ブリストの中央区五番街
【王国暦122年10月26日 16:23】
元の世界でもそうなんだけども、市場のゴールデンタイムは午前中よね。
その辺りは覚悟して市場に行ったわけだけど、やっぱり夕方になると店終いをしていた店舗がほとんどで、食料品店はほぼ全滅。
服屋さん(ビューレル商店と言うらしい)から場所を聞いていた布地屋さんは辛うじて開いていたので、そこで綿布を大量に購入することにした。
「明日売るモノが無くなっちまうよ!」
「明日は明日で仕入れに奔走すればいいんです。売って下さい」
札束ならぬ金貨で頬を叩いて黙らせる。大人買いをしている格好だけど、これでも同じ量を王都で買おうと思ったら倍の値段がするだろう。地域格差万歳。
「騎士団のシスターの方! ナントカ言ってやってくださいよ!」
布地屋の店員が泣きながらシモンに縋った。
「大人しく言うことを聞いた方が身のためだわ………」
それ、脅してるから。
【王国暦122年10月26日 16:59】
「いやぁ、良い買い物ができました。シモンさん、ありがとう」
脇腹に短剣を突き刺した私がお礼を言ったという事実に、シモンは大いに戸惑った。
「ざっけんじゃないわよ……」
市場から冒険者ギルドへの道のりでも、シモンの語調は困惑に満ちて歯切れが悪い。スパッと舌鋒鋭い罵倒が懐かしく思える……。
別れ際に、私は例の短剣を取り出す。
「…………どうしようっていうの? やる気?」
瞬時に戦闘モードになる、短剣みたいに尖ったシスターだなぁ。
毒気をぬくように、やんわりと微笑んでから、ゆっくりと私は首を横に振った。
「いいえ、これ、やっぱりお返しします。私、魔術師なので」
「………………」
葛藤がシモンを支配している。彼女とは背の高さが近いので、表情がよく見える。
シモンは真っ直ぐ私を見てから、ゆっくりと手を伸ばして、短剣を受け取った。受け取ったもので殴るというお約束はしなかった。
「確かに。返してもらったわ」
どことなく嬉しそうに見えたのは何故だろうか。彼女の心の動きを全て説明できるわけじゃないんだな、と思うことはある意味新鮮な発見だ。人間は万能じゃない。たとえチート満載であったとしても。
「それじゃ、今日はありがとうございました」
「ちっ………」
シモンは舌打ちをしてから踵を返して、北側の領主の館へ足を向けた。
「………………」
暫く後ろ姿を見ている。巨乳だけどあまり歩きづらそうじゃないなぁ、乳が硬いのかなぁ、なんて思いながら。
「ん?」
シモンが立ち止まり、半身だけ振り向いて。
視点は私には合わせず。
本当に軽く、会釈をした。
私も軽く会釈を返すと、シモンの視点が私を向き、数秒、ジッと見て、
「…………」
体の向きを直し、今度こそ真っ直ぐ歩いていった。
【王国暦122年10月26日 17:11】
冒険者ギルド支部のエントランスホールに入ると、人だかりができていた。
こんな夕方に何事かと人をかき分けて進んでみると、列になって並んでいる。
「んーっ?」
「オイコラ、このガキ! ちゃんと並べ!」
と、衆人に白い目で見られて、叱られた。
「あ、はい、スミマセン」
低姿勢で謝っておく。何だか殺伐としてるわねぇ。
「で、この列は何なんですか?」
「ああン? 新型ギルドカードの発行だ。ホレ、見ろ」
指し示す方向を見ると、既に発行が終わった人たちは、キラキラと輝くギルドカードを灯りに掲げて、光るモノを喜ぶカラスみたいに。ニヤニヤしていた。
「な? 何かスゲーだろ? 俺も欲しくなってな。あの支部長が言うんだから間違いねぇ」
「ははぁ、支部長さん、信用あるんですね」
「ああ、男として惚れるな! 女でも惚れるな! オイコラ、ガキのくせに惚れたとか腫れたとかいってんじゃねえぞ!」
これが『魅了』LV10の影響なのかなぁ。好印象を与えたまま、それが持続するみたいだけど、何かを命令してやらせよう、ってスキルじゃないみたい。LV9とLV10の違いがユニークスキルたる所以なんだろうけど、それが何なのかは、LV9なんぞを覚えていない私にはわからない。LV1なら覚えているけれど…………。
今まで使ってみようとも思わなかったけど、ちょっと練習してみようかしら。無駄に求婚されて困っちゃう☆ かもしれないな!
