※新商品の提案
【王国暦122年11月13日 21:16】
秘匿性が高い話が終わり、肩の力が抜ける。
はー、疲れた。この話をドロシーにできなかったのって、自分で思っていたよりも重荷だったんだなぁ。
もう一度息を吐いて、話題を変える。
「あ、それでね、別の相談があるんだ。この素材なんだけど」
「素材?」
「ああ、アレですね」
ドロシーが怪訝そうな顔をして、サリーが微笑み、それをレックスが見て恍惚の表情をした。三者三様の顔を見せてくれた。
サリーの笑った顔は貴重品だからなぁ……。ジゼルも接客時以外は笑わないけど、サリーはもっと笑わない。
だが、それがいい。
あれ、私ってレックスと趣味が似てるのかなぁ。普段デレない人のデレる顔は至高だと思うから、案外フローレンスも好物かもしれない。うーん、その意味ではフェイとかスタインとか、普段全然笑わない人っていうのも魅力的ではあるわね……。
まあ、フェイに関してはつき合いが深すぎて、逆に恋愛対象にならない感じかなぁ。
その点でいえば先代はどうだったんだろうね。アーサお婆ちゃんの場合は、恋愛感情というよりはファン心理に近い気がするけどさ。
そんな私の好みは置いておいて。『道具箱』から取り出して、元素材のネタバラしをする。
「これ。スライムの死体を乾燥させて細かく砕いたもの」
陶器のカップに入った粉を見せながらそう言うと、ドロシーとレックスの顔が盛大に引き攣った。臭いを知っているからね。
「それって肥料の?」
「うん、粉砕の細かさとかは違うけど、基本的に同じもの」
「………」
「ブリスト南迷宮に籠もっている間、幾つか製品化出来そうなものがあってさ。トーマス商店に提案の形かな」
「へぇ……?」
ドロシーがずい、と体を乗り出す。金になると思ったらグイグイ来るわね。
「これ、とあるものを添加して単純な処理をすることで臭いが消えて、さらに水で溶くと粘度の高い液体になります。一つ目の提案はこちら」
ただの木の棒を取り出して、加水した焼きスライム溶液を筆で塗る。ここに霧吹きで三パーセント酢水を吹き付ける。
「お……おお……」
小さく泡が出ては消えて、溶液が硬化していき、やがて木の棒が黒い半透明の皮膜に覆われた。
「サリー、以前、性教育はしたと思うけど、男女の睦み合いには子作りしたくない場合もあるのね。そんな時に使う避妊具にどうかな、って思ってさ」
「すごいわ……」
サリーに話しかけたのに、ドロシーが感激している。くそっ、何だかエドワードに対して嫉妬する気持ちが湧いてくるな……。
そんな感情を押し殺して、話を続ける。
「幾つか問題があって、
① 使用時の人体への影響が未検証
② 塗って吹き付け、硬化を待つという手間が解消できていない
③ 販売時の形態を考慮していない
④ 色味に乏しい
⑤ 行為中の破損、及び脱落対策がまだ
⑥ 保証期間の設定が難しい
な感じかな。このうち③は、今のままなら筆と霧吹きのセット販売、ってことになると思うけど、詰め替え用の酢水を販売するにしても、これが酢水である、ってバレた場合、自家調合されるのは目に見えてる。スライム溶液を薄めて使う輩も出てきそう。正常な濃度で使ってもらう工夫が必要だと思う。その工夫が②の対策になれば喜ばしいわね」
「薄めたお酢なんですか、これ」
レックスがずい、と木の棒に接近する。男の子だから、木の棒だけでも想像しちゃうんだろうね。
