鏡と杖の配布
「まあっ! これを私に?」
朝っぱらの冒険者ギルドの受付カウンターで、手鏡を渡されたベッキーは、建物内に響くような大声で喜びを表現してくれた。製作者冥利に尽きる反応だなぁ。
「はい、それでですね」
魔道具化について話すと、
「もちろん、魔道具化してくださいな。連絡手段が出来るのは嬉しいわ」
と、即答だった。私はすぐさま、そこが冒険者ギルドの受付カウンター前だというのに、魔核を装着して作業を終えて、手渡す。
「とても嬉しいわ。この鏡で連絡が取れるのは、貴女だけ?」
「いえ」
私はドロシーを含めて、渡す予定の人達の名前を列挙する。
「お母さんにフレデリカさん、カーラさんっていうのは?」
「シモダ屋の、チャーリーさんの娘さんです。私事ですけど、あの店がないと困るのです」
「ははは。エミー………………って、教会の聖女様?」
「そうです。マリアは神官見習いで、音楽の才能があります」
「へぇ………。そうかぁ、聖女様かぁ……」
一人納得するような表情を浮かべるベッキーは、エミーの出自について、きっと情報を持っているのだろう。多分、あんまり嬉しくない情報を。
「じゃあ、他も回ってきますので。ああ、借家について、きっと後でトーマスさんから相談を持ちかけられるかと思います。私は了承してますので、ご遠慮なく」
受付に並んでいる人が、私の後に詰まっていたこともあって、手短に用件を話すと、合掌して私は冒険者ギルドを出た。
ロータリーから北通りを歩く。こんな早朝でも馬車の往来は激しい。
普段であれば大型の船はお昼の入港が多いので(朝夕は漁船の活動時間だ)、午後から夕方にかけて馬車の数が増えるのだけど、赤煉瓦倉庫の稼働が本格化して、朝の早い時間の交通量が増えた感じがする。
トーマスによれば、それでも全体の数を調べてみれば減少傾向なのだと言う。
大陸から攻撃がありそうだ、という情報は領主であるノーマン伯爵にも伝わっているはずだ、ともトーマスは言っていた。それにしては騎士団の拡充も、団員募集も特に力を入れているわけではなさそうだし、防衛に関して、どうもガードが甘いというか、領主のやる気が見えない。何か秘密というか……隠し球でもあるんだろうか。
騎士団の駐屯地に到着するまで、何度かため息をついた。魔物であれば殲滅に躊躇いは少ない。だけど、戦争ということになれば、大勢の人間をこの手にかけることになるだろう。
勇者殺しを繰り返してきた私にだって、ちゃんと罪悪感はある。
「おはようございます。副団長はいらっしゃいますか?」
門番に話し掛けながら、憂いを含んだ笑みを向ける。
「あっ! はっ! 魔術師の……。はい! 少々お待ち下さい!」
つい先日までは小娘扱いしていただろうに、この変わりようが恐ろしい。やたらに畏怖されるよりは、道具屋の小間使いとして気軽に接してくれる方がありがたいと、この手の対応をされる度に思う。
「お待たせ……した。何か重要な案件……か?」
しばらくすると、以前よりはスムーズに聞こえる騎士口調のフレデリカがやってくる。
「すみません、お呼び立てしまして。ちょっと渡したい物ができまして」
まだ門番の衛兵が見ているので、私は無表情に、丁寧な口調で言う。と、フレデリカは人形のような顔に疑問符を浮かべた。彼女のギャップを見ているのは楽しい。
「なるほど。応接室へ行こう……か」
サッと身体を翻すフレデリカは、まるでミュージカル役者のような、大げさではあるけれど流麗な仕草を見せた。
フレデリカに案内されながら中庭を見ると、組み立てが終わったのか、二台のバリスタが、訓練場の端に置かれていた。
「あのバリスタって、射程はどのくらいなの?」
不意に訊いてみる。フレデリカは後に振り向きながら、
「試射したところ、百メトルがいいところ……だった。年代物……だし、使えるだけ……マシ」
「腕のいい魔術師と同程度の射程か……」
船団で攻めてきた場合、向こうの数にもよるけど、射程と命中率を考えると、あまり戦力としてアテにはならない。
応接室に入る前に、待機所らしきところに寄って、フレデリカは副団長らしく、
「来客に茶を頼む」
と、団員に、やや大げさなな素振りで声を掛けていた。
「んー、すぐ帰るからお茶は結構ですよ。ああ、後で魔法使い三人組も呼んでほしいのですが」
小声でフレデリカに言うと、頷いて、団員を呼びに行かせた。
応接室に入ると、言われる前にソファに腰を降ろす。相変わらず質素で固いソファだけど、私はこういう安物な感じの調度品の方が落ち着く性質なのが、ちょっと悲しい。
「それで……?」
フレデリカも腰を降ろし、私の訪問意図を訊こうと口を開いたのを、手で制した。
「―――『遮音』」
半ばクセになっている遮音結界を張る。フレデリカは怪訝そうに私を見た。
「まずはコレ。一昨日、シモダ屋の試作メニューで、パエリアを食べたよ。インディカ米に近いものだったけど。で、同じ米を入手してきたよ。これ、あげる」
小さな麻袋に籾殻付きのまま入れた米を渡す。
「こっ、米っ!」
人形のような表情に紅が差す。食べ物に釣られやすいエルフですこと。
「脱穀と炊飯のやり方はわかる?」
フレデリカが困った顔を見せたので、簡易的なやり方を説明する。脱穀は棒で突け! インディカ米は茹でろ!
