中年の幸福
「なんと、上級冒険者だったとはな。それなら連中を切り捨ててしまっても良かったのではないか?」
ウィザー城から通報を受けてやってきた騎士は、日焼けした顔に真っ白い歯を見せて、二カッと私に笑いかける。水飲み場で簡単な取り調べを受けているのだ。
「いや、まあ、でも、ですね」
私は少し答えに窮しながら、体力が尽きて縄でグルグル巻きにされて項垂れている三人組に視線を投げる。
「無闇な殺生はしたくないとか? わからないでもないが……」
騎士も困惑顔だ。というのも、この三人組の罪状は、非常に半端なものだったからだ。
「ええと……この人たちは、この後どうなるんでしょうか?」
「襲ったのは確かなのだが……。我らが現場を見ているしな。しかし何も被害がない。うーむ」
言外には、面倒だ、何で切り捨ててくれてないのか、と非難めいたニュアンスが見て取れた。小言を聞かされて解放じゃないか? と他の騎士が助言してくる。
「そうなると……」
この三人の、死ぬ覚悟を無為にしてしまっただろうか。この人たちは死にたがっていたのだ。
「生きる方がきっと、辛いでしょうけど。死ぬにしても、誰かに迷惑かけて死ぬとかは止めてください。死ぬなら一人で死んでください。もし―――」
私は三人に語りかけながら、息を継いだ。
「もし、やり直したいと言うなら、一度だけ機会を。ギルドで私の名前を出してみてください。人間的な生活が可能な返済計画を立ててくれるでしょう」
「えっ」
三人が私の方を振り返る。私は微笑を向ける。
「お嬢ちゃん、いいのかい? 仮にもお嬢ちゃんを襲った連中なんだが?」
騎士は怪訝な顔で私に訊く。愚問なんだけどな。だって、『盗賊ギルド』と一般に言われているのは、『商業ギルド』の非合法部門(借金取り立て部隊)のことだから。
「いいんです。偽善だとしても」
ここまで言っておけば、騎士の方でも、三人組を重犯罪者扱いはしないだろう。元より私に裁く権利などないんだけど、流れを作ることは可能だと思うから。
「じゃあ、あとはお任せしていいですか。依頼の途中なもので。用事があればポートマットの冒険者ギルドの方へお願いします」
「うむ、了解した」
「お勤めご苦労様です」
私は合掌して、水飲み場を離れた。
ふう、全く、とんだ時間の浪費だった。半日潰してしまった。それに、ウィザー城に駐屯の騎士とか、毎年会ってるようなものだから、多少の罪悪感もあって、あんまり一緒にいたくないし。うん、急いで戻ろう。
「―――『風走』」
まだ陽は高いから、夕方にはポートマットに到着するだろう。
急ぎ足で街道を南下する。途中、馬車を追い抜く。
「わっ!?」
御者が驚きの声を上げたので、合掌して挨拶をしてから抜き去る。ちょっと気分は新幹線(浜松町辺り)かなっ。
時々、私のことを知っているのか、手を振ってくる御者もいる。照れながら手を振り返す。何だか私自身が名物にでもなっているのかしら……。
夕方にポートマットに到着する。
「おっ、おかえりなさい!」
門番の若い騎士が直立不動で挨拶をしてくる。先日のワーウルフ討伐参加後から、こういうことが多くなった気がする。いかにも採取帰りの恰好してるし、前みたいに、「娘さん、狼は出なかったかい?」のような、フレンドリーな接し方の方がずっといいんだけどなぁ。
「はい、ただいまです」
ニッコリ笑い返す。と、騎士さんの表情が固まった。くっそ、フレデリカ辺りが何か吹聴したに違いない。今度追及するべきね。
先に冒険者ギルドの方に報告に行くのが筋なのだろうけど、先の三人の強盗未遂犯の件は、トーマスに話しておこうと思ったので、先にトーマス商店の方へ向かう。
はー、まったく面倒くさいなぁ。
とは言っても、基本的に、人間は他人に迷惑をかけないと生きていけないんだろうな。達観出来ちゃう私もどうかと思うけど。
馬車よりも人通りが多くなるロータリー、いつもの夕暮れ。そしていつものトーマス商店。
「ただいまー」
「あら、おかえり。早かったのね」
ドロシーがいたので、木の実を渡す。
「これお土産ね。そのまま食べてもいいし、干してもいいし、お砂糖漬けにしてもいいかも」
「あら、ありがと。でもねー、お砂糖はいま高くてねぇ」
チラチラッとドロシーが私を見るので、お砂糖を一袋渡す。
「あら、悪いわね」
ちっ、悪いとか思ってないくせに。
「ああ、トーマスさんは? いる?」
んー、とドロシーは顎に手をやり、考える素振りを見せてから、
「冒険者ギルドかも。ほら」
と、小指を立てた。そのポーズは、この世界でもあるのか……。パイポ?
