ポートマットへの帰還3
【王国暦122年11月10日 9:41】
陶器を受け取り、迷宮内部の魔物たちに指示を出して、保管庫から銀塊を上に向けて搬出してもらう。
「お姉様、このまま行きますか?」
「うん、まだ持っていく物があるんだけど……。サリーは……?」
「はーい、姉さん、いますー」
「きたきた」
「丸太の方はどう?」
「ほぼ完了です。綺麗にまとまりましたよ」
「うんうん」
サリーが偉そうなのはわかるけど、何故かラルフも偉そう。
「それじゃー、お昼前には出発するよ。私はゴーレム作るから」
「はい。お弁当作ってきます。あと、彼らが買ってきた果物をどうにかしてあげたいのです」
「うん、砂糖が必要なのね」
さすがお姉様、と褒められたので、照れながら砂糖を二キログラムほど渡す。ジャムを作るとしても、まあ、まだ間に合うかな。
エミーが『塔』の厨房に走り出すと、サリーは手持ち無沙汰に私を見た。
「サリーがゴーレム作る?」
「あ、はい、やります」
「じゃあ、素材は今搬出されてくる銀塊ね。それで四足運搬用ゴーレム(小)を四体。別途、石材で土木用八足ゴーレム(大)を二体、四足運搬用ゴーレム(中)を二体」
「ずいぶん作るんですね……」
「うんー。土木用と、石材だけで作る運搬用は運用期限を長く設定しておいてよ。そうだね、二ヶ月くらいがいいかな」
「はい、わかりました」
まもなくして、迷宮の土柱経由で、続々と銀塊が搬出されてくる。
「グモー!」
「ノオオー!」
今日も元気なミノさん、オクさんたちが、モリモリの筋肉を誇示しながら、銀塊を複数人で抱えて、ゴーレム生成の魔法陣上に運んでいった。魔法陣にはゴーレムのサイズ毎に指定の体積が記述されている。それを懸案しながら、半魔物の一人があと幾つの銀塊を持ってくればいいのかを叫ぶ。
「あと……五つ!」
「ふぁあいぶー!」
「ふぁいーぶ!!」
何と、ミノさん、オクさんが数字を喋った。半魔物たちと簡単なコミュニケーションが成立しているらしい。ロンデニオン西、ポートマット西の両迷宮の進歩(進化?)具合と比べても遜色ない。
《ゴーレム生成(四足・近距離運搬用)を行いますか? Y/N》
「いえす」
『メリケンNT』からのアナウンスで生成の可否を訊かれる。ゴーレムは無節操に作られても困るので、今のところ正・副迷宮管理人、一部の半魔物の許諾がないと生成できないようにしてある。
ゴーレム生成の魔法陣に光が満ちていき、わらわら……と土精霊たちが集まり、やがて踊るように回り出す。ちなみに高機能なゴーレムほど、土精霊が多く集まる。精霊密度が高い状態、っていうのかしら。
光が満ちた状態が三秒ほど続き、やがて光が消えていく。
完全に消えると、そこには鈍い黒色のゴーレムが立っていた。荷台は空の状態で、これは後で粘土を載せるつもり。
「あれれ……銀色じゃない?」
サリーの驚きとも文句とも取れない発言に、
「これで大丈夫。ちゃんと銀だよ。表面が酸化しただけ」
「あ、そういうことなんですね」
見る人が見れば銀が酸化したもの、ってわかるかもしれないけど、遠目に見ただけで判別出来る人はまずいない。だから偽装もせずにこのまま行っちゃおう。
ゴーレム生成をサリーに任せて、私は鉱物の保管庫へいく。
ミノさん、オクさんがえっちらおっちら、と銀塊を運んでいる。その脇で、私も銀を飲み込む。あとは金と銅。鉄以外のストック品の、おおよそ二割を持ち出す予定。
思えば、ここの銀を奪って、すぐにポートマットにトンボ帰りすれば目的は達成したんだよね。
「あははっ、遠回り大好きだなぁ!」
自嘲して呟く。
ブリスト南迷宮は、まだ魔物のレベルが低く、若い個体が多いものの、数とバリエーション、全体の規模から見て、ロンデニオン西、ポートマット西迷宮に匹敵する迷宮になった。っていうかしちゃった。
キリのいいところを探すのがなかなか難しい迷宮だった。
うーん、そもそも『塔』があったから、それを壊されたから、新しい塔を建設する羽目になったし……。状況に流されまいと逆らってるうちに付随してやることが増えてしまった。
ま、面白かったからいいや。いいよね?
