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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ブリスト方面波高し
452/870

ブリストの中央区九番街


【王国暦122年10月26日 18:32】


 アビゲイル女史の出自について訊こうかと思ったけれど、何やら真剣な顔をして通信端末を操作しはじめたカアルを見たら、支部長室を黙って出るしかなかった。


 第二応接室に行くと、エミーが背を曲げて、だらしない格好でブライト・ユニコーンと何やら話していた。

「ただいま。遅くなってごめんね」

「あ! お姉様! おかえりなさい!」

 シャキーン、と背筋が伸びる聖女様が可愛い。


《我が主が退屈していたぞ》

《話し相手になってくれてたんだね。ありがとう》

《ふん…………》

 呼吸器官なんてないのに、鼻息を漏らして、ブライト・ユニコーンはエミーの後ろに待機した。彼(?)なりにエミーを守っているんだね。


 そこにサリーが、アビゲイル女史を伴って戻ってきた。ちなみにバイゴットは服装が奴隷そのままなのでさすがに第二応接室に置かれていた。

「あ、おかえり」

「ただいまです。皆さん覚えが早くて助かりました」

「サリーさんの教え方がよかったんですよ」

 部屋に入ってきた時に、サリーは無表情からパァッ、と明るい笑顔を見せたのとは対照的に、アビゲイル女史は無表情のまま……と思いきや、表情が激変したサリーを見て、少し戸惑った表情になった。


フリエル(アビゲイル)さん、一件だけ連絡事項があります」

「はい。何でしょうか」

「迷宮に新型ギルドカード対応の……簡易的な門を設置します。設置後は新型ギルドカードがないと入場できなくなります」

「そうですか」

 反応薄いなぁ~。


「目新しいものですので、木製の()()を用意してあります。うーん、今日はもう遅いですし、混乱しちゃうと思いますので、明日の早朝に設置、説明したいと思うのですが」

「わかりました」

 いやあ、反応薄いなぁ~。


 以上です、と言って連絡事項の伝達を終えると、サリーが笑顔のまま皆に提案してきた。

「あの! フリエルさんが夕食のお店に案内してくれるっていうんです! どうですか?」

「いいねぇ!」

「素晴らしいわ!」

「食べてみたいな、ブリスト料理」

 半魔物の三人は雑食性なので…………概ね了承だろう。


「そんな……高級なお店ではありませんが……」

「そういうお店の方がいいです。ああ、一応、支部長のところに行って、了承を得てきた方がいいと思いますよ?」

 カレルの件は急いだ方がいい。副支部長(アビゲイル)の手助けがあった方がいいに決まってるから。

 まあ、私のブリストへの到着が遅れて、話すのも遅れただけなんだけどね。案外カアルは穴が開いているというか、詰めが甘いかも。少年がそのままお爺さんになったような見た目青年だから、人生経験があるんだか無いんだかサッパリわからない人物になってるのかしらね。

「わかりました」

 そう言って、アビゲイル女史には似合わない小走りで、第二応接室を出て行った。


「じゃあ、フリエルさんが戻るまで、ちょっとお話をしておかないと」

 まずは古着を出して、バイゴットに合いそうなものを適当に選ぶ。

「それ着ておくれ。貫頭衣は持ってていいや。脱げちゃった時に使えるでしょ。『道具箱』は覚えてる?」

「ギ、いいえ、マスター」

「その辺りもちょっと特訓させるかな。わかった。じゃあ、一度回収する」

「ギ、はい、マスター」

 古着を持って脇の方に行かせて、着替えさせる。戻ってきたバイゴットの格好は、ポンチョにズボンという格好にグレードアップしていた。いや、どうだろう、一レベルアップくらいかな……。


