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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ブリスト方面波高し
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遊水池の建設


【王国暦122年11月5日 4:06】


 ここのところ早起きが習慣になっている気がする。うーん、そうじゃなくて習慣というよりは必要なので起きてる感じかしらねぇ。元の世界ではブラック企業に嬉々として勤めていたんだろうか。


「雨…………」

 雨に笑っちゃう歌を口ずさみながら石壁を散歩がてら一周する。ブロック同士の隙間がどうか、欠けはどうか、などなどのチェックをしながら微調整を行う。


「うーん、水の星に……愛はあるのかなぁ……」

 余り意味の無いことを口にする。まだ泉からの弁は全開放していないにも拘わらず、内堀と外堀には目に見えて水が溜まっていた。この土地は不毛に見えるのだけど、実は結構な降水量があって、ちゃんとした貯水池を作り、継続した灌漑ができれば、それなりに収穫量の見込める穀倉地帯になるはず。ただ、土質がよろしくないので、手間が恐ろしくかかる。それで思いっきり放置されてきたようだ。


 通常、迷宮は石材の調達を第一に考えて位置が決定されるので、その流れで言えば、ブリスト南迷宮は、もっと東側の、現石切場の近くに設営されていてもおかしくなかった。それを覆しての位置決定の要因になったのは銀鉱脈だ。まだまだ銀が採掘できそうだけど、人と魔物と迷宮に優しい精錬方法の確立は急務ということね。


 と、土地の話からずれた。まあ、そういうことで、迷宮の位置関係と土地が農耕に向いているかは全然関係がない。目に見える不毛の大地を黄金の畑に変えることは私の使命ではないのだけど、とっかかりは付けておいてもいいかなぁ、なんて思う。


 とても恩着せがましい話だけど、その本質はちょっと違って、どうやら泉からの取水は最低限でいいんじゃないかしら、と目論みが立つ。この内堀、外堀に溜まった雨水の水量を見ると、逆にどこかに水を逃す場所を設置した方がよさそう。

「遊水池? 調整池?」

 この両者は機能的には同じもの。灌水させる前提で土地を確保しておくのが遊水池で、これは普段は池っぽくない。土地をもっと深く掘り下げて、池っぽくしたのが調整池ね。本来は河川の氾濫対策として設置するものだけど、今回は堀の氾濫防止、迷宮の浄水施設に流入する水量の調整用ってことね。

 荒っぽい土木工事で上手く行くかしら? 迷宮内部の工事が一段落して、ミノさん、オクさんたちがヒマそうだし、ちょっとやってみるかな。

 それにしても、治水までやることになるとは…………。

 何十年後かに、『私たちが作りました』なんてミノタウロスの写真入り農産物が市場に流れたら面白いなぁ。それ以前にミノさんは麦食わないか。いや、どうだろうか。進化して食べるようになるかもしれないね。


 散歩から戻り、『メリケンNT』に遊水池設置の件を相談してみる。

「迷宮からある程度離れたところの土木工事は可能?」

『可能です、マスター。先日の『通信中継器』設置により、『魔物使役』の適用範囲が大幅に拡大しています。大規模な建設工事に関しましては、工事中の襲撃対策と手順を策定していただければ、より円滑に工事に入れるかと存じます」

 あ、『メリケンNT』が高度なことを言ってる。『思う』って言った。プログラムが自己進化したのか。私の死後、グリテンは迷宮に征服されちゃったりして。

「笑えない冗談だわ……」

『了解です、マスター。笑えない冗談、を実行します』

「なにっ?」

『布団が……ふっとんだ……』

「…………なるほど…………。NSCからやり直さなければならないようだわ……」

 それからエミーたちが起きてくるまで、『メリケンNT』の実装プログラムを精査する羽目になった。



【王国暦122年11月5日 6:48】


 ブリスト騎士団の連中も、騎士団の例に漏れず朝が早い。

 起床、早朝訓練を行って、やっと朝食。さすがにランニングみたいなことはしてないけど、体を動かす程度の剣の稽古はするのね。


 朝食はエミーが言わなくても半魔物たちが気を利かせて、騎士団の分のスープも作っていた。ちゃんと食べる人の身になって、騎士団の連中が持っていた黒パンに合わせて、サラサラしたスープにしていた。

「こんな些細なことでも、半魔物たちを誇りに思うわ……」

「それはどうも」

 ホフマンが朝の脱皮をしながら照れた。その皮、何かに利用できないものかね?


