魅惑の黒魔女
【王国暦122年11月5日 17:52】
王都第三騎士団と思われる部隊から、バイゴットたちが他領に於いて攻撃をされた――――。
どちらも曖昧な立場ながら、こちらは正規軍より依頼されたという大義名分がある。だからこちらも攻撃してもいいし、なんなら跡形もなく証拠も残さず焼き尽くしてしまえばいい。
でも、対峙している半魔物たちの気持ちは真っ二つに分かれるだろう。自分たちを捨てて攻撃までしてくる不逞の輩という怒り。元同僚だという繋がり。これらの葛藤が存在しないのであれば、それは魔物にも劣る無感情だろう。いや、ゴブリンにさえ感情の迸りは見えるのだから、半魔物たちにない道理がない。
『絶対に反撃は禁止。可能なら迷宮の方向に誘導しておくれ。反撃ダメ、絶対』
と、念押しをした短文をバイゴットに送る。
半魔物たちが元同僚たちを殺す事態となれば、精神的に悪影響があると思ったのだ。
平気で人殺しをするのは殺す理由があるから。冷徹に見えるけれど、総じて命の重さが軽い、この世界ではそう考える。そして、攻撃されて、反撃する理由ができてしまった。
普通は自己保存の本能が働き、戦ってしまうだろう。ここは彼らの理性に賭けて、指示に従って後退してくれるのを祈るばかり。
さて、どうなることやら……。
一方の『リベルテ』だけど、報告は二系統あり、四人が二つに分かれて行動しているのが窺い知れた。
片方はヴァンサン、もう一つはマルセリノ。この中ではヴァンサンだけが『隠蔽』持ちではないけれど、それを補うような動き方をしているのだろう。こうも細かく情報が得られているということは、ブリスト騎士団を出し抜いているのだと推察された。
「優秀なんだかバカなんだかわかんない総長様だなぁ」
まあ、個人の資質が軍隊に強く影響されるようなら、評価にも二面性があるってことなのかしら。
ボンマットの状況を知ろうと、ブリジット姉さんに連絡を取ってみる。
『ポートマット騎士団が昨日の昼に到着、すぐに治安回復行動に入った。ダグラス騎士団長自らが陣頭指揮を執り、実質半日で事態を制圧。明けた本日は街が静かだ』
とのこと。救援依頼があったのが二日前とかだから、すんごい早く移動してきたことになる。これはあれか、私が橋を造ったからか。いやあ、いいことしたなぁ。
それにしても、アーロン自らが出征したのか。フットワークの軽い騎士団長ですこと。そんなことが可能なのは、部下が育ってきている証拠かな。フレデリカも真面目にやっているようだし……彼女もフットワークは軽かったか……。
今朝出発した、ブリスト騎士団が到着するのは今日の夕刻、そろそろ着いているかどうか、というところなので、ポートマット騎士団が完全に先んじたことになる。ブリスト騎士団を一晩泊めて、同時に足止めもした格好になったけど、昨晩、あのまま進行したとして、丸々一日歩きづめで到着したところで、疲れた兵など何の役にも立たない。
ブリスト騎士団の出発が遅かったのではなく、ポートマット騎士団の移動が早すぎた。ということね。これは重要な意味があって、政治的にはノクスフォド領地を頼っていたみたいだけど、アクセスの良さからポートマットが影響を強めるのは確実な情勢になった。
実質、現在ボンマットを実効支配しているのもポートマット騎士団なわけで、ポートマット領主であるアイザイアに領土的野心があるかどうかは知らないけど、歪な経済構造、脆弱な警察組織、反乱を抑えることができなかった領主……。ボンマット領主を代行委任される可能性は大ね。
続いてアーロンにも短文を送る。
『すでに暴動は鎮圧、ボンマット領主は確保、隔離した。道程の街道整備に深く感謝。この後はブリスト騎士団の到着を待ち、国の沙汰を待つ』
という短文が返って来た。
ボンマットの、この事態は、私がボンマットを経由する以前に想定されていたのか? という質問には、
『ボンマットの不安定化は以前より懸念されていた。アイザイアが経由地の変更を求めたのは、視察以上の意味はないと推察する。あの領主に、当時そこまで未来を見通せる余裕があったとは思えない』
という、アイザイアをよくわかっている回答があった。
ボンマットは元々決壊寸前だったところに、私がやってきたから事態が進んじゃっただけ、ってことね。
もう二~三の短文をやり取する。
ノクスフォド公爵とアイザイアの方で仮ではあるものの親書のやり取りがあって、国が口出しするまでは、共同統治の方向なんだと聞かされた。圧倒的にポートマット騎士団が有利で、総取り出来そうな状況なのに、敢えてブリスト騎士団と共同で臨むのは、要するに、『悪さに仲間を引き込む』ということらしい。
「なるほどねぇ……」
