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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
おんな港町ブルース
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ジゼルの治療


【王国暦122年12月2日 21:28】


 ストッキングを作ろうとしていた訳じゃないけど、魔改造によって、その生産も可能になってしまった。

 レックスが今後普及させるとなると、当然下着(インナー)っぽくなるとして、黒ストッキングの魅力には抗えまい。そのうちに厚みのあるタイツから、破れやすくとも機能性に優れた薄手のストッキングへの移行は既定路線と言える。いずれアウターとしても使われるはずで、そうなった時には『爪先まで覆ってこそ至高ですよ、姉さん』などと宣いそう。

 うん、その未来が透けて見える。黒ストの未来は君に任せたぞ!


 ジゼルの部屋に行ってランド卿(スライム)を回収、そのまま『魔力制御』の練習に入ることにする。

 これは練習というよりは治療行為よね。

「あっだがいでず……」

 うん、茶色い水陸両用モビルスーツみたいだね。


 私の魔力をゆっくり送り、ジゼルの魔力と触れ合わせ、外側から操作する。

『魔力感知』で細かく見ると、増えた魔力が、ところどころ蒸気のように抜けて、全体のバランスが崩れているみたい。なるほど、私の血を受けた後で発熱するのは、自分で扱いきれなかった魔力が噴出しているってことね。無論、細胞が改変されていく拒絶反応でもあるだろうし、魂に付与されていく情報に体が追従できない、という反応でもあるんだろう。つまり、何の素養もなく、私のケアもない人に血を与える行為は、文字通りの毒になり得るんだね。


 私って、ある意味では血液感染型の病気を持っている保因者(キャリア)なわけか。ドロシーの時は無意識に感染させちゃったけど、普段は意識的に『オフ』にしておかないと、周囲に毒死者を量産してしまう。どうも『黒魔女ウィルス』は通常状態がオンみたいなのよね。


 噴き出ている箇所を修繕して、魔力を循環させる術をジゼルの体に教え込んでいく。暴れる魔力が大人しくジゼルの制御下に入っていく。『魔力制御』LV5程度は必要みたいで、実際、ジゼルのスキルはそこまで伸びていた。必要が才能を伸ばす、というのも面白いな、と思う。


「もう鼻血は止まってるよね」

 食事前には止まっていたから、リビングで食事を摂っていたんだけど、鼻栓の脱脂綿を取ってあげると、にゅるる、と固まった血も出てきた。それを小さな袋に捨てていく。

「ちょっと洗うよ。息止めて」

 ジゼルは小さく頷いた。私は『洗浄』を制御して、鼻孔周辺だけを洗う。『洗浄』スキルは魔力で洗っているので、別に息は止めなくてもいいんだけど、貼り付いた血や鼻汁が口腔にまで移動するのもよろしくない。

