※マンションのことなら建設ギルドへ!1
【王国暦122年11月13日 12:04】
四分前に目がパッチリしたトルーマンの立ち会いで、トーマス商店従業員宿舎の隣が、正式に公営住宅――――長屋って言い方でいいのかなぁ――――の建設現場に決定した。
わざわざ隣に建てるのは、迷宮側の人口を増やしたいという思惑と、雇用事情と治安維持の観点から、ポートマット中央部と少し距離を置いておきたい、ということらしい。
本格的に迷宮近辺の滞留人口が増えれば、直売所に毛が生えたようなトーマス商店迷宮支店も、品揃えの拡充を迫られることになりそう。
「ギルマス、小さい親方、こちらが概要図です」
マテオが、幾つかの紙を繋ぎ合わせた大判の図を手渡してくる。設計図、というわけではなく、概要図ね。
「ほうっ……」
「エーさん苦心の作ですよ」
と、マテオの補足が入る。
「不可思議な構造、実用性について審問」
トルーマンが可愛くない質問をしてくる。それもそうだよねぇ。
「ええと、土を四角く、深く掘って、その内壁に相当する箇所に、貼り付けるように建物を建てていきます」
「そこに至る理由について詳細な説明を要求」
「まず大前提として、多くの世帯数を入居させたい。そのためには横ではなく縦に長くする必要があります。高層化ということですね。ところが、煉瓦積みで高層化は、構造上難しいのです。組積造と言いますけど、柱が不要になる点は評価できても、横からの衝撃に弱いのです。これを解消するとなると、全く新しい発想の――――架構式構造を確立させることになります。今回は時間的な余裕がないため、横からの衝撃を考えなくてもいいように、周囲を土で覆ってしまう格好、つまり掘って内壁に構造物を這わせる、という対策を採りました。当然ながら、上部に行くに従って、軽い建材を使うことになります」
「採光について疑問を提示」
「構造物の内側を白くします。今回は地上部分が一階だけありますので、その形状を工夫することで、反射による採光を行います。思っているよりも暗くない筈です。むしろ問題は湿気でしょうね。対策としては、中庭に植物を植えることになると思います。食べられる作物でもいいですし、観賞用の樹木でもいいと思います」
「納得。領主から承認を得るため、図版の持ち帰りを希望」
「構いません。どうぞお持ち下さい」
マテオがもう一枚、同じ図を取り出して、そちらはギルバート親方に見せた。
「しかしこりゃまたっ、モノクロをやったばっかりだが、狭いなっ」
「エーさんによると、内装はほとんど同じ、だそうです」
マテオが答える。
「暖房はどうなるっ?」
「多分、不要です。風を受けませんし、深く掘ると――――」
「ああ、暖かくなりますもんね」
何だ、良くできてるじゃないか。エーさん凄いぞ。夏はどうするんだよ、って話だけどさ。
「そうなんです。ですから、小さい親方が言ったように湿気対策と水利だけが課題です。後は、これだけの規模ですので、運用するにしても建物の管理専門の人間を雇った方がいいかと」
このマテオの提案に、トルーマンが頷く。
「領主側で対応予定、提案感謝」
ビシィッ、と合掌して、トルーマンはお辞儀をした。
【王国暦122年11月13日 13:24】
ギルバート親方、マテオと一緒に建設ギルドに戻ると、ガッドを交えて実際の段取りについて打ち合わせが始まった。
なんでも『ビルダーズ』の面々は、煉瓦積みや石積みがやたらに早くて正確で美しい……と評判らしく、他のチームと仕上がりに差があるため、単独でやらされるようになってきたそうな。
プロとしては仕上がりを揃えるのが筋なんだけど、明らかに『揃えた』のがわかっちゃうんだと。それなら単体で運用した方が効率が良いですからね、とマテオがつまらなそうに言っていた。
「煉瓦については、トーマス商店から大量に入荷してあるので問題はなかったんですが、今回、ギリギリだったのは建具、特にドアでした」
「木材不足ですか……」
何だかブリスト南迷宮でも同じ事言ってたなぁ……。
「娘っ子の土産? に木材があったなっ?」
「はい。でも、乾燥工程が必要なので、万全を期するならもう一~三年は必要です。植林はしてますけど、モノになるのは十年後くらいですし、無計画に伐採してると、将来困りそうです」
「と言っている割には、あまり困った顔をしてませんね?」
マテオが揶揄するように訊いてくる。
「うん、代案があるっちゃあるのよ。ただね、今のところ、木材は他から調達しようと思えば出来るでしょ。だから、わざわざ高価で複雑で難易度も高く質の悪い材料を使わなくてもいいかなぁって。自国の森林資源を守るのは当然だけど、守りすぎてもいけないというか」
「ほうっ、つまり技術的には間伐材でも建材になるとか、そういうことかっ」
「極論すればそうです。方法は二つありまして、一つは単板を作って任意の長さにして板同士を接着すること。もう一つは単板でももっと薄く削って、複数枚を接着して板――――合板――――にすること。前者は柱材などに、後者は外装材や建具に向きます」
「合板かっ」
石材パネルの材料でもあるから、これは割とポピュラーではあるのだけど、たとえばスライム接着剤を使って、本気で製造したら、何百年も未来を先取りした合板ができそう。未来の合板とかなんやねん、ってツッコミが入りそうだけどね!