ノクスフォド公爵は国に対して顔が利くから、後ろ楯になってもらおう、ってことね。近隣の治安安定の名目で駐留を開始はしたものの、ペティンガー子爵は軟禁状態、ポートマットの都合のいいように統治を始める、っていうのは、確かにちょっとだけ後ろ暗いわけね。
ああ、暫定統治の代官として……それでアーロンなのか。
カアルにも短文を送る。
『出張所の閉鎖を目的に行ったわけなんだけど、ダグラス卿から継続を求められた。ブリジット、フェイと協議中』
とのこと。カアルは元の世界の人間でもあるから、もっと顔文字とかアスキーアートとか多用するかと思いきや、言葉に余裕がない感じだ。カレルのことを気に病んでるのかしら。
フェイにも連絡を取ってみる。
『カアルから依頼があって、数人の冒険者をボンマット支部に送り込むことにした。あとは、お前に問い質したいことがある』
と、少し濁してはいるものの、詰問調だ。
実はこの詰問されるだろう内容はドロシーから連絡を受けていて、大まかな概要は知っていたりする。
「うううーん……」
とりあえず、全ての責を負います、と言質を取られてしまった。バレてるぞ、レックスよ…………。
関係者との連絡を終えて、溜息をつく。ああ、幸せが逃げちゃうわ……。
ボンマットの情勢はほぼ固まった。
あとは、オースティンたちが王都第三騎士団を追い出すだけ、か。
それだけで済むかなぁ……。
【王国暦122年11月5日 18:33】
夕刻になり、ブリストに買い物に行っていたオネガイシマスたちが戻ってきた。
「不安ではありましたが、マスターの指示により、予定通り買い物を済ませました」
「うん、それでいいのさ。じゃ、ちょっと話するよー?」
食堂に集まった半魔物たちに、迷宮周辺の状況を話す。
「では、バイゴットたちは王都第三騎士団から攻撃を……」
「うん、本人たちの報告で、まだ明るいウチだったから、見間違いはないだろうね」
「…………」
この報告に、カサンドラを除く半魔物たちは、ガックリと項垂れた。どこかに元所属の部隊の清廉さを期待していたのだろう。でも、騎士団なんて本質的には領主の私兵なんだし、どこもそんなものだと思うわよ?
「マスター、どのように対応なさるのですか?」
「うん、迷宮は本来、この件には門外漢でさ。触らない方がいいのよ。だけど私がポートマットの人だから、そういう意味ではボンマットの実効支配をしている以上、全くの無関係、というわけにもいかないのよね。で、第三騎士団が攻撃をしてきたことは遺憾に思っている。怒ってもいる。ぶっちゃけ、他領だっていうのにいつまでもウロウロしているのは邪魔で仕方がないよね。国を含めて、誰の得にもならないから、ここら辺でお引き取り願おうと思う。じゃないと、私たち、帰れないし!」
グッと拳に力を込めて振り上げた。
「おお…………攻撃なさるのですか?」
「いや、全力で説得する!」
私は爽やかな笑顔で宣言した。半魔物たちは全員が首を傾げた。
【王国暦122年11月5日 19:05】
「お姉様、一人で大丈夫なんですか……?」
「マスター、ぜひお供させてください」
エミーたちにも、半魔物たちにも心配されて、同行を懇願されたけど、今回は素早くやりたかったので、迷宮で待機してもらうことにした。
「それにね、ちょっと実験でもあるから」
「姉さんの、実験、ですか……」
サリーはピン、と来たみたいで苦笑していた。
「じゃあ、行ってくるよ。――――『風走』」
魔力的に落ち着いていた周囲が、一気に五月蠅くなる。古いアメ車ってこんな感じなのかしら?
「―――『魔力感知』」
手加減なしで周囲に魔力を撒き散らす。
「いってらっしゃい、お姉様、お気をつけて」
「うん、じゃあ、みんな、警戒待機で。エミー、サリー、ラルフは仮の管理層にいてよ。短文が届かないからさ」
「はい、わかりました」
手を振って、私は『塔』から北方向に走り出した。
「ぶんぶんぶぶぶんぶぶぶぶん、ぶぶん。ぱひゃりらりらりら」
オイラ、ブリスト爆走族! 略してブリ爆! 手芸とか得意だぜ! 眼鏡っ娘委員長はいないけどな! ヒャハー!
【王国暦122年11月5日 19:15】
暗がりの中、すでに近くまで来ていたバイゴットたちと合流する。
「何事かと思いましたでギす」
「うん、わざと騒々しく移動してるんだ。楽しいね、これ」
「そうでギすか……」
「連中の位置は掴んでる?」
「大きく迂回したところで、石の台地への進行の邪魔になるように動いてきたでギす。この半刻は野営をしているのか、止まっているでギす」
「こんなところで野営しても無駄だろうに」
「連中に引導を渡すでギすか?」
「いや、愛を与える」
「はぁ……?」
バイゴットたちが首を捻った。何それ、半魔物たちの間で流行ってるのかしら?
