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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
おんな港町ブルース
488/870

ブリスト出張の報告


【王国暦122年11月12日 17:11】


 お土産と、サリーとラルフをアーサ宅に置いて、私は領主の館に向かった。

 出張の報告………でしかないんだけど、二つの他領地を巻き込んでの出張になっちゃったからなぁ。なんでやねんとツッコミを入れたくなるわよね。


 ロータリー近辺に来ると、行列が目に入った。

「お?」

 トーマス・アンダーウェア? 下着専門店? いつの間に………。トーマス商店本店の右隣の店は、確か放蕩息子が潰して、店舗の建物を買い取っていたのは知っていたけど……。ああ、この店の立ち上げでレックスが頑張っちゃったのか。

 店内は混雑しているみたいで、チラッと店員さんを見ると、ジゼルが奮闘していた。

 他の店員さんは初顔……じゃないな。あれはテートさんの妹、アイカさんか。へぇ……。あれ、『銀の暴れ牛亭』の力持ちウェイトレス、エステラさんもいるな。どういうこっちゃ?

 何だか色んなドラマが透けて見えるようだけど、今日のところは遠目で見ておくだけにしておこう。


 領主の館に到着すると、執事ジョージが案内してくれた。この人も相変わらず裏で何考えてるんだかわかんないよね。

 気勢が出過ぎてるというか、仮の姿です、って大声で宣言しているようにも見える。案外どっかのスパイなのかもね。アイザイアはともかく、フェイやトーマスがそれに気付かない訳はないから、放置しておくことにメリットがあるんだろうね。


「ただいま戻りました」

 会議室に入ると、人がいつもよりも多い……? いや同じくらいかなぁ。

「待っていた。出張お疲れだった。座ってくれ」

 アイザイアは鷹揚に言った。


 出席者を見渡すと、領主側はアイザイア、スタインと、午後なので目がぱっちりしてるトルーマン。

 商業ギルドからはトーマスとドロシー。ドロシーもこうして見ると違和感ないなぁ。っていうかちょっと怒ってるし。

 冒険者ギルドからはフェイとエドワード。

 騎士団の人数が少ないのか。フレデリカが小さく手を振った。あとは副官の、フレデリカ・ファンクラブのナンバー004、モクソンさんだね。

 教会からはユリアンとカミラ女史。

 迷宮からセドリック。

 建設ギルド……っていうか、これは私の枠か。マテオが立って、空席にどうぞ、と勧めている。こちらは嬉しそう……。

 という感じ。


 騎士団以外はフルメンバーって感じだけど、やっぱりノクスフォド領地、ボンマット領地と揉めてるから、かなぁ。何だかんだ言って、常にどこかの領地と揉めている気もするけどさ。

「騎士団長は、現在ボンマットに出張中だ。代理で副騎士団長が出席している」

 フレデリカが、さらに激しく手を振った。全体に重い空気が流れている中、エルフのニコニコ顔は異質に映る。


「魔術師殿―――今は『魔女』だったか?」

「……『黒魔女』に変更の知らせが回ってきていた。……ブリスト騎士団に『ブリストの魔女』というのがいて、かなり前の話だが冒険者ギルドにも登録されていたんだな」

「だ、そうです」

「ふむ……では『黒魔女』殿の方から出張中の出来事を報告してほしい。その行動のどれもが、ポートマットに大きく影響しているからな」

 いやはや全くその通り。苦み走った表情で、私は報告を始める。


「えー、今回の出張は冒険者ギルド、ブリスト支部への『通信サーバ』及び『通信端末』の納品、加えて新型ギルドカードの導入を目的にしていました。こちらの三件は無事に納入と導入が済んでいます。これに伴う会計は後ほど。この仕事だけに集中できていれば、移動時間も含めて半月ほどで戻ってこられたはずですが、ご存じの通り、色々ありまして――――」

 フェイを見ると、続けてくれ、と目で促される。


「旅行の経路にボンマットを経由せよ、という話で、道中、通行が難しそうな箇所は切り開き、補強をし、架橋し、掘削もしました」

「うむ、それは短文で伝えてきた通りだな。実際にダグラス騎士団長が迅速に通過できた、と報告をしてきた」

 アイザイアが頷きながら言う。

「ボンマットでは特に活動をした訳でもないのですが………。本当に通過したというだけで何もしてないんです」

「……本当か……?」

 フェイのツッコミに首を捻ってみるけど、思い当たらないのよねぇ。


「途中で冒険者からの監視を受けましたけど、気付かないフリをして、そのまま通過しましたし、カレル所長からの報告は虚偽混じりであることにも気付いていましたけど、その場では何も言いませんでしたし………」

