ポートマットへの帰還1
【王国暦122年11月9日 16:11】
『シュバルツバーレン』の残党三名が不死者になっており、それを処理した、という報告は、処理が終わって一刻ほどした後に合流したブリジット姉さんによって再確認された。
「そうですか……彼らは消滅しましたか。遺留品は?」
「こちらです」
古いギルドカードと彼らの装備。どちらも黒い血にぬめっていた。
「……確かに。魔術師……『黒魔女』殿。ご苦労様でした」
「二つ名はどうでもいいんですけどね。『シュバルツバーレン』の、他の人たちは存命なんですか?」
「カアル支部長が処理しました。チームリーダーを含んで、全員」
「そうですか……」
出会ったこともない……いや、門番として出会ったか……チームの全滅なんてどうでもいい、というのが本音だけど。
「ボンマットの方は……治安は落ち着きました。今後、どうするのかは知りませんが」
ブリジット姉さんは突き放したような言い方をした。
「冒険者ギルド的には? どうなんですか?」
「出張所は撤廃の予定だったんですが、今冒険者ギルドが抜けると、また住民が暴発しますね」
「じゃあ、継続なんですか……」
「短期的にはそうなると思います。ただ、領主が色々と領民に制限をしていたことも、冒険者ギルドの規模が小さくて済んでいる要因でもあったので……今後、増える目処があれば、出張所として継続はされると思いますが」
「そうですか……」
ま、関係ないや、と思っていたら、ブリジット姉さんは鼻を鳴らした。
「当初、貴女を出張所の所長に推す声もあったんですよ。全力で回避させましたが」
「え……」
目を丸くする。動く支部、だなんて言われているし、何となく言われる覚悟はあったものの、現状では設立予定のブリスト南迷宮出張所も見なきゃいけなくなるから、別の出張所を見ろと言われても困る。
「現状では、貴女は遊軍として動いてもらった方が、冒険者ギルド本部としては望ましい、という判断になりました。そもそも貴女が一箇所で腰を落ち着ける場面が想像できません」
「それは私も同感です」
思いっきり頷いておいた。
「それにしても……そのゴーレムは一体……?」
ブリジット姉さんが好奇心一杯の視線で『きゃりーちゃんV』を見上げる。
「ああ、サリーと私の共作ですよ。同じモノは二度と作れないと思います」
これは嘘。少なくとも私は元になるゴーレムの召喚をノーム爺さんに依頼することができるし、サリーはそれを改良できる。魔道具部分などサリーなら見事に魔改造込みで再現してくれるだろう。
「うーん、王都騎士団が欲しがりそうな玩具ですね。『黒魔女』一派に手を出さない方がいい、と学んでいない連中から、無体な誘いがあるかもしれません」
「あー、そうかもしれませんねぇ」
実際、ブリスト騎士団から熱烈なアプローチがあったばっかりだものね。
「サリーさん? 貴女も『白金の魔女』として登録されることになります。二つ名に『魔女』が含まれるのは四人目だそうですよ。初級冒険者に二つ名がつくのはかなり異例のことですが」
ウェンライト、私、サリー……もう一人いるのか。
《もう一人は……誰なんですか?》
サリーが代弁して訊いてくれた。
「ショパン・スコア・ピアノです。スコア、の方が通りがいいですね。楽譜を広めた人物ですが、魔力量も桁外れだったようですよ」
「へぇ~」
思わず唸った。こんなところで同族のお名前を聞くとは。しかし、スコアを含めて、同族の噂を聞くと、やっぱり思い出すのは寿命のことだなぁ。寿命って目に見えないから、確認のしようがないもんなぁ……。
「それはそれとして。こんな立派なゴーレムを生成できるのであれば、国内外から狙われる可能性があります。十分注意してほしいところです」
「グリテン国内はわかりますけど、大陸からもそういう手合いが来てるんですか?」
私の質問に、ブリジット姉さんは大きく頷いた。
「なるべく早くポートマットに戻った方がいいかもしれません。ああ、別にフェイ支部長に言われて、ということではなくてですね……」
言われたのか。相変わらずフェイに恋する乙女なのね。
「忠告に感謝します。なるべく早期に戻りますよ」
「そうした方がいいと思います。『黒魔女』の存在は人を豊かにもしますけど、同時に不安にもさせるものです。貴女が不在で困る人もいれば、逆の人もいるでしょう。そういった均衡が、ポートマットで崩れつつある、と支部長は仰っていました」
やっぱりフェイに言われてるじゃんね。
たった一ヶ月の不在でそんなことが起こるものかね、と訝しげな視線を向けるけれど、これに似たことはカアルにも言われているし、つまるところ、私は自分の影響力というものを過小評価してはいけないのだ、と思い直す。
ブリジット姉さんは、言うことを言った後、遺留品を袋に入れてまとめた。近くにポートマット支部所属の冒険者が来ているらしい。誰だろうか、と思ったけれど、名前は聞かなかった。
「それでは。私は一度ボンマットに戻りますが――――後任に任せて本部に帰ることになると思います。ああ、もちろん馬を引き取りに迷宮に寄ることになりますが………」
ブリジット姉さんが少し悔しそうな表情を見せた。
「何か問題でも?」
訝しげに、質問を促してみる。
「いえ、なんでも……素朴で美味しいパンがポートマット迷宮で流行していると聞きました」
食い物に執着するなぁ……。
「そのうち、そのパンだけではなく、名物が四つや五つは増えるかと」
「! それは楽しみです。相変わらず食には妥協がありませんね」
ブリジット姉さんはぺろりと舌なめずりをして、しなやかに言った。色っぽいなぁ………。
食べ物への思いは、私と似たり寄ったりみたい。
【王国暦122年11月9日 20:14】
『リベルテ』の三人にはまたまた怖い目に遭わせて、『きゃりーちゃん』で迷宮に戻る。
「お帰りなさい、お姉様」
エミーが出迎えてくれて、ホッとする。確かに、毎回こんな気分になるようなら、ポートマットに戻ってもらった方がいいなぁ。何と言ってもポートマットは護衛というか監視というか、目が厳しいから、いきなり拉致されるような目には遭わないものね。
うん、迷宮の方は色々軌道に乗っていることだし。
街道建設は丁度良い具合に頓挫したことだし。
ポートマットの状況も気になるし。
そろそろ戻ろう。
夕食を終えて、全員を集めると、私は宣言した。
「えーと。明日、ポートマットに戻ります」
「ええー!」
「おおー!?」
「そんな!」
「ついに……!」
ざわざわ……と食堂がアカギ風味になったところで、言葉を続ける。
「まだ、色々途中なのもあるし、やらなきゃいけない事もあるし、冒険者ギルド出張所も立ち上げないといけないので、私はすぐ戻ってくると思う。エミー、サリー、ラルフはポートマットに戻ります」
「うおおお、聖女様ぁぁ!」
「さりぃさまぁぁぁ!」
エミーとサリーは男所帯の中では癒し的なポジションだもんね。ラルフはまあ、男だし? 惜しまれないくらいで丁度良いんだよ……。
「お姉様、ついに戻るんですね……」
「うん、五日後なんて言ってたけど、街道工事の方がちょっと難航しちゃってるしね。ダラダラ延びちゃうから」
色んなところから突っ込まれそうな話だけに、ここは頑としてやらねばならない! 私はやるときはやる女なのよ!
「うう、まだ色々作りたかったのに……」
サリーの泣きポイントはそこらしい。
「大丈夫ですよ、秋にはドングリ集めておきますから!」
半魔物の一人が、どうでもいい励ましをしてくれた。
「パン作りの腕を上げておきますから!」
「俺だって! 豆腐作りの腕を上げておきます! 聖女様!」
何年か後になって、この迷宮の豆腐が『聖女豆腐』だなんて、聖女なんだかマメが腐っているんだか不思議な語感の名物になったりするんだろうか。まあ、白くて柔らかそう、っていう点ではネーミングには賛成かな!
「まー、半年……いや、一年後には、私の関与ナシで回るようにしようよ。あと、裁量も増やすから、指定の範囲を逸脱しなければ自主性を尊重するよ」
歓喜の声よりは、責任が重くなるということで、緊張の色の方が大きいかな。そんな中、ホフマンが脱皮……いや挙手をした。
「どうぞ?」
「はい、マスター。ギースのことを……調べて頂きたいのです」
「処分がどうなったか、ってことだよね。現状、王都第三騎士団は指揮系統がめっちゃくちゃになってて、一個の騎士団として機能しているかどうか怪しいよね。処分する、って言っても、かなりの人数に上ること、あの人数を処刑するとなれば大ニュースになっているのに、そんな噂もないこと。そこから類推すれば、極刑には至っていない、もしくは刑の執行待ち、ってことになると思うけど?」
「助けられは……しないのでしょうか?」
半魔物たちに懇願された。
「うーん…………」
第三騎士団にしてみれば、ギース卿たちの処刑は膿を出すためとはいえ自傷行為だ。そもそも綱紀粛正の意味合いが強いわけで、私が助命を嘆願するにしても、名目がない。
ラブラブになった人たちは、他人から見れば『魅了』された状態だと気付くと思うので……とくにマッコーな人ならすぐに気付くと思うので……そんな彼らに意見を言わせたところで信用されるとは思えない。というかラブラブの効力がいつまで続くものやら。むしろ、『俺の恋心を弄んだな!』みたいに逆ギレしてくる方が自然かなぁ。
「うーん…………」
もう一回唸る。第三騎士団を脅すにしても単に武力を背景にしたところで効果が低そう。ファリスやパスカルに進言してみようか。しかしなぁ、第三騎士団を助けるようなマネはしないと思うのよね。
結局、王都騎士団でマトモに連携が機能してるのって、第一と第二の間だけだったわけね。
軍隊と警察との間には大きな溝があるのが普通だけど、王都騎士団に於いても、その例にもれなかった、ってことかぁ。
「最大限の努力はしてみる」
「おお……。ありがとうございます、マスター」
とは言うけどさぁ……。得にならない人たちを助命して、ついでに迷宮は王都騎士団に負い目を持つことになる。
期待しないでよ、と言おうかと思ったけれど、大いに期待の視線を向ける半魔物たちには、どうにも言い出せなかった。
私って弱いなぁ…………。
【王国暦122年11月9日 21:21】
明日の出発は、買い出しに行っているオネガイシマスが戻ってきてから、ということになった。それまでの間、エミーは厨房関係や裁縫関係の引き継ぎ、サリーは『きゃりーちゃんV』の調整で引きこもり、私は原木や石材の保管場所を再指定するために半魔物たちを引きずり回すことにした。本来ならお別れパーティーなんかをやったりするんだろうけど、私にそういう発想と習慣がないので、結局誰も言い出さなかった。私はまたすぐ戻ってくる、と言ってあるのも、お別れ会が開かれなかった要因だろうけど。
ポートマット関係者にも、同報で短文を送ると、続々と返信が送られてきた。
ギルバート親方とマテオの嬉しそうな文面に、思わず苦笑する。
トーマスからは、短文では伝えきれない、と言いつつも一点だけ、レックスの件について問いただされた。
ドロシーにはどうとでも誤魔化せるけど、トーマスには誤魔化しきれないかな……と思い、正直に答えておいた。
謎のパンツ仮面が暗躍、いや活躍しちゃったらしい。それでトーマス商店下着販売部の成績が物凄いことになってるらしい。トーマスは清濁併せのむことの出来る人なので、最終的に利益になって戻ってくれば文句は言ってこない。
事実、糾弾のニュアンスは文面からは読み取れなかった。むしろ、販売機会を増やした手腕を褒められた。この件は、まあ、何はともあれ、レックスと口裏を合わせるのが先かな……。
それにしたって、パンツ仮面を作りだした私、容認して商機だと薄ら笑っているトーマス、故意的に見逃しているだろうフェイは、紛う事なきポートマットの暗部なんだよね。今更ながら実感しちゃったわ。
んー、レックスの基礎部分を作ったのはユリアンでもあるわけで……それを開花させるのがトーマス、というパターンを踏襲した、とも言えるのよね。より極端に出たのがレックスだと。
本当に、私たちって悪いことしかしてないわね!
ブリジット姉さんからも返信がある。
クロイ、ザン本部長とも話し合ったそうな。
『自分は二日後に馬を引き取りに迷宮に向かう。クロイ先生はボンマット出張所の安定に寄与してもらい、そちらと時期を合わせて異動させる』
と返答があった。ブリジット姉さんは本部へ帰還するとして、クロイの異動時期は、私に合わせるとのこと。
私が不在の間にクロイが来るのはちょっと困る。それは私だけの懸念ではなく、ブリジット姉さんや本部の懸念でもあるのだろう。未だに『先生』なんて呼ばれているし、いい大人なのに制御が利きづらく暴走しがち――――な人なんだということは気付いている。なんでそんな人選しちゃったんだよ! と叫びたい気持ちはあれど、本部の人事に口出しを出来るほど、私は偉くはない。
時期を合わせる、とのことだけど、私がポートマットに戻り、再度迷宮に来られるのは…………向こうに溜まっている作業量を考えると、一ヶ月とは言わないまでも、半月は掛かるだろう。寿命の前に過労死しそうな勢いで働いても、だ。
先日は五日で目処を立てる、なんて言っておいてしっかりダラダラ街道建設なんて始めちゃう私だから、今度は多目に見積もっておこう。
「一ヶ月後にブリスト南迷宮へ再訪予定、とな」
ブリジット姉さんに短文を送る。
『大凡一ヶ月後の予定、了解した。予定は未定との理解はしている』
だなんて返信が来ると、理解されて嬉しいやら悲しいやら。
食堂で短文の送受信を繰り返していると、ヴァンサンたちがやってきた。
「よお。俺達はどうすればいい?」
「迷宮出張所……の立ち上げは大体一ヶ月後から、ってことになりそうです。それまでは、そうですね、半魔物たちに、身を隠したり、隠密行動の稽古をつけてやってくれませんか?」
「ほう……?」
「半魔物たちは騎士団出身ですから……彼らの偵察行動って示威行動だったりするんですよ。それが必要な場面もありますけど、どちらかと言えば隠れて様子を窺う場面の方が多くなるんじゃないかと。人選や方法、期間はお任せします」
「ああ、わかった。『隠蔽』を教えるとかじゃないんだよな?」
ヴァンサン自身は、偵察行動が得意な『リベルテ』のチームリーダーにして、『隠蔽』が使えないという苦労人だ。先日、魔道具で補強をするまで使えなかったものね。
「はい。重要なのはスキルの有無じゃなくて、立ち回りや考え方ですね。スキルはそれを補完するもの、って考え方の方が汎用性もありますし、応用性が上がるでしょう?」
「……………えらく遠い先まで見てるんだな……。『黒魔女』さんよ。見た目通りの年齢じゃねえな?」
自分のこめかみがピクっとなったのを感じる。
「んー。乙女に年齢と体重を訊いてはいけません」
ヴァンサンの後ろにいたカサンドラが、そうだそうだ、と大きく頷いている。
「ん……それもそうだな。気遣いが足りなかった」
カタカナ日本語でいうと『デリカシー』に相当するのかな。男子の言い方としてはこんなところだろう。
「ドワーフの女なんて、こんな感じじゃありませんか? 中年……のドワーフ女は見たことありますけど、老女のドワーフって見たことないですもん」
でも、私だって、それほど広い範囲を動いているわけじゃないからなぁ。考えてみれば、グリテン南部しか移動してないものね。
「そういうもんかね?」
「そういうものですよ。年齢や見た目だけで判断しない、っていうのはきっと重要になってきますよ」
「む……うむ……なるほど」
私やサリーは特にそうだし、ラルフも一般的な観点から見ると逸脱した実力を身につけつつある。エミーは……見た目通りの聖女様だと思うよ?
ちなみに、私とヴァンサンは割と大声で話しているのに加えて、食堂と半魔物たちの寝床である個室はパーテーションで区切られているだけの実質一フロアなので、会話は丸聞こえだったりする。
「というわけで、隠密行動の先生として当面は動いてくださいな。『リベルテ』の他の皆さんは、それを手伝うだけでもいいですし、普通に偵察に行ってもいいですし、適当に過ごして無駄飯でも食らって下さい」
「それ、生前のカレルにも言われたぜ。無駄飯の美味さは格段にこっちが上だけどな」
あらあらまあ。
「無駄飯なんかじゃないぞ、ヴァンサン。『リベルテ』は迷宮に貢献している」
カサンドラの、その迷宮最優先思考に苦虫を噛んだような顔になるヴァンサン。こういう、ちょっとした意識の差が、夫婦の齟齬にならないことを祈ろう。
「ま、私はちょくちょく来なきゃいけないみたいだし、他の迷宮と物資のやり取りもしなきゃいけないからさ。追々やっていこうよ。いいねー? みんなー?」
「はーい、マスター!」
「了解でーす、マスター!」
パーテーションに隔たれてはいるものの、しっかり聞こえていただろう半魔物たちから反応がある。
――――すっかり私、魔物、半魔物たちの親分です。