「夕食に加えて朝食まで……この恩義はわすれん」

 オースティンが頭を下げた。

「大袈裟な。ブリスト騎士団が迷宮にずっと負い目を感じてくれているなら、それで重畳というものです」

「有形無形で、今後、我が騎士団は迷宮からの影響を無視できなくなるということか。それはそれで時代の流れというものだろう」


 たかがスープ二杯の提供に過ぎないけれど、迷宮側が襟元を開いて、蟠りを捨ててブリスト騎士団に接している。それは下っ端にも通じているようで、表情は昨晩に比べると明らかに柔和になっている。


 私自身はブリスト騎士団が邪魔をしなければいい、程度に思っているだけで、仲良くしよう、とまでは思っていない。だけど、それが本意であろうとなかろうと、一定の敬意を見せることは重要ね。


 朝食後に素早く出立の準備を終えたブリスト騎士団は、何名かの補給部隊が一度ブリストに戻り、本隊は東へ移動を開始した。


 さすがのオースティン総長も、今朝は結婚云々は口にしなかった。ちょっと余裕がなくなってきている気もしたけど、総長を気遣うのは私のやることじゃない。小柄巨乳シスターがチラチラとオースティンを見ながら舌打ちを繰り返していたから、彼女が叱咤し、諫言もしてくれるだろう。


 私はシモンと話すのは結構好きかも。彼女は私を同列の常識人として見てくれる、っていうこともあるんだけど、その認識が決定的にズレてる、ってことに気付いていないので、世間的な常識が何か、と言う物差しになっているように思う。


「ではな、行ってくる」

 私はお前の嫁じゃねえ、とは思ったけど、必要なことも伝えておく。

「当方の斥候がすでに展開しています。邪魔なら警告してあげてください」

「了解した」

 手を振って、オースティン一行が出立した。

 それを見送りながら、ブリスト騎士団に『リベルテ』が見つけられるかどうか怪しいなぁ……などと失礼なことを思った。



【王国暦122年11月5日 7:55】


「とまあ、そんなわけで、魔導コンピュータを統合した弊害が出ているように思うわけよ」

 管理層で、エミーとサリー、ラルフを前に、今朝の出来事を話すと、三人とも口元を押さえて笑った。

「え、面白いかなぁ……?」

「いいえ、お姉様。魔導コンピュータに組み込まれた魔法陣が、これだけの思考をしてみせたのです。驚嘆すべきことだと思いますよ?」

「面白くない……ぷぷ……笑えない冗談……」

「うーん、危ない思考ってわけじゃないと思うんだけどな」

 三人の意見は、放っておいたらどうか、というものだった。

「危険なジョークを練っているわけじゃありませんし」

「エミー姉さん、危険なジョークって?」

 サリーが首を捻るので、エミーはうーん、と少し思案顔になり、私に助けを求めた。危険なジョークがすぐに浮かばないところが、エミーの育ちの良さを示している。ユリアンはちゃんとエミーを育てたわけね。

「そうだなぁ、危険なジョークっていうのは政治に関わることが多いよね。政治体制を皮肉ってみたりね。たとえば――――


 王城の前で男が叫びました。

『王様の馬鹿野郎!』

 すぐに騎士団がやってきて、男を捕縛しました。

『お前を逮捕する。罪状は侮辱罪と、国家機密漏洩罪だ』


―――みたいな?」

「ほうほう……それは確かに……」

「そもそもジョークはさ、国民気質を表すものでもあるからさ。お国によっても笑い処が変わると思うよ。細かく言えば、グリテン王国でも、ポートマットとブリストでは違うと思う。その街の住民なら誰でも知っている人物を皮肉る場合とかもね。皮肉や揶揄で、『なるほど』と思えなければ、それは単なる非難で、貶めているだけだよね。皮肉られた方が不愉快になったとしても、一定の『なるほど』が無ければジョークは失敗ってことね」

