彼女の愛機は凶暴です
【王国暦122年11月13日 8:12】
昨晩、結局『使徒』絡みの話をするには話せない人がたくさんいて、結局話せなかった。早い方がいいから、今晩にでも場を設けることにしよう。
ラルフには、フェイからの提案を伝えて、了承された。今日にでも教会に移動させることにしよう。
将来的に『第四班』に戻るにせよ、ラルフも、ラナたんも、両方傷ついている状況では、今は一緒にいない方がいいと思う。男が逃げた格好になってるけど、それこそ戦略的撤退ってやつだと思うの。その意味では教会にお世話になる、っていうのは、(建前上は)恋愛禁止の場所だし、いや、男色に走る可能性がなくはないけど、女性に失望しているわけじゃないだろうから、自分を見つめ直す冷却場所として適切だと思うの。
それらしい理由を並べてラルフには言い含めておいたけど、寂しそうにはにかんだだけだった。
うーん、冒険者って男女の出会いが少ないからなぁ……。誰かいい人紹介しようかしら。
ドロシーとレックスは、一晩寝て元気になったみたいで、出勤すると譲らなかったので、折れて、せめて店まで送ることにした。ついでに、魔力波形をセキュリティ鍵に使っている魔道具の幾つかを、変調した波形に合わせて更新した。
その足で教会に赴き、ラルフをユリアンと引き合わせた。ミサとかマリアのコンサートとかで結構みんな教会には通ってるから、ラルフの方はユリアンを知っていた。
「ちょうど男手が欲しかったんですよ」
「自由に使っていいですから」
「はい、お任せ下さい。お預かりします」
慈しみの表情の裏で、ギラリと光る猛禽類の目をしたユリアン司教がドン、と自分の胸を叩いた。教会に出入りするので、ラルフは仮に修道士見習い、って扱いになるみたい。
「なーに、一時的なものだから、安心してお世話になってきなさい!」
「小さい隊長ぉ……」
「大丈夫、事件は教会を中心に起こるから」
「起こりません!」
傍らにいたエミーがプンプンと怒った。うへへへ、可愛いなぁ。
教会を後にして、その足で建設ギルド本部へと向かう。
あそこは私が自分で作った自分の城だから、冒険者ギルド支部よりもずっと愛着がある。夕焼け通りを歩くのも久しぶりで、何だか懐かしいような気分になる。
だなんて、ちょっとノスタルジックな思いに耽っていたら、背後から、ガチョンガチョン、と足音を響かせて、『きゃりーちゃんV』に乗ったサリーがやってきた。
《ね えさーん》
そんな大声でドップラー効果……恥ずかしいじゃないか……。通りがかりの人に注目浴びちゃってるじゃないか……。
「やあサリー、迷宮支店に行くの?」
《はい、ドロシー姉さんも、レックスも大丈夫そう、ってことで。迷宮支店に行ってこい、って》
「そっかー」
などと言いながら、しっかり荷台に乗せてもらう。内部の座席に座るより、こっちの方が見晴らしが良くて好きなのよね。
《建設ギルドまでですよね?》
「うん、そう。ああ、ゴーレムの運用については、騎士団……いや領主かな、に許可貰った方がいいね。夕焼け通りって一般の馬車は通行禁止だし」
《あ、そうですね》
扱いとしては馬車に準じることになると思うのよね。通行許可が下りないと、夕焼け通りの真ん中へんにあるアーサ宅からゴーレムを使えないことになっちゃう。だから特別扱いをねじ込むべく、チャチャッ、と短文をアイザイアに送っておこう。昨日、ゴーレムの話題が出た時に話せばよかったなぁ。話の流れみたいなものがあるから、案件が多いと言い忘れちゃうことがあるのはしょうがないか。
当たり前だけど『きゃりーちゃんV』は相当に目立つので歩行者の方から避けてくれるけど、念のために夕焼け通りにいるうちはゆっくり歩いてもらう。
《新人さんたちが来て、機会は減るんでしょうけど、店舗間の人員移動とか、ちょっとした物品の移動とか……『きゃりーちゃんV』が使えるとありがたいです》
「うん、毎回サリーが指示しなきゃいけないのが難点だよねぇ」
曇り空で少し湿った風を受けながら歩く。『きゃりーちゃんV』は駆動音こそしないけど、足音は石と石畳が当たる音がするのでそれなりに五月蠅く、自然と大声になる。
《そうなんですよねぇ。ゴーレムさんだから自動運転も可能だとは思うんですけど……》
