山中の聖域
【王国暦122年11月9日 9:03】
「酷い目にあった…………」
「さすが『黒魔女』、怖いネ……」
「目が開かない……」
工事現場に着くと、三人を降ろして休ませる。『シュバルツバーレン』の残党が来たらどうするんだよ、と思ったけれど、三人はグッタリしていて見るからに役立たず。何しに来てるんだー。
長物ゴーレムさんは今のところ自律稼働で迷宮まで動いてもらっていて、資材置き場に原木を置いて、トンボ帰りで工事現場に戻り、こうして待機している。ダンプさんも同様ね。
「じゃ、サリー、昨日の続きしよう」
《はい、姉さん》
作業手順は、
① 樹木の引っこ抜き
② 土壌引き剥がし
③ 土壌入れ替え
④ 踏み固め
⑤ 前に進む
といういい加減なもの。
①の樹木の処理は、そのまま使えるものは原木としてその場で整形、長物ゴーレムに載せていく。整形の過程で出た枝は植樹用に保管、運搬する。まだ育っていないような低い木や、そもそも木材にならなさそうな樹木は近所に植え替え、もしくは刻んで処理。刻み処理は基本的に迷宮に運び、スライムの餌になる。そのまま堆肥にするより、スライムに食べさせて分裂させて、肥料になってもらった方がいい、と判断したから。こういう何気ないゴミが重要なのよね。
迷宮に到着した原木は積み上げて自然乾燥させるために資材置き場に放置。
②は剥がしたらダンプに載せる。載せながら、私が体重を利用して(泣)踏み固める。これも迷宮近辺に掘削した場所に運ぶ。
③で、私が『道具箱』から取り出した硬い土をデロ~ンと貼り付けるように置いて、④でダンプゴーレムに踏み固めてもらう。
長物、ダンプ、それぞれ三体ずつの荷物が一杯になったら、迷宮に出発してもらう。
第一陣が終わったら第二陣、第三陣までゴーレムが待機している。つまり長物とダンプは九体ずつ用意した。
元々ゴーレム同士が上下線ですれ違えるように、と設計しているので、この街道の幅は恐ろしく広い。
「道路幅は十五メトルってところかな」
公共用に使って構いませんよ、という宣言をする予定ではいるものの、ゴーレムが行き交うこの道は、当初はゴーレム専用道路になると思う。そうやっているうちに道が踏み固められていくので、短期的には石畳は不要だと思う。長期的に、ゴーレム以外にも一般の馬車が使うようになれば、土には変わりないから轍ができて、雨が降って水たまりになり……ぬかるみ対策などが必要になって、石畳を貼ろうか、って話になると思う。それは別途、建設ギルドにでも依頼してくれればいい。
領地的にポートマット、ブリスト、どちらが建設費用を出すのかは微妙なところだけど、全額をポートマットで負担してもメリットは大きいはず。
ポートマットはさらに人口が増えることが想定されているので、今ある農地を縮小したくなければ、海を埋め立てるか、迷宮の北側に住宅地を求める以外にない。もしくはヘベレケ山の南側(の裾野)、そこも一杯になったら建物を高層化するしかない。
石造りによる高層化には限度があるから、そうなると鉄筋コンクリートになっていくんだろう。個人的には無粋な建物を造りたくないから、高層化は一部に留めたいな、と危惧しちゃうけどさ。
まあ、セメント材料、煉瓦の材料の入手という意味でも、迷宮からの物資は重要になってくるはず。あ、コンクリ建築でも楽しいのならいいな。某オペラハウスみたいなのなら、きっと楽しい。
「その辺を調べてくる……」
引き攣ったニヤニヤを見せるヴィーコを始め、体調が回復した『リベルテ』の三人は、当初の予定通り、周辺の探索を開始した。ただし非常に緩慢な動作で。
「はい、気をつけて」
上級冒険者に気をつけても何もないのだけど、念を押しておく。
あれ以来光点が感じられないのが不気味……。これだけ長時間『隠蔽』を継続するのは不可能ではないけれども集中力がいる。それに魔力は無限ではない。『不可視』を発動してジッとしてる? 食べ物も摂らず? そんな兆候が全く見えないのだから、どちらも可能性は低い。じゃあ、何があったんだろうね? 気になるけど、ここまで来るのに色んな邪魔が入ってきたものだから、諦観混じりで、来るなら来い! 来ないなら来るな! の境地に達している。
まあ、どうでもいい、というのが本音かしらね。
【王国暦122年11月9日 12:31】
作業そのものは恐ろしいほど順調。マルセリノじゃないけど、怖いネ!