「着心地がいいです」

 一番魔物化が進んでいる半魔物は、ちょっと嬉しそうだった。

 他の古着をサンプルに出して、エミーとサリーに見せる。

「うん、ブリストは織物工業が盛んらしくてさ。手縫いでこの仕上がりとは恐れ入るけど、縫製技術も高いね」

 ふと、レックスも連れてくればよかったと思った。いや、でもトーマス商店が回らなくなるかもしれないし、これ以上護衛対象を増やしたら私が保たないや。


「それでね、情報を買うつもりで服屋に行ったら、注文する流れになっちゃってね。予約を入れてきたから、明日の午前中に採寸にいくよ」

「まぁ………どんな服を作るんですか、お姉様」

「ちょっとした集まりに出るような服かな。地味だけど上品っていうか。貴族主催の催しとか、王様の前に出てもおかしくないような」

「姉さん、私、そういうのには縁がないですよ?」

「いいや、そうでもないと思うね。サリーもレックスも、今後呼ばれることがあると思う」

「でも……」

 二人とも妙にケチンボさんだなぁ。

「エミーもサリーもまだ成長してるだろうから、今しか着られないの」

「今しか……」

「何かもったいないです」

「うん、そうしたら、取っておいて、子供に着させりゃいいのさ」

「!」

「姉さん、私、そういうのには縁がないですよ?」

「いいや、そうでもないと思うね。エミーはともかく、サリーは予想外の男が攫っていくと見た」

「どうして私は除外されるんですか……」

「獣のような大男に…………?」

 エミーの非難はいいとして、サリーの『予想外の男=獣のような大男』の図式がわかんないな。微笑ましいを超えて恐ろしい。


「まあ、こういうのっていつあるかわかんないからさ。作っておくに越したことはないのよ」

「私は楽しみです。お姉様の趣味が幾分か入っているとはいえ……」

「ああ、そういうことですか。姉さんの着せ替え趣味の一環ですか」

「納得の仕方に納得がいかないけど、まあ、そういうことで。カサンドラ、君の分も作るよ」

「え、どうして? ですか?」

「んー、何となく? 着る機会があるまで大事に取っておいてよ」

「はぁ。はい」

 マタニティドレスになるだろうけど。カサンドラは今後、エミーやサリーの護衛に就いてもらおうと思っているのよね。女性の方が適した場面も多いし、エミーから見ればちょっとお姉さん、くらいの年齢差だし。サリーはモーゼズの件……男臭い人に惹かれるみたいだし、親心、姉心としては危険なケダモノ……ああっ、半魔物なんでケダモノそのものじゃないか……から遠ざけておきたいのに!


 服の件を伝えて、エミーが一言言った。

「あの、姉さん、今日はどこに泊まる予定なんですか?」

「あ」

 決めてなかった。最悪冒険者ギルドの仮宿泊施設を借りようかと思ってたんだった。

「うーん、フリエルさんが戻ってきたら訊いてみよう。元々一泊の予定なんか無かったんだよね……」

 領主の館で時間が短縮できた格好だけど、行きに時間を取られたのと、買い物か……先に済ませておけばよかった。

 そこに第二応接室の扉がバーン! と開かれた。


「話は聞かせてもらったぞ!」


 と、現れたのはカアル支部長だった。よかった、地球がうんたらとか言わないで。なんだってーとか言う羽目にならないでよかった。

「カアル支部長、宿にアテがあるのですか?」

「ん? アビゲイル(アビー)の行きつけだよね? 『鳩の鳴き声亭』だよね。アビーにはねじ込むように言っておいたから」

「ああ、はい、ありがとうございます」

「あの宿なら取れると思うよ。君たちは冒険者ギルドにとって重要人物なんだから、もっと高級な宿の方が相応しいと思うけど。どうせ無駄に豪華なのは嫌い、とか言うんでしょ?」