「目の届く範囲なら自動でやりたいけど、そうもいかないのよね」
迷宮街道だけでも、すれ違い、追い抜きが発生するなら、操縦者がいないゴーレムの単独走破は危険極まりないのはすぐに想像がつく。鉄道だって、レールの上を走っているというのに運転士さんが必要なんだし。うーん、鉄道NGなのが痛いよねぇ……。
《馬アバターさんなら……うーん、あんまり変わりませんよね……?》
「そうだねー、あれも操縦者が離れるとキツイよー」
考えたことはあるけど、これも目が届く範囲じゃないと操縦できない。アバターに関していえば、アーサ宅からロンデニオン西迷宮のアバターにチェンジ出来たりするから、距離は関係ないのよね。でも、不思議なことに、『道具箱』に入れると、リンク済みだったアバターでもリンクが切れて、初期化されてしまう。
その理屈を検証するに、やっぱり『道具箱』は空間魔法とやらで、いま生活している世界とは別のところが物置になってるんじゃないか……と。
そこまで大々的に違う場所とを繋いでいるのに、物置、って書くと何だか勿体ない使い方なんじゃないかと思っちゃう。根が貧乏人だということかしら……。
馬アバターは『道具箱』にしまって、取り出して毎回新規にリンクしている状態だから、面倒臭いといえば面倒臭いのよね。反面、アバターを他者に譲渡、なんて時には便利だったりするから、使いようかしらね。この理屈で言えば、港に鎮座しているタロス01、02も、『道具箱』に入れてしまえば、他者に譲渡できることになる。入れられるのが実質私だけじゃなかろうか、と思うけど、世界中を探せばいるかもしれない。わかんないけど。
これ、理屈の上では、他者が操作するアバターのリンクを強制的に切る手段として使えるのよね。
ああ、そうだ、馬アバターの存在は認知させているから、これは私の手元にない方がいい。誰かに預けちゃおう。
《それなら、ドロシー姉さんに譲っては?》
「あー……」
それが無難かなぁ。馬アバターの存在が、『ラーヴァ』のアリバイを崩す可能性があるから、個人攻撃力の弱い人が持っていることを印象付けた方がいいのよね。そう考えると、エミーやラルフじゃなくて、ドロシーかレックスに譲るのが正解かなぁ。あー、でもレックスはカレルを(下半身で)倒した少年だから、強者認定されているかも。
「今日、帰ってきたら話してみるよ。妙に元気だったから体調の心配はいらなさそうだけどさ」
《うーん、やっぱり、アレが影響してるんでしょうか?》
サリーは器用にも『きゃりーちゃんV』の腕を操作して額に手を当てるポーズを再現させた。無駄に高機能だなぁ。
「そうだねぇ。まだアレもレックスに話してないし。今晩一緒に話すかなぁ」
《姉さんがアレを増やすなんて、ちょっと予想外でした》
代名詞での会話が続く。
「うーん、元気づけようと思っただけなんだよ……。魔が差したっていうのかな……」
《そういうものですか……》
「そういうこともあるのよ……」
だなんて話しながら、西のロータリーに着く。
「ありがと、ここでいいよ。道中気をつけて」
《はい、姉さん。またあ と でー》
またまた器用にも『きゃりーちゃん』に手を挙げさせて、サリーは迷宮街道を西へ、軽やかに走っていった。私を運びながら話していたから速度を抑えていたせいもあって、かなり飛ばしているように見えた。
うーん、あれほどの速度が出せる乗り物があるということは、道路交通法も、もう少し細かく決めないといけないかな。馬車同士がぶつかったとしても、速度はそれほど出てないから、双方のダメージは思ってるよりは酷くないというか。馬の体躯そのものがクッションになっているというか。
それが、車が自走するとなれば衝撃は直接的に来るわけで、『きゃりーちゃんV』の質量から言って、相手がダメージを一方的に受けることになる。
手っ取り早い対策としては速度制限かしら。
となると、『速度』なるものを制定しなきゃいけなくなる。国が決めるならまだしも、一領地が決めていいものかどうか。
さっきの返事はまだ来てないけど、道交法の制定についてはアイザイアに案を送っておこう。アイザイアは割と短文の返信が遅いタイプで、熟考した、お手紙みたいな短文を送ってくる。さすがお坊ちゃんというところかしら。