「うん、今のところワインビネガーを使ったけど、麦酢、米酢では試してないし、他の液体――――たとえば蒸留酒とかも試してない。もしかしたら添加する液体で、色味や性質が変わるかもしれない」
「ほぇ~」
サリーは小さく口を開けて見上げている。サリーには縁の遠そうな分野だけど、話さない訳にもいかないわよね。
「で、問題は①と⑤で、当たり前だけど、私は使う行為をしたことがないので、実際の使用でどうなってるのかがわかんない。特に①は問題で、馬とかで試した方がいいかもしれない」
「馬っ!?」
レックスが超反応した。
「うん、交配は割と見慣れているだろうからさ」
「そういうもの?」
ドロシーが困り顔で訊いてくる。
「いやわかんない。人体への影響で考えられるのは、肌への影響と体内への摂取による影響に分けられると思う。すっごい毒かもしれないし、安全かもしれない。まだ試してないのよ」
「アンタにしては、不確定なモノを持ってきたのね」
「だってー、試しようがないじゃん……」
それもそうか、と三人が頷いてくれた。
「となると、実験に参加してもらう人材が必要ね」
協力者のアテには事欠かない立場のドロシーが思案顔で言った。
「これが実用化されれば、何十万、いや、何百万もの人を助けることになると思う」
「あ、港病ですね」
レックスが聡いところを見せる。
「そう。接触感染だからね、アレ」
「あ、うん」
ドロシーが思案顔を続けている。大方、自分たちでは試験体にならない、ということに気付いたんだろうね。私の影響下にあるなら、多少の毒も病気も関係ないし、皮膚が弱い云々の話じゃないからねぇ。まあ、娼館の従業員さんたちに頼むしかないじゃんね。
「うん、今回はこれを避妊具の形で提案したけどさ。濃度を変えれば、強度も変わると思う。服……とまではいかないと思うけど、特定の形状に成形することは可能だろうね。たとえば、これの素材の代用品とか」
と、海女スーツを取り出す。ラバーロッドを無闇に殺さなくて済むのなら、それはエコだよシャア!
レックスを見ると、大興奮しているから、きっと何か、イケナイ製品でも思いついたんだろうなぁ。
「パンツのゴムに使えるかも……」
「ああ、なるほど、それはアリかも」
レックスにしてはマトモ? な提案があった。いや、マトモじゃないよね?
【王国暦122年11月13日 21:31】
「で、次ね。これは多分激売れ、間違いなし」
と、取り出したのは、数枚の発泡スライム板。
「何、コレ?」
「スライム溶液の派生製品。発泡スライム……。他に何かいいネーミングがあればそれを採用したいところ」
「材料がスライムだってことを隠した方が売れますし、類似製品も作りにくくなりますよね」
「そういうこと。まあ、天然のスライムなんて捕獲が難しいし、繁殖はもっと困難だろうから、スライムの安定供給が一番難しいだろうけどね。でも、代替材料で作れなくはないのよ」
「代替材料って、ゴムのことですか?」
「んにゃ」
否定だけして代替材料が何かは言わなかった。石油の利用は、石炭の利用と共に禁忌の一つに違いない。この流れからすると原子力も怪しい。
放射性物質に関しては本気で平和利用だけをするならレントゲン写真辺りが限度じゃないかと思うけど、それも許されるかどうか。これらエネルギー源の使用制限はつまり、魔法で代替技術を開発してみせろ、ということよね。恐らく――――確信に近いけど、私が生かされているのは、それらを為すためじゃなかろうか。魔法文明の構築をやらせようって魂胆が透けて見える。いや、むしろ、是非やらせて頂きたいところね!
