ポートマットへの帰還2
【王国暦122年11月10日 7:08】
オネガイシマスからは午前中に帰着します、という連絡を受けていたので、それまでの間は、資材の整理をしておくことにした。
「ひゃあ、これは凄いことになってますね」
サリーが可愛らしく驚く。
迷宮南側に配置している資材置き場は大まかに二つに分かれていて、一つは石切場から持ってきた石材の仮置き場。もう一つはいきなり満杯になった木材置き場。
石材置き場の方は、大きな石ブロックがドデーン、とそびえている脇に、ボタ山のようになった石礫が積み上がっている。
木材置き場の方は、丸太留めがないので、だらしなく原木がバラ撒かれている状態。
「ピキーン☆」
「おおっ? 姉さんが閃いた!」
「うん、多すぎるボタ山を少し使って加工して、丸太留めを作ろう。それで並べていってもらう」
「さすがです、お姉様……」
いや、こんなの誰でも考えつくって。
一つサンプルとして作ってみる。適当に石片を『道具箱』に飲み込んで、取り出すと同時に成形する。
「これは……『硬化』でいいのかな。『成形』でいいのかな」
「同時に発動すればいいんじゃありませんか?」
おお、さすが魔法とパンとドングリの麒麟児。素晴らしい指摘だ。
「とうっ―――――『硬化』『成形』」
何と言うことでしょう、適当な大きさだった石礫が、一辺半メトルの正立方体になって出てきたではありませんか。
「冗談みたいな光景だな……」
ラルフがぽかーんと口を開けていた。
そんなラルフは置いておいて、同じものを、あと三つ作る。四つの正立方体を四隅に置いて、ゴーレムを使ってその中に丸太を積み上げていく。
「サリー、これをさ、原木置き場全域に、お願い」
「はい、姉さん。原木の山同士は、ゴーレムさんの幅があればいいですよね?」
密集し過ぎかもしれないけど、そのくらいしておかないと駄目かな。
「うん、任せる」
私が頷くと、サリーはローブの袖をまくって、やるぞー、と気合いを入れた。ちっちゃ可愛いな!
「エミーの方は引き継ぎは終わってる?」
「はい、昨日のうちに」
「うん、じゃあ、ラルフはサリーについていてあげて。危なくなったら――――」
「わかってる。身を挺して守る」
そうは言うけど、ゴーレムが運んでいた丸太が落ちてきた! 程度のことなら『障壁』が跳ね返すと思うのよね。
「うん、じゃあ、エミー、一緒に植樹の様子を見に行こう」
「はい! お姉様!」
ちょっとエミーが嬉しそう。構ってなかったわけじゃないんだけど……。ああ、私と違って、彼女の中身は見た目相応なんだね。
どうかエミー、少女のままでいて………。と、横乳から目を逸らし、現実からも逃避する。
この迷宮に来てからは聖女オーラを故意に強めているみたいで、男だらけの環境にも拘わらず、邪な気持ちを封じている。……はずだけど、それに加えてブライト・ユニコーン、ラルフの目がなければ、襲われているかもしれない。
迷宮的にも、魔物使役的にも、当然、カサンドラを除く女衆に対して、性的な手出しには制限をしているのだけど……。
それくらいエミーは美しい娘だ。こんな土埃まみれの迷宮の厨房で女将さんやってちゃ駄目なんだな、と今更ながら思ったり。でも本人が楽しそうだから、ねぇ。
料理って確かに、やってないとやりたくなる。逆に飲食店勤務だと自宅で作らない、って人も多いものね。何だろう、料理作りたいゲージみたいなのがあるのかな?