【王国暦122年11月13日 8:51】
建設ギルドに到着すると、マテオが駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、小さい親方」
「あー、うん、ただいま。漆喰とセメントは倉庫?」
ブリスト出張中に頼んでいたセメントは漆喰と一緒に、既に入荷している、というのは既に連絡を受けていた。裏会議の時にも言われてたしね。
「はい、来てますよ。これは――――橋を造るんですかね?」
「そうそう。両端は石畳にするし、今後の見聞を広めるためにも何人か連れて行きたいんだけど。予定ではどう?」
「不在の間、ホテルトーマス二号館は外装の石積みが完了して内装に入っています。ホテル・モノクロームと蛮勇亭は内装が終わり、魔道具の設置も完了しています。施工主の確認後、そうですね、明日か明後日には引き渡しですかね」
マテオは目の前の空間に目をやりながら答える。
「あれ、モノクロと蛮勇亭は結構時間かかってる?」
一ヶ月以上かかってるから、そこにツッコミを入れてみる。
「モノクロは一部屋の面積は小さいのですが、単純に部屋数が多いんです。蛮勇亭はホテルトーマスとは違う方向の内装デザインにしたため、細かい装飾やらに時間を取られていますかね」
「建物自体はそう変わらないから、外見だけでも違うホテルだと見せたいわけね。なるほど、じゃあ、石工関係の人は動けそう?」
「順番的には難民受け入れ用の長屋を建てる方が先です。あちらは小さい親方ありきの建築物ですから。でも、一月待ったのですから…………。橋の工事予定期間はどの程度になりそうですかね?」
「うーん、あんまり長くポートマットを空けられないし、現地との往復を含めて五日かな。それ以上早くしてもセメントが乾かないでしょ」
「なるほど。では、資材の準備をして、明日早朝には出発、としましょうか?」
「本当はそのぐらい急いだ方がいいんだけどね。ちょっと個人的な事情があって、ポートマットを離れない方向でいたいのよ。長屋? も急ぐって聞いてたから、そっちを優先しようか。橋の方は野営になるから、その準備だとか食料も必要になるし、明日じゃ早すぎるかも」
「そうですねぇ……。ギルマスと話し合ってから決めても良さそうですね」
建設ギルドの中は作業員が出払っている時間なので閑散としている。大体、この時間はマテオ以外はエーさんとビーさんとあと一人、タイニーとかが残っていることが多い。
「うん、そうしよう。マテオのことだから、長屋の方は資材もすぐに動かせる状態でしょ?」
「はい」
マテオは嬉しそうに笑った。全くそつがないよね。
「ギルバート親方は?」
「蛮勇亭の工事現場にいると思います」
「じゃ、ちょっと行ってみるよ」
ドロシーとレックスの体調も気になるし、ベッキーさんの出産も気になる。あと三日の間に……ってことはないと思うけどさ。万が一早産であっても、エミーがいるから何とでもなるとは思うけど。急に心配性になっちゃったよ……。
【王国暦122年11月13日 9:23】
私にしてはゆっくり目に走って、道中の難民キャンプや、長屋の建設予定地、トーマス商店宿舎などを見て回る。
難民キャンプは相変わらず炊き出しなんてやってる。人数も増えてるみたいね。トーマスの話では、レックスが内職の仕事を難民たちに斡旋したらしくて、住宅に入居できる程度の経済力はあるだろう、とのこと。レックスってば、目的のために手段を選ばない割には、結果的に周囲に好影響をもたらしているから、いずれトーマスを超える人物になるんじゃなかろうか。
トーマス商店の宿舎は相変わらず。本来なら、フローレンスたち四人組はこっちに入居するのが筋なんだろうけど、アーサ宅の環境に慣れちゃうと、ここには住みたくなくなるかもなぁ。迷宮支店勤務が多ければこっちの方が便利なんだろうけど、本店に通うのであれば当然ながらアーサ宅に住みたくなるよねぇ。
将来的には女子寮が必要になりそうなんだけど、東風荘、西風荘は建設ギルドに占領されちゃってる状態だからなぁ。人間は一度快適に慣れちゃうと、不便には戻れないっていう好例になっちゃったかなぁ。
