お米の入手
うん、仮眠のつもりがぐっすり眠ってしまう。
朝に起きるつもりが、昼になっていた。
よくあることだよね!
顔を洗い、東地区へと向かう。ニスが切れていては、この後の作業ができない。
夕焼け通りを抜けて、ロータリーに差し掛かり、トーマス商店をチラリと見てから目を逸らし、冒険者ギルドをチラリと見てから目を逸らして、東通りへと入る。
まずは建材屋さんでニスを購入する。予備のつもりで三瓶を買う。ついでに角材をいくつか。うん、DIYショップに行くと余計な物も買ってしまう。
よくあることだよね!
「毎度あり~」
すっかりお得意さんの私は、店主に見送られながら店を出る。
その足で、ネスビット商店へ向かう。
「なんと、網、できてる」
私の顔を見るなり、ネスビットはニカァ、と笑う。色んな毒気が抜けていく笑みだなぁ。
出来上がった網は、ロール状に巻かれていた。
目の細かさ、正確さ、共に及第点。素晴らしい出来だ。
「ありがとうございます。じゃ、この防水仕様のやつで、残りの枚数もお願いします」
防水じゃない網も作ってもらったけど、紙作りにはどちらが向いているのかわかんない。一応両方やってみるけど、乙女(笑)の勘は防水をチョイス。
「防水、わかった、作る」
ニカァ、とネスビットは笑って頷いた。
「はい、よろしくお願いします」
私もニカァと笑って合掌した。
お次は。ロック製鉄所で鉄と銀を調達しなければ。
すっかり冬だというのに、製鉄所の近くは温かい。暖房要らずで実に素晴らしい。夏期の事は置いておくとして。
「ロックさーん! 鉄と銀くださーい!」
「おーう! 持っていけ―!」
という相変わらずのやり取りの後、鉄はインゴット五本、銀は一キログラムほどを購入。ついでだから―――金も五百グラムくらい買っておく。私、無駄にお金持ってるからね!
さてと。
お腹が空いていたので、どこかで食べていこう。
安直にシモダ屋でいいか。
新しくできたインド風料理屋さんも捨てがたいけど、ここは安定指向か。
ここのところアーサお婆ちゃんの料理を食べていたせいか、口が庶民的になっているというか、ご馳走よりも気軽に食べられるものを選ぶ傾向になってきた。そうなると余計にシモダ屋に足が向くというもの。
「こんにちはー」
私が店に入ると、厨房とホールから、キラーンと眩しく目が光る。
「フフフフ、来たわね」
カーラが不敵な笑みを湛えながら、私に着席を促す。
「どうしたの? 一体何事?」
「うん、ちょっと試してもらいたい料理があるんだ。待てる?」
なにっ、新作料理の強制試食か!
「待ちます。頂きます」
シモダ屋は、常連に試食を促してくる時がある。ハズレもあるけど、アタリの時が多い。
三十分くらい待つと、店主のチャーリーがフライパンごと、私のところに料理を持ってきた。
「あっ!」
思わず声をあげてしまう。
米だ!
「魚のスープで米を煮込んでみたんだけど、これで合ってるかな?」
サフランの入ったブイヤベースで米を炊いた―――パエリアだ。
クンクン、と匂いを嗅ぐ。うん、サフランの香り、魚介の香り、ニンニクの香り。
「これは、ニンニクを炒めるのに使った油は?」
「亜麻油だね」
亜麻布の材料にも、ニスの材料にもなるという、便利植物だなぁ。
元の世界では、パエリアにはオリーブオイルを使うはずだけど、この世界にもあるのかな。
「南の国で、木の実から採れる、緑色の油ってありますか?」
オリーブという名称であるかどうかわからないので聞いてみる。
「大陸にあるかもしれないなぁ……。まあ、とにかく食べてみてよ!」
促されて一口。魚介の旨みとサフランの香りを、米がまとめて、昇華させる……。
「うん」
お米は粒が長い。長粒種というやつだね。これは短粒種よりパエリアには合う。
「うん」
しかし魚介と米、異常に相性がいいなぁ!
「うん」
赤と緑のピーマンがあると彩りが鮮やかになっていいね! ああ、トマトがない替わりなのか! これはこれでいいかも!
「うん」
主役はやはり米か! やはり米なのか!