そんなよくわからない思考に囚われつつ、迷宮の周辺を視察の名目で散歩していく。
ブリスト南迷宮の北側はブリスト街道。その間に、ポツポツ……と畑のように、妙に規則的に植樹された木が並んでいる。いっそ何かの模様にすればミステリアスだったかなぁ。何千年も後の人が、遺跡になった迷宮周辺を見て、『こっ、この配置はっ!』とか叫んだりするの。
なお、迷宮から見て左側(北西側)は針葉樹、右側(北東側)は広葉樹を植えていて、圧倒的に広葉樹の方が植樹した数が多い。針葉樹の方は何種類かあったので、種類ごとに迷宮から北に向けて植樹をしている。
両者とも、元の環境よりは日当たりが格段に良いので、スクスク育ちそう。
「結構色々な木があるんですね。葉っぱの形が違います」
「うん、向こうに植えてある方は、なるべく原形を保って植樹してるのよね。食べられそうな実を付けるのは、迷宮の壁内に多くあるよ」
「サリーが食いしんぼさんだからですか」
クスクス、とエミーが笑った。
「うん、あとはこれね。チェリの木」
「ああ、おとぎ話によく出てくる木ですね」
私は口では『サクラ』と言ったつもりだったんだけど、親切なヒューマン語スキルが現地名に修正してくれた。へえ、そういうんだね。これは樹皮が独特なので一発でわかった。
「そうなんだ? 観賞用だけど、突然変異があれば食べられるものになるかも」
「え、そういうものなんですか?」
「うん、株分けして、この辺一帯は全部チェリの木になってるよ。何十年か先にはチェリ色の花が絨毯のようになって……花見の名所になるかもしれないね」
「まあっ。それは夢物語のよう……。素敵です、お姉様」
「チェリの木が荒らされないような、平和な世の中だといいね。建材に向いてる樹木だけど、なるべく伐採しない方向でいこうかな」
「そうですね。花を愛でる気持ちになれば、争うことなど考えもしないでしょう」
どこか宗教めいているところがエミーっぽい。
とってもどうでもいいことなんだけど、『植樹』っていうのは本来、単体で木を植えることを指すのよね。今回みたいなケース、つまり木を育てて活用しよう、と複数の樹木を植えるのは『植林』に相当する。でも、今のところは活用云々のレベルじゃないから、『植樹』でいいと思う。
ヘベレケ山も東側の裾野なんかは思いっきり植樹してるけど、別に何かに活用しようってわけじゃなくて、『緑化』の意味合いが強いよね。それってフェイの提案でもあるらしいんだけど、発想が完全に元の世界の人よね。
実際問題、今回の植樹もそうなんだけど、他のところから植物を持ってくる、っていうのは環境全体で考えると、影響が全く見えないから、『植物植えておけばいいや』的な発想でいるとどこかにしわ寄せが行っちゃったりする。
たとえば――――大陸の南側なんて相当に温暖らしいんだけど、緯度(調べたわけじゃないけど)を考えるともっと寒くてもいいはず。ということは、恐らく、もっと南、赤道近辺は砂漠なんじゃなかろうか。その辺を緑化したとしたら、熱い空気が来なくなって、北側にある大陸全体が寒冷化しちゃうかもしれない。
だから、とにかく緑だから、二酸化炭素を吸うから、と緑化してしまうのは、その時の環境に反するんだと思う。
ああ、でも、これは自然にそうなってる場合、って話よ? 人間の活動によって減った分はどうにかしないとねぇ。
今回は『石の道』街道の延伸で大分伐採しているので、その分くらいは増やそうと思う。別に植樹することに熱心、ってわけじゃない。使った分は補填します、ってだけね。
「遊水池は後で通りかかるから、その時に見るとして。西側も見に行こう」
「はい」
迷宮の西側はわざとらしく下水道だけが伸びていて、あとは勝手にやってください、みたいな状態になっている。迷宮都市建設準備オッケー! なわけね。
「お姉様、ここに町ができた場合、管理はどうなるんですか?」
「ノクスフォド公爵の領地だから、ブリストの開拓村みたいな扱いになると思うよ?」
「迷宮側からの関与は最低限になる、ということですか?」
「そうなるね。下水道に関しては流せるなら何でも流してくれれば迷宮やスライムの餌になるし、どんどん流してほしいね」
エミーは頷いてから一拍置いて、んー、と思案顔になって、
「……お姉様、ロンデニオン西迷宮は逆に町を内包してましたよね? 何か違いがあるんですか?」
コテン、と首を傾げた。うわー、なんじゃ、かわええのう……。
それはそうと質問に答えねば。
「うーん、周辺環境の違いかなぁ。ロンデニオン西迷宮にも王都騎士団が侵入してきたことがあるのは知ってるよね。あっちの迷宮はすでに稼働中で、受け入れ体制が整ってたわけ。どうぞどうぞ、入ってください~って感じだったのさ。迷宮的には大歓迎なんだけど、体面上は、『攻めやがったな!』と怒ったフリをしているわけ」
「口元を隠しての恫喝ということなんですね」
「うん、元々、迷宮があの場所にある、って認知されていたから、潜在的に王都の人は迷宮が怖いわけ。改めて迷宮の中に入れて、迷宮怖いところですー! と印象付けはしたけど、あんまり変わってないだろうね。直上を町にして住民を人質にするつもりだけど、王都騎士団が本気で攻めるなら、人質の意味はあんまりないかなぁ。同じ人質に取るのであれば、逆に扉を開放してロンデニオン市内に魔物を解放する、って脅した方が効果的だもんね。こっちの迷宮は――――」
「はい」
エミーが相づちを打つ。
