支部長室での会談
【王国暦122年10月26日 17:50】
「ああ、そう身構えないでよ。傷ついちゃうなぁ」
カアルはコトリ、と通信端末を置いて、座りなよ、と目で促した。
私は素直に従って、傍らにあった牛革―――リオーロックス革かも―――のソファに腰を沈めた。こんな時でもクッション材が何なのか気になる私は本当に物作り中毒だ。
「――――『遮音』。これでいいかな。やっと話せるよ」
カアルは机のあった椅子から離れて、私の対面のソファへと体を移した。
「カアル・リンド支部長………何者ですか?」
「だから構えないでって言ったじゃないか。警戒するのはわかるよ。…………しかし恐ろしいね。殺気だけで人を殺せそうだ」
明らかに『元の世界』のことを知っている素振り。それだけでも私の中に警報が鳴る。
「んー、フェイ支部長と同類、って言って信じてもらえるかな?」
召喚者だっていうのか。フェイはカアルについて、そんなこと一言も言ってなかったのに。
「ああ、それはね、ボクの方から言う、ってフェイ支部長には口止めしていたんだよ」
何、この人、読心術? 私の考えていることが読めているわけ?
「いやいや、そんな顔しないでよ。こんなの読心術でも何でもない。場の流れを見れば、そう考えるのが順当だよ?」
「………………」
それもそうか。少し冷静になってきたのか、その説明を納得して受け入れる。
「うんうん、召喚者だけどね、そうだなぁ、証拠をみせた方が早いよね。ボクは珍しく証拠を持ってたんだけどね」
そう言ってカアルが懐から取り出したのは、プラスチックにしか見えない筒だった。
「それね、ケミカルライト。サイリウムだよ。知ってるかい、サイリュ○ムって言って売ると特許侵害になるんだよ」
カアルはイタズラっ子のように笑った。
「もう中身は蒸発しちゃったみたいで消えちゃったけどね。中にもアンプルの容器があったはずなんだけどなくなっちゃった。その容器、八十年以上も形を保ってるんだよ。すごいよね、プラスチックって」
ん、待てよ、そうなると兄のカレルも?
「兄のことが気になるよね。紛れもなく彼は同じ父、同じ母から産まれた、正真正銘、ボクの双子の兄さ。その当時の召喚は、既に活動している、こっちの世界の人間が突然召喚者であることを自覚する、って感じだったんだよ」
言葉の意味を反芻していると、カアルはさらに補足を始めた。
「つまりね、普通に暮らしていたら、ある時、突然知識が湧き上がるように『元の世界』のことを思い出すんだ。ちゃんとした転生だったってわけだね。いやあ、地獄だったね。突然自分が別人だって自覚するんだ。さすがに負担があるってわかったのかどうか知らないけど、ここ五十年ほどは『素体』に魂を入れる形にしたみたいだけどね。誰がやってるのか知らないけど、召喚にも歴史的変遷があるんだから面白いよね」
カアルが何を考えて自分のことを暴露しているのかはわからない。だけど、これは私自身の出自にも関わる話ではないか。そうなると真偽は不明だけれども、聞いておく方がいいような気がする。
「私に、この話をする目的は何なんですか?」
「言ったじゃないか。話してみたい、って。自分が何者なのか問い続けることは重要だよ。その問いがないまま、力を行使することは自分のためにはならないからね」
まるで見てきたような事を言う。まるで私が無目的に行動していることを諫めているかのようだ。これでも遠大な目標があるんだけどなぁ。
「……………」
「その素振りだと思い当たるフシがあるみたいだね。いいのいいの、若いウチは何でもやってみるといいよ。産まれて数年で生きる目標を立てられるなんて、それこそ転生、召喚者じゃないとおかしいんだから。あっ、君は召喚者だったか!」
あはは、とカアルは笑う。
「目標も目的もあります。他人には言えませんが」
「ん~。通信端末とギルドカードの普及、それに伴うインフラの整備、動力源たる迷宮の発掘と再稼働。迷宮で得るスキルと言えば…………。統合して考えると、まあ、何となく想像はつくね」
カアルは口だけを歪めて皮肉っぽく笑った。注意を促しているのだ。
「ボクはね、見た目はコレだけど、八十年、たぶん百年以上生きてるからね! お爺さんの忠告は聞いておくといいよ。性急に事を進めてはいけないよ」
「…………忠告に感謝します」
私は自問する。
この人は信用に値する人か?