「ちょっと鼻かんで。ゆっくりでいいからね」

 片鼻を紙で押さえて、鼻をかませる。

「ふう……」

 口から息を吐いたジゼルの顔には、もはや恥じらいもない。最初は女の子らしく恥じらってたんだけど、医者と患者の関係なのだと理性が判断しちゃったんだろう。


「どう?」

「凄くスッキリした気分です」

「そりゃ良かった。魔力制御は普段からグルグルと体内を回してさ。そのうち無意識にできるようになるから」

「はい」

「熱は出てた?」

「少し……」

《某が冷やしたぞ》

 ランド卿が念話で話しかけてくる。謝意を述べると、少しだけ嬉しそうに震えてから私の肩に登って、猫のように居座った。


「正直、この程度で済んだのは、体力があったからだね。剣の修行を続けていたからだね」

「師匠()()には感謝しても仕切れません」

 正式な師匠はカレンだけど、シェミーも時々見てくれてるみたいだし。元々細いジゼルに筋力がついていくと、目に見えて強くなっていくのが面白いみたい。

「筋肉も増えてきたねぇ」

「そうですか」

「うん。体重……量ったことはないか。ジゼルは痩せ気味だから、筋肉を付けるといいね。魔力を通して運動すると効果あるよ」

「強化魔法……付与魔法というやつですか?」

「んー、そこまでには至らないかな。普段から魔力の親和性を高めておくと、強化した時に負担が少ないんだよ」

 その辺りは剣の修行の時に言われてると思うけど。

「普段から強化魔法を使っていると、細かな制御もできるようになる、と聞きました」

「そうだね。『加速』なんかは筋肉に負担があるから、普段から慣らしておくといいね」

 フレデリカがそんなこと言ってたっけ。

「精進します」

「うん、ジゼルの本分は、今のところトーマス商店の従業員だけど。将来的にはどうしたい? 剣の腕だけで言ったら、今でも騎士団の下位クラスの実力はあるよ?」

「私は、あの――――」

「うん、冒険者になるって選択肢もあるね。これなら店員さんと両立は不可能じゃない。ちょっと半端かもしれないけど」

「その――――」

「うん、レックスが気になる? 離れたくない?」

 ピキーン、とジゼルの表情が固まった。可愛いところあるね。


「彼は、私のことを、綺麗だと」

「うーん、男は誰でも女性を褒めるものだよ。男の言葉を素直に信じちゃいけないよ。打算で行動するのは男女同じだけどね。レックスの本質は理解してる?」

「変態――――」

 なんだ、わかってるじゃんか。しかし、ジゼルの経験の中での変態認定、知覚できてるのは氷山の一角なんだけどなぁ。


「うん、それが理解できてるのなら、私からは言うことは無いね。フェイ支部長に頼んで、冒険者講習みたいなのをお願いしようと思ってるんだけど、参加してみる?」

「いいえ」

 即答された。

「サリーとレックスも一緒に参加することになると思う」

「!?」

「なら安心だね。話をしてみるけどいい?」

「はい。参加します」

 何だかなぁ、何であんな変態に惚れちゃったのかなぁ……。


「わかった。支部長に話をしてみる。陶器の剣は?」

「あ……はい……」

 目を伏せて、自分の『道具箱』から陶製の曲刀を取り出して、私に渡してきた。

「む……」

 握りに手の跡が付いてる。結構握力あるんだね。

 鞘から刀を引き抜くと、ところどころ、刃が欠けていた。硬いけど脆いもんなぁ。

「あの、すみません、刃が欠けて……私、直せなくて……」

「いやー、この剣は修繕して使う前提じゃないからいいんだよ。これ、カレンの姉御と打ち合ったんだね?」

「はい。師匠の剣も欠けました」

「えー……。安い剣だったのかしら」

「そう言ってました。何でも、プロセア軍から鹵獲した数打ち品だとか」

 ああ、あのオークションで手に入れたのか。

「なるほど。この剣は割と適当に、私の趣味で決めたけど、このまま曲刀でいく?」

 ジゼルは逡巡して、暫く思案顔を作った後に、

「曲刀がいいです」

 と、真っ直ぐ私を見て言った。

「じゃあ、少し刃渡りを長めにしてみようか。ああ、剣は一月くらい待ってよね。色々忙しいからさ」

「え、あ、あの、はい。ありがとうございます、姉さん」

 どちらかというとジゼルの方が年長に見えなくもないんだけど。戸惑う私も存外、対人スキルのレベルが低いわ。


「うん、レックスの件は、まあ、なんだ、私が手伝えることはないので。っていうか、公平に仕事振ってるつもり」

 今回、ジゼルに過剰に接触しているのは、レックスとサリーが接近しているからで、それを不安に思ったジゼルが盗み聞きをしようとした………ことに対処しただけ。不安に思う要素を取り除き、恋のスタートラインをなるべく揃えてあげようかと思っただけ。


 まー、サリーにはレックスに恋慕の情を持ってない、と思うんだけど、誤解が生んだ想念が放出されるとも限らない。ここで話を揃えておかないと、後で(ロザミィ)として再登場しかねないからね。

「はい、ご厚情、ありがとうございます。あの、私、頑張ります、頑張りますから」

 ジゼルが真面目な顔のまま、鼻息も荒く宣言する。良い感じに盲目的な、恋する乙女だこと。


 レックス、さっさとこの細身剣士に攫われてしまいなさい。いや、攫われるのは決定かもしれないな。

 レックスとジゼル、詰むや詰まざるや。



【王国暦122年12月3日 12:06】


 午前中、カーボンファイバーと硬化スライム(と命名した)で作った建材の試作品が完成した。

 元の世界のカーボンファイバー強化プラスチック……は、高温と高圧で固めるのだけど、それをやるためには迷宮の一フロアに専用施設を作らねばならず、時間も手間もかかり、維持管理も大変……ということで、型を通じて加熱する魔法陣を記述した。っていうか、高温はいいとして、高圧をどう作っていいものか考えると、三日くらい掛かっちゃいそうでさ……。