今回の土木工事は誰も見ていない(『リベルテ』はいるけど)というのと、最初から粗くていい、という前提で入っているし、工事も丁寧さが求められる訳じゃないから、問題といえば抜いた木の処理に困るくらい。
「樹木の数は想定以上だったなぁ……」
《そうですねぇ……》
土こそ移動しているものの、元々植生の違う場所にあった土だから、如何に栄養がある、と言っても移植した木々がそのまま育ってくれるとは限らない。今のところはモリモリ育ちそうな間隔で植えているから、逆に育ちすぎの懸念があるけど。
「今日は早めに切り上げて、迷宮の北側に植樹用の土地を確保しなきゃなぁ」
《資材置き場の方は大丈夫なんですか?》
「あー」
そう、原木は想定以上に入手できた。本当は建材としては針葉樹の方がいいんだけど、工事の進路上には余り生えていない。針葉樹を見つけると『保護!』と叫び喜び合う師弟の絆が頼もしいわね。二十本に一本くらいの割合かしら。
針葉樹に関しては今回は原木に加工はせず、なるべく原形を保ち、剪定をして、その枝を植樹に回している。針葉樹用のスペースは迷宮北西側に確保しているので、何十年か先には、広葉樹と針葉樹が綺麗に分かれた、いかにも人工林、という光景が見られることだろう。
広葉樹の中でも建材に向くものとそうじゃないものがあるので、運搬する樹木にはタグをつけて、受け入れ側の半魔物たちに適正な場所に植えてもらうようにお願いしている。
中には食用に向いた木の実を付けるものもあったりして、それはサリーが大喜びしていた。クルミとかね。
サリーはたぶん天才にありがちな偏食で(これは私の偏見ね)、一度気に入るとずっとそれを食べ続けることの出来る人だ。クルミなんて毎日食べたら、顔がオイリーになってしまうわ!
サリー的に確保したい樹木は、貯水槽近くに植えることにしたみたいだ。独占する気満々なのが可愛らしい。
路盤の勾配はなるべく平坦になるように、削ったり盛ったりを繰り返して調整している。ゴーレムの通過速度に著しく影響があるための措置ね。
ヘベレケ山の北側を大きく迂回する形ながら、通過曲線の半径も大きくなるように、微妙に右に曲がるように道を延ばしていく。だって、急カーブだとゴーレムが曲がれないじゃん?
それに、急勾配、急カーブは渋滞の元。ついでに言えばトンネルもなんだけど、今回必要なのはトンネルじゃなくて橋になるかもしれない。
《姉さん、ちょっと先の小川! どうしましょうか?》
「橋、作るかなぁ……」
単に架橋するだけなら、半日どころか一刻程度で作れそうだけど、通過するのが超重量のゴーレムとなれば、やはりそれなりのものを作るしかない。
《じゃあ、石材を切り出してこないと駄目ですね》
「うん、それに、ここは迷宮じゃないから、ちゃんとセメントが必要になるかな」
ここは迂回ルートが採りにくいのよね……。
架橋する長さそのものは二十メトルくらいなんだけど、その小川というか谷を橋でショートカットできれば総距離が大分短くなる。
《途中に橋脚を一つ建てて、アーチを二つですか?》
「工期を考えるとそんなものだね。でも、その橋を造るためにはポートマットに戻って、耐水セメントを入手しなきゃならない」
《それ、よく姉さんが言ってる、鶏か卵か? の議論ですね?》
下らないことばっかり覚えちゃって…………。
パソコンをネット注文するためのパソコンがないみたいな? 耐熱煉瓦を作る炉の材料に耐熱煉瓦が必要、みたいな? よし、今回は後者を採用だ!
「うん、今回は橋の建設はしないで、仮の道路を作ろう。普通に渡河できる場所まで北上しよう」
《無念です、姉さん》
「いやあ、川近くはまた植生が変わるから、木じゃなくて草で楽しいものがあるかもよ?」
そう考えれば、寄り道もスパイスさ。すでにスパイスまみれだけどな!
《はい……》
「なに、帰着が三日後の予定が、五日後になるくらいの差だよ。ハハハッ」
《え、もうそんなに近くに来てたんですか?》
まだ近くでもないと思うけど……。
「距離的には、ね。でも、ここは山の中、歩いたら二~三日掛かるんじゃないかな」
《そういうものですかー》
ということで、迂回路のとっかかりを付けて、今日は戻ることにした。
よーーーーく考えたら、ポートマットまで何往復かしている距離なんだけど、一体全体何をやっているんだろうか、と、ふと思った。
「ん、気にしたら負けかな!」
何に対しての負けなのか、誰に対しての言い訳なのか。いいや、私の中に潜む、土木の悪魔たちの囁きが勝ったのだ。深く考えないことにしよう。
【王国暦122年11月9日 14:45】
「おやっ?」
『携帯端末』をチェックすると、マルセリノから短文が来ていた。
「緊急、合流求む、シュバルツの残党発見、ねぇ」
《あ、見つかったんですか?》
一緒に走り抜けている『きゃりーちゃん』に乗っているサリーが訊いてくる。
「うん、それにしては――――」
《『魔力感知』には引っかかりませんね?》
「うん」
サリーの言う通りで、すでに出来上がりつつある街道をさかのぼって石の台地方面へ向かう先には、『リベルテ』の誰かと思われる光点が感じられていた。少し南にいったところに二つの光点、これも『リベルテ』の二人だろう。でも、発見、って言っていたわよね。
しばらくして人の姿が見えた。ヴィーコがニヤニヤしていた。
「ああ、来た来た」
ヴィーコのニヤニヤは、近づいてみると、困ったようなニヤニヤだった。へえ、ニヤニヤにも色々あるんだなぁ。
「お待たせしました。どうしましたか?」
「ああ、それがなぁ……。不死者化してたんだ」
「あら……」
一定確率で自然に不死者化することはある。ナチュラルボーンと言えば聞こえはいいけれど、要するに死にきれずに動いている死体のこと。無下に殺したり、不死者化するのは嫌だなぁ、なんて放っておいたら、死んでいて不死者化していたとか。世の中って上手くいかないものだなぁ。
これだったら私自身が手に掛けて不死者化した方がよかったんだろうか。でも、本人たちがそんな処遇を望んでいないかもしれないから、私のスキル行使なんて余計なお世話ってやつかもしれないわね。
なっちまったもんはしょーがねえ!
みたいな大きな心で行ってみるかな……。
「マルセリノとジョンヒが目印だ。一緒に来てほしい」
『浄化』しろってことね。本来の使い方をするのは酷く久しぶりかもしれない……。
「わかりました。サリーは……」
『きゃりーちゃん』に乗ったままでは、木々の間を移動するには適さないはず……。
《いえ、このまま行きます。モードDへ移行》
と、頼もしく、何事か指示を出すと、『きゃりーちゃん』がしゃがみ始めた。なに、モードDって?
『きゃりーちゃん』が後ろに向けて傾き、コンテナを滑らせて降ろす。コンテナを載せている部分は平たくなっているのだけど、その部分が折れて、体側にくっついた。
「おー?」
続いて尻尾の位置がかなり高い位置に移動、脚部が中央寄りに移動し、全高も少し上がった。
《足場の悪い、森林踏破用の形態です》
何ソレ! 変形機能付きとか! 麒麟児にも程があるわ!
【王国暦122年11月9日 15:01】
果たして、不死者三体はすぐに見つかった。
自然発生の不死者は殆どが元の中の人の意志を持つことはないらしく、歩く速度は遅く、いわゆるゾンビになる。
それでも生前の何かは持っていて、それに従って行動している様子が見受けられた。一体のゾンビを守って、二体のゾンビがその周囲を徘徊している、という感じだった。
「これ、守られているのは女性だよね?」
「ああ。『シュバルツバーレン』の副リーダーだった女だ」
改めて訊いたのは、女性の腐食だけが酷く、体内にガスが溜まって膨らんでいたから、性別がわかりにくかったためだ。他の二体はそれほど腐ってはおらず、皮膚が紫色になっている程度。
「毒かな?」
ジョンヒが指摘した通り、女性の左脚部は落ちかけていて、そこから黒い液体が流れていた。ヘベレケ山にも毒を持つ魔物はいる。こちらから攻めない分には大人しいし、大して脅威にならない魔物なのだけど。
「そうみたい。食料を都合しようとしたのかな」
冷静に、動く腐乱死体を観察する。腐臭が凄いなぁ……。
彼らの処理は一任されている。こんな形になるとは想像していなかったけど。
「サリー、ブリジット姉さんに短文を送ってくれる? 三名を発見、不死者になり再活動中のため、適正に処理します、と」
《はい、姉さん》
サリーはグロい不死者を見ているのに物怖じしない。こういうのはエミーも平気だし。一番耐性がないのは私かもしれない、なんて思う。
「嫌な奴らではあったが、こうして不死者になっている姿を見るのは忍びない。頼めるか?」
ヴィーコはニヤニヤしながら懇願した。不死者となった彼らの人となりはわからないし、領民に何をしていたのかは知らない。だけど不死者になってまで動きたかったんだね。これが因果応報ってやつなのかしら。
ともあれ、不死者なんて見ていても面白いものじゃないし、昇天させよう。
「やりましょう。―――『浄化』」
パアアアア……………と周囲が明るくなり、光の精霊が集まってくるのが見える。これ、『精霊視』がないと、単に明るくなったようにしか見えないのよね。光の精霊たちは手を繋ぎ合って輪になり、グルグルグル……と回り出し、高速回転を始めると、その円内にいたゾンビの体がボロボロ……と崩れていく。
「ア……ァ……アァ……」
これは声ではない。お腹の中に溜まった空気が吐き出されているだけ。なのに、人型をしているものだから、それは声にしか聞こえない。
あたかもフードプロセッサですり潰しているかのように、ゾンビの体は徐々に削れていく。
精霊たちの輪が地上に到達すると、その体は粒子状の光となってかき消えて、最後には光る輪だけが残った。
その光……精霊たちが消えると、清浄な空間だけが残った。
「すげ……え……」
いやあ、不謹慎かもしれないけど、本当に感動的な消え方だわ……。
光の粒子になって消える。それだけのことで、世の理を全て許容して、その上で何もかも無に戻してくれる気がしてくる。
これが赦しってやつなのかなぁ。
「ああ、ロッサーナみたいな悪女でも赦されちゃうんだネ……」
マルセリノの呟きに、私はゆっくり首を横に振った。
「生物学的、環境的には細かくなって拡散されただけ、とも言えますよ。肉体も魂も消えましたけど、その人が為した証は残ります。それが悪しきことなら、悪いこととして人の記憶には残ります。死んだから全部赦す、では道理が立たないでしょうね」
「そりゃあそうだけどよ……」
「死ぬことは免罪符じゃない。少なくとも、そう思ってなければ、現世で生きてはいかれますまい……」
《姉さん、ユリアン司教様みたいです……》
厳かな雰囲気を、残り二体のゾンビが動き、打ち払う。
「ォア……アァ……あァ」
「おっと、あと二体も成仏してもらおう」
三体の不死者を『浄化』し終わると、その一帯は光の精霊の残滓がしばらくの間、消えずに残っていた。
そのせいなのか、まるで聖域になったかのように清らかな空間になっていた。
――――聖域と書いてサンクチュアリと読むのは基本です。




