帰還の始まり2
【王国暦122年11月7日 12:30】
「そのまま、そのまま………」
ゆっくり、ゆっくり、長物運搬用ゴーレム(愛称:チョーさん)が、新しく出来た迂回路を登っていく。
この長物ゴーレムは超巨大ってわけじゃないから、重量で何か事故が起こったりはしないと思う。それよりは緩和したとはいえ、急勾配には変わりなく、雨天の時を考えて、パイパスの路面には溝を彫って、排水用の側溝も掘った。左右どちらに掘ろうか考えちゃったけど、将来、拡幅することがもはや既定路線となれば、後の作業を減らすために、登る方向から見て右側に側溝を設置した。水量が多ければ、溝を延長して、例の遊水池に雨水を誘導しようと思う。左側に設置すると、道の上に水が溜まっちゃうから、この措置で正解だと思う。
掘削で飲み込んだ石だけど、特に吐き出せもせず、石切場に持って行けもしないので、我慢して迷宮で吐き出そうと思う。石を飲んでも溺れないなんて、三匹の子豚もビックリよね。あれ、赤頭巾ちゃんだっけ? 両方違うような気もしてならないけど、まあいいや。
本当に、私の『道具箱』ってどれだけ物が入ってるんだろうね。近接で私を殺した人って、アグネスの例もあるけど、もれなく圧死だよねぇ。ってことはだよ? 遠距離攻撃にだけ気をつけていればいいってことだけど、うーん、死んだら意味ないか。
石の台地といえば、往路で喜んで採取した化石、あれはブリスト南迷宮の北エリア、魔物たちが絶賛拡張中のフロアに置いてきたのよね。化石を見て大喜びしちゃう私も私だけどさ、太古のロマンを感じさせる点では、アンティーク家具とかを愛でる気持ちに近いものだと思うのよね。
長物ゴーレムが上手くカーブを曲がり、ゆっくりと石の台地の頂上に降り立つ。
元の勾配のままだったら、ちょっと登れるか怪しい角度だった。スキー場で言えば超上級者用、上からみたら直角に見えるほどの急勾配だものね。
「よっし、石室へ向けてれっつごー」
ゴーレムが指示を受けて、東へ足を進める。
途中、ところどころで、大きさが様々ながら、『きゃりーちゃんV』が斬ったと思われる石礫を見かける。
サリーが気を利かせて、長モノゴーレムの通過に必要と思われる幅に、石の道を拡幅してくれているのだ。
迷宮から石切場までを『石の道』だなんて呼んでるけれど、石の台地に掘られた溝こそ、本当の意味で石の道だよね。
瓦礫を回収しながら、私の方でも拡幅をしてサリーたちの後を追う。
『魔力感知』で感じられる光点に近づいていく。『きゃりーちゃんV』とラルフは止まっているけれど、その東南方向に、三つの光点が見えるようになった。
「ん~?」
きゃりーちゃんVに追いつくと、まずはその不気味な光点の話になった。
「小さい隊長、あっちの方からだけど。襲撃しようとしているのかも。見られているのは間違いない」
《お姉様、どうしますか?》
『拡声』を通じてエミーも訊いてくる。
「冒険譚であれば先手を取ってこちらから討って出る……んだろうけど。無視しよう」
《はい、姉さん》
「いいのか?」
ラルフは心配そうに訊いてくる。
「うん、魔力の大きさはさほどじゃないし。隠れているのを見つけられているっていうのに、それに気付いてもいないみたいだし。気にするだけ時間の無駄。それよりお昼にしようよ」
《わかりました》
そう言うと、『カプセル』が僅かに回転して、下部ハッチが露出する。先にエミーが出てきて、続いてサリーが出てきて、深呼吸をしてから、大きく伸びをした。
「ん~! 体が固まっちゃいますね」
「姉さん、座りながら体をほぐす魔道具とかムリですかね?」
元の世界の銭湯にはあるよ……とは言わないでおいた。
【王国暦122年11月7日 13:21】
観察していると思われる連中は、昼食を終えて、再度進行を開始した私たちに気付いているだろうに、特に動きを見せなかった。
こうも露骨に見られていると恥ずかしくなるわね。
《姉さん、何者でしょうね?》
「んー、想像つかない」
「いや、でも、何かいるんじゃないか、って小さい隊長は思ってたわけだよな?」
「うん。多分ね、『シュバルツバーレン』の残党じゃないかと思うの」
《それって、ボンマットの領主に雇用されていた、という?》
「うん、カサンドラやチーズの人の元お仲間。確か、全員の捕縛はされてないはず」
ブリジットやカアルからの短文では、蹴散らした、みたいに書いてあっただけ。
「ブリジット姉さんに『怪しい奴らに見られています』って短文を送っておいてもらえる?」
《はい、お姉様》
並んで歩きながら、ラルフがちょっと渋い顔になって訊いてくる。
「前回、チーズの人たちに対しては問答無用でやっちゃったけど……」
「んー、ラルフには殺人鬼になってほしいわけじゃないんだけど、必要な時には躊躇わない男になってくれたらいいよ」
「ああ……そうだな。小さい隊長の言うとおりだ」
彼はラナたんの心に響く男になっただろうか。女のスイッチはどこにあるかわからないから、そこは注意ね!