「精米器とかはいずれ何とかしてみるよ。籾殻付きなのは、その方が保存性がいいからね。ちなみに今の段階ではグリテン島での米栽培は難しいと思う。冷害に強い品種とか、選別したりしなきゃいけないし、何より素人が手間を掛けずに、っていうのは無理ね。ああ、その米の味は期待しないでよね。スープを掛けて食べるか、チャーハンにするといいかも。シモダ屋に行けば、試作段階だけど、パエリア出してくれるかも」
「おお……」
だらしなく口を開いたフレデリカは何やらメモを取り出して、私の言った事を書き取っている。あ、エルフ語でメモしてるね。いいね、徹底してるね。日本語で書いたらぶん殴るとこだったわ。
「食べ物はもう一件。例の大型魔物の骨でスープ取って、ラーメンでも作ろうか、って話が進んでる。上手くできるかわからないけど。完成したら、フェイ支部長とフレデリカを呼ぶね」
「らっ、ラーメン!」
フレデリカは、さらにだらしなく口を開いて、涎を垂らしていた。いいね、無防備な美形エルフ。
「お米に関しては秘密ではないけど、スープの出汁にする魔物は出所が秘密だから、遮音結界を張らせてもらったよ」
口を開いたまま、フレデリカは頷いた。
「じゃ、あとはコレ」
手鏡を『道具箱』から出して、小さな魔核もセットして、最初から魔道具として渡してしまう。
「鏡? 手鏡? 魔道具?」
「そう、通信機能付き。通信範囲はポートマットの街の中――――くらいかな。緊急の連絡手段があった方がいいんじゃないかな、っていうのが一つ。もう一つは完全に趣味。その割にはレリーフには凝ってないんだけどね」
ちょっと恥ずかしいけど、レリーフの意匠を考えつくセンス――――がちょっと足りない自覚がある。何かキッカケがあればデザインは思い付くはずなんだけど。
「これはいいもの……だ。いいの? か?」
「うん、貰って。別にそれはフレデリカを縛るものじゃないし。寂しいからと毎日呼び出されるのはキツイけど、時々ならいいよ?」
私より頭一つは背が高いフレデリカを見上げるように笑う。携帯電話を購入したての小学生みたいになっても困るけど、それでフレデリカの心が安定するなら、少しは役に立つだろう。
「あっ……うん。うん、ありがとう」
素のフレデリカが生の声をあげたかのようだ。困惑した素振りを見せて、赤面する。
秘密の話は以上ですか? とフレデリカが目で訊いてくる。私は頷いて、遮音結界を解除する。
と、そこにノックの音がする。
「どうぞ?」
割と大声でフレデリカが騎士口調――――かなり演技臭い――――で呼びかけると、
「失礼します!」
と、スーパースリーが入ってきた。
「せんせい、本日はどのような御用向きでしょうか?」
「ああ、うん、ちょっと説明するから適当に座って」
私が着席を促すと、三人は首を傾げながらも頷いてソファに座る。
「これは三人に。魔力増幅に特化した魔法杖です。そんなに固い杖じゃないから、これで格闘はしない方がいいでしょう」
説明しながら、私は『道具箱』から魔法杖を三本出して、それぞれに手渡す。
「『巻き貝杖』って言います。この形状になったのは製法の問題があってですね。解明するには分解すればわかると思いますが、元の魔法陣は恐らく再現できないんじゃないかと」
巻いてある木のテープを剥がすと、ミスリル箔も一緒に破れるだろうから、魔法陣も破れる。分解しても魔法陣は解明できないようにしてある。うん、特許対策だねー。
「通常の魔法を使用している分には、先端の水晶に負荷がかかるので、整備をする時は水晶を中心にするといいですね。普通の職人さんなら修理や加工は問題なく行えるでしょう。これ、予備の水晶ね」