 その通り、と私は頷いた。たまには高い宿に泊まりたいけど、根がケチなので、そこにお金を掛けたくないのだ。

「アビーを貸すから、一緒に行っておいでよ。ボクはまだ仕事があるからいけないけどね。『黒魔女』、また明日だ」

 カアルはそれだけ言うと、シュタッ、と手を挙げて、さっさと消えてしまった。


「……………………」

 それを困惑顔で見ていたのは、カアルの背後にいたアビゲイル女史だった。

「さ、フリエルさん、宿へ行きましょう」

「ああ、はい。午前中に取っておけばよかったですね」

「いえ、元々泊まる予定ではなかったわけですし……」

 予定は未定、ってやつさ。

「何か仕事がありそうでしたけど、大丈夫なんですか?」

 サリーがアビゲイル女史を下から見上げる。アビゲイル女史の無表情な顔に朱が差した。

「…………はい。支部長が何かやる気になっているので。こういう時、女は黙って見守るといい、と聞いています」

「へぇ……フリエルさんに女性の心得を説く人がいるんですね」

 サリーは普段の彼女からすると非常にレアな、歯を見せた笑いをアビゲイル女史に投げる。


 あー、神様……はいないや、『使徒』……は多分関係ないや。

 運命みたいなのがあれば、この偶然は多分そうだ。アビゲイル女史は母親ではないかもしれないけど、サリーの存在を知ってる……肉親に近い人だわ。


 遺伝子が似ているように、魔力波形って、親子や親戚で似る傾向があるし。兄弟で似てない人がいるように、まるで似てない人もいるけどさ。今度、闇精霊(ウォールト)とウチの領主(アイザイア)を比べてみようかしら。

「席は取ってあります。行きましょう、皆さん」

 アビゲイル女史はサリーには敢えて反応せず、私たち全員に向けて言った。



【王国暦122年10月26日 18:47】


 そんなに細かく区分しなくてもいいんじゃないか、と思うけど、ブリストの街の区分は結構細かい。

 元々は領主の館があっただろう、と思われる地区が中央区。そこから港へ向けて南区。北区が現在の領主の館辺りで、クレーターの縁の上になる。そこから西に広がる商店と住宅街のミックスが西区。東区というのが無いのが面白いけど、地形の関係で住宅地に造成するには面倒みたい。それで今は木々に覆われている。南区と中央区が旧市街で、北区と西区が新市街に相当する。

 そこから細かい区分がされて、区画に番号が振られている。

 たとえば冒険者ギルドは中央区五番街にあるし、さっきいった服屋さんは西区七番街にある。アビゲイル女史が案内してくれる『鳩の鳴き声亭』は中央区九番街。


 陽が落ちてからも船の入港は続いているようで、遠くからの喧噪が聞こえる。クレーターの形になっているのも影響していると思うけど、音が反響しやすいのかしらね。

「同じ港町でも違うものだねぇ」

 私はそんな感想を漏らす。ポートマットでもそうだったけど、漁港と荷揚げ港を分けてあるので猫が少ない感じがする。


「漁港はここよりすぐ西と、東に離れたところにあります」

 東、というのは先日訪れたストルフォド村のことだろう。あそこの村からの流通経路が確立していないから、実質西だけってことね。

 四ブロックを歩いただけでは街の空気を感じられるか微妙なところだけど、薄暗い街は、港にある魔導灯だけが妙に明るく思える。まあ、あれだけの規模の騎士団を持っているんだから、治安が悪いとは思えないけどね。


 石造りの小さなお店に入ると、魚を煮る匂いが漂った。同時にバターの匂いもした。

「こちらです」

「いらっしゃい。席はとってあるよ」

 恰幅のいい女将さんがニカッと笑って出迎えてくれる。


「ああ、女将さん、今から部屋って取れますか?」

「二部屋なら空いてるよ。一、二、三………七人?」

 私とエミー、サリー、ラルフ、ヴァンサン、カサンドラ、オネガイシマス、バイゴット。そうそう、七人ね。あんまり可愛くないスライムも肩に乗ってるけど、最近では誰もツッコミを入れなくなって寂しい。

