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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ブリスト方面波高し
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総長の誤射


【王国暦122年11月4日 20:40】


 エミーが素早く食事の準備をしてくれたことで、エントランスホールは野営地のようになっていた。

 迷宮の入り口にはすでに自動改札機が設置されて、外部とエントランスホールへの出入りは自由。結局全員が新型ギルドカード(騎士団カード?)の登録を済ませた。

 文句を言っていた大柄僧侶、もといクラーク卿、実は懸念を持って正解だったと思うのよね。カード無しでは生きられない体にしてあげるわ。おほほほほ。


「こんな場所といっては失礼な話だが、温かい食事が摂れるなど、望外の喜びだな。まーり、まりまり……」

 すごいな、オースティン総長。強固な意志、本気で求婚してたんだな……。

 一時的に『告白回避』スキルをオンにしてみたのだけど、重大な提案も回避しちゃうので、半分交渉事が混じるような、今回のケースでは使いにくい。まるきり好意ゼロ、の相手と面と向かって話す、とかなら使いやすいのだけど。


 ちなみに『告白回避』スキルはオンにした途端にLV10になり、限界突破して、今はLV13。これは強力過ぎて、常にオンにしていたら、男日照りが続いて、お局様コース一直線だと思う。

 しかたない、オフにしてみよう。

「結婚してくれ」

「しません」

 このやり取りを、微笑ましく見ている騎士団員もいるのだけど、半分くらいは総長なにやってんだ、って顔をしている。さっき大演説をぶったというのに、真の意味で理解できている人は少ないわけよね。その意味では総長の苦労が偲ばれるというもの。


「この人数での遠征ということは、制圧部隊と牽制部隊といるわけですよね?

「そうだ。我々はこの後、部隊を二つに分ける予定だ。かっかかむかむ………」

 オンにしてみた。

「ぷっぷぷりぷりぷり!」

 伝説のガールズバンド? いやはや、ヒューマン語スキルの直訳だと『結婚してくれ』なんだけど、こうやって『告白回避』スキルをオンオフしてみると、実に様々な言い方をしているのがわかる。オースティンにしてみたら、工夫を凝らした求婚の言葉なんだろうね。


「総長、しつこい男性は嫌われますよ」

 今回の遠征組に随伴している幹部で、恐らくは一番の常識人と思われるゲド卿が、オースティンの耳元で囁いた。

「む………」

 あ、その一言で良かったのか!


 これは目から鱗というやつね……。下手にスキルは使わなくてもいいのね。このスキルはなるべく使わないようにしよう。『魅了』もそうだったけど、こういう精神に影響を与えるスキルってどういう仕組みなんだろうねぇ……? 何となく、この世界のスキルを作った人……神様はいないとされているけど、恐らくは神様に相当する人……がシャレで作ったような気がする。それこそ、以前にフレデリカが言っていたように『ゲーム要素がある』ってやつだと思うのよね。

 いわゆる体力量(ヒットポイント)魔力量(マジックポイント)とか、筋肉()だとか、今話題にしている感情()だとか、見えないようになっているのが変にリアルというか。世界を構成する要素、その全てを可視化や数値化できてる訳でもないのよね。


「ボンマットの様子については聞いています。カレル所長の件は聞いていますか?」

「ん? 冒険者ギルドの? 色男?」

「ボンマット出張所の所長ですね。冒険者ギルドの方はもう現地に部隊を送り込んでいますよ」

「うむ。だが我が騎士団とは目的が違うだろう? 冒険者ギルドとして武力で制圧するわけにはいくまい?」


 ボンマット領地から正式に依頼があったかどうかは、事の正当性の有無でもある。だから即応性については遅れることが当たり前。とはいえ、本当に腰が重い。ボンマットのペティンガー子爵も、ノクスフォド公爵も。

