺します」


 私は冷たい声をアーロンに浴びせる。アーロンは一瞬だけ迷う素振りを見せてから、剣帯を外して、短剣も床に置き、先ほどとは逆に固さの見られる足取りで、ソファに座った。

「まず。―――『水刃』」

 私は話す前に、テーブルの天板に水刃で穴を空けていく。

 土鍋とは違った穴空けの感触なのが面白い。

 直径五ミリの穴を規則的に。

「私は、ラーヴァとやらではありません。――『水刃』」


 私の指先に集う魔力は、アーロンほどの実力であれば、それがどれほどの危険物なのかわかっているだろう。しかしその魔力はアーロンには向けず、ひたすらに天板の加工を続ける。

「で、ワーウルフの件は、領主様は何と言っているのですか? ――『水刃』」

 私は言いながら、フレデリカにも視線で着席を促す。フレデリカは頷いて、それでも緊張しながら、ソファに座る。この場で中腰なのは私だけだ。まるきり、脅している暴力団関係者の図だなぁ。

「ノーマン伯爵は―――ワーウルフとラーヴァあぶり出しの件の関連性については知らないはずだ。少なくとも私からは報告していない」

「なるほど。つまりワーウルフを嗾けて、ポートマット騎士団もろとも殺そうとしていた主犯は、王宮だと。そう判断していいですね? ――『水刃』」


 私は水刃での加工を止めて、テーブルに向けていた視線をアーロンに向ける。テーブルには綺麗な模様がついている。うん、仕上がりに満足。


「その―――認識で間違いない。王宮……いや、父上……ダグラス……宰相と魔術師ギルド……マッコーキンデール卿……が計画して、実行も魔術師ギルド、だろう。他に実行できる組織は―――ない」

 アーロンは実父が自分もろとも殺そうとしていたことに、今さらながら気付いたようだった。拳が握られて、震えているのが見えた。演技じゃないと思いたいね。

「ふむ。息子もろとも殺そうとするとは。で、この怒りはどこに向けますか?」

 フン、と鼻で笑ってアーロンを注視する。

「ダグラス宰相と―――魔術師ギルドに……」

 アーロンは俯いて、絞り出すように、その名を言った。


「では、この二つにはいずれ、痛い目に遭って頂くことにしましょう。ダグラス子爵(アーロン)様には兄上がお二人いらっしゃいますよね?」

「え? ああ、ああ……。一番上の兄は父上の補佐をしている。宰相職は世襲制ではないが―――次期宰相に一番近い位置にいるのは確かだ。下の兄は王都騎士団の小隊長の一人だ」

 ん? 次男にはやけに小物臭がするけど……?

「騎士団長とかではなく?」

「四つある騎士団の下の―――四隊あるうちの隊長に過ぎない。隊長の器量でさえ皆無だと某でも思うが……」

「ほうほう。他に跡継ぎはいますか?」

「妹の夫がいるが―――王都の商人だ。長男には息子が二人」

 ここで私がダグラス家の面子を訊いている意味など、アーロンにはわかっていることだろう。

「某にはすでに―――継承権はない。長男の息子が誕生した時点で放棄した」

 私は頷く。近い将来、宰相様一族には、彼らが想像だにしない規模の不幸をプレゼントすることになるだろう。なに、やられたからやり返すだけのこと。


「ワーウルフの件は了解しました。ダグラス子爵は巻き込まれた。そういうことですね」

「あ、ああ―――」

「まずオピウムの件ですが。ノーマン伯爵を説得して下さい。あれは悪魔の薬であり、万能薬などではないと。目先の金に目がくらんでいるようなら、後で死ぬよりも辛い、手痛いしっぺ返しを食らうことになると」