【王国暦122年11月10日 11:49】
「これ、お土産になっちゃいました」
と、まだ仄かに温かいブドウジャムが入った陶器の瓶を抱えて、ニコニコ顔のエミーが塔から降りてきた。お弁当は『道具箱』に入れてあるらしい。
「うん、サリーの方も終わってるみたい。行こうか。じゃあ、ヴァンサンさん、オネガイシマス、後をよろしく。すぐ戻ってくると思いますけど」
「ああ、うん。よろしくやってるよ」
「はい、マスター、お気を付けて。お早いお帰りをお待ちしております」
ヴァンサンたちは勝手にやらせておくからいいとして、半魔物たちには、明日には到着するだろうブリジット姉さんに馬を渡したりと、その辺りの指示をしておいた。
オネガイシマスには何だかんだと雑用を頼んだり、まとめを頼んだりすることが多く、本人も重用されている自覚があるみたいで、矢鱈に威張っているわけではないだろうけど、半魔物たちに自主的に指示を出している場面も散見するようになった。
半魔物たちの能力に関しては未知数の部分が多くて、分類してまとめるとなると、彼らが死ぬまでに、その作業が間に合うかどうか微妙なところ。なるべく記録はさせているけど、本人申告だけじゃ観察とは言えない。幸いにも『メリケンNT』に含まれている『けんちゃん』の思考部分に、その辺りを任せているので、何十年か後になれば、概要くらいは記録できてるんじゃないかと思う。
《姉さん、ゴーレム隊は先行させますよー?》
「うん、おねがーい」
サリーの大声が聞こえる。『拡声』だね。
サリーの指示通り、銀製ゴーレム四体を先頭に、土木用二体、中型運搬用が二体。ゆっくりだけれども、石の台地に向けて歩き出した。
「それじゃっ、また!」
「ああ、まただ」
「はい」
ラルフの方も、色んな人に挨拶を終えて戻ってきた。
「こっちもいいぜ」
「よし、いこう」
私たちは手を振って、『きゃりーちゃんV』に乗って待機していたサリーの下へ行く。
『カプセル』が回転してエミーが乗り込むと、ラルフが一度、私を見た。私はニヤリと笑って『きゃりーちゃんV』の荷台に、先に上がってしまう。
「やっぱり乗るのか……」
「しょうがないじゃん、『きゃりーちゃんV』は二人乗りなんだから」
「馬車っていう選択肢は……」
「『石の道』が完成していれば、そうしてたけどねぇ」
「ぐぬう」
ラルフは文句を言いつつも、私に倣って荷台に昇った。
「よっし、サリー、いいよ」
《はい、いきまーす》
サリーの声と共に、グン、と『きゃりーちゃんV』の足に力が入り、軽く地面を蹴り始める。ラルフはその振動に肩を落とし、荷台に座った。視点が高いと怖いらしい。低くても怖がるくせにね。
『きゃりーちゃんV』が先行していたゴーレム隊に追いつく。『石の道』の南側では、スコップだけで遊水池を掘っている土木魔物たちの姿が見えた。
手を振ると手を振り返す。これもいつもの光景だ。この四人のうち、誰かにとっては見納めかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
《また……来られますよね?》
エミーが寂しそうに訊く。
「うん、多分。『石の道』がポートマットまで開通したら、半日よりちょっとかかるくらいで、ポートマット迷宮に着くよ。安全性を考えなければ半日くらいだと思う」
「そこは安全に行こうよ!」
ラルフが叫んだので、『きゃりーちゃんV』の中にいる二人も笑った。
《それで……姉さん、経路はどのように?》
「んーとね、石の台地に上がる前に、もう四体くらいゴーレムを作って、粘土を入手しようと思うの」
《じゃあ、石室で一泊ですか?》
「ううん、街道建設の最前線まで行って、そこで一泊するよ。どっちにしても道を切り開きながら進まないといけないから」
《ああ、それで長物さんとダンプさんを現地に残してるんですね》
「そうそう。迂回路で余計な場所まで開拓しちゃうことになるけど、回り道には慣れてるよね」
「まあ、そうかも」
《そうですね》
《まあ、そうですね》
全員から了承を貰ったところで、石の台地入り口に到着した。
【王国暦122年11月10日 12:40】
石切場に移動して、中型サイズの四足ゴーレムを作る。特に何を運ぶ訳ではなく、強いて言えばゴーレムを構成する石材が欲しいだけ。四体もあれば、当分は石材に困らないはず。
私がその作業をしている間、サリーは銀製ゴーレムの荷台に載せる粘土を掘り出しに行っている。ブリスト街道を挟んで石切場の反対側(北側)に、粘土が密になった場所がある。迷宮の管理地域はこの石切場だけなので、サリーがやっているのは違法採掘だったりするのだけど、なんなら粘土の採掘権も買っちゃおうと思ってたりするから、言われたら買います、って言えばいい。我ながらいい加減だと思うけど。