 そう考えるとポートマット騎士団は有能な騎士団になっちゃったなぁ。質と数を足してみれば、王都騎士団に匹敵するようになったと思う。


「で、その色男がなんだっていうの? 何人も囲ってるクズ男よね? 死ねばいいわ」

「ええ、本当に亡くなりました。今朝なのかな? ポートマットの海岸に遺体が打ち上げられたそうで」

「えっ…………」

 シモンは自分が口にした言葉が力を持ってしまった……とでも思ったのか、さすがに驚いている。意外に常識人の部分もあるねぇ。


「死んだのか……。確か、ブリスト支部の色男の兄だったよな?」

 兄弟そろって色男とは泣けてくる話よね。

「そうです。弟さんのカアルが支部長、兄のカレルが、その部下で出張所所長です」

「…………優秀な兄を持つ身としては、兄弟の葛藤が理解できてしまう。もう葛藤しなくて済むのは僥倖ではないだろうか……」

 オースティンは、そんな難しい言い方をした。ファリスは確かに優秀な指揮官であり隊長だけど、今のオースティンの言い方だと、ファリスよりも自分が上であり、普段はそれを隠している、とも聞こえる。


「ふん、ファリス様を立ててる俺格好いい! とか思ってるの? バッカじゃないの?」

 恐れ知らずのシモンが、上官に暴言を吐いた。でも、それは私も同感。本当に口にしちゃうところはどうかと思うけど。

「ああ、そうだな、バカだな」

 オースティンは己のバカを認めた。脳筋に見えるところはある程度はオースティンの本質だろうけど、さっきの結婚してくれなやり取りを見る限り頭は回る。同郷のウーゴと同等には回るんじゃなかろうか。世が世なら、この人も英雄と呼ばれる人材かもしれない。

 だからと言って結婚はしないぞ。


「あの兄が狙っている『黒魔女』を俺が手に入れることが出来たのなら、俺の優位性が証明されるんじゃないか……そんな安い気持ちで対峙したのが正直なところだよ。ところがだ。剣では一端の実力だと自負していた俺が子供扱いで負けた。その慈悲を振る舞う姿はまるで……」

「ちっ、イヴォンヌ様の影でも見たって? このチンチクリンに? オースティン、あんた目が腐ったんじゃないの?」

「あのなぁ、シモン。俺、一応総長なんだけど……」

「るっさいわね。一皮剥けば、あんたなんて、ちょっと剣が上手いだけのガキ大将でしょうに。子供の時と変わらずにね」

 ああ、この二人って幼なじみなわけね。イヴォンヌって誰だろね?


「ガキとか言うんじゃねえよ、このオッパイチビが!」

「はん、やる気? 半端筋肉のくせに? そんなに母ちゃんが恋しければオッパイあげまちゅよ?」

 騎士団の面々を見ると、別にざわついてはいないし、大柄僧侶もゲド卿も慌てた風がないから、二人の言い合いは日常茶飯事なんだろうね。

 いきなり始まった痴話? 喧嘩に、スープを持ってきていたエミーが驚いた顔をしていた。


「あの、一つ言っておきますが」

「なんだ!」

「なによ!」

 総長とシスターから、同時に苛々をぶつけられる。

「エントランスホールでの戦闘行為は問答無用で排除します。騎士団総掛かりでも討伐が難しいような魔物が転送されてきますよ?」

「ぐ……」

「ふん……」

「覚えとけ、オッパイチビ、いずれ雌雄をつけてやる」

「あーら、オスメスならもうわかってるわ。魚の煮汁で顔を洗って出直してくれば?」

「ちっ、オッパイに煮汁詰めたろか」

「やれるもんならやってみれば? 煮汁ボーイ!」

「あの……」

「何だ、結婚してくれ」

「五月蠅いわね、寸胴チビ!」

 片方だけならよかった。オースティンの求婚は迷宮の回線で聞かれていただろうから。エミーが魔力を練り始めたじゃないか。掌を閉じたり開いたりしてる。オースティンのはすでに口癖になってるね、これ。


 やばいな、エミーに参戦させてはいけない。

「うーん、好きで寸胴でもチビでもないんですけど……?」

「私だって、好きでオッパイチビじゃないわ!」

「いや! それはそれで需要があると思うぞ! 結婚してくれ!」

 あれ、矛先がズレた……?