カアルはプラスチック製品の一部らしきものを持っていただけ。
それらしい発言をしただけ。
それだけで信憑性のある、召喚者としての言葉だと断ずるには、つき合いが浅すぎる。だけど、この忠告は本物だ。私のやることが『使徒』に監視されているのなら、やろうとしていることの方向性が一点に向かっていることは、やがて『使徒』も気付くだろう。
いや、『使徒』に元の世界の発想があるなら、もう気付いていてもおかしくないぞ、とカアルは言っているのだ。
現に、こうして自分は気付いている、とアピールしているのだ。これは大変に危険な状況と言えた。
私は自問する。
この人は信用に値する人か?
「ボクがこうして君に忠告する利点だけどね。単純に言えば助命嘆願だね。君のやろうとしていることに――――ボクのユニークスキルは有用だと気付くだろうからね」
元の世界の日本人らしい、カタカナ英語を交えた、しかもこれは日本語で――――カアルの必死さが伝わる。
そう言われてみれば、『魅了』のスキルがギルドカードに載れば、ギルドカードによる洗脳は円滑に進むだろう。内蔵式ならさらに効果が大きいだろう。そうでなくとも、所属組織への忠誠心(Lのロイヤルティの方だ)は高められる。
「…………なるほど、それはいい案ですね」
「あっ、自分で死亡フラグを立ててしまったよ! やっと! 魅了に惑わされない恋人ができそうなのに! 狙ってるだけだけど!」
よくわからないカミングアウトをされたので、毒気を抜かれてソファに座り直す。
「……どう、どう……よしよしよーし」
ムツゴ○ウさんかよ! あたしゃ獣かよ!
「今ここで、どうこうするつもりはありません」
ここでカアルを殺すことは簡単だろうけど、おそらくそれはやってはいけない。カアルの立ち位置がイマイチわからないし、フェイと親交があり、そのフェイから事前に説明を受けていなかったのだから、ちょっとしたサプライズのつもりでいるんだろう。だから、フェイからの承諾がない限りはカアルを始末できない。
「正直に言えばボクは君が怖いよ。聞けば、フェイ支部長でさえも、これほど一個体にスキルが詰まった召喚者は見たことがないと言っていたよ。どうしてバランスできているのかわからないとも。ああ、つき合いの浅いボクに言われてもピンと来ないだろうけど……君は周囲に幸福と不幸を一緒にバラ撒いているってことを自覚した方が良い」
なるほど、言ってることは一理ある。素直に怖い、と言われて、人外になりつつあるのだな、と再確認する。そうじゃないかなぁ、とは思っていた。だけど、面と向かって言われると…………。
「ああ、ごめんよ、乙女に言う台詞じゃなかったよ。でもね、君は周囲や世界に与える影響をずっと考えて生きなきゃいけないよ。ほら、八十年以上も生きてると、思うところもあるんだよ」
必死に喋っているカアルの根底にあるのは保身だ。それはわかる。説教臭くしているのも、その方が私が意見を聞いてくれるだろうと計算してのこと。それも透けて見える。
私は自答する。
うーん、カアルを害することは保留しよう。
「一つ。教えて頂きたいのです。ユニークスキルとは一体何なのでしょうか?」
殺す殺さないで人間性を諭されるのもあまり愉快ではないので、話題を変える。
「ああ……。詳しくはわからないけど、傾向はあるんだよね」
私が露骨に話題を変えた―――有り体に言えば回避したので、カアルは少しホッとした表情を見せた。
「傾向と言いますと?」
「召喚前の人物が望んでいたこと。仕事か、性格か、性的なものか、とにかく執着していたこと。それが強く出るみたいだね」
私自身のユニークスキルっていうのは、実は自分で自身を『鑑定』や『人物解析』できないのでわかっていない。奪ったものに関しては覚えているんだけど……。
「なるほど…………」
