暗殺者の告白
【王国暦122年11月13日 20:20】
夕食の後、ドロシーとレックス、それにサリーだけを呼んで、地下工房へと連れて行った。この面子だけに絞って呼び出したから、他の皆には怪訝そうな顔をされたけど、それに対してフォローをするほどの余裕は、私にはない。
「――――『遮音』。これで音が漏れない」
「便利な魔法ね。アンタ、それ教えなさいよ」
何だか強引さが増しているドロシーに、近日中、ヒマを見つけて教える約束をさせられた。風系の魔法の応用だから、そんなに難しくはないけど、最初の入門用魔法を覚えるところで、大抵の人は苦戦する。
「それで、姉さん、話って何ですか?」
「うん、えーとね、そのね、先に謝っておく。ごめん、寿命が短くなったらごめん」
それでレックスは、先日の話の続きなのだと察したようだった。
「ふうん、説明しなさいよ」
急かすドロシーに座るように言う。地下工房には椅子はあるけれど、何となく床に座るのが流儀みたいになっている。
「うん、レックスには針で、ドロシーにはキスで、魔力的に強化した格好になってます。ドロシーの方は想定外で……口の中に傷があったりした?」
「あー、どうかしら。あったかもしれないわ」
やっぱり。ドロシーが認めた。迂闊だったなぁ……。
「うん。私の血の影響を受けて、能力の一部を転写したような状態になってるはず」
丁度一ヶ月前に、同じ施術をしたサリーを見ると、頷いて、解説を始めた。
「私も一ヶ月前に、耐毒性を高める目的で、針で姉さんの血を取り込みました。少し熱が出ましたけど、それほど高熱でもなかったです」
「あ、それでサリーが私の看病をしててくれたのね」
「そうなんです。でも、説明を受けるなら、姉さんから受けるのが筋だろうと思って、あの時は黙ってました。スミマセン」
サリーが無表情に謝る。
「――――ということは、知ってるだけで危ない話なのね」
「うん。本気で消されかねない。………………『ラーヴァ』って知ってる?」
「ああ、やっぱりアンタなのね」
「やっぱり姉さんでしたか」
何でバレてるの……。今、私の表情と背景はムンクの叫びみたいになってるはず。
【王国暦122年11月13日 20:26】
五分ほど意識が飛んでいたようだった。
「あ、姉さんが戻ってきた」
「あ、ああ、うん」
こうなるなら話さなきゃいいんだけど、話さない訳にもいかない。
ドロシーは嘆息しつつも解説を始めた。
「ずっと前、ウィザー城で騒ぎがあった時、アンタは不在だったわ。プロセア軍が攻めてきた時、アンタは冒険者ギルドで寝てたって言うけど、実際にはいなかったわ。夏頃、王都に四角い穴が空いたって事件があった時も、アンタはガラスを作るって言ってて不在だったわ」
「何で騒ぎがあったことを知ってるのさ……」
「ウィザー城の件は納品に行った冒険者ギルドで噂になってたわよ。プロセア軍の時は不自然だったし、アンタが迷宮の事を言い出したのはあの時からよね? 調べてみれば『ラーヴァ』なる暗殺者が迷宮と関係があるらしいじゃない。思えば、『守護の指輪』を全員に配布しだしたのもその頃よね。その『ラーヴァ』が暗躍して王都に穴を作ったとか聞いたし、これはちょっと気にしてみればわかることだし、毎回アンタが不在なのが、そもそも不自然よ」
確かに、ポートマット防衛~勇者オダの殺害~ロンデニオン西迷宮掌握~と強行軍を行った時、冒険者ギルドで寝込んでた、ってことになってたけど、見舞いに来たドロシーは、怪訝そうな顔で睨んでたっけ。じゃあ、あの時から疑いを持ってたってことか……。そうか、一番近くにいたドロシーだからこそ、私の不在に気付いていたのか。いや、でも気付かれているんじゃないかとは思ってた。思ってたけど……。
「王都の穴は名所になってるそうですよ?」
レックスがいらない補足をしてくれた。
「レックスも気付いてたってこと?」
「ええと、はい。そうです。仮の姿でコトを成す、という発想が同じだったので。渡された魔道具に『認識阻害』が付与されていたので、関係者か本人かな、と」
「ああ、それも思ったわ」
そんなに珍しい魔法じゃないと思うんだけど、近くにいると関連性を見出しちゃうのかなぁ。
「姉さん……」
ショックを受けているだろう私を慰めるように、サリーが声をかけてくる。
ドロシーがいつの間にか、私の正面に座って、両腕でガッチリ私の肩を掴む。
あれ……ドロシー、座高が……じゃなくて背が伸びたのか。
「勘違いしないでほしいんだけど」
ドロシーが真っ直ぐ、私の目を射抜く。
「うん……」
視線を避けられずに、私もドロシーを見つめた。
「アンタが人殺しなのは防衛戦で知ってるわ。街を守ったんだもの。『ラーヴァ』は、そうじゃないところでも殺してるってことよね。でも、アンタが理由も無しに殺しているとは思えないわ。細かい理由は訊かない。必要なことだったんでしょ。アンタにだって事情があることくらい、私にもわかるわ」