「そうか。じゃあ、本当に通過しただけで影響を与えたということか」

 アイザイアが唸る。

「どういうことですか?」

「……つまり、向こうも、お前が気付いていることに気付いていた、ってことだろう。……それで動向を監視せざるを得なくなった」

「それで人数が減って、治安維持が難しくなっていったということですか。本当にギリギリだったんですねぇ」

 他人事みたいに言う。

「事実、お前の通過以降、治安が悪化したみたいだな。少数ではあるが、ボンマットからも難民が来ているんだよ」

 トーマスが補足する。


「ボンマットの件は現在進行中でもあるからな。『黒魔女』の通過はボンマット崩壊のキッカケになった、ということだな」

 通過しただけで崩壊するとか、すぐ死んじゃう星人かよ!


「それはいいんですけど、今後はどうするんですか、あそこ」

「ブリスト騎士団と共同で治安維持をしているが、領主であるトバイア・キリル・ペティンガー子爵は拘束中だ。名目としては、子飼いの冒険者を使って、他領で戦闘行為を指示した――――というところか。純粋に領民を抑えるためには、領主を拘束している、という宣言が必要だったということもあるが」

 アイザイアが領主らしく、えげつない理屈を開陳した。

 しかしなるほど、介入の口実っていうのは捏造できるものね。この場にランド卿がいたら何て言うだろうね?


「正式には王宮の裁定を待つということだが、話の流れから言って、ノクスフォド領地に編入だろうな」

 ポートマットに編入ではなく、すでに大領地であるノクスフォド領地に組み入れるだろう、という読みがあるわけね。

「ポートマットとしては、それでいいんですか?」

「構わない。迷宮都市が出来たばかりだし、人材的にも二つの領地を同時に見るのは私には不可能だからな。十年後……なら喜んで引き受けるだろうが、ウチの領地は変革の真っ最中だ。まずは足元、という判断をしている」

 アイザイア坊ちゃん、案外堅実だねぇ……。

「それに、だ。占領しての併合というのも外聞が悪かろう? ウチとしては塩が安く手に入ればいいのだから」

 アイザイアはニヤリと笑った。

「あー、ボンマットの塩は、領民を絞って出た汗みたいなものですよ?」

「それについては、領主が搾取をしなければいいだけの話だ。農地は……山側に広げるしかないのか? とにかく、その分を回せば経済援助も最低限で済むだろう?」

 ううむ、正論だなぁ。自給率を上げながら、塩を売って食料を買う……先代領主ができなかったことを、両隣の領地が代わってやることになるのか。今のペティンガー子爵が近視眼でなければ、こんな事態は起きなかっただろうに。自業自得ということかしらね。


 ここで、フレデリカが真っ直ぐ挙手をした。美女エルフが凛とした表情で手を挙げると、何か格好良いなぁ。

「騎士団長はどのくらいで帰還予定なのか、教えて頂きたい」

 フレデリカが格好良く言った。

 アイザイアは少し考えてから返答した。

「王宮から沙汰があるまで、と言いたいが、ダグラス騎士団長はポートマットにいてこそ力を発揮できるだろうからな。一ヶ月を目処に考えている」

「了解した。話を続けてくれ」

 フレデリカの騎士口調も堂に入ったもので、見た目もまるで騎士だ。当たり前だけど。

「ボンマットの方は以上だな」

 アイザイアは、私に報告を続けてくれ、と視線を投げてきた。


「えーと、迷宮……に入る前に一悶着あったんだっけな……」

 そこで、薄目を開けたフレデリカと目が合った。心なしか薄笑いをしているようにも見えた。

 それには反応しないようにして、私は報告を続ける。

「ちょっと経緯が複雑なんですけど、ブリスト街道に到着して迷宮に向かったところで、王都第三騎士団が迷宮の防衛戦力と交戦、その後後退して当方と接触しました。ダニエル王子がいました」