当のお婆ちゃんに負担じゃないのかな、って危惧はあるけど、明らかに生活にハリが出てきてるし、将来的には逆に介護されることを予想するとなると、大勢で一人を扶養する格好になった方が負担は少ないかも。あのツンツンなフローレンスでさえ懐いてるもんなぁ。
宿舎の隣、長屋の建設予定地はまだ手付かずってところね。大規模な掘削も必要だし、建材だけは確保できてたみたいだけど。予定地は一応ここ、って言われてたけど、一月の間に変更があったかもしれない。また聞いてみないとなぁ。
迷宮近辺に到着すると、蛮勇亭の工事現場へと向かった。
「おっ、娘っ子! 帰ってきたかっ!」
魔力に敏感な人なら、私の存在は丸わかりらしい。私の魔力制御が普段は適当な上、生理を超えるとまた魔力総量が上がっているみたいで、日々変化する魔力量を一定量に保つのが面倒だったりするから。
「ただいまです。お土産は石と粘土、それに膨大な本数の生丸太です」
なんて色気のないお土産だろう、と思うけど、建設ギルドの面々からすれば、極上の土産だったりする。
「そりゃ豪勢だなっ。トビーが泣きそうだがなっ」
ほら喜んだ。ギルバート親方からすれば木が一番嬉しそう。
「そのトビーさんのところは、トーマス商店が買収するって言ってましたよ?」
「ほうっ、それなら罪悪感も薄れるなっ! トビーのところの石は建材に向かないのが多くてなっ」
それは石のストックを見てわかってた。稀少だったり綺麗な石ばっかり持ってくるとなると、一品物としてはいいけど、建材の質としては不安定でしかないものね。
見上げる蛮勇亭の建物は、外装に、そのトビーさんのところから買った石を、薄くスライスして貼り付けて、格子状の模様に使っている。経営難に陥っていたトビー石材店から買う理由をわざと作った、ということらしいのだけど、完全買収の、文字通り布石だったわけね。
薄ピンクと緑色を使った格子模様は、ホテルトーマスの白くて重厚な外観とは違って、明るくて華やかな感じがする。なるほど、若者向けのシティホテル……って感じか。建物の構造は殆ど同じなのに、全然違うように見えるから不思議。今回、こっちには余り関わらなかったんだけど、配管は以前私が予備で作ったものを利用して、施工は建設ギルドでやってみたらしい。給湯はホテルトーマスと同様に迷宮任せ。これはホテルトーマス二号館、ホテル・モノクロームも同じ。これだけ迷宮から恩恵を受けている時点で、ホテルの施工主が迷宮と昵懇であることはバレてるはずなんだけどね。
むしろ、他資本が参入してきた時、給湯関係をどうするのか、逆に興味があるわね。
「モノクロも見てみるかっ?」
「あ、はい」
すぐお隣なんだけど、ホテル・モノクロームはもっと渋い……。石材が剥き出しに見えるけど、実際には何か塗ってるみたいで、光沢が石材のそれではなかった。それでも全体的に安っぽい感じは否めない。
「全部屋が同じグレードでしたっけ」
「そうだなっ。一部屋もやたらに狭いっ」
並んだ窓を見てみると、通常の窓の半分くらいの幅にしてあるみたい。その分数を多く取っているわけね。部屋数は三百近いとか言ってたなぁ。迷宮周辺で野宿をしている人たちを収容するには、これくらいの数が必要よね。
それにしても安宿とはいえ、この狭さはきつそう。客数が多ければ従業員側も大変そうよね。
「ああっ、それはなっ」
ギルバート親方によれば、ニーズが合わなくなった場合、部屋の仕切りを外せば、簡単にレイアウト変更ができるんだそうな。確かに、今は数を収容することに特化しなきゃいけないからねぇ。その場合、特色のないモノクラスな宿ってことになっちゃうのかな。まあ、何年も先の話だろうけどさ。
その後、ギルバート親方と、今後のスケジュールについて話し合う。
「橋かっ。道は繋がってないと気持ちが悪いだろうから、それは任せるっ。だが、長屋の方が急ぎだっ」
「はい。そのようにしましょう」
もう、流れに乗っておこう。
「それになっ、地下構造物を作るって話だとなっ、いずれ領主の館でもやるだろっ」
なるほど、私はいいとして、他の連中が慣れるための、言わば練習材料になるわけね。
フッ、やってやろうじゃありませんか。
――――地下マンションとか、既に語感の響きが怪しいよね!