ちょっと思ったのだけど、『統率』と併用したら、敵軍であっても一瞬にして自軍に出来ちゃうんだから広域戦闘では無敵よね。
ここでたとえば、『魅了』LV10とLV9で、適用範囲と威力がとんでもなく差があるとか……そうであれば、ユニークスキル扱いになっている理由にはなるだろう。
「―――――『光学同化』」
当たり前だけど列には並ばず、周囲に溶け込むようにして人混みから抜ける。今まで話していた男は、私が認識できなくなったことを気にも留めなかった。
ははぁ、本当に存在が希薄になるものだわ。でもこれは魔力感知の程度が低い人だけにしか効かないわよね。これも『魔力制御』とペアで使ってこそ有用ってことだし。
そんな風に、ペアで使うと効果が高まるスキルっていうのは結構あるなぁ。いままでスキルゴリ押しで過ごしてきたけれど、組み合わせを考えてみるのは面白いかもしれない。
カウンターの脇まで来ると、四台の新型ギルドカード用リーダー/ライターを、受付の人間が忙しく操作して、その背後からサリーが無表情に監督をしているのが見えた。サリーの隣には、同じく無表情のアビゲイル女史が所在なさ気に立っていた。
こうやってみると、やっぱり顔が似ているというか雰囲気が似ているというか。まさかサリーを捨てた母親ではあるまいな……と疑いつつも『人物解析』をしてみる。
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【アビゲイル・フリエル】
年齢:46
種族:ヒューマン(エルフ50%)
性別:女
所属:冒険者ギルド ブリスト支部
賞罰:殺人x5
スキル:気配探知LV3(魔法) 強打LV1(汎用) 気配探知LV3(魔法) 加速LV2 障壁LV1 糸操作LV3
魔法スキル:火球LV6 水球LV2 風球LV2 土球LV6
初級 火刃LV6 水刃LV2 風刃LV2 土刃LV6
初級範囲 火壁LV5 水壁LV1 風壁LV1 土壁LV5
中級 火弾LV5 土弾LV5
中級範囲 火流LV4 土流LV4
上級 火砲LV3 土砲LV3
上級範囲 火域LV3 土域LV3
治癒魔法スキル:初級治癒LV2(水) 初級範囲治癒LV2(水)
補助魔法スキル:魔力感知LV3(魔法) 道具箱LV2 光刃LV1 魔法盾LV3 魔法反射LV3 魔力制御LV6 風走LV2 拡声LV2 遮音LV2
生産系スキル:調理LV1 成形LV4 軟化LV3 硬化LV3
生活系スキル:採取LV2 解体LV3 計算LV3 洗浄 灯り 点火 飲料水 ヒューマン語LV4 エルフ語LV3
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―――――スキル:糸操作LV3を習得しました
ん………。何じゃ、このスキルは。
糸といえば、たとえば蜘蛛の魔物は吐き出すことはできても、空中に漂わせた糸を操作はできないから、魔物由来のスキルじゃなさそう。ユニークではないけど見たことのないレアスキル、もしくは本人が編み出したオリジナルスキルってところかしら。
地味に殺人が五人ついてるけど、冒険者であればこれはそれほど珍しいものではない。グリテンでは殺人までいかないで、捕らえて奴隷商にうっぱらった方が段違いに儲かるので、そこまで行かないことが多いから、大陸出身者なのかもしれない。
火と土に特化した感じのスキル構成で、火系魔法の扱いに長けた人は割といるけど、土系の上級範囲を覚えている人って、ウィートクロフト爺以外では初めてみたかも。
こうやって黙って観察をしていると感じられる、アビゲイル女史の魔力総量はかなり高い。魔力制御も高レベルと言えるし、上級冒険者として遜色ない実力者だと思う。
統合的にはイーストンに匹敵するんじゃなろうか。ゴージャス姉妹にはちょっと劣るか。
肝心の出自については全くわからなかった。名前が表示されているだけでは判断材料が少ないのと、家名は変わる場合があるからで、『アビゲイル・フリエル』が紛れもなく本名であるのがわかっただけ。
うーん、サリーの関係者なら、いずれ自分から名乗り出るだろう。隠しておきたいのならそうするだろうし、そこに私が関与する余地も義務もない。サリーが傷ついてほしくない、っていう動機だけがあるのも歯がゆいなぁ。
「………………」
口の中で歯がゆい状況を想像してモゴモゴとやっている間に、『光学同化』を解除する。
「あ」
サリーの口が開いた。魔力制御を厳しくしていない状況だったのに、サリーの目も誤魔化せていたみたい。
アビゲイル女史はまだ気付かないようで、サリーに体を軽く叩かれて、私を指し示すことでやっと気付いた。ああ、気付かれない不憫さも感じてしまったよ……。
「『黒魔女』殿、どうぞ中へ」
アビゲイル女史の細いイメージからは程遠い、大声で、新しい二つ名で呼ばれる。当然、並んでいる人にも聞こえているけど、浸透していないからか、ざわめきが起こったりはしなかった。何だかんだと私自身、その二つ名を受け入れているというか。頓着してないせいもあるんだろうけど、順応性が高いというか。
受付カウンターの内部に入り、サリーから状況を聞く。
「おかえりなさい、姉さん」