「そうですよ、姉さん。ボクは姉さんにいつも救われているんです。今回の怪我だって……姉さんが治してくれなかったら、以前のような細かい作業は難しかったんですよね?」
擁護の姿勢を明確にする二人の言葉は、私には心地よく響く。
「私――――は自分のやってることに言い訳とか正当化はしない。みんなを巻き込んでるのも、たぶん私自身のため」
何で『使徒』の言うことを唯々諾々として従って、暗殺者なんてやってるんだろう、って思わなくもない。
脱却のための仕込みは始めている。エミーやサリー、ラルフ、ドロシー、レックス……。何だかんだと言い訳を作って彼らに血肉を取り込ませたのは、私の影響下に置くためで、それは保険であり、自衛行動だ。何せ、私への刺客として適任すぎる。無抵抗でやられる自信があるもの。
でも、きっとそれじゃいけない。
「そういうことでいいわ。説明してくれるんでしょ?」
ドロシーの表情は、ベッキーさんのように。アーサお婆ちゃんのように。慈愛に満ちていた。
促されて、私はポツリポツリと話せる内容だけに絞って話し始めた。
【王国暦122年11月13日 20:49】
「なに……それ」
「神様はいない……?」
「んーと、正確には、その存在を誰も確認したことがない、だね」
『使徒』については、割と歴史に登場するので、それがお伽噺ではなかった、ということに驚かれつつも納得された。だけど、教会の孤児院で育った二人にしてみれば、神様が不在である、ということは少なからずショックだったみたい。
「でもね、世界の成り立ちなんて誰も俯瞰して見られてないからさ。そんな難しいことは考えなくてもいいんだよ」
「ううん、それでも、人が生きていくには縋るものが必要なのよ。だから、神様はいる、って思うことは悪いことじゃないのよね?」
「現実に存在するかどうかは、生きている人たちからすれば関係ないだろうね。存在しないのなら、幻想や概念を元手に、勝手に集金したり人を集めてることになるね」
「じゃあ、いた方がいいわね。教会や宗教が仕組みだっていうのは何となく理解していたけど、他人に指摘されるのは面白いことじゃないわ。だからいた方がいいわ」
ドロシーは自分に言い聞かせるように言った。大体、トーマスもユリアンも金の亡者なんだから、崇拝するものがお金だけになっても良さそうなものなのに、案外信心深いというか。
「うん、神様論はちょっと置いておこう。それよりももっと重要なことを話さないと」
神様の存在を議論することは不毛。そんなことより、って言ったら呆れられそうだけどさ。
「話してみなさいよ」
「うん、体に変化があるはずなんだ。妙に力持ちになったり、器用になったり、魔力総量が増えたりしてるはずなの。熱が出たのは拒絶反応っていうか……私の血……って言い方でいいかな……を取り込む時に、体の方が嫌がってるってことね」
「それって、体の方は毒だと認識してる、ってことですよね?」
レックスが確認してくる。
「その通り。この体の反応が、いわゆる『病気になる』ってやつね。一度かかった病気は、同じ病気には罹りにくい、っていう経験則があるでしょ? それって正解なんだ」
「じゃあ、毒とか病気に罹りにくくなった?」
「うん、丈夫にはなってると思う。多分、馬車にひかれても生きているくらいには」
「アンタの性質の影響を受けるってことね? アンタそのものになっちゃうわけじゃないのね?」
「ホンのちょっと、取り込んだだけだからねぇ……。ラルフを診ていたら、多分だけど、魔法やスキルは覚えやすくなると思う」
「あ、それなんですけど」
サリーが言うには、パン生地を練る時の加減が絶妙になったそうだ。久しぶりに『人物解析』でサリーを見てみる。スキル一覧がやたらに長くて読みにくいなぁ。
―――――生活系スキル:製パンLV4を習得しました(LV2>LV4)
え、サリーの方が上手かったってことか! 恐ろしい子………。その他、細かい作業も苦手意識がなくなってきたそうな。私としては、サリーにはぶきっちょでいてほしいので、痛し痒しというところかしら。
サリーは魔法特化、遠距離特化みたいなところがあるから、接近されてしまうと脆い。鍛えるなら近接戦闘と回避と防御、ってところかしら。逆に言えば、『~の街を滅ぼしてこい』みたいな大雑把な『神託』があるなら、継戦能力は別にして、サリーの方が適してるかもしれない。
ただ、『使徒』は人間を生かす、導く、という方向で(今のところは)動いているみたいだから、被害を最小限にするように『神託』が出されていると思う。大規模殲滅であれば天変地異を起こせばいいじゃないか、という発想になるはず。
思うに、『使徒』が天変地異を起こすためには条件が色々厳しいんじゃなかろうか。毎回対処しているわけにもいかないから、なるべく『神託』を通じての指示に留めたいんじゃなかろうか。
ドロシーとレックスに『使徒』の話をして、改めて考えてみたけれど、『使徒』って何なんだろうね? 神様はいない、とは言うけど、本当にいないのかな? 神様論じゃないけど、どういう存在なら神様なんだろうね?