「ああ……」
ベッキーのところに行っているわけね。中々のフットワークの軽さ。本気なのかなぁ。一緒に暮らすとか、そういうことになるんだったら、ある程度、暗部についても説明しないといけない気がする。だって、ベッキーは割とフェイに重用されてるほどの冒険者ギルド職員ではあるし、何しろ、よく気がつく聡い人という印象がある。
ま、これについては成り行きを見守りますかね。
「うん、じゃあ、私も冒険者ギルド行ってくるよ。報告もあるし」
「あらそう? 今晩は来る?」
ドロシーのお誘いを、断腸の思いで……。
「んっと、木の実を届けるところがあってさ。ついでにアーサさんのところで、編み物の復習してくるよ」
なるほど、と頷きながらも、少し寂しそうなドロシーに申し訳なくなる。
「じゃあ、最初のセーターはドロシーに差し上げます……」
という追加約束をして、解放される。くそ、悪女レベルが違い過ぎる……。
冒険者ギルドの受付に行くと、トーマスがいた。
ベッキーの窓口にいるんだけど、仕事の邪魔してるんじゃ……。
「あれ、トーマスさん?」
「お」
逢瀬を邪魔されたぜクソが! と顔に書いてあったトーマスに嘆息しながら、私は言葉を継いだ。
「ただいま戻りました。軽くお話があるのですが――――」
チラリとベッキーを見ると、ニッコリされてしまう。うーん、これはどう解釈したらいいんだろうか。
①トーマスが業務の邪魔をしているから助かりましたわ、オホホホホ
②あらお仕事ね、貴男いってらっしゃい、晩ご飯までには帰ってきてね、ウフフフフ
③嫉妬なんて幼女の身で可愛いものね、クスクス
うーん、①と②の間くらい、かなぁ……。
「ほら、トーマスさん、わかりましたから……。行ってあげてください」
ベッキーは呆れながらも、大きく頷いて、向日葵のように笑った。
「えっ」
トーマスと、私と、他に受付業務をしていた職員、順番待ちをしていた冒険者たち―――要するに、全員が声を上げた。
「結婚、了承します」
だめ押しに、ベッキーが真面目にトーマスを見据えた。
「ええ~っ?」
これもベッキー以外の全員が、どよめきを発する。
そして、受付ロビーは静寂に支配された。
静寂を打ち破ったのはトーマスだ。我に返り、状況を認識したらしい。
「おおおおお、神よ!」
トーマスが跪いて合掌している。神様がいないっていうのは知ってるはずだけど、それでも慣用句に近い存在なんだろうな。自然に口から出たみたい。
「あの、おめでとうございます?」
この髭め、私が巡回なんて面倒な事をしている間に後家さんを口説いて成功するとか、どんなリア充なんだよ。
という、トーマスへの文句以上に、ベッキーへの説明が難儀しそうだなぁと途方に暮れる。紛う事なき裏稼業の人だってこと、知ってるのかな。成り行きを見守ろうとか思ってたら事態が動いてしまったよ……。
私は喜色満面のトーマスを横目で見ながら、ため息をつく。
「ほら、連れていってください」
ベッキーの言葉に、私は頷いてトーマスの脇から腕を通すと、
「フン!」
と引きずって、支部長室へと向かった。
まったく、いつまでも引きずられてるんじゃないよ……。いやまあ、気持ちはわかるけどさ。
「……了承したか」
支部長室の前にはフェイが口の端を歪めて仁王立ちしていた。部屋の中にいればいいのに……。
「しましたね。とりあえず中に。いいですか?」
「……うむ」
フェイは自分で扉を開けて、