「いや~、美味そうに食べるねぇ」
カーラの一言で我に返る。
「お米最高です」
「もっと料理を褒めてよ……」
チャーリーが苦笑する。
「このお米は、どこで入手したんですか!?」
「コンドリフさんのお店だよ。一昨日くらいに入荷したってさ」
カーラが補足する。私の驚いた表情に、してやったり、というニヤケ顔を見せている。
「で、味はどうだったよ?」
チャーリーの期待している表情。
「最初にお米は炒めるといいですね。炊き加減はもう少し長めにして、お焦げを作っても美味しいと思います。ニンニクはもっと少ない方が魚介の旨みを感じられますね。塩加減はもう少し強めでもいいかも。特に夜のお客には塩を強くした方が、お酒に合うというものです。油は、さっき言った木の実の油が入手できれば香り良く仕上がります。ピーマンは彩り程度に抑えるか、別メニューとしてもっと加えてもいいかも。基本的には貝は一種類にして数を多め、の方が味が濁らないかもしれませんね」
ムール貝に相当する貝は、王都ロンデニオンに流れるターム川で採れたりする。ロンデニオン特産、ではあるんだけど―――。
「ムル貝は、ターム川産のものは、王都が発展してますし、使わない方が無難かと思います」
「んっ? そりゃまた何で?」
「この貝は、汚れた川でも元気に育っちゃうんですよ」
水質浄化を目的にするなら育てりゃいいけど、それを食べるのはどうかと思うし。
「なるほど……」
「だから、水質管理された環境があればいんですけど。そうでなければ、この貝の味はともかく、食べた人の健康には良くないかと。っていうか死にます」
ん……。ムル貝を養殖できるなら商売になるかもしれないな……。心にメモ……。
「なるほどな……。よし、次回は貝を変えてやってみるよ。ありがとう、参考になった」
チャーリーは合掌して礼を言う。
「いえっ、お米が食べられただけでも、私は幸せでした!」
「ホントにお米が好きなのねぇ」
カーラが苦笑する。
「うん、このパエリアとか、炒めたりとか、水っぽいソースを掛けたりする時は、この長細いお米でいいんだけど、醤油を使った料理には、粘り気の強い、短いお米の方が合うんだよ」
「えっ、この料理、知ってたのかい?」
チャーリーが驚きの声を上げる。しまった、元の世界の知識を基に喋ってしまったか。まあいい、強引に突き進む。
「お米があれば、当然思い付く料理ですしね!」
「そういうもの? それに短い米なんてあるんだ?」
「きっとある、と思う!」
青筋を立てて力説した私に、チャーリーとカーラ親子は引いた様子だったけど、今は米の素晴らしさを知ってほしかった。
チャーリーさんに夜食のサンドイッチを三食分注文して、受け取ると、シモダ屋を出た。
次の目的地はコンドリフ雑穀店だ。
「こんにちはー、ごめんください」
「いらっしゃい。お、トーマスさんのところの。謝罪? なのか? どうぞ?」
ん、ヒューマン語スキルが直訳しちゃったか。まあいいや、不思議な事を言うドワーフ幼女ってキャラ付けでいいです、もう。
コンドリフは中肉中背の中年、非常に平凡な、印象に残りにくい平坦な顔をしたヒューマンだ。名前はグリテン風だけど、少し東洋風の血が混じってるのかも。
「あの、お米、まだ在庫ありますか?」
「お、米か。売れ行きいいな。一袋なら。もう一つは予約されちゃっててね」
危ない、残り二袋だった。それでも六十キログラムは入りそうな麻袋にお米が入っているようだ。
「はい、一袋でお願いします」
「一応中身確認するかい?」
「あー、籾殻状態ですよね? お願いします」
「ああ、そうだ。っと、ほら」
コンドリフは金属製の道具を袋に突き刺して、少量の中身を取り出して、私に見せた。
うん、籾殻状態だけど、これは米だ。
「はい、確かに。お幾らですか?」
「ごめんよ、お高いんだ。金貨三枚」
ボッタくられてる気がする。だけど、ここは言い値でいいや。値段交渉するのももどかしい。
「はい、こちらに」
金貨を渡す。
「はいよ。持てるかい?」
ハッ、こちとら『道具箱』持ちよ? っと。
「あれ?」
おかしい、『道具箱』に入らない。なんだろ、容量オーバーとか? いや、そんなはずはないな。
「ああ、よくあるんだけど。中に虫がいるんじゃないかな……。全部取り出して再梱包する訳にはいかなくてね」
防虫も品質管理の必須工程だと思うけどな。その意味では良心的じゃない店だなぁ。だいたい、『道具箱』に入らないってことは、結構な大きさの生物も同梱されてるってことよね。
ま、あんまりこの店は来ないし、ブラックリストとまではいかないけど、要注意店ということにしておこう。
「ああ、大丈夫です。このまま持って帰ります」
軽々、肩に担ぐ。
「えっ。お嬢ちゃん力持ちだね」
驚いた風のコンドリフに、
「はは、虫を抜いてくれてると助かります」
と、軽く苦言を呈しておく。殿様商売はいつまでも続かないわよ?