「―――こっちの迷宮はまだ設営途中を邪魔されたじゃない? で、武威を示したと言っても、それは私の力よね。迷宮の力じゃない。ブリスト市民はあまり迷宮に親しんではいないから、本質的に暴力装置だってことを実感しないまま、迷宮に来ると思うのよね」
「ああ、ロンデニオン西迷宮は、『味方を人質にした』のが直上の町で、ブリスト南迷宮の隣に出来る町は、最初から敵性認定しているってことですか」
エミーがポン、と掌を叩いた。
「うん、そこまで深く考えているわけじゃないんだけどね。知っての通り、ブリスト南迷宮って実態は資源採掘用迷宮だからさ。せめて鉱脈が尽きるまで、本質を誤認させておきたいの」
「ふふ……金銀独り占めですね」
「魔道具製作に必要だ、ってこともあるんだけどね。国にしてみれば金銀は本当は必要だと思うよ。貨幣の材料としてね。だけど、貨幣の材料そのものに価値があると、どうしても問題は出てくるよ」
「悪徳商人さんが金貨を削って……というやつですね?」
「うん、そこそこに腕の良い鋳造職人がいれば偽造は簡単だもの。金貨、銀貨を発行したいけど材料がない、それならどうする?」
「代用の鉱物で同等の価値がある、と発行元が保証して貨幣を発行することになります」
すげー。さすが速読の達人…………。サリーは天才、エミーは秀才、という認識ではあったけど、理解できること、それも天の才だよなぁ。
「うん。たとえば洋白よね。あれ、白くした銅じゃん? 魔力を込めなければ単なるアルパカになるからさ」
「ロンデニオン西迷宮の書斎で見た本の記述では、紙幣なるものがあると聞きました」
「うん、偽造防止と偽造技術のイタチごっこだね。同じ機械で作られたら、ほとんど同等のモノが出来る」
「簡単に偽造できてしまったら、誰でもお金持ちになれますものね」
「うん、そんなものに貨幣の価値はないだろうけどさ。偽造されないって前提があって、いつでも貨幣を金と交換できるように決めておけば、金そのものが無くても貨幣は発行できる」
「きん、きん、金本位制?」
「……うん……。もしかして経済方面の書物もあったの?」
「はい、ありましたよ? そのうちに金本位制も廃れると」
「ほえぇ~」
「その昔々には塩がお金の代わりだったとか。ボンマット領民の話を聞いて、まずそれを思い出しましたし」
「ああ、それは私も思ったよ。どうだろうね、昔のロマン人は本当にお塩を貰って生活してたのかもね。元の世界の話なら、お金の代わりというか、お給料で貰っていたらしいよ?」
「お給料? ですか?」
などなど、エミーの好奇心はサリーとは違う方面に向かうけれど、二人に共通しているのは知識欲が物凄いということかしら。考えてみればレックスも知識欲と性欲を両立させているし……両立してはいないか……。
「あ、オネガイシマスが戻ってきた」
遠くブリスト街道を西に見ると、四足キャリーゴーレムのキャラバンが見えた。最初は一体だけで恐る恐る行ったみたいだけど、二回目の今回は三体か。どんどん大胆になっていくわね……。キャリーゴーレムには幾つかサイズがあるのだけど、一番小さいやつが町中に入るにはいいらしくて、重用されてるみたい。
ブリスト南迷宮を作った人のゴーレム愛の一端に触れているわけで、何となくミゼットとかミゼットⅡとかを思い出してしまう。
土の精霊魔法を使える人は普通にいるだろうから、ゴーレムを使役しているところもたくさんあると思う。その中でも、この迷宮がグリテンで、いや世界中で一番ゴーレム密度が高いはず。
結局、重機代わりとしてはゴーレムが一番手っ取り早いのかなぁ。迷宮の管理品で、半魔物たちはブリスト南迷宮の管理下でもあるわけなので親和性というか、使役に正当性がある。だから、ブリスト南迷宮で出来ているからといって、これをそのままポートマット西迷宮に持っていっても通用するかはわからない。どう整合性をつけてポートマット西、ロンデニオン西で使うか……。やってみてから考えればいいかな……。
「戻りましょう、お姉様」
エミーに手を引かれて、私たちは『塔』に戻っていった。
【王国暦122年11月10日 9:30】
「ただいま戻りましたっ!」
キャリーゴーレムから軽快に降り立つと、オネガイシマスが合掌をした。
「おかえりー。急かして済まなかったね」
「いえっ! 陶器に関しては入手できました。あまり種類は揃えられませんでしたが……」
そう言って荷台から降ろしてきた陶器は、大量の藁束の中に入っていた。
「うん、いいじゃない。普段使いできるものの方がいいよね。次回は迷宮で使う食器も、幾つか揃えてきてよ」
「あっ、はい!」
今回は帰着を急がせたので、食器と小麦、肉、果物しか買えなかったそうな。代わりに大量の藁束を道中の開拓村で貰ってきたんだと。飼い葉として備蓄がないと困っちゃうものだから、あまり質の良くない果物を言い値で買って、藁を分けてもらったらしい。色々苦労させて済まないねぇ……。買い物部隊はなるべく偏らないように、色々な人が(気晴らしも兼ねて)行くようにローテーションを組むように言っているのだけど、初期段階では顔つなぎの意味もあるので、オネガイシマスが継続して行っている。……別に娼館とかに行くのは止めてないけど…………。性交渉でのウィルス感染の可能性を考えると止めるべきかな……。
やはり避妊具の開発は優先度が高そう。それもあるんだけど、根本的な問題として、半魔物たちの嫁問題もいずれ噴出するだろう。王都に嫁も子供もいる、って半魔物もいるので、肉体的な欲求だけで決められることじゃないけどさ。
――――お土産もゲット。やっと戻れそう!