尖らせた水晶を三つ。一つずつ予備パーツとして渡す。
三人は、ため息をつきながらウットリと杖を見たり、触ったり、頬ずりしたり、光にかざしたりしている。
「魔力を練る修行は続けているようで何よりです。この杖は魔力の出口で増幅します。最終的にどのくらい威力が上がるのかは、入力した魔力の大きさに依りますので、調整してみてください」
「あれか、師匠が弟子に杖を贈る、みたいな習慣がある……のか?」
フレデリカが、どこかで聞いたような習慣の有無を確認してくる。
「さあ……。どうでしょうね。私は聞いたことはありませんけど。魔術師による魔法の発動と、魔道具による魔法の発動は、同じ理論を基にしていますけど、やってることは戦闘員と木工職人で差がありますから、一般的には、そんな習慣はないんじゃないですかね」
自分に適した杖を作り上げる、ヒマな魔術師がいても不思議じゃないけど。
「せんせい! ありがとうございます! 大切にします!」
コイルは汗をまき散らして、暑苦しい涙を見せた。
「魔術師になって……よかった」
ミラは玉置○二がサ○エさんを熱唱したかのように、顔をクシャクシャにしている。
「すすすすげええ!」
クリスは単に状況に付いていってないので慌てている。
三者三様に喜んでいるみたいでよかった! ことにしよう!
「なお―――この杖は三人に合わせてあるわけじゃありません。他に、自分に合った魔法杖があるのなら、それに乗り換えるのは躊躇わなくて結構。所有権も三人に渡しますから、譲渡は自由にしてください」
三人は全員が杖を抱きしめているから、当面は誰かに譲渡なんてしないだろうけど。彼らの中から、偉大な魔術師が生まれる……ことはまずないと思うけど……もっと自分に合った杖を注文できる立場になれば、この杖よりも有用じゃないか、と思う。むしろ、そうなるくらいの魔術師に育ってほしいけど、残念ながら、この三人の実力は凡庸そのものだ。だからこそ、何とかしてあげたい、と思うのは師匠の過保護なんだろうか。
フレデリカを見ると、喜ぶ三人を後目に、ちょっと羨ましそうにしている。うん、だから先に鏡をプレゼントしたんだよ、フレデリカくん。
と、そこにまた、ノックの音がする。
「どうぞ?」
とフレデリカが言うと、恰幅のいい男性が中に入ってきた。
「失礼する。魔術師殿が来ているとのことで―――挨拶に参上した」
入ってきたのは、騎士団長のアーロンだった。
ほう、わざわざ向こうから挨拶に来るとは。
「わざわざのご挨拶、痛み入ります。こちらこそ顔も出さずに申し訳ありません」
私は立ち上がり、合掌する。アーロンは目で、座ってくれ、と言ってくる。そして、杖を抱いて恍惚の表情の魔術師三人に、
「副団長と魔術師殿――――と相談したいことがあってな」
と、退席を促す。
「はいっ」
コイルは視線から退席を促されたことを察して、合掌をしたあと、ミラとクリスを連れて、私に合掌した後、応接室から退席していった。
と、そこにまたノックの音がする。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
お茶を持ってきたのはエルマだった。私は目で挨拶をして、向こうも余計なことは言わず、目で応じた。
独特の香気を持つドクダミ茶がサイドテーブルに置かれると、アーロンは私とは反対側、フレデリカの隣に腰を降ろした。
「魔術師隊の指導に尽力頂き、感謝の念に堪えない。いつぞやのワーウルフ討伐でも世話になった」
座ったままだったけれど、アーロンは合掌をして、感謝の姿勢を示す。
―――なんだなんだ、良い人キャラに路線変更ですか?