サリーが戻り、銀製ゴーレムの荷台に正立方体の粘土が載せられ、私もゴーレムを生成し終えたところで、先に作った坂道を登り始める。
ゴーレムが全部で十二体と、『きゃりーちゃんV』。そうそうたるキャラバンね。地響きも凄いことになっているけど、これはゴーレム間でわざと足並みを揃えないようにしている。揃えると、一気に振動が地面に伝わり…………要するに地震になる。
地震なんて経験したことのないグリテン在住の人からすれば、このゴーレム軍団は悪魔の軍勢に見えるだろう。近寄られないで済む、と言えば良いことに聞こえるけど、悪印象には違いない。
「ま、それも今更かな」
もう最近は色々と手遅れになってるところもあるので、わざわざ自分を良く見せようとは思わなくなっている。よく思わせたい男でもいるんなら別だけどさ……。
坂道を登り終えて、東側スロープへ進行を始める。
石室近辺に差し掛かったところで、東方向に複数の光点が感じられた。
《姉さん!》
サリーも気付いたようだ。
「多分、ブリスト騎士団だよ。挨拶だけしてくる。敵だったらそのまま塵にしてくる」
《はい、お姉様、お気を付けて》
「ラルフは二人の護衛頼むね」
「ああ。任せてくれっ!」
ラルフの顔には多少の不安が見える。帰還すればラナたんに会うことになるから、結果を突きつけられるのが怖いのかもしれない。
【王国暦122年11月10日 13:32】
『黒ルーサー剣』を取り出して眼前に突き出して横に構え、『風走』を発動、勢いを付けて石の台地から大ジャンプ。
「たあぁぁ~!」
落ちる。全然前に飛ばない。ああそうか、この剣が重すぎるんだ。形状的には揚力が生まれるはずなんだけどなぁ。
「ひょおおおおお――――っ」
空を! 蹴る! 蹴ってる! つもり!
で落ちる。
『風走』のホバークラフトで着地(墜落)の衝撃を和らげ、
ボフッ!
ボン!
ポーン
と三回に分けて着地(墜落)、まるで元の世界の火星探査機みたいだな、と自嘲しつつ、丁度光点の百メトル手前ほどで静止した。
「ふうぅ~。死ぬかと思った……」
ちょっぴり脳内麻薬が放出されたよ……。
『魔力感知』によれば光点は全部赤。敵性認定されている。これは向こうが敵意を露わにしている、という意味で、私がどう思っているか、ということではない。
三十人ほどの集団の中にはオースティンがいた。ブリスト騎士団だね。
《どもー》
と軽く『拡声』で挨拶をすると、光点は徐々に紫、青になっていった。そりゃ、危険な魔力量の持ち主が飛んできたんだから、警戒するのも当然よね。実態は墜落だけどね。
《『黒魔女』殿か!?》
《そうでーす》
《結婚してくれー!》
《お断りしまーす》
お約束なやり取りを終えて、剣を収納して、滑るように騎士団に近づく。クラーク卿の姿も見えた。この人だけは光点が青くはなく、ちょっと紫っぽいから警戒してるんだね。
「こんにちは。一度ポートマットに戻ることになりまして、ご挨拶に参りました」
「そ、そうか……残念だな」
そう言ってくれるオースティンは本当に残念そうだけど、クラーク卿は露骨にホッとして見えた。
「はい。ああ、それでですね、石切場近くの粘土を少量頂きました。確認の上、後で代金を請求して頂ければと思います」
「ああ、そうなのか。わかった、それは対応しよう。請求書は迷宮の方に送れば良いのだな? 結婚してくれ」
「は…………結婚はお断りします……請求書の方は、そうして下さい」
こいつ……巧妙になってきたな……………。今のはナチュラルにひっかかるところだった。
「わかった。『通信端末』導入の件は、領主の方から、冒険者ギルド・ポートマット支部に問い合わせを始めている。まだまだつき合いは始まったばかりだ。だから、結婚を前提につきあってくれ」
く……変化球ばかり投げやがって……。
「結婚は前提にしませんし、結婚もしませんが、商売上のお付き合いは懇意にしたいところですね」
その後、短時間ではあったものの、情報の交換をした。
「なるほど、ボンマットは落ち着いたか。王都第三騎士団は全軍が王都に帰還した。本来ならノクスフォド領地を出るまで監視したかったのだがな。我々も時間切れだ。これ以上ブリストの町を留守にはできん」
方角的にブリストの町へ戻るわけね。
「それでは、私は先を急ぎますので」
これ以上変化球を投げられたら三振してしまいそう。オースティンがどう来るのか読めなくなっているとは……。これが『黒魔女』対策だとするなら、実に効果的じゃないか。
「ああ。またすぐ戻ってくるのだろう?」
「その予定です。それまでご健勝で」
「『黒魔女』殿もな。結婚してくれ」
「………………しません。では」
オースティン、侮り難し……。そんな印象を持ちつつ、ブリスト騎士団から離れた。
「さ、追いつかないと」
先行しているエミーたちに追いつこうと、私は東に進路を取った。
――――先を急ぐ!
ごめんなさい、まだ到着しません……。