「――――『魔力感知』。あ、いたいた。それじゃ行ってくるわね。バイゴットたちはここにいてよ? 連れて行くとややこしくなるから」
「了解でギす」
バイゴットたちを固定して、定期的に『魔力感知』を使いながらゆっくり接近する。怪しい者じゃございません、安心して下さい、というポーズだけど、この強度の『魔力感知』はそうそういないから、大いに警戒させていることだろうと思う。
体感で五分ほど歩くと、灌木を背に、戦闘態勢の王都第三騎士団の姿が見えた。
《こんばんは。『魔女』改め『黒魔女』です。ちょっとお話よろしいですか?》
魔力的に大騒音の上に、『拡声』で叫ぶ。
「何をしに……きたのだ!」
そう叫び返してきたのは、ハイデン・マントル卿だ。
「来るな! 近づけば攻撃する!」
《どうぞ?》
傲慢にもそう言って、さらに近づく。と、『火刃』が飛んできた。本当に攻撃してきたなぁ。
「――――『火刃』」
消滅するように魔力を調整して魔法を撃つ。
また『火刃』が飛んできたので、同じように打ち消す。
またまた魔法を撃とうとしたので、発現直後に、術者の手元で消滅させる。
そこで彼らは、ついに魔法を撃つことを諦めたようだ。
その間に何本か矢を射られたようだけど、暗闇だからか当たりもせず、『障壁』の展開もしなかった。
「こんばんは、マントル卿。お久しぶりですね。こちらに敵意はありませんので。攻撃されたことは水に流しましょう。普段なら三倍返ししているところですけども」
「何をしにきた!」
「いえ、それはこちらの台詞です。ここはノクスフォド公爵領地です。他領で他者を攻撃する権限は、王都第三騎士団にあるんでしょうか?」
「ある。ダニエル殿下がお認めになった」
「その許可、承認されてませんよ? っていうか届いてませんよ?」
「なんだと?」
「だって、国が、ノクスフォド公爵家と、真正面から喧嘩すると思いますか?」
王都の防衛隊のトップは、ノクスフォド家長男。もう喧嘩以前の問題よね。
「しかしこれは王子の――――」
私はわかりやすく首を横に振った。
「王子が何をどう仰ったのか、平民である私にはわかりませんし、知る権利もないでしょう。ですが、私はブリスト騎士団から依頼をされ、それを受けました。『警告せよ』と。排除せよ、でないところがお優しいですね」
「…………」
「私たちが依頼されていたのは『警告』ですが、攻撃を受ければ話は別です。さきほど、私に攻撃したり、私の身内に攻撃をしたり……既に、当方には反撃の権利があります。証拠も残さず、貴方方を始末することは簡単です。今やってみせましたし?」
そう言っても、まだ騎士団員の中には戦意を失わず、剣を構えたままの人がいる。
「剣で私を斬るつもりですか? やってみますか? 私、剣は不得手なので、手加減できるかどうか怪しいのですが」
そう言いつつ、『黒ルーサー剣』を取り出す。この武器は構造上、あまり手加減できない。
「四つに切られたい方はどうぞ。ああ、切っちゃいけないのか。面倒ですねぇ……。やっぱり気絶させて迷宮に運び、そこで殺して不死者として……」
「ひぃ……」
「永久に、迷宮を守っていただきましょうかねぇ……」
「ひ………」
私は黒ルーサー剣の刃を舐めようとしたのだけど、剣が大きすぎて上手く口に持って行けず、無理に動かしたところ、唇を切ってしまった。
「っ……………」
唇が真っ赤な私は、恐怖の権化そのものだったようで、マントル卿も含めて全員が腰を抜かした。よし、『威圧』された状態になったかな。素直に『威圧』スキルを使ってもよかったんだけど、普通に攻撃扱いだし……。
「――――『魅了』」
―――――スキル:魅了LV3を習得しました(LV1>LV3)
「――――『魅了』」
と、その場にいた三十人近く、一人一人を『魅了』していく。
スキルレベルがどんどん上がっていく。
―――――スキル:魅了LV9を習得しました(LV8>LV9)
最終的に、MAXの一つ手前まで『魅了』が育った。
三十人近くの男たちに、潤んだ目で見つめられる。
正直、違う意味で恐ろしい。貞操の危機ではないかという気もする。
しかし、ここが正念場かしらね。
自分の体を抱いて、上目遣いで、甘えたように。
「えーと。おにいちゃんたち、わたしのおねがい、きいてくれる?」
――――全員、とろけたような表情で頷いてくれた。テヘッ☆
おにいちゃん、ってよんでもいい?