「はい。男女別にして頂ければ」

「そりゃそうだよ! ウチは連れ込み宿じゃないからね! ガハハハハ!」

 豪快に笑う女将さんは半袖で、袖からチラリと脇毛が見えた。ほうほう、実に豪快じゃないか……。


 店内は小さいこともあって満席に近く、客同士の距離が短いからか、離れた同士でも大声で会話をしているので妙に活気がある。


 私たちが座ってすぐ、白身魚の切り身が入った、とろみのあるスープと、茹でた芋がでてきた。組み合わせ的にはどうなんだろう、と首を捻る。

「今焼いてるからね! その間に部屋の用意しちゃうよ!」

「女将さん、アレもお願いします」

「ああ、そっちも暖めてるよ! ちょっと待ってな! 飲み物は勝手にやって!」

 女将さんはドカドカドカ! と床を蹴るように店の奥に走り去った。


「はぁ~。豪快ですねぇ~」

「そうですね」

 女将の愉快なキャラクターに、店を紹介したアビゲイル女史も少し顔が引き攣っている。


「お姉様、冷めないうちに頂きましょう」

「うん、ここはパンがないのかしら?」

「ああ、それはですね。芋がパン代わりなんです」

 アビゲイル女史は、茹で芋を一つ手に取って、手で細かくして、スープに入れてしまう。

「ああ、それですくってスープと一緒に食べるんですね」

「そうですね」

 無表情ではあるけれども、小さく頷いたアビゲイル女史は、どことなく嬉しそう。


「マスター、私たちも頂いてよろしいのでしょうか?」

「いいよー。お腹いっぱい食べていいからねー」

 この半魔物三人、とんでもない量を食べるんだろうなぁ。明日売る分がなくなっちまうよ! って言われるんだろうなぁ。あはは、しーらないっと。

「はい、マスター!」

 別に奴隷とかじゃないし、ペットでもないのだから私の許しなんてどうでもいいと思うのだけど。貴族的な話なのであれば主人と同席するのはよろしくない、って話であれば、こんなこぢんまりした飯屋で、それを言い出すのは実に頭が悪いというか。

 この辺りの感覚は、本当に元の世界の日本人なんだと思う。一緒に飲み食いすることで親睦を深めるのが当然って思ってるしねぇ。


 ケダモノ(虫? 爬虫類?)のような勢いで半魔物はあっという間にスープと芋を平らげて、すぐに物足りない、って顔になった。

「おかわり……って、女将さん戻ってきてないし。この宿は全部一人でやってるんですか?」

「そうですね」

 今日のテレフォンショッキングが始まってしまいそうなアビゲイル女史の反応に、思わず含み笑いをする。


 私も皆に倣って、芋を手で砕いてスープと一緒に頂く。

 塩味だけで調味したと思われるスープだけど、妙に旨味が濃いわね。

「お姉様、このスープは魚と……」

「鶏だね。二種類のスープが合わさってるね。見た目よりずっと手間が掛かってるね」

 元の世界ではラーメンなんかの出汁に使う手法だ。ダブルスープってやつね。


「出汁の魚は、この魚でしょうか?」

 切り身で入っている魚は恐らく全体のサイズからすると結構大きい。ふうん、こんなに食いでのある魚がいるんだねぇ。この魚には出汁が浸みていてホロホロと崩れる。

「うん、同じスープで別の鍋で煮たものを、客に出すときに加えてるんだろうね」

「そうしないと煮すぎてしまいますものね」

「うん。スープの出汁そのものは、この白身魚の骨じゃないかな。身が淡白だから、しっかり味付けしておかないと味がぼやけちゃうのかも」

「ははぁ、自分の骨で自分の身を味付けるとは……」

 この辺りの料理談義はエミーとしか成り立たない。


「姉さん、でもこのスープ、野菜が見えないのに、野菜の味はしますよ?」

 食べ専門、というわけではないけど、料理の話だとサリーは置いて行かれそうになり、自身の疑問を投げかけて話に入ろうとする。


「裏ごし……って言ってわかるかな。野菜とかは煮込むと繊維がほどけてくるでしょ? 煮崩れるってやつね。わざとそれをやることで、こういうポタポタしたスープになるんだけど、途中で軟らかくなった野菜を、こう、網とへらで擦って、滑らかにして、再度戻してるんだろうね」

「裏ごしはプディングで使いますよね」

「そうそう。カボチャプディングだって、プディング()()をスープで伸ばしたら、こんな感じになるでしょ」

「大陸では()()と呼んでいますね。ピュレともいいますが」

 そこに、アビゲイル女史が補足をしてきた。

「フリエルさんも料理をやる人なんですか?」

 サリーが無邪気に訊いた。

「簡単なものなら。普段は食べる専門です」

「じゃあ、私と同じですね!」

 クスクス、とサリーが笑って、釣られたように、アビゲイル女史も微笑んだ。

 今までに見たアビゲイル女史の表情の中では一番の変化だった。



――――アビゲイル女史……なるほど、クーデレ……。





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