「難しいですね」

「うん、言葉遊びの部分もあるからね。国民全員がジョーク好きだとか、それこそ何かのジョークよ?」


 なんていう、何気ない会話だけど、これも実は『メリケンNT』は情報として集めていて、可動に必要な魔力のうち、幾分かを割いて、ジョークについて考えていくことだろう。そんなことより、NSCに入ればいいと思うよ? お笑いも、ある程度まではテクニックで実現できるものだと思うから。


「まあ、でも、三人の意見はわかった。危険なジョークを言うときや実行するときは、迷宮管理者の承認が必要、ってしておこう。それ以外は放置。思考部分はいじらないよ、『メリケンNT』?」

『マスターのご厚情に感謝します。その優しさが殿方に向かえば、モノにできない男はおりますまい』

「うーん、変な方向に進化したな。それ、ジョークのつもりでしょう?」

『肯定です、マスター。先の笑えない冗談、をついに表現できたと自負しております』

 体があったら胸を張っているところだろうねぇ……。ジョークに関する思考に割くのは、全体の一パーセント程度に抑えておくことにした。無駄に能力が高いから、フリーダムにやらせすぎると思考する化け物になってしまう。

 こういうのも、創造主の思惑を超える部分なのかしら……?



【王国暦122年11月5日 8:30】


 ブリスト南迷宮を一つの『国』として考えた場合、迷宮が管理している土地は『領地』と捉えることができる。


 そうなると、今から工事を行おうとしている場所は『領地』でもなんでもない。ノクスフォド公爵が治める土地を勝手に改変することになるので、本当は許可とかが必要になる。

 だけど、何をやっているのかなんて絶対にわからないから、何も伝えずに工事始めちゃうもんね。


 工事現場の作業監督といえば脱皮男ホフマン。

 そのホフマンを呼び出して、工事の説明をしておく。


「さすがマスターです。迷宮を水浸しにしないための治水施設ということですか……」

「うん、自然排水するものだし、別に石畳を敷くわけじゃないから、ちゃんと掘って、ちゃんと固めるだけ、だけどね」


 ホフマンはバイゴットとは違って、王都第三騎士団の生え抜きで、元々、工兵っぽいお仕事をしてたんだと。ターム川の護岸補修作業だとかやってたらしい。後方部隊であるはずなのに、最前線にいたのは、土塁を作れ、という指示を受けたから。私にしてみれば、そんなバカな指示を出した第三騎士団上層部に感謝したい。

 もちろん、騎士団時代にホフマンがやっていたのは監督じゃなくて土木作業の肉体労働の方。現場叩き上げでもあるから、部下につけた魔物を労って無茶な指示を出さない。


「予定地点は迷宮の東南、範囲は二キロメトル四方と。広大な面積ですなぁ」

「そうだね。水路部分と、遊水池の開始地点は私が掘るからさ。それ以降はゆっくりでいいし、最優先じゃないけど、進めてほしい」

「わかりました。開始地点は多少深く掘って、池にしてもいいかと思いますが?」

「じゃあそうしよう。利水についてはウチの領地じゃないから、住み着いた人が自由にすればいいよ。街ができるとして、私が想定しているのは西方面だから、敢えて逆方向にしてるんだけど」

「間違うと街が冠水してしまいますから、賢明な判断だと思われます」

「年月が経過すれば少しは農業に向いた土地になるかな?」

 ホフマンは脱皮しながら首を捻った。

「通常の洪水とは違って、上流の土砂が流れてくるわけではありませんから、それにはあまり期待できないかと思います。あくまで迷宮が集めた過剰な雨水の放出先以上に意味を求めてはいけないかもしれません」