「新素材関係はどうしても大がかりになりますから、市場の反応を見てからですね」
「費用対効果を考えると、採算が合うか微妙、というところですか。いやしかし、特定の製品の材料にすれば……」
マテオが思案顔をしながらブツブツと何か言っている。
「何か考えがあるのかっ?」
「商品価値が安定して高値の木工製品、たとえばですね、それこそドア製品や建具専業のチーム、もしくは業者がいた方がいいかもしれませんがね。安定した品質が提供できるのであれば、やる意味はあるかと思いますがね」
確かに、現在では一々手作りしているわけで、規格を統一して工場でまとめて作ればいい。原価が安いのであれば早々に元は取れる、とマテオは言っているのだ。どうせ職人がいるなら、建設ギルドでやらないか、という提案でもある。
このファンタジーな世界で、ニッチ市場を制覇しようとしている…………。やっぱり、この建設ギルド、作って良かったと思うの!
「丸太の行き先も必要だし、春ぐらいに稼働、くらいの感じで行きましょうか。当面の建設予定が詰まりすぎてますから、これ以上は人間の仕事量を超えて、つまらない失敗も増えてしまいますから」
自分でも、人間の仕事量って何だよ、ってセルフツッコミをしてみるけど、それは置いておこう。
「そうだなっ、やれるからと受けてしまってるがっ! 作業量が増えて、注意力が不足することもあるかもしれないなっ! 意識してゆっくりやるぐらいで丁度良いと思うぞっ」
うんうん、と四人は頷き合った。
その後、トルーマンから短文が来て、今回の長屋は、正式に『ポートマット・マンション』という名称になった、と知らされた。ネズミの国にある幽霊屋敷っぽい名前だなぁと思ったのは内緒ね。
「あと、残土を東海岸と、西海岸の埋め立てに使いたいそうです。これは私の担当ですね」
「ほうっ」
「東地区の埋め立ては規模が大きいですから、なかなか終わりませんね。利権の関係からか、建設ギルドには仕事が回ってきませんしね」
ここで私たちが領主とベッタリでなければ、ここの利権を奪うために工作の一つでもしていたところ。
「まあっ、今のところはウチもギリギリだしなっ。娘っ子が動けば早期に終わるだろうがっ、急げばいいってものでもないしなっ」
私は頷いた。富の再分配を、公共事業の形でやらなければ、ボンマットみたいな暗い未来が待っているものね。
トルーマンからの短文はもう一つ、道路交通法についても言及されていた。仮に許可するので、『きゃりーちゃんV』はそのまま運用してくれ、とのことだった。細かい規則の変更や罰則の制定は素案を出している最中、とのこと。ちなみに短文でのトルーマンは変な喋り方じゃないんだよね。どうでもいいことだけどね。
ところで、橋の設計については、重量物が通過しても大丈夫なように、設計と構造計算を建設ギルドでやってもらうことにした。橋の施工主は、本来ポートマット領地だからアイザイアが支払うのが筋なんだけど、ブリスト南迷宮とノクスフォド領地との契約の一つでもあるので、ブリスト南迷宮が建設ギルドに発注した格好になる。お金払うのは私で変わらないんだけどさ。
木材の一部、石材、粘土の運搬と販売で利益は出るから、先行投資ってことね。それに、半魔物たちが生活していく上で過分な財を成すことにもなるからなぁ。迷宮がお金儲けを考えなきゃいけない、っていうのは、何とも世知辛いよねぇ。
「それじゃ、明日は建材の運搬ですかね。小さい親方はどうするんですかね?」
「ちょっとね、火山灰を輸入ばかりもしてられないだろうから、セメント作ってみようかなぁ、って」
「えっ?」
「粘土を持ってきたのは煉瓦もそうだけど、セメント作ろうと思っててさ。今回のマンションと橋には間に合わないと思うんだけど」
セメント用の炉とミルはすでに作ってあるもんね。石灰石は東岸の白い壁にたくさんあるし、持って来た石は白っぽい灰色で基本的に珪岩よね。よし、材料コンプリートね。
現状、セメントは接合材としてモルタルの材料でしかないけど、元の世界にあったようなセメントが製造可能なら、建物の自由度が大幅に広がる。