 (とき)が止まった―――――。



【王国暦122年11月4日 20:59】


 最初は小さな拍手だった。ちなみにそれはエミーから始まった。

「おお、ついに総長が!」

「収まるところに収まった!」

「シモン様を娶るのは総長以外におりませぬ!」

 鳴り響く拍手の音と共に、口々にオースティンからシモンへの求婚を称賛する声が溢れ出す。エントランスホールは一気に歓声に満ちた。

「ちょっ、待てよ!」

「ざっけんな、なんでこんな煮汁野郎と……」

 今、ピン、と来た。このオースティン、もしかしたら、ちっさい女性が好きなんじゃ? まあ、どうでもいいけどさ。


「お二人とも、おめでとうございます」

 私はとてもとても柔和に、オースティンとシモンに笑いかけた。

 その二人は、眉根を寄せて、苦み走った顔を向け合った。はっはっは、お似合いの二人だなぁ。魚の煮汁でも振る舞おうかなぁ!



【王国暦122年11月4日 21:00】


 祝福ムードはすぐに終わった。

「いいお友達ということでお付き合いさせてもらってます」

 何だよ、それじゃ事務所に言われて棒読みの謝罪会見(質疑応答無し)みたいじゃないか!


 オースティンはコホンと咳払いをしてから、真面目な顔を作った。

「冗談はさておき」

「冗談なのかよ!」

 シモンが激昂した。あれ、本当に脈があるのかしら。嘘から出た真、言霊連発かしら?


「その話は後だ。『黒魔女』も一緒に聞いてほしい」

「迷宮を巻き込もうとしているわけですか……」

 オースティンはふふん、と笑って、

「いやいや、王都騎士団が他領であるノクスフォド領地で大きな顔をしているのだ。正規の手続きさ。少なくとも我らの敵ではない迷宮が後方に()()のだから、王都騎士団への牽制部隊は少数で済むだろう?」

「ウチにはブリスト騎士団に与する理由も義理もないんですけど……まあいいでしょう。お付き合いも必要でしょうからね」

 と、そこにエミー操る……? あれ、エミーここにいるよ? ハート様がきたよ?


「それは私の方からも承認しましょう。王都騎士団が石の台地近辺に色気を出した場合は警告を発する。何故なら、あの石の台地の一角は迷宮の所有物である、そういうことでよろしいですね、ブノア騎士団総長殿?」

 そうそう、バンバン切り出している石だけど、あそこの所有権ってまだ曖昧なままなのよね。


「無論、攻撃されれば反撃は致しますが、こちらからは積極的には動きません。あくまで迷宮は石切場を守るだけ、ですから」

「それで結構です、ミスターハート」

 サリーが操ってるのかと思ったけど、このハート様はエミーだ。ということは、高速スイッチ切り替えによる二人羽織をマスターしたということか……。理屈は説明してあったけど、いつの間にこんな技を……? エミーを見ると、意識が戻ったり消えたりして、その過程で口元がニヤリと歪んだ。どうです、お姉様、と誇らしげにも見えた。ハート様も誇らしげだ。


 オースティンの方はある程度権限を持たされての交渉だろうけど、これで、あの石切場は迷宮管理の土地、つまり飛び地の領地ということになった。範囲を決めていないから、いずれツッコミは受けるだろうけど、迷宮が使う石材にも限度がある。無制限に建物でも建てない限りは問題にならないと思う。


 で、王都第三騎士団が動いたとして、ブリスト南迷宮のこの動きがノクスフォド領地を利するものだとわかったところで、王都騎士団はこれ以上動かない。ノクスフォド公爵の長男が王都騎士団の実質的長だから。

 これで明日、実際に王都第三騎士団に接触して、警告を与えてしまえば、ボンマット領地は実質、ポートマット、ブリストの両騎士団によって占領されることになる。


 領主自らが招き入れて、『治安戻してくれてありがと、じゃあ戻っていいよー!』とはいかない。必ず混乱の責を問われる。ロンデニオン市みたいに国の直轄領になる可能性は無くはない……のだけど実際の混乱収拾はポートマット騎士団とブリスト騎士団が行ったわけで、当然、これも有償ということになる。