 これを雌型の外殻、一面に記述してみたのだけど、『点火』の魔法陣を火元にして、それを細かく振動させて増幅、型の内部を通過して硬化スライムとカーボンファイバーを一体化させる。すると、アラ不思議、まるでマイクロ波を照射したみたいになる。術式は魔力の方向性を強制的に変えることで振動を作り出しているので、その魔法陣の記述は、シルフが手伝ってくれなければ不可能だった。


 この型、というか魔道具は、恐らくマイクロ波照射装置、そのものだ。なので、迷宮の外には出せないし、外部委託で他者に作らせる訳にもいかない。サリーやレックスに、どうやって作ったんですか? と訊かれても、()()()! と作った、と言うことにしておこう。嘘は言ってない。


 合計五つのパーツを、スライム接着剤と陶器製ボルトで締め付けて固定、ついでに『結合』もして、緩い曲線のアーチができた。このアーチは両端の壁面に固定。

 同じ部品を二本ずつ背中合わせに接続して、これを四組作り、石の基礎に固定、支柱にしてアーチを保持する。

 アーチの上には石板シールドを動かすレールを設置する。これもカーボンファイバー製ね。

 これらを二組作り、石板シールドのサンプルも作り、ガラスの代わりのダミーも載せて、強度試験を開始する。

 軽く計算したところでは、たわみもなく、年単位で石板を保持し続けられるんだけど、実物で試験しないとねぇ。


「しかしこりゃ何ですかね?」

 夕方にマテオがやってきて、黒い柱が林立する様を見て、訊いてきた。

「うん、魔法の素材……ということにしておいて。詳細な説明は拒否させてもらうわよ」

「えぇ……。小さい親方のやることには興味がありますがね。それはいいとして、次の現場の話です。『マンション』二号館の設計が上がりそうです。この現場――――領主別宅の煉瓦積みは五~六日後には終わりそうですので、終わり次第、『ビルダーズ』を移動させようと思うのですがね」

「んー、煉瓦は大丈夫なの? 製造が間に合わないんじゃない?」

 私の問いに、マテオは渋い顔を作る。

「そうなんですよ。迷宮の煉瓦あってこその建築物ですから、移動を先延ばしにするしかないですかね……」


 煉瓦担当の職人さんと魔物たちは必死で作ってるだろうなぁ。むしろ乾燥作業が一番時間が掛かるというか……。一応、擬似的に天日干しを再現する環境の乾燥室には入れてるから、これ以上の増産は、工場の拡張しか方法がない。でも、これ以上の増産は、ただでさえ圧迫している同業他社をさらに追い込んでしまう。これは本意ではないから、少しペースを緩めてもいいと思うのよね。


 煉瓦がなければ石造りで建物を作ればいいじゃない、と元の世界の、とある王女様が言ったとか言わないとか。そうしてもいいんだけど、ここは……。


「そうだ、それなら、暇な連中に魔法の修行をさせようか。前々から言ってたじゃん?」

「あ、それもいいですね。私も興味がありますがね」

 今以上に『ビルダーズ』を強化する、ということは、今以上にコキ使われるということ。


「あとは、橋もやんないとなぁ。一月の放置はよろしくないわ」

「うーん、橋はどのくらいかかるんでしょうかねぇ」

「移動に一日使うとして、速乾セメントを使っても七日から十日、かなぁ」

 設計を見たら、そのくらい。意外に建造が難しそうなのよね。


「小さい親方の都合もあるでしょうから……五日後に、この温室は目処が立ちますかね?」

「うーん……強度試験の結果如何かしらね」

「あ、これって強度試験だったんですか」

 改めてマテオの視線が黒い支柱群に注がれる。石板が連続してレールの上に敷き詰められて、その直下は日陰になっている。

「五日後に温室の構造物が終わってるかどうかはわかんないからさ。場合によっては内装じゃなくて、こっちに向けてくれていいや。その中で一日二日捻出して、簡単な魔法講座やるよ」

 マテオが頷いた。


「では、その後に二号館の基礎、煉瓦積みをやって、橋の建設に移れるように手配しますかね」

「うん、その予定で行こう」

 わかりました、とマテオは再度頷いた。

 うん、ギリギリだけどいいスケジュール。予定は未定だなんて、誰が言ったんだか。



【王国暦122年12月3日 18:06】


 家路の途中、教会辺りで通信端末を取り出して短文を確認すると、

「招集?」

 裏会議の招集の短文が来ていた。

 何だろ、不穏な出来事じゃなければいいんだけど……。えーと、内容は……。

「んー、新たな難民……とな」

 知らんがな……。



―――――やっぱり予定は未定でした。





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