たとえば勇者ヤマグチは誰かを癒したいと思い、死者を生き返らせたいと願った。絶望した医師なんじゃないか、と推測できそうだ。
勇者オダは死にたくないと願った。
勇者サトウは限界突破だっけ。ハーレムを欲しがってた。まだ若い人だったはずだから、理屈はわかんないけど、彼の中では限界を突破することがハーレム作りの何かの役に立つんだろう。
その説で言えば、このカアルは周囲に好かれたかった、ってことか。
「そんな哀れみの目を向けないでおくれよ……。そこから、どんな人間だったのかという推測は立つよね。ついでに言えば、ボクが出会った召喚者の八割は元日本人だよ。理由は知らないし、世界中のサンプルを調べたわけじゃないけどね」
ああ、それは私も同感。っていうか日本人以外っているんだね。
「まあ、今のところ召喚の珠を使わないと、こっちに来られないみたいだけど、魔法陣の起動さえできればいいんだから、基本的にはいつでも、どこでも召喚は出来るはずだよ」
うーん、それには異論があるなぁ。以前に見た召喚の珠に貯められていた魔力は、大きさだけで言ったら、ブリスト南迷宮の高級人工魔核程度だ。
迷宮とは仕組みが違うかもしれないけれど、あれほどまでに魔力の補充に手間が掛かる代物なのは、ちょっと違和感がある。
いや、迷宮システムを使わない魔力の蓄積、それを実現するためには、それなりに手間がかかるのではないだろうか。現物を詳しく見てないから想像に過ぎないけど、それならば召喚の珠が必要だという理由も納得できる。
「実際、ボクやフェイ支部長は召喚の珠無しで、この世界にやってきたんだからさ」
とはいうけれども、代用になるものがそもそもあったんじゃなかろうか。それならば仮説も納得がいくものだ。
「被召喚者が狙い通りの人物かどうかも問題になりそうですね」
「精度という意味かな? そうかもしれないね。ボクのスキルは元々持っていたものだけど、レベルが付いてるんだよね。『魅了』そのものは、LV1やLV2っていうのは見たことあるしね」
「魅了LV1なら私も覚えています」
「本当にスキルのデパート、舞○海だね。つまりね、言いたいことは、LV10の『魅了』だけはユニーク扱いで、LV9はその限りじゃないってこと。LV11というものがあれば、それはまた別のユニークスキルだろうね」
LV11とは! 一足飛びにLV10を通り越してしまえばいい、とは言うけど、『限界突破』が上手く働くかどうか。しかし発想としては面白い。
勇者オダの『不死』にレベルがあり、ユニークスキルなのにレベル違いの『不死』は私も覚えている。そこから想定できるのは、レベル違いであれば、ユニークスキルは同じモノを覚えている人がいても不思議ではない、ということになる。
それにしたって、『魅了』LV11が存在するのかもわからないし、私が『限界突破』でLV10が上限と言われているスキルレベルを超えられることを、どうして知ってるんだろうね。
私が『ラーヴァ』だと知ってることになるよね。まあ、それは容易に想像が付くけど、この人、恐がりなのか恐れ知らずなのか、サッパリわかんない。言葉の端々が油断ならないというか、百パーセントこちら側で、味方である、とは断言できない人だなぁ。まあ、それは誰にでも言えることか。
そんな、達観と諦観も交えて考える。
とりあえず、半分はカアルの言うことを信じてみるか。
「召喚話の方はひとまずわかりました」
「殺さないでくれるね?」
「殺しませんて」
「おお……」
何か感動しているようだ。そんなにキレやすそうに見えるのかなぁ。
「まずは迷宮に出張所を開設する件ですが……」
「どんな形にせよ、ブリスト支部が絡んだ方がいいと思うよ」
カアルの言うことは尤もだ。
少し考えてから折衷案を持ち出す。