 王都第三騎士団が多少でもボンマット領地に入れば、王都騎士団も関与しました、ということで直轄領へのフラグが立つけれど、そうはさせない、というのがこの動きになる。


「よし、迷宮の協力は得られた。明日の朝一番で、自分とクラーク卿は東へ移動し、学術都市ノックス駐留の騎士団と連携し、王都騎士団への対応をする。シモンとゲド卿はボンマットに向かってくれ。補給部隊は一度ブリストへ戻ってくれ」

「了解です、総長」

「うむ」

 オースティンは満足気に頷いた後、少し思案顔になってから、私の方を向いた。

「けっこ――――いや。『黒魔女』殿、その――――騎士団カードを有用に使いたい。付帯する魔道具の購入を検討したいのだが」

 おおっと、求婚を思い止まったようだねぇ。これ以上の誤射は命に関わるものね。

「ポートマットの冒険者ギルドに問い合わせの上、承認が出れば納入しますよ」

 一度敵対している組織だから、結構な金額になると思うけどね。まあ、私にしてみたら、機密情報ダダ漏れになるわけだからウェルカムな状況ではあるよね。スパイ組織が電話会社を運営しているようなものだもんね。

「うむ、色よい返事を期待している」

 そういってオースティンは、穏やかに微笑んだ。良い笑顔だと思ったけど、結婚はしない。



【王国暦122年11月4日 21:28】


 管理層に戻る前に、ヴァンサンたちにブリスト騎士団の動きを伝えておく。ブリスト騎士団がどう動くのかは知っておいた方がいいし、迷宮が絡むことになるのならなおさら。

 こうやって、移動中の相手に情報を送れるというのは本当に革新的よね。『通信端末』の有無は、冒険者はもちろん、騎士団の性質を変えていきそうね。作った本人が言うのもアレだけど、私の意志も超えて運用されそう。

 短文を送信した後、管理層に戻る。エミーは先に戻っていた。

「ハート様の登場はちょっとビックリした。ありがとね、エミー」

「いいえ、お姉様。私も出来るんですよ、アレ」

「あはは……」

 ということはだよ? BASICプログラミングをマスターしたってことだよね。聖女様凄いなぁ!

 で、エミーには珍しく褒めてほしがったのは、ロンデニオン西迷宮に自分のアバターを常駐させたい、ということみたい。

「読みたい本がたくさんあるんです」

「まだ知識が必要なんですか、エミー姉さん」

「まだまだ……足りないと思う。何の役に立つのかはわからない、でも、何かの役に立つと思うの」

「はぁ~。姉さん、私もロンデニオン西迷宮に行ってみたいです」

 サリーの知識欲も盛り上がってきたらしい。

「今も二つの迷宮の副管理者だし、そのまま口座……アカウントが出来てるから、行けば歓迎されるよ?」

「わぁ……」

 サリーは殊の外喜んだ。サリーくらいの少女が喜ぶ内容ではないと思うけどさ。

「ま、何事もすぐにはできないからさ。また王都も行かなきゃね」

「そうですね……」

 エミーはちょっとシュン、と落ち込んだ。落ち込んだ聖女様もいいなぁ。

「とりあえずは目の前のことをやらなきゃ……あっ」

「ん?」

 エミーが声を上げたので訊いてみると、明日の朝食の仕込みをやらなきゃ、なんて、すっかり食堂の人みたいな事を言う。


「半魔物たちが気付くよ。彼らに任せちゃおう」

「そうですか……そうですね」

「うん、明日も早いし、寝よう?」

「はい。今日も一日がんばりました!」

 サリーがまとめてくれたので、ほっこりした気分になって、寝床に入った。



――――ベッド、早く納品しないかなぁ……。






50分しか進んでねえ……。

何かもう、迷宮から出られない呪いが主人公たちに……?

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