「うん、まあ、無事終わったよ。サーバの方は終了? ギルドカードの方も発行を始めたんだね」
「はい、一応の動作確認はしました。でも、全部が完璧かどうかはわからなくて……」
「わかった。確認してくるよ。ギルドカードの発行作業を暫く見ててあげてよ」
「はい、姉さん」
チラリと受付作業を後ろから見る。実際に受付しているのは四台のリーダー/ライターを操作している四人。その後ろに二名ずつが張り付いてるので、カウンター内部は相当に手狭になっている。この十二人はローテーションを組んで二十四時間(っていう言い方はこの世界にはまだないけれど)の受付業務を担当している。中には普段受付をやらない人も含まれているらしいけど、習熟のために、この時間から受付カウンターにいるわけだ。
アビゲイル女史はサリーの隣から動かなかったので、断りを入れて三階のサーバルームへと移動する。護衛の一人くらい置いた方がいいんだけど、部屋の前は無人だった。
当然ながら魔法的に施錠されているのだけど、マスターキーがあるので難なく解錠、部屋に入る。
「さて、と……」
通信サーバ本体は順調に稼働を始めている。既に新型ギルドカードを登録することで個人情報も集まりつつある。ソフトウェア的な不備は見当たらない。まあ、私本人が組んでるわけだから、間違いようがない。
魔力吸収の魔法陣からサーバへの接続も問題なし。壁面の魔法陣も正常に稼働、『灯り』の魔道具の周囲は、私が指示した通りに周囲だけが白色に『転写』されていた。残りの作業として、まずは壁面、床面、天井を白く塗ってしまう。
「――――『転写』」
色が自由自在に手から出てきて、実質の塗装の代用になってるのが面白いよねぇ……。実はコレが一番無害な塗料でもあるんだけど、白色といえば酸化チタンを含ませると電気を生む場合もあるから、サーバ稼働の障害になる可能性を考えると、結局『転写』による着色が無難でもある。
全く材料なしで『転写』による塗装をする場合、非常に魔力を食う。通信端末程度なら微々たるものだけど、壁面塗装だと、それほど広くない部屋であってもサリーの魔力では辛いはず。
「うん」
まっ白になった部屋は、『灯り』魔道具によって間接照明となり、部屋内部の明度が格段に向上した。
他サーバ、中継魔法陣もリンク出来ている。完璧ね。
この通信サーバ自体が中継器でもあるけれど、ブリスト南迷宮の巨大中継魔法陣のお陰で、グリテン島西部はほぼフォローできている格好かしらね。同等のものをロンデニオン西迷宮に作れば、グリテン島中央部もフォローが可能だと思う。
ロンデニオン西迷宮にある通信サーバはログ保管用のサーバでもあって、今後、第三者が通信ネットワークに入ってきたとしても、そのログも無差別に収得する設定になっている。いずれはログ解析専門の魔導コンピュータも立ち上げないといけないなぁ……。なんて思ったりする。
セキュリティの方はどうかしら。
ここの通信サーバの管理者は、他のサーバに蓄積されている個人情報を制限付きだけど参照できるようになるから、物理的にハッキングされる方が怖いというか。
サーバルームの部屋の扉は……強化は十分、魔法での施錠も……サーバに連動を確認と。
サーバの管理者は、トップ権限が支部長だけの一名。サブ管理者が四名設定されていた。いずれも上級冒険者、一人は事務のトップかしらね。
まあ、設置台数が増えれば、管理者の人となりなんていちいち問題にしてられないから、通信ネットワークに介入したり不具合を引き起こそうとする以外の行為であれば、容認するしかないわよね。
というのは、こういう通信ネットワークは、いずれ設置者本人の意志など超えてしまうことが多々あるから。大元の根っ子だけを管理しておけばいいや。
管理者が操られたり脅されたりして危害を加える可能性については、まあ、ここの支部長そのものが『魅了』の人だから心配ないというか。一応、管理者の状態は通信サーバに近づいた時にチェックが入って、被支配系の状況が確認されたらシャットダウンするようにはなってるけどさ。
よし、確認完了、と。
施錠をして、一つ下の階にある支部長室へ向かった。うーん、ここにも護衛がいた方がいいんだけど、王都本部ほど大勢の冒険者がいるわけじゃないから、無理強いはできないかなぁ。
【王国暦122年10月26日 17:45】
「やあ、おかえり」
支部長室に入ると、カアルは満面の笑顔で迎えてくれた。部屋で一人、端末をいじっていたようだ。
「はい、条約は無事調印できました。通信サーバの設置も終わりましたね」
「ああ、通信サーバ、素晴らしいよね」
カアルが自分の通信端末を手で弄びながら称賛する。
「もう何通か送りましたか?」
「ああ、試験的にだけどね。ザン本部長とクィン支部長とは連絡を取ってみた」
「そうですか。連絡が素早く、密になれば導入した意味もあるというものです。どうぞ活用してください」
「うんうん。まるで携帯メールじゃないか。本当に素晴らしいよ」
ん?
今何と?
「元の世界にあったものがこうも再現されると、嬉しくなっちゃうね」
カアルは背景に白薔薇を咲かせながら、本当に嬉しそうに私に笑いかけた。
―――――――こっ、こいつ……動くぞ……。