 チラ、とエドワードを見るけど、特に表情に変化はなかった。


「王都第三騎士団は、元々、脱走していた騎士が集合しているであろう、古びた塔を目指していました。その塔が迷宮の直上にあったわけですが、迷宮を()()()()のは、この脱走した騎士たちです。なお、彼らは、そこに迷宮の跡地がある、と知っていたようです。その情報はダグラス元宰相、その裏はまあ、多分にもれず、マッコーキンデール卿経由みたいですけどね」

「本当に嫌らしいところで名前が出てくるな……」

 トーマスが嘆息する。


「推測になりますけど、魔術師ギルドは迷宮が欲しい、っていうのは周知の事実ですから、その流れなんでしょうね。先遣隊としての意味合いもあったと思いますが――――その迷宮は、まあ、あんまり口で言えるような状況ではありませんでした」

「……どういうことだ?」

「外部的な要因による魔物化、平たく言えば、毒のようなものを対象に流し込んで、影響下に置き、魔物に変質させる、というものです」

「なんだって? それは……『黒魔女』殿は大丈夫なのか?」

「はい、影響は最小限に抑えられたと考えています。これは迷宮の防衛機構の一つでして、恐らくは他の迷宮にはない、ブリスト南迷宮だけにある仕組みです。つまり、あの迷宮は、魔物の開発実験用の施設でもあったのです」

「…………」

 迷宮が急に危険な存在に感じられたのか、一同は沈黙した。今更遅いんだけどさ。


「その『魔物化』した王都騎士団員たちは、迷宮の防衛戦力として転用され、追ってきた王都第三騎士団と対峙していました。当方がダニエル殿下たちと出会ったのはその時でした。詳細は省きますが、当初は王都騎士団も、部下の救出を目指していました。ところが大規模な戦いになりまして、王都騎士団の幹部陣は撤退を余儀なくされました。その指示に一部の騎士は従わず、当方の救出作戦を手伝ってくれました。彼らの処遇がどうなったのかはわかりませんが……」

 人間的には正しい。だけど騎士的には間違ってる。ギース卿たちは、とても難しい立場に置かされたと思う。


「その後、ブリスト騎士団が到着、何を思ったのか王都第三騎士団も再訪、両者が戦闘状態に入りました」

 再び、フレデリカの口元が僅かに歪んだのが見えた。その節はどうもです。

「その間に迷宮の奪取に成功、再建を開始しましたが、その後にブリスト騎士団から攻撃を受けました」

 知っている人は驚かず、知らなかった人は意味がわからなかったのか、ちょっとだけ驚いた。


「えー、当方はノクスフォド領地に迷宮を渡すのは大変に危険だと判断、ブリスト騎士団を撃退、先住権を主張して、事実上の独立領地、いえ、国家かな? を宣言させました」

「アンタねぇ……」

 ドロシーの呆れたような呟きが聞こえた。


「で、これがその時の条約文書です。これ、ポートマットで預かっていてもしょうがないので、ブリスト南迷宮の方で保管することになります」

 私は羊皮紙の条約文書を回覧させた。

「よく、ノクスフォド公が……これを飲んだな……」

 アイザイアが呻く。

「……圧倒して、その上で死者を出さなかったとのことだ」

「なるほど、だからノクスフォド公は、ウチの意見を丸呑みしてくれたわけか」

 アイザイアがさらに呻く。


「ポートマットの立場を悪くするわけにもいきませんからね。建前上は管理者は別にいることになってます。私は通りすがりの助言者に過ぎません。今日は出席者が多いですけど、これは口外してはいけません。徹底お願いします。漏らしたら、一生迷宮の中に幽閉します」

 これはドロシーやカミラ女史などに向けたメッセージだ。正確に伝わったようで、全員が深く頷いた。


「迷宮が落ち着いてから、本来の目的である、ブリスト支部への納品に出掛け、こちらは無事に終わりました。まあ、帰路で襲撃されましたが」

「……ああ、連中はどうなったんだ?」

「迷宮で働いてもらっています。詳細は省きます」

「……うむ……」

「いやはや……………話には聞いていたが…………ただ納品に行っただけなのに大冒険だな……」

 トーマスも呆れた。私も呆れています。


「もう、そういう体質だとしか言いようがありませんね」

「覚悟をして出張をしてもらわなければならないな……。ところで王都第三騎士団はどうなったんだ?」

 アイザイアが苦笑しながら訊く。

「ブリスト騎士団との交戦後、ボンマット領地に向かいそうな気配を見せましたけど、撤退しています。王都に帰っただろう、とは思いますけど、正確なところはわかりません」

「……王都第三騎士団は王都に帰還している。……その、命令違反の騎士たちへの処遇は不明だが」

「ああ、命令を素直に聞かなかったという点では資質に疑問は残りますけど、王都騎士団をクビになったら、私かトーマス商店を頼るように言ってあります。騎士団への入団はちょっと抵抗があるでしょうしね。ま、退団するかどうかは半々ですね」

「ん、まあ、そのくらいはどうとでもなるな」

「五十人? 六十人くらいかな? でしたよ?」

「そ、そのくらいはどうとでもなるな」

 トーマスは人数を聞いて引き攣った笑みを見せた。


「また、この条約文書とは別個ですけれども、粘土をノクスフォド領地から買う契約をしています。石材については『飛び地』で得られますので、石と粘土は格安で提供できそうです」

 話は軍事っぽいところから経済っぽい方向に移った。


「石か……トビーのところがヤバイんだよな……」

 トビーさんの石材店は、元々、迷宮産の石で打撃を受けていたらしい。

「うーん、じゃあ、トビーさんのところで扱ってもらいますか?」

「あいつは商売人じゃなくて探索者だからな。いや、わかった、それなら買収を受けてもらうように説得する。その上でトビーのところで受け入れてもらう。それでいいか?」

 トーマスの、友人を気遣う発言に、私も頷く。

「石材の一部は、帰路で運んできました。今、迷宮に置いてあります」

「あれっすか!」

 今まで黙っていたセドリックが声を上げる。

「そうです。えーとですね、ゴーレムの形で自走させてきたんです」

「なるほど、それで粘土もついでに運んできたというわけだな?」

「はい。迷宮用の石材は迷宮内部で採掘できるので問題ないんですけど、他の建築物に使うなら、もっと大量に、他から持ってこなければ不足するのは明白ですし。粘土は、同様に煉瓦用です。陶器用にするには質が良くありませんので」


「石といえば、ボンマットから採石はできないのか?」

 これはアイザイアからの質問だ。

「ご存じの通り、ポートマット~ボンマット間は道が悪いんです。ですから、重量物である巨大ゴーレムを通過させるには、かなり道を補強しなければなりません」

「ゴーレムじゃなくても、とは思うが……」

「巨大ゴーレムを通過させるには、採掘側に迷宮がなければいけませんし、一度に大量に、っていうのが重要でして……。管理に手間もかかるので、まるで縁のない人たちに、ゴーレムの運用を任せるわけにはいきません」

「むう……。いやよくわかった。思うようにやってほしい」

 あくまで、その辺りは私がそうしたいからやってる、ってだけ。滅びようが無くなろうが、全然構わない街に利益をもたらすための慈善事業なんてご免被るわね。そうハッキリは言わないけど、私って、無関係なものには極端に冷淡になれるのね。


「はい。この流れで、ポートマット~ブリスト迷宮直通の街道を建設しながら帰ってきたんです。建設が途中なので、まずはそっちを終わらせて、ゴーレム交易を確立させたいですね」

「交易、というと……ポートマットからは穀物、いや麦か」

「はい。ブリストはあまり小麦が穫れませんから、今まで以上にいい値段で売れると思います」

 交易品は色々考えられると思う。こうやって一つ一つ、交易ルートを結んでいかなきゃいけないのね。


「うむ、その辺りは商業ギルドでも考えよう。船の方が効率が良ければそうするしな」

 まあ、急に言われてもねぇ。便数の問題もあるから当面はブリスト南迷宮への穀物輸送、って形になるだろうけど、その他はゆっくり考えてもらおう。


「報告は以上、です」

「うむ、ご苦労だった。冒険者ギルドブリスト支部からの入金を待って、この件は終了だな。では、今度はこちらからの報告だ。まずパンツ仮面の件だな」

 アイザイアの口からそんな言葉が出るのは意外だったけど、それを聞いて、ドロシーからの怒気が一層強まった。



――――ドロシーに怒られそう…………!





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