「経費こちらもち、運営そちら、利益折半、というところでどうでしょうか?」
「ははぁ、運営ノウハウは必要だよね。それならそちらにも人員を出してもらって、経費も折半しよう。初期運営に必要な人材は出向させよう。二人くらいでいいかな?」
「そうですね、当面は。出張所規模を超えるようでしたら、ブリスト支部から独立することになると思いますけど」
「そこまでいったら株式会社の形態にするかい? 冒険者ギルド支部の運営は、支部ごとの独立採算なわけだし、君は特級冒険者なのだから、実質はどうあれ、二つの支部の合資と言えなくもない」
「なるほど、それは面白いですね」
株式会社の形態を世に見せることは『使徒』チェックに引っかからないかどうかも心配だ。
「性急に過ぎるかな。ボクが君を諫めたばかりだというのに」
「それもそうですね。まあ、不公平感が出ないように調整していきましょう」
迷宮に冒険者ギルド支部を設立するのに、これほどブリスト支部に気を使っているのは、両者が近すぎるから。ブリスト支部が強弁すれば設立話はお蔵入りさせることは可能だ。
「わかった、承認しよう。本部からは人がくるのかな?」
「ザン本部長は所長に据える人を出向させてくるかもしれませんね。人件費がウチじゃないのなら歓迎しますよ」
「ホント、手厳しいよね」
建物も私が建てて、運営までお膳立てして、上に座る人間だけ寄越して、それで利益も寄越せというのは割が合わない。細かいようだけど、そこは相談が必要なことだろうね。
「最後ですね。えーと、出張所繋がりというわけじゃないんですけど、ボンマット出張所の件です。カレル所長がボンマット領主と結託しているのはいいんですけど、無許可で大陸の冒険者を雇用してますよ?」
「それはね、知ってる。『リベルテ』の連中が挨拶に来たからね。『リベルテ』は使い捨てにされたね」
「そうですねぇ」
「つまり『魔女』、いや『黒い魔女』がボンマットを通過したことは十分警告になってるわけだね」
「どういうことですか?」
「んー、外堀をあれだけ埋めているから、兄も気付いてるはずなんだけど……。損切りを始めたようだね」
「国外脱出でもするんですかねぇ」
「何らかの行動は起こすと思うけど? 国外脱出だって?」
カアルが首を捻る。
「カレルさん、帝国に情報を流してますからね」
「いや、それは未然に防いでいるはずだよ」
「いいえ、どうでしょうね。そうは思えませんね」
「何故だい?」
「ポートマットでちょっとした事件が起こっているようです。詳細は知りませんけど、どうも帝国絡みのようですね」
「様子見というのは甘すぎたかな……」
「そうかもしれません。監督責任を問われる前に、実効ある処分をした方がいいかもしれません」
「うーん……」
「カアル支部長もそうですけど、カレル所長は演技を続けていますよね。うつけ者のフリをしている人が狙っていることの、選択肢と言えばそれほど多くはありません。大きな瑕疵になる前に対処が必要でしょうね」
「はぁ…………その通りだよ。兄には織田信長の話をしたことがあったんだ。わかった。迅速に対処するよ。ところで、どうしてボクの言動が演技だと思ったんだい?」
「いえ、普通に、そのままの人となりでは支部長には任命されませんから。わざとやってるんだろうなぁと。何故そんな演技を?」
逆に訊いてみる。
「いやほら、ボクはクーデレ萌えなんだよ!」
ああ、なるほど、アビゲイル女史か……。
「しっかりしていると構ってもらえないからですか?」
「まあ、そんなところかな」
「初対面の私にさえ見抜かれているんですから、しっかり正面から向き合った方が目があると思いますけどね」
「本当に厳しいよね」
もう、私にはカアルの背景に白薔薇なんて見えなかった。
―――――美しく散りました。




