表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
おんな港町ブルース
487/870

レックスの治療


【王国暦122年11月12日 15:48】


「ここは? 痛い?」

「痛い、です」

「ふむ……。ここは?」

「何も感じないです」

 素っ裸にしたレックスを触診した結果、あまりいい状態とは言えなかった。正攻法だと完治するか怪しいレベルね。光系『治癒』を複数回、長期に渡って施せば……。


 うーん、先に『予防接種』をした三人が妙に頑健になっていたことを考えると、私の血肉を植え付ければ魔力総量も高まるし、自然治癒能力もあるし、各種耐性も高まる。三人は眷属になった様子もないけれど、ラルフが母親呼ばわりしようとしてたっけ? 多少は副作用というか、影響はあるだろうなぁ。どうするべきか……。


「これ、『治癒』で施術してくれたのは誰?」

「シスター・カミラと聞きました」

 カミラ女史か……。『治癒』のスキルレベルはユリアンとどっこいどっこいか。エミーがいれば違ったんだろうけど、望みうる最上の治療を受けたということね。

 それでも、レックスの腰は見てわかるほど右側に傾いていて、背骨も微妙に左右にグニャリと湾曲している。左腕の方はもっと酷くて、骨折箇所がまだ幾つも残っている。これでは神経も傷ついているだろう。レックスによれば『風のブラ』を岩に叩き付けて、その反動で前方に飛んだ、とか言ってた。

 元々ブラジャーは岩に着用するようには出来ていない。それを言ったら風系魔法を発動できるのがおかしいんだけど。


「手首から先がグチャグチャだった、って聞きました」

「それを考えればちゃんと整形できてる、か」

 殆どゼロから五指を作り上げたことになる。なかなかの腕前よね。いやこれ、元に戻すにはやはり、やるしかないか。


「んーと、男性機能については?」

「そっ、そそそそれは、問題なかったです。前より敏感になったかも……」

「フッ……」

 思わず鼻で笑ってしまう。敏感な少年、結構なことね。

「腰とか……腕とか……治るんですか? これ……」

「うん、結論から言えば治る」

「よかった……」

 心底、ホッとした表情でレックスは息を吐いた。何だかんだいっても不安だったよわね。


「ちょっと説明するから聞いて。ここ、背骨ね。人間にはさ、神経っていう、脳の命令を体に伝える紐があるの。背骨には特に集中してて、それが束になってる。レックスは前方向から衝撃を受けて、本来まっすぐ付いているはずのここの骨………骨盤ね。ここと一緒に背骨がずれて、神経もちょっと傷がついてる」

「傷、ですか」

 私はトントン、とレックスの背中からお尻を指で叩きながら説明していく。時々痛がるから、間違いなく妖しい気分にはなってないと思うけど、レックスのことだから、痛みを快楽に変換できるスキルを習得していても不思議じゃない。油断はできないわね!


「うん、左手もさ、普通なら、もっと痛いはずよ? だけど、神経がどっか切れてるから、そこの痛みが伝わってないのね。これは、あまり良い状態とは言えない。光系の『治癒』が効力を一番効率良く発揮できるのは、怪我をした直後なのね。仕組みについては色々言われてるけど、肉体の()を記録しているもの――――魂とか言われてるけど、本当のところはわかんない。誰も確認したことがないからね――――に従って修復がされる、っていう説が支配的かな。これも専門に研究している人がいるかどうか怪しい話だけどね。まあ、そんな前提があって、怪我をしてから時間が経過しちゃうと、魂の方が元の形を忘れちゃう。それで完全な治癒が難しい、って理解でいいよ」


 レックスは黙って私の言うことを聞いている。

「怪我をした直後に私が不在だったのは、もう申し訳ないとしか言えない。教会の治療では、レックスは全快しないからね。私とエミーと両方いないっていうのは、こういうときに問題があるわね。まあ、それもいいや。で、そうじゃない方法で、治る方法があるんだけど、試してみる?」

