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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
おんな港町ブルース
486/870

不在の代償

相変わらずのダラっとした主人公の活躍(?)を楽しんで頂ければ幸いであります。


【王国暦122年11月12日 13:17】


 銀製ゴーレムを倉庫に入れてニヤニヤしたところで、予約していたホテルトーマスのレストランに向かう。

 打ち上げって感じじゃないけど、今後の相談も含めて、事前に話をしておかないといけないこともあるし。

「んー、じゃー、無事の帰還を祝ってー、かんぱーい」

「かんぱーい」

 もちろん、水で乾杯なんだけど、結局ノンアルコールビールやワインなんてものはブリストにはなかったのよね。まだ世界の全てを見ていないってことなんだけど、グリテンの南部でウロウロしているだけの私には、旅する勇者的なイベントはないらしい。

 まあ、アルコールが駄目って時点でどうかと思うけどさ……。


「一ヶ月の不在はちょっと空けすぎたかしらね……」

「私は楽しいからいいんですけど……。教会の皆さんに負担を掛けていないか、それが心配です」

「ドングリ採りにいきたいです……」

 真面目なエミーと、食いっ気のサリーね。エミーは将来的な自分の立場だとか、そういうのを見据えて行動してるフシもあるしなぁ。仮に革命みたいなものがなかったとしたら、普通に聖職者を続けるわけで、その方面でも偉い人になるはずだから、そうそう教会を留守にするのもどうかと思うし。


「と、なるとだよ? ラルフには教会に行ってもらった方がいいかな。ユリアン司教には話しておくけど、どう?」

「ああ、聖女様をお守りするなんて、ちょっと格好いいな……」

「そういうもんかね。サリーの方はさ、もうドングリの季節じゃないから、後日にでも、まるまる太ったリスでも狩ってくればいいと思うんだけど?」

「あ、リス、いいですね。狩り尽くしますよ!」

「いや、そこは食べきれる数だけにしておこうよ……」

 と、そんな話をしているうちに、ジュウジュウと湯気を立ててステーキセットがやってきた。

「おー、肉……」

「肉々しい肉だね。リオーロックスの熟成肉。肩の肉だね」

 物凄く当たり前だけど、この世界でもちゃんと食肉を熟成させるんだよね。アミノ酸が分解云々なんて知識はないのに、そうした方が美味しい、っていう経験則があるんだろうね。


「豆腐に慣れた体には、お肉はきつく感じますね……」

 エミーは繊細な事を言うけれど、普通にモリモリ食べてるわね。

「ここは付け合わせが美味しいんですよ!」

 サリーは割とホテルトーマスのレストランの常連らしく、付け合わせにも色んな種類があるのだと解説してくれた。得意気なサリーは可愛いねぇ……。


 打ち上げが終わり、一度教会に向かうことにした。

『きゃりーちゃんV』はもう、そのままサリーに運用を任せることにした。ドップラー効果も新たな段階に入るということかしらね。


 ラルフはユリアン司教に話してから教会に行くのが筋だろう、ということで、今晩はアーサ宅に拉致をすることにした。まだ客間用にチューブの部屋が空いてるはずだし。


 何だかんだとフローレスたち四人組はアーサ宅に入り浸っているようで……。レックス以外は女子寮みたいなもんだしなぁ。迷宮近くにある従業員寮が手狭になったら、別途、女子寮を本格的に作らなきゃいけないかな?

 うーん、ドロシーの新居? 愛の巣? も整備しなきゃいけなかったし……。その辺りもどうにかしなきゃ。ドロシーが引っ越ししたら、また空き部屋が増えちゃうから、このままでもいいような気がするけど……。

 何だか思い出すとボロボロ仕事が湧き出てくるという不思議現象に、思わず泣き笑い。



【王国暦122年11月12日 15:10】


「それじゃ、お姉様、また!」

「うん、またねー」

 エミーを教会で降ろして、『きゃりーちゃんV』はアーサ宅に向かう。

「うええ……」

 ラルフは迷宮街道を高速で走り抜けたので、恐怖からかグッタリしている。

「もうちょっとだから頑張ろうね」

 我ながら、乗り物酔いをしている生徒を励ましている引率の教師みたいだなぁ、と思ったり。


『裏会議』招集の短文が来ていたので、あまりゆっくりは出来ないけど、お土産の陶器を披露するくらいの時間はあるだろう。

 サリーやエミーには言ってないのだけど、レックスはかなり派手に活躍(暗躍?)したらしく、その後遺症ともいうべき大怪我をしている。命に別条はないとのことだけど、ちょっとそれも心配なのよね。ドロシーの短文からは怒気が伝わってきてたし、私も一緒にお叱りを受けることになりそう……。