「ああ、これって結局、人造海綿ね?」
「そそ。任意の厚さにできるよ。海綿を獲っている漁師さんに打撃を与えちゃうけど、グリテンにはいないからいいよね」
「馬車の椅子に使ったら……ううん、ベッドのクッションにも……」
「うん、使い方は任せるよ。このまま販売も可能だけど、出来れば職人を抱き込んで、製品として売った方がいいね。その方が利幅が大きいし、希少価値が出る」
「なるほど、その通りだわ」
「椅子やベッドのクッションはすぐに思いつくと思うんだけど、もう一つ商品化してほしいものがあるの」
「なに?」
「野営用の携帯マットレスと、寝袋」
「マットレスはわかるわ。寝袋ってなに?」
「これも野営用の寝具。袋の内側に極薄の発泡スライムを貼り付けて、裏地をつけて、その中で寝るの」
寝袋の形状については図で説明した。
「これ、寝込みを襲われたら危ないんじゃありませんか?」
サリーが言ってくる。
「うん、基本形状は袋で、手足を入れる部分をくっつけた形状の寝袋もあるといいかも」
着ぐるみ型寝袋ね。人間を駄目にするグッズナンバー2の。ちなみにナンバー1はコタツだと思うの。
「姉さん、これだけ布製品が続くのはいいんですけど、布は貴重品ですし、ホイホイ量産はできないかも?」
布製品をバンバン売っているレックスが懸念を表明する。
そんなレックスにニヤリと笑いかける。
「そこで。最後に提案する素材が、コレ」
満を持して取り出したのは、スライム溶液を細くして、それを編んだもの。黒い光沢が一見絹、いやぁ、人造絹みたい。
「これもスライムなんですか!?」
レックスの顔が紅潮した。もう、下着への応用を考えているようだねぇ……。
「うん、糸の状態で出荷させるのが基本かなぁ」
「こんなに細い繊維、織れるんですか……?」
「織れるよ。その場合は、一つ釘を刺しておくけれど、職人の機織り以外の方法は使っちゃだめ。具体的に言うと水車や風車を動力源にした自動織機を作っちゃいけない。発想を開陳するのも駄目。十年は職人さんに頼って頂戴」
きつく言ったので、三人には、それが『使徒』からのお達しなのだと気付いたことだろう。
「わかりました」
レックスが真面目に頷いた。
「このスライム糸は、製造時に布の形にすることも可能だったりするから、考えようではあるけどさ」
「えっ?」
「一番細い糸で作ったから一見絹風だけど、綿風にも、羊毛風にもできるはず」
「えっ、いや、その、姉さん、布の状態で製造可能なんですか?」
「うん? うん。風系魔法が方向を指定する魔法だっていうのは知ってると思うけど、溶液を噴出させた際に冷却液の中で、風系魔法を使って方向を細かく指定すればいいだけの話よ?」
たとえば、と言いつつ、図を描く。
「現段階なら適当な濃度の酢水を入れて、上と横から一定の細さになるように小さい穴から噴出させればいいのさ」
「なるほど、編んだ状態になるように速度を調整すればいいんですね」
レックスもそうだけど、この手の魔道具はサリーも興味津々だ。
んっ、これはジゼルには悪いけど、レックスとサリーの仲が急接近フラグかもしれないわね。
「どうしても出来ない部分は手伝うけど、可能な限り二人でやってごらん? 二人とも忙しいだろうし、そうねぇ、二~三年かけるつもりでさ?」
小さい穴から一定量の溶液を出すには極小の魔法陣と、それを集中管理する魔法陣も必要になるから、どうしたって試行錯誤が必要だろうし、多忙な二人に与える課題としてはちょっと重いかな。と思ったらドロシーの目も爛々と輝いていた。
「布市場を支配できるかもしれないわ……。でも、問題は費用がかかりそう、ってところかしら?」
「そうだねぇ。いつまでもトーマス商店に卸す製品や素材が無料とは限らないからねぇ……」
今現在は私の一存、コストが殆ど掛かってないのだからと、無料で提供しちゃってるのが多い。コスト計算が面倒なのが一番の理由だけど、後は恩返しみたいな? 恩返しの方がすでに過大になっている気もするけど、まあいいのさ。
問題は、三人とも気付いていると思うけど、私がいつまでもいないだろう、ということ。それは寿命による死亡かもしれないし、『使徒』による粛清かもしれないし、または別の要素かもしれない。
私の物言いは、嫌でもそれを意識させたことだろう。ドロシーがひし、と抱きついてきた。
抱き枕ではないのだけど、女らしい体になりつつあるドロシーに抱きつかれる心地は悪くない。百合的な感性が刺激されるわね。
「なに、将来的な話だよ。その時までに、私たちの子供……三代くらいには楽させてあげようよ」
ニッコリ笑う私だけど、きっと、私は子供を作るつもりはない。眷属とか不死者とかリヒューマンの世話で精一杯さ……。
釣られてサリーも抱きついてきたけど、レックスだけはそうしていいものか悩んでいたので、手招きして抱き寄せる。さすがのレックスも、性獣の顔は見せずに、ただの少年になっていた。
こうやって三人を見ると、トーマスのチョイスは実に賢明だとわかる。商才、魔法の才、エロ……?
ううーん、レックスは錬金術師の才だよね、ハハハハ。
ま、まあ、こうやって体温を感じるのも悪くないわね。
―――――うん、とっても幸せな気分。