「建材屋みたいになってきたなっ!」
「セメントは試験製造ですね。比較的小規模ロットの製造が可能ですから」
大がかりな施設を作っておいて小規模もないのだけど、これは言葉のアヤというもの。
「今度はセメント業者を潰す気ですかね………」
マテオの呟きが耳に痛かった。
【王国暦122年11月13日 15:08】
もしかしたら化石が見つかるかも! だなんて淡い期待をしつつ、ポートマット東海岸の『白い壁』から、石の採取を黙って行う。
これ、本当ならアイザイアに許可を得なきゃいけないのよね。でも、話が大きくなっちゃうから、試験用として適当なサイズに切り出した白い岩をガバッと『道具箱』に入れる。
「アンモナイトくらい欲しかったなぁ」
化石が見つからなかったので残念に思いつつ、少しだけ南下してみる。いつぞやかタロス02で魔法を阻止した崖を抜けて、さらに南下すると、埋め立て工事現場を上から眺められる場所に出た。
埋め立ての工事は、海の中に杭を打って、その間に木板を入れたりして壁を作り、主に建築ゴミや残土、砂やら……よくわかんないものまで……投入して、大きな岩みたいなので踏み固めて、出てきた水を排水して……を繰り返してる。従事している作業員の数は結構多く見えるんだけど、重機を使わずに手作業で埋め立てをしているだけだから、作業効率はよろしくないみたいね。
工事が完了するまでには最速でも一年、うーん、二年はかかりそう。
埋め立て現場を見た足で、東地区に戻る格好でロックさんの製鉄所へ向かう。
ロックさんのところは相変わらず忙しいみたい。
「ロックさーん!」
「おーう、もってけー!」
「今日は、ゴミをもらいにきましたー!」
「おーう? もってけー!」
製鉄で出来るゴミ。スラグっちゃスラグなんだけど、ちゃんと銑鉄を作っているわけではないので、スラグは少量しか出ていない。なんてエコなんだろうか、ファンタジー製鉄所!
ゴミは試験的に使うだけなので、別に少量でもいいのだ。
《そんなゴミなど……価値があるなら、作るぞい?》
ノーム爺さんが見かねて言ってくる。
《ああ、うん、本格量産の時は頼むよ》
《ふむ…………?》
いきなり合金を作ったりする土精霊からすれば、ゴミを混ぜる、つまり純度を下げる作業であるセメント製造は、きっと不愉快なんだろうねぇ。
スラグは安価に引き取った。怪訝そうな顔をしているロックさんに、今後もスラグが出たら取っておいてもらうことにした。多少でもゴミがお金になれば保管する価値も出ようと言うモノ。
【王国暦122年11月13日 17:17】
帰りにトーマス商店へ寄る。
相変わらず下着屋の方は行列が続いている。大人気じゃないか……。っていうか手縫いでここまで量産、しかも安価に、っていうのが凄いなぁ。
その凄いレックスは下着屋の中で、ニコニコと接客していた。下着の購入が終わったお客様は、皆一様に顔を上気させている。
まるで下着マンガの主人公じゃないか……。
しかも、ちゃんと邪な変態趣味を抱えているのに、一般人には完璧に隠し通しているという。サリーに自作の下着を履いてもらうのが目標とか言ってたなぁ。普通に考えたら美しい下着上下セットをプレゼント、ってところだろうけど、あの様子なら、妖艶なデザインの邪悪な色彩の下着を目の前で履いてもらう、くらいのことは考えてるよね。
はっ、サリーにセクシー下着だって? 早い早い! 今の段階で着せたら、色んな規制に引っかかっちゃうよ!
下着屋はスルーして、本店の方に行くと、ドロシーがカウンターにいた。しかも手招きしている。ドロシーお得意の、ちょっとアンタ来なさいよ、ってやつだ。
行っちゃ駄目だ、ってわかってるのに、光に吸い寄せられるイカのように、私は入り口から店内に入った。
「な……何用ですか……」
「ちょっとアンタ、元気になりすぎたわ! どうしてくれんのよ!」
なんだよう、やっぱり怒られたじゃんか……。
――――アーサお婆ちゃんにも弱いが、ドロシーにも弱い。弱点だらけの私です。