 まー、男の子なんだから、怪我の一つや二つ……唾つけとけば治るわよね。


 教会とアーサ宅は近い。

 のですぐに到着してしまった。サリーは『きゃりーちゃんV』を庭に置いて、待機モード(手足を折り畳んで専有面積を減らす)にした。色々謎機能がついてるなぁ。


「ただいま!」

「ただいま! お婆ちゃん!」

「そうね、おかえりなさい」

 アーサお婆ちゃんが、変わらない慈愛に満ちた笑みで迎えてくれた。

「おー、嬢ちゃんおかえりー」

「おかえりー」

 カレンとシェミーはもう護衛の任を解かれているのかな。二人とも家にいるなんて。

「あー、うん、ちょっとね、レックスを送ってきたのさ」

「え?」

「そうね、怪我の予後があまり良くないわね……」

 アーサお婆ちゃんが心配そうに溜息をつく。幾分かは、私への非難が混じっているような気がする。

「え、姉さん、レックス、どこか怪我でも……?」

 サリーは初めて聞いたもんね。

「ん、大丈夫、私が診るからさ。後でレックスの武勇伝でも聞いてあげてよ」

 それが話せる内容ならな!

「はい」

 怪我の程度を知らないからか、レックスに興味がないからか、サリーの反応は淡白だ。レックスは確か、サリーの事が好きだったはず。この『好き』っていうのは一般的に言う恋愛感情だと思うんだけど、レックスの脳内構造は斜め上に飛び出てるからなぁ。『サリーの耳裏のホクロの毛の角度が可愛くて好き』程度のひねくれ方してるだろうね。