幸いなことに、というと変だけど、私は『使徒』になった人物を知っている。私の暗殺の師匠であり、最初に私を導いた前任者、アマンダ・ナッシュ。彼女はどういう経緯で『使徒』に引き上げられたのか。
私は『使徒』になりたいわけじゃなく、対抗できる力を持っておきたいだけ。それは私の寿命を考えると、達成できるかどうかは微妙なところ。であれば、私の死後であっても、私の周囲の人に好影響をもたらすようにはしておきたい。
そこまで考えてドロシーにキスしたわけじゃないけど、これも生存本能ってやつかしらね?
ま、説明に戻ろう。
「まあ、その辺りは上手く活用してほしいけど、体の変化と一緒に『使徒』と『ラーヴァ』の説明をしなきゃいけなかったのは……」
「戦闘能力が高い、という認定をされたままだと、『ラーヴァ』認定されかねない、ってことですね?」
「うん。自分で言ってるから自覚があると思うけど、特にレックスは無自覚だと危ない。前にも言ったけど、過剰な力を得たかもしれない。そこは注意してよね」
「はい……」
レックスが殊勝に頷く。パンツ仮面の事はサリーの前では言わないでおく。幻滅しないのは私とドロシーくらいなものよね。
それでも、いずれパンツ仮面(改)は必要になるだろう。時代はいつだってアンチヒーローを求めているものさ。ある程度はレックスが作るとして、補助はしてあげないといけないなぁ。
「とまあ、そういうわけなので。必要に迫られて話したけど、当然ながら他言無用。ちなみに、同じ施術を受けたのはエミーとラルフ。知っているのはフェイ支部長、トーマスさん、ユリアン司教」
「あー、なるほど」
ドロシーは、その三人の名前を聞いて、深く頷いた。思うところがあるわけね。そりゃ、私が不在になるタイミングの直前には、ユリアン司教に呼び出されて、トーマスもいない、となれば、察するものはあるか。
それでなくてもドロシーは聡い。私がこうやって、ちゃんと話すのを、彼女は待っていたんだろう。
ちゃんと話せた、ということは私にとってとても重要な一歩だ。だけど、その分、ドロシーを危険な目に遭わせることになるかもしれない。願わくば、取り込んだ私の血肉が、ドロシーを守ってくれますように。
「だから、私を含めて、この四人に呼び出された時は、あまり公にできない類の話だと思って?」
「あの、姉さん、その『使徒』から、私たちに向けて指示が出ることもあるんでしょうか?」
サリーが不安気に訊いてくる。
「私が使えるうちは私に集中すると思う。ただ、どうも隠密性のある人じゃないと、汚れ仕事はさせないと思うのよね。この中だと……せいぜいラルフだけじゃないかなぁ」
「あの、姉さん、今回の出張で、もう少し冒険者の常識的なものが不足してるな、って感じてて……」
「うん、『使徒』に使われやすくなる、っていうリスクは承知した上での話だよね。そうじゃなくても、自衛のためにサリーとレックスには冒険者の基礎みたいの? フェイ支部長に講習を頼んでおくよ」
「ありがとう、姉さん」
「はい、姉さん」
サリーとレックスが緊張した顔で頷いた。
「ねえ、私はいいの?」
「ドロシーはいいの。冒険者のまねごとなんて、やってるヒマ、ないでしょ?」
「うっ……」
――――言葉に詰まるドロシーは、それはそれは可愛く見えて、私はほっこりした。