「しかし―――オピウムは広がる気配を見せている。大陸との取引に、ポートマット特産物として引き合いが来ている」

 すでにそこまで拡散していたのか。


「オピウムの件で、子爵様の役割は何だったんですか?」

「王宮―――いや、宰相への口利きだ。ああ、なるほど……某を経由しなくて済むように―――父上は某が邪魔になったのか……」

 オピウムが生む利益を独占したい。その仲介役になるだろうアーロンを消そうとした理由はそれか。気付いたアーロンはまた肩を落とす。

 全く貴族とか王様周辺の人間はロクなことしないなぁ。麻薬が絡んで二重にロクなことになってない。

「本当に……あれは悪魔の薬なのだな……」

 まあ、そうだね。法外な利益を生む商品は、殺し合いの種になるものね。息子でも平気で殺せちゃうんだね。


「流れは止められないとしてもですね。一応の努力はしてみてください。動きが少し止まるだけでも時間は稼げますから」

「了解した―――努力する」

「ただし…………そうですね、明らかに身の危険を感じるようであれば、一言私に言ってください。対応を考えますので」

 アーロンの顔が引き攣り、そして目を伏せて、大きく頷く。この瞬間から、アーロンは私の意思を汲む者となったということだ。だから、アーロンを殺しはしない。


「貴殿は―――何者なのだ?」

 俯いたままの姿勢で、アーロンはポツリと言った。

「私はただの冒険者ですよ。ワーウルフが現れていなかったら、今も採取を生業にした、中級冒険者だったと思いますが。まあ、それはいいのです。本題に入りましょう。それで、相談事とは?」


 アーロンとフレデリカは、私の弁に、ああ、そうだった、と同時に口を開けた。やっと応接室にアーロンが入ってきた理由を思い出したみたい。

 まあ、前置きが長かったということで。



「過去の記録では―――大陸からの侵攻は三つの系統に分類できる」

 アーロンは持参した地図を広げて指し示す。

 とは言っても、この地図の精度は怪しい。せいぜい、ポートマット周辺の位置関係くらいが正確なところだろう。


「遠い過去にはロマン帝国――当時は強大な国だったらしい――が攻めてきた記録はあるが、グリテンを攻めてくるのはほぼプロセア帝国だと思って間違いない。となると」

 プロセアの主な港は三つある。南からカーン、ダンケ、バッグ。

「はー、こうしてみると結構広い国ですねぇ」

「侵略戦争を仕掛け続けているからな。とはいっても―――この三十年ほどは目立った動きは見せていないようだが」

 十数年前にグリテンを攻めてきたって言ってたけど、別の国なのかしら? わかんないけど。


「なるほど。地図を見ると、ダンケとロンデニオンの間も距離が近いようですけど。直接王都を狙うという可能性はありますか?」

「なくはない……が―――王都の防衛は固い。ウィザー城もある。自然に長期戦を覚悟しなければならない」

「その橋頭堡として、ポートマットはうってつけと言うわけですか。その辺りは共通認識でしょうに、王都からポートマットへ防衛の増援なんかは予定されてないんですか?」

 アーロンは少し考えてから、苦々しい顔になる。

「今の段階で……王都の騎士団をポートマットに入れることは―――できない。内部から食い荒らされかねない」

「ああ……」

 私と一緒にフレデリカもため息をついた。確かに、魔物を嗾けるような『味方』を懐に入れて、防衛を手伝ってもらえるはずがない。むしろ町の防衛隊の主導権を握り、緩やかに侵攻してきそうだ。


「つまり―――王都からの増援なしに、ポートマット騎士団と、依頼された冒険者だけで、町を守らなければならないのだ」

「ほうほう……」

 私は顎に指を添えて状況を再認する。その様子を見て、アーロンはホッと息を吐いた。

「貴殿の――魔術師殿の自然体の様子を見ていたら、防衛は容易いのではないかと錯覚しそうだ」

「いや、実感が湧いてないだけですよ」

 対象が見えなければ対処などできるはずもない。この辺りは魔法メインに活動するようになってから育ったメンタリティかもしれない。

「それで、だ。駒が少ない中でも、一応の防衛計画を立ててみたのだが―――意見が欲しい」



―――ああ、やっと本題に入れた。


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