「私もさ、穀潰しの捕虜とか、不死者とか増えてもしょうがないからさ。なるべく関わりたくないのよ」
ああ見えてチーズの人は結構な戦闘力なもので……。迷宮内部で作業をさせようにも、手放しでやらせるわけにもいかないし。正直持て余してるのよね。
「なるほどなぁ……」
そうこうしているうちに石室近辺に到着した。
《お姉様、休んでいかれますか?》
「ううん、このまま通過しよう。観察されているから気持ち悪い」
《はい》
石室の場所を知られるのもよくない。知ってる人は知ってるとしても気持ち悪いわよね。
観察者はかなり距離があるものの、南から南東に移動した。位置的には石の台地を降りて、ヘベレケ山の裾野に近い木々の中に潜んでいる。この状況では観察なんてできないだろう。
「上から見ないと目視はムリね」
無視勝ち? っていうのかな。そのうちにボンマットから追跡部隊が来れば、何かしらのアクションを起こすはずだから、それまで放っておこう。
地味に石の道を拡幅しつつ、ジリジリと進む。なるべく高低差を付けないように深さも調整して掘削しているから、切り通しみたいになっている箇所もある。だったらトンネル掘っても一緒だろ? だなんて、悪魔の囁きは無視して。
【王国暦122年11月7日 16:52】
石の台地の東端に出た。
「いやあ、ここも断崖絶壁だねぇ」
《西側に比べると低い? ですか?》
「うん、真っ直ぐ掘ってきたからねぇ」
スロープを造ろうと『掘削』をしたところ、石が『道具箱』に収納されず、切り離された状態の石だけが残った。
「あれ?」
《姉さん?》
サリーが異常に気付いた。私は悲しい顔をして、カプセルに並んで座る二人の顔を見た。
「…………もしかしたら………『掘削』ができないかも」
《どういうことですか? お姉様?》
「うん、たぶん、『道具箱』の収納限界だと思う……」
《えっ!》
《ええっ?》
「えっ?」
三人とも、とても驚いてくれた。
実は、この位置は、直線距離で言えば、迷宮~ポートマット北部の1/5くらいの距離だったりするのだけど、
「という訳で、迷宮に戻ろうか」
と、無情にも提案する。
《ゴーレムはどうするんですか?》
「長物ゴーレムはここに置いておいて、明日だね。石も吐き出さないといけないし」
《ここまで来て戻るのも、何だか不思議な気分ですね》
エミーが至極もっともな事を言った。
「その通りでございます。でも戻ります」
《ふふ……はい、お姉様》
【王国暦122年11月7日 17:30】
帰り道は、試験を兼ねて、私とラルフを荷台に載せて、『きゃりーちゃんV』を高速で走らせた。
「こわっ、こわっ!」
ラルフが物凄く怖がっている。それも当然、この『きゃりーちゃんV』が、現在、この世界で一番速く地上を走る乗り物なのだから。馬車の比ではない速度が出ている。
元の世界ではそれこそ新幹線や飛行機に乗っていた経験があるものだから、慣れているのか恐怖はあまり感じない。だけど両側が切り立った壁になっているとスピード感が凄い。
「ああ、デス○ターにXウ○ングで侵入した時の、あの感覚か……」
これほどの速度で走り抜けたら、脚部のダメージもあるだろうから、後で整備するようにサリーに言っておかなきゃね。
「サリー?」
《………………》
「サリー??」
《お姉様、サリーはいま、操作に集中しています》
「え、手動運転だったの?」
《……こわっ、こわっ!》
奇しくもラルフと同じ台詞をサリーが叫んでいたのが聞こえた。まさかスピード狂というものを、この世界で見ることになるとは思わなかった。