「レックスは自室ですか?」

「うん、いま寝かせてきた。まだ起きてると思うけど」

「まあ、寝てても起きてても治しますけどね。じゃあ、お婆ちゃん、お土産もあるんですけど、先にレックスを診ます」

「そうね。そうしてほしいわ」

 アーサお婆ちゃんのお墨付きも貰ったので、チューブへ降りることとする。ベッキーさんの姿が見えないけど、寝てるのかしら。もう一月以内にはお産だよねぇ。


 レックスの部屋の前に立って、一応声を掛ける。

「レックス、入るよ?」

「ちょっ、姉さん? ちょっと、ちょっと待って!」

 レックスが慌ててる時は怪しいことか妖しいことかどっちか。ここは尊厳を守ってもらおう。


「はい、もう大丈夫です!」

「うん、入るよ。話は聞かせてもらった。恥丘は滅亡する……いや何でもない」

 部屋に入ると、レックスはベッドの上で布団を被っていた。ん、まあ、あれね、ナニをしてたのね。恥丘は青かったんだね。


「お、おかえりなさい、姉さん」

「レックス」

「はい、姉さん」

「盗んだパンツで走り出したか」

「!」

「驚いたね。驚いたって顔だね。まあいいや。活躍したそうだね。カレルを倒したとか」

「あ、ああ、はい、偶然ですよ」

「いやあ、あの人、偶然じゃ倒せないよ。『せいぎのみかた変身セット』、活用してたみたいじゃん?」

「あ……それのことなんですけど……ごめんなさい、姉さん。パンツもブラも失ってしまいました……」

 レックスは唇を噛んで目を伏せた。男の子なのに色っぽい。

「うん。レックスなら、あの刺繍、再現できるでしょ?」

「できましたけど。多分、もう無理です」

 包帯が巻かれていた左腕を見せて、寂しそうにレックスは笑った。

「それが問題の患部ね。後は?」

「腰です。その、あの、履いている下着を『光刃』で強化して、それで突っ込んだんです」

 無茶するなぁ……。

「『光刃』の強化魔法は、強化する物品が、ある程度硬くないと意味ないわよ? 柔らかいものを鋭くしても、中は柔らかいままだもの」

 まさか、生死がかかった状況で()()なっていたとか? それならそれで大物すぎる。

「あはは……」

 レックスは一層、悲しげに笑った。失敗しちゃいました、って笑ってる場合かよ……。

「よし、レックス、ちょっと脱いで。患部診せて?」

「えっ、いや、その、ちょっと」

「五月蠅いわね、ほれ、脱いでうつ伏せになって」


 レックスが必死になって、止めて、と女の子みたいに暴れるけれども、腰に力が入らない、っていうのは本当みたいだ。あっさりと布団を剥がして体を裏返すことができた。

「…………このパンツは……?」

「…………はい、姉さん……?」

 レックスが履いているパンツは、どうみても絹製で、サイズピッタリとはいえ、花の刺繍がしてあったりして。

「誰のパンツ?」

「あの、帝国のお姫様のパンツです……」

 なるほど、姫様の。

「って、姫様?」

 好事家から高値で購入したマニアックな一品、って訳じゃないと思うのだけど?

「姉さんが不在の間に、お忍びで視察に来てたんです。その時に、パンツ仮面で奪った品物ですっ」

 お忍びで帝国関係者が来ている、って話は聞いてたけど、まさか被害者だったとはね……。


「なるほど、これは戦利品としても一級ね」

「で、ですよね! ボクもそう思います!」

 褒められたと思ったのか、レックスが鼻息を荒くして表情を輝かせる。こいつ………まったく、変態の天才ね。変才というべきか、天態というべきか。どっちでもいいけど。


「だがしかし。実際に履いてしまったら、それはもうレックスの臭いが付いてしまうわ。転売は絶望的ね」

「転売なんてとんでもないです! こんなに美しいパンツなのに、ちゃんと汚れていて……」

 すげえ、まさにエリートだ。


「うーん、もはや、この場合、手洗いで丁寧に洗濯をして、永続的な保管を試みるべきだと思うの」

「汚くて臭いからいいんじゃないんですか!」

 レックスは主張を譲らない。これは見解の相違というやつかしら。


「まあいいわ。ドロシーにバレたら、私も殺されそうなんだけど……。ああ、それなら、『洗浄』はせずに『浄化』だけしたらどうよ? 少なくとも病気にはならないよ?」

「あ、なるほど……さすが姉さんです!」

 褒められてる気がしない……。


「とりあえず、時間もないから、脱いで」

「うう……わかりました……」

 渋々、といった感じでレックスは丁寧に、時々腰の痛みに顔を顰めながら、姫パンツを脱いだ。

「貸して」

「ああっ」

 レックスが泣きそうな顔になるのも構わず、私はパンツを取り上げる。

「ふむ……」

 凄いな、姫パンツ……。

 刺繍の丁寧さがロイヤルね。生地も一級品、縫製も一流の仕事。さすがにゴムはないから、紐で縛るようになってるけど、紐も絹の縫い合わせか。ほうほう……。

 ふむ、クロッチの部分とお尻の部分に怪しいシミがあるわね。あー、これも、元々はロイヤルなわけね。それに加えてレックスの恥ずかしい染みがミックスされて……。ある意味、これは倒錯した性的嗜好の発露で、合作でもあると。


 で、お約束ではあるけど、やっぱり嗅いじゃう。

「くさっ」

「ですよね!」

 レックスが嬉しそう。いやあ、斜め上に育っちゃったなぁ、コイツどうしようか……。

 内心の笑みを隠して、とりあえずはパンツをどうにかしよう。


「――――『浄化』」

 パアァ、と薄く光が姫パンツを包む。汚れた跡はそのまま残った。

「はい、これ、大事にとっておきな。下着蒐集もほどほどにしておきなよ? その趣味を理解して賛同してくれる女性は絶対にいないから」

 じゃあ自分はどうなんだ、って話だけど、私はパンツには萌えないもの。

「はい、姉さん………」

 涙目になって、真面目な顔で頷くレックスは、また一つ、大人の階段を昇っていたようね。



――――安心のレックスクオリティだった。





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[一言] レックスが遠いところに行ってしまった
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