麻袋を担いだままウロウロする訳にもいかないので、とりあえず借家に戻る。まだ陽は高いから、網を先に作るかな。
「ふう」
米を降ろして工房へ向かう。殆ど木工工房になってるなぁ。
角材を組んで、ネスビット商店製の特注網を挟み込む。試作の網は、防水と非防水の二種類。後でニスを塗って、木枠も防水しておかないと。
とりあえず両方の網を持って、米を担いで、庭に出る。
虫がいるなら篩い落とす!
ので、米を網の上に巻いて、ゴミやら小石やらを取り除いていく。おー虫ーいるねーいるねー。大きなゾウムシみたいなのがいるね! 私の大事な米を食うとか許せないのだよ!
虫を取り除き終わったら、天日干し。
一袋の処理が終わる頃には、太陽が落ちつつあった。
あー、一応冒険者ギルドに顔を出さないといけないかなぁ。めんどくさい。けどしょうがないか。二日も顔出さないと文句が来そうだし。
代わりの麻袋を取り出して、処理が終わった米を入れていく。んー、なんだかすごい目減りしているような……。コンドリフが悪徳なのか、仕入れに問題があるのか、両方かもしれない。
米を家に置いて、施錠して、再度、夕焼け通りを東に向かう。
冒険者ギルドに着く前に、ギンザ通りへ。高級スパイスを扱う店へ。
「マホニーさん、こんばんは」
「おや、トーマスさんのところの。今日はどうしたね?」
この店はスパイス臭い。異国の雰囲気がある。店主のマホニーさんも普段からスパイス臭い。本人を煮たら良い香りのスープが取れそう。
「赤いトウガラシ、ありますか。あと黒いコショウも」
輸入が減っている現状で、最も被害を受けているのは、この店かもしれない。生ハーブや、グリテン島内で採れるスパイス類しか、見える在庫はない。
「うーん、お高くなっちゃうけど、いいかい?」
「構いません」
即答する。これも米のため。
「トウガラシは十本で銀貨一枚、黒コショウは十粒で銀貨一枚だ」
むっちゃくちゃ高いな!
「トウガラシは十本、黒コショウは百粒下さい」
マホニーは頷いて店の奥へ入っていく。二分ほど経ってから出てきた。
「トウガラシはこっちの小さな袋ね。コショウは確認してね」
小さなトレーに載せられた黒コショウの、現物を見て数を確認する。
「はい、確かに」
「入れ物はあるかい?」
「それと同じ袋に入れてくれますか?」
トウガラシは小さな麻袋に入れられている。袋は無料じゃないんだけどね。
「はい、じゃあ、これね」
「はい」
私はお代を出して品物を受け取る。トウガラシは料理に使うだけではなく、防虫に効果があるのだ。コショウは、来るべきエレ肉によるラーメン大会のために必要だし、汎用スパイスとしてこれ以上の物はない。両方とも貴重ではあるし、何なら栽培も考えないとなぁ。
「毎度あり」
恐らく直訳されてそう聞こえるマホニーの声を背に受けて、やっと冒険者ギルドへと向かう。
もう夕方の依頼精算ラッシュも終わっていて、ベッキーの姿もなかった。私もベッキーがいるかどうかを確認するようになっちゃったなぁ。
好意があるにはあるんだけど、殆どの男性陣の好意とは別物だと思うけど……母親という意味では同じか。
「……遅いぞ」
その時、受付の奧の方から声がした。
――――ついに受付で待つようになりましたか、支部長。