恐怖のデ○スタータイムは、半刻の間続いた。
【王国暦122年11月7日 19:10】
「恐ろしい経験だった……」
顔が強張ったままのラルフは、ブルッと震えながら言った。
「うん、まあ、そうだね」
道が平坦で速度が出ちゃうのも考え物だなぁ。石の台地を降りてからはゴーレム任せにしたみたいだけど、『きゃりーちゃんVはさらに速度をあげたものね。ゴーレムが学習したのか……スピード狂が伝染したみたいだった。
仮に、あのスピードが維持できるのなら、迷宮~ポートマット間って十五時間くらいなんだね。それでもまだ、『加速』LV4の私の方が速い! ってことか。
サリーには、普段はあまり速度を出さないように、と窘めておいた。速い乗り物がある、と知られただけでもよろしくないことが起こってしまう。主に『ラーヴァ』のアリバイ的な意味で。
「はい、すみません……」
サリーが素直に謝ったのは、『きゃりーちゃん』の脚部に、思った通りダメージがあったから。衝撃がモロに膝、足首の関節に伝わるようで、この部分は要改良だ、と嬉しそうにしていた。結局スピード出したいんだな……。
私の方は到着してすぐ、資材置き場に石を吐き出した。
「うげぇ……」
超巨大ゴーレム四つ分の石材が…………お腹の中に入っていた。この分なら迷宮に保管してある銀も、ある程度は持ち出せるかなぁ。『きゃりーちゃんV』もそうだけど、限界を試しておくっていうのは悪いことじゃないんだなぁ。
「マスター、こんなに大量の石材、どうすれば……」
「いずれ使うさ……いずれね……」
石材としては質が悪く、これらは建材というよりは道路の基礎に使ったり、セメントの骨材に使った方がよさそう。こんなに大量の骨材なんて使えるのかよ、というツッコミは置いておいて。
【王国暦122年11月7日 20:19】
軽い夕食を食べ終わった頃、ブリジットから短文が入った。
「えーと何々……」
『指摘の通り、三名が逃走中。ポートマットから冒険者の応援が到着次第、討伐部隊を送り込む予定。その前に接触した場合は適正に処分されたし』とのこと。
冒険者ギルド的に『適正に処分』っていうのは殺してくれ、って意味なのよね。下にいるチーズの人、矢の人、塩キャベツの人なんか、通常の牢屋に入れても易々と脱出されちゃうだろうし、そもそも看守より明らかに強いし、持て余すのが確定的だもんね。私に預けられた、っていうのは、(殺処分の)面倒を預けられたという意味でもある。
この、ギルドを裏切ると仲間が殺しに来ますよ、っていうのは効力のある脅し方よね。冒険者側が、これを回避しようとしたら、より大きな規模、たとえば支部ごと反乱を起こすくらいしかなく、今回のカレルの件は、小規模で、しかも出張所で自分一人しか所属がいなかったけれど、限りなく反乱に近い案件と言える。
なので、カレルは捕らえられても殺されるのが既定路線だったわけなんだけど。
冒険者ギルド的には、連帯責任というより逃亡幇助で『シュバルツバーレン』残党を追っているという認識だけど、殺すのが確定しているのは文面から見て間違いない。
かといって、そんなにホイホイ殺して不死者に仕立て上げるのもどうかなぁ。前提がその辺にあるのがおかしいのかなぁ。
ま、考えるのも面倒臭いし、今日は早めに寝ようっと。昨日寝てないし!
――――不死者に囲まれて一緒に四千年の間、踊る夢を見た。ワーッハッハッハ。
石をお腹に詰める童話としては「七匹の子ヤギ」が正解だったりします。