 ホフマンに言わせると、迷宮の石畳、集水システムが異常に効率がいいのだという。

「マスターやサリー様の施工が完璧過ぎるのですよ」

 褒めてるのかけなしてるのかわからないわね……。



【王国暦122年11月5日 13:44】


 遊水池予定地までの放水路は、誘導性を高めるために、結局石を貼ることになった。これはサリーの意見だ。

「迷宮から水を放出するのが、迷宮に近い場所では、地面が水を吸ってしまうと思うんです」

 うん、その通りだ。ということで、午前中一杯で掘削を終えて、今は石ブロックを設置中。

 サリーの指示やホフマンの指示で、ミノさん、オクさんたちがキビキビと働いている。これでも体力には個体差があって、疲労した個体が散見されると、適宜ホフマンが入れ替えていたりする。


 迷宮から東方向に魔物部隊を展開させている、というのは、同じ方向へ向かったブリスト騎士団へのフォローでもある。

 工事をしている間にも『リベルテ』からの報告が断続的に入る。

「王都騎士団と思われる部隊は少数で二十名程度、か」


 王都第三騎士団が駐留していたのは学術都市ノックスで、そこからボンマットに移動するには石の台地を通過しなければならない。そこに辿り着く前に、ブリスト騎士団が接触したという。

 ブリスト騎士団は三十名程度、オースティンとクラーク卿の姿が見えたそうな。となると、ボンマットに向かったのはシモンとゲド卿になるわけね。見た目のハッタリと実務能力を考えると、そういう組み合わせになるのかしら。


 短文の続報が入る。

「王都第三騎士団は後退中、か。諦めてくれるといいんだけど……」

 塩の生産地を直轄領にできるチャンスを逃すだろうか。


 さらに続報が入る。

 王都第三騎士団は、別の部隊二十騎が、大きく北に迂回しているそうだ。やっぱりなぁ。ブリスト騎士団の方はこれ以上の人員を割けない。先の約束もあるから、こちらも部隊を動かすかな。

 魔物達で脅してもいいんだけど、問答無用で攻撃される可能性が高い。それなら、と『メリケンNT』経由で、手空きの半魔物たちを派遣することにした。


 半魔物として生まれ変わった姿を見られたくはないだろうから、簡易の石仮面を作り、それを被らせて、バイゴット以下四名、計五名の半魔物たちを北側に迂回している王都騎士団に警告をさせに行った。

 なお、この石仮面には、血を吸い取る能力(URYYYYYY)はございません。



【王国暦122年11月5日 15:15】


 北に向かわせていたバイゴットたちの部隊から連絡が入る。

 王都騎士団が攻撃する素振りを見せたので、ブリスト騎士団から協力を依頼されている迷宮軍であることを開示させた。


 その王都騎士団はマントル卿が司令官として部隊を率いている様子だとのこと。元・第三騎士団員が確認してるんだから間違いないわよね。

 さすがの私も、元同僚たちに殺し合いをさせる趣味はないので、攻撃をされたら、全力で迷宮に後退するように言ってある。

 マントル卿は脳筋とは逆の人だから、善後策を考えると撤退、って判断してくれると思うんだけど……。


「姉さん、あと五十メトルくらいです」

 そこにサリーから声が掛かり、通信端末から目を離す。

 普通の水路よりは粗っぽく作っているとはいえ、作業速度は私に匹敵するようになってきたなぁ。

「じゃあ、夕方までにやっちゃおう。状況が読めなくなってきた」

「はい。王都第三騎士団? ですか? しつこいですね」

「お金と水に、人は集まるものだからねぇ……」

 ボンマットのペティンガー子爵も、身から出た錆び、自業自得とはいえ、難儀な状況よね。自領を奪おうと三領地から派兵されている状況は、内乱そのものだものね。



【王国暦122年11月5日 16:32】


 バイゴットから再度短文が入る。

「あちゃー」

 思わず天を仰いだ。北の部隊から攻撃を受けたとのこと。反撃の許可を求めてきていた。もちろん攻撃は認めず、迷宮への帰還を命じた。

 そのまま迷宮に誘導してしまえば、マントル卿はボンマットには辿り着けない。ブリスト騎士団には貸しばっかり作っているから、何か埋め合わせしてもらわないとなぁ……。

「作業、急ごう」

 戦闘になる可能性もある。そんな切羽詰まった状況でも、私は土木工事から離れない。

 サリーと二人、頷き合った。



――――女二人の遊水池。





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