「はい、お願いします」

 レックスは即答した。こっちが悩んでるんだから、少しは悩んでよね……。


「うん、わかった。条件、いや制限かな、レックスにとっては良いことか悪いことか、私にはわからないけど、今回みたいな怪人騒ぎを起こすには、ちょっと過大な力を得ることになるかもしれない」

 変態が、超変態になる。…………字面だけ見ても酷いなぁ……。

「構いません。受け入れます。ボクはまだ作りたいものが一杯あるんです。サリーにボクの作ったパンツを履いてもらうまでは……」

 それって恋なのかなぁ……。単にクーデレ萌えなだけなんじゃないかなぁ……。


「うん」

 それが決意と呼べるものかどうか。判断はできないけど、私が『せいぎのみかた変身セット』を渡したがために起こったことなら、後始末も私がやるべきだ。レックスは変態だけど、ポートマット、いやグリテンにとって必要な人物だと思うから、健常な変態に戻してあげたいものね。


 私は縫い針を取り出して消毒した後、自分の左手の指を、針で傷付けた。すぐに傷は治癒して跡形もなくなる。血が一滴だけ、指に残った。

「ちょっとチクチクするからね」

 そう言いながら、自分の血を付けつつ、レックスの左肩に針を当てていく。

「あんまり痛くないですね」

 そりゃいけないねぇ。痛覚が怪しいじゃないか。


「うん、これでよし、と」

 種痘みたいになった。ジェンナー博士、ごめんなさい。

 まあ、血を舐めさせる、なんてことも考えたけど、恐らくは体液の混交が必要だから、口腔に傷があるとかじゃない限り、胃に落ちてもしょうがないのよね。それに、舐めさせたら、レックスの新たな変態趣味を開拓してしまう。


「正常に作用したら、とても不思議なことが色々起こると思う。後で色々説明しなきゃいけないこともできる。今晩は熱が出るかもしれない」

「はい。これ、姉さんの……その……シモベになるような、そんな儀式ですか?」

 聡い。さすがはサリーに匹敵する麒麟児、かつ変態のエリートだ。


「そういうつもりはないんだけど、そういう副作用があるかもしれない。……寿命が早まったらごめんね」

「え…………?」

「そういう体質なんだって聞いたことがあるんだ。伝染しちゃったらごめん。それについては私はどうすることもできないのよ」

「ああ、それで……姉さんはあんなに生き急ぐみたいに……?」

 鋭い子だね。察しが良すぎるのも長生きしないよ? いやわかんないけどさ。


「それは否定しない。さ、ちょっと私の方でも光系の『治癒』をするよ。可能な限り修復して、元の形に近づける」

「はい」

 全然警戒も恐がりもしないのが凄いわ。レックスは大物だわ。この子の期待は裏切れないなぁ……。


 レックスの背中から背骨、腰骨を、魔力制御をしつつ、歪になっていたり曲がっている部分を整形していく。この段階ではまだ闇系『治癒』や『解毒』は使わない。

「ぐっ!」

 レックスが痛がる。けど、止めない。正常に戻っている証拠でもあるから。

 三回ほどに小分けして、腰周辺に光系『治癒』を施す。


 仰向けにすると、レックスの男の子がびろーん、と垂れた。

「うっ……」

 さすがの私も呻く。なんだこれ、虫系の魔物か!?

「あの、変ですか? それ?」

「いや、どうだろ。凄いんじゃないかな。わかんないけど。鍛えれば女泣かせになるのは間違いないわね」

「わかりました、鍛えます!」

 おいおいー! どうやって、何で鍛えるんだよー!

「まあ、ほどほどにね……」

 これ以上はプライベートだから放っておこう。それにしても、女泣かせが(カレル)一人消えたかと思ったら、その人物を殺したのが新たなる女泣かせなんて、まるで一子相伝の秘拳じゃないか……。しかも倒したのが下半身(物理的にだけど)だっていうんだから気が利いてるよねぇ。


「うん、前の方もよし。って、ちょっと隠して」

「あ、ああ、はい」

 レックスはやっと恥ずかしげに布団で下半身を隠した。

「腰はどう?」

「温かいです……。それに何か、怪我する前よりも調子がいい感じがします……」

「いいね。じゃあ、左腕出して」

「っ、はいっ」

 神経が修復されて、正常に痛みを伝えているのか、レックスは顔を歪めた。


 魔力的に診てみると、左腕は『グチャグチャだった』という手首から先もそうだけど、前腕部、肘部、肩関節までしっかり歪んでいる。

「ちょっと痛いかも。布団噛んでて」

「はい…………んっ、ぐっ、おっ」

 ちょっとずつ、ちょっとずつ、歪みを治していく。これ、物理的に修復してるんだけど、魔力の流れっていうのも、物理的な障害があれば影響を受ける………ということの逆をやっている。以前、ナナフシ姫の神経を治したのとやり方は近い。あの経験がレックスを助けていると思うと興味深いわね。


 私の血を植え付けたことで、治癒能力と魔力への親和性が上がっているようで、魔力で修復すると、鋭敏な神経が即座に整形される。このまま固定されるとなると、脳の働きは別にして、器用さでは左手の方が上回るだろう。これはこれでバランスが取れない。

「右腕も出して。そっちもちょっと治す」

「は、い」

 左腕には激痛が走っているだろう。レックスは涙目だ。良く耐えてる……と言いたいところだけど、右腕はもっと痛いかも。健常な神経をいじられる方が、きっと痛い。


 素直に右腕を差し出すレックスを、一度チラ、と見てから、左腕と同様の整形をしていく。

「ぐっ、ふっ」

 それでも、レックスの神経はどんどん繊細に、敏感に変質していっているようだ。

 きっと戦いに向かない、細かい作業が得意な――――今でも得意だろうけど――――両腕になりそう。そう、言うなれば、『レックス・バージョン2』というところかしら。


「よし、これで両腕の均衡は取れるかな。慣れるまでは我慢して、色々作業してみてよ。自分が器用で細かい作業が得意だ、って念じながらね」

「念じること……に、意味があるんですね?」

「うん、多分、思ったように変質が進むと思う。後はね、なるべく毎日魔力を使いきってみてほしい。方法は任せるけどさ」

「気絶しろ、ということですね……。魔力総量の大きさが、今後のボクの活動に役立つと」

「うん。サリーにも教えたけど、魔力で細かい加工をする方法もあるし、そっちの方面でも細かい動きが出来るようになれば、工作精度は飛躍的に向上するよね。でも、さっきも言ったように、今の状態はかなり過敏だから、慣れるまでは我慢してね。あと、体調に問題が出るようならすぐに教えてよね」

「はいっ、んっ、姉さんっ」

 うわあ、色っぽくあえぐじゃないか、この少年は……。私にはショタ趣味はないので別にドキドキはしないけど、同年代の女の子なら注目せざるを得ないだろうなぁ。


「この後は熱が出るだろうから……ああ、そうだ」

 肩に乗っているスライムに、念話を試みる。

《彼の熱を微量、奪ってほしいんだ》

《熱を取るんだな! 了解したぞ!》

 ランド卿は念話でさえも甲高い声だった。そんなの再現しなくていいのに。

《あと、この子は色々鋭いから、ランド卿が話せることに気付いて、色々話しかけてくると思うけど、答えないでね》

《わかった………………》

 これは『魔物使役』による命令なので、ランド卿はダンマリモードに入った。


「レックス、このスライムは私が使役してる魔物ね。腰と両腕の熱を適量奪ってくれる。もし冷やしすぎて皮膚の感覚がなくなってるようだったら、寒いとか何とか言って、一時的に離れてもらって」

「スライム……粘液……」

 レックスが何か真剣な面持ちになった。何を考えているんだか。ランド卿をレックスに貼り付けて……。


《ああっ、前の方を触っちゃだめだよ。絶対に自慰行為に使われるから!》

《……………!! ……!!》


 ランド卿の心の叫びが聞こえて、スライムの体は腰と両腕、三つに分かれて、各々が紐で繋がっているような形になって……レックスに貼り付いた。

「つめたっ」

「我慢我慢。ホラ、服を着て。それで寝ちゃって。ドロシーには言っておくから、もう一日くらい休んだ方がいいわね」

「休みたくないです……」

「じゃあ、今すぐ寝ちゃいなよ」

「はい―――――」

 服を着せて、横にして、布団をかけると、諦めたかのようにレックスは脱力した。



【王国暦122年11月12日 16:25】


 暫く見ているとレックスは寝息を立て始めたので、そっと部屋を出た。部屋の前にはカレンが来ていたので、誘って上のリビングへと向かう。


「そう、レックスはどうなの?」

 アーサお婆ちゃんが開口一番、そう訊いてきた。

「『治癒』で色々修復しました。熱が出ると思いますけど、その対策もしておきました。後でもう一回診にいきます。明日になれば元気になるかも……」

 と言ったはいいけど、私の血を混入させたことで拒絶反応があるかもしれないから、予断を許さない状況ではあるわね。

「平気そうな事言ってるけど痛そうでさ、心配だったのさ」

「あの子を見てると母性が溢れてくるんだわ」

 カレンもシェミーも心配そう。これは特筆すべきことなんだけど、レックスは特に『魅了』みたいなスキルを使っているわけじゃないのよね。素の状態で好かれてるわけなんだけど、仮にスキルであれば、抵抗力の大きい上級冒険者には通用しないわけだし。


「そうね。噂では女性に大人気だとか聞いたわ!」

 何故か、アーサお婆ちゃんが嬉しそう。

「あー、騎士団の女騎士さんか」

「私は帝国のお嬢様の話を聞いたわ」

「それを言うなら最近ジゼルが熱い視線を送ってるさ」

「さらにそれを見ていたフローレンスが女の顔をしてるわ」

 え、モテモテ(死語)じゃないか……。それに何よ、ジゼルとフローレンス? 何でよ?


「驚きました。あのレックスが……?」

 一番驚いているのはサリーだった。

「そうみたいね。『近すぎて見えない』ってやつかもよ?」

 私はサリーとレックスの関係に杏里っぽく、哀しみが止まらない一石を投じておく。もちろん、興味本位で!


「ああ、それでお婆ちゃん、お土産ですけど……。リビングに置くのはちょっと邪魔なので、厨房に行きましょうか」

「そう! 陶器を買ってきてくれたのね」

 私は大きく頷いた。売るほど買ってきましたからね!

 厨房に着くと、私は『道具箱』からバンバン陶器を出していく。主にお皿ね。

「そう、これは綺麗なお皿ね」

 何枚かを取り出して、アーサお婆ちゃんが唸る。確かに、飾り付けとか絵付けとか、その辺りの技術はかなりのものだなぁ。絵に関しては目新しさがないのがちょっと残念だけどねぇ。この辺りはカディフ産の方がいいのかもしれない。


「でもよ、嬢ちゃん、これはちょっと……」

「買いすぎ……?」

「いやあ、ほら、ウチはたくさんお客さんきますし? 住人も多いですし?」

 何なら、ドロシーが引っ越したときにでも持っていってくれればいい。それでもまだまだありそうだけど。

「そうね、あって困るものじゃないわ。ありがとう、嬉しいわ!」

 アーサお婆ちゃんのニコニコ顔が見られるならお安いご用ですとも。

「はい、ああ、あの、ベッキーさんは?」

「そうね……お昼に一度起きてきたけれど、もう近いかもしれないわ」

 あらまあ、なんと。

「ベッキーさんが落ち着くまでは出張は控えるようにします。もうお産婆さんは……?」

「そうね、教会に頼んであるわ」

 じゃあエミーも漏れなく付いてくるわね。一安心というところ。

「それにしても嬢ちゃん、お医者様でも食っていけるんじゃ?」

 カレンの問いに私はいやいや、と手を振った。

「私モグリなので……」



――――無人島も買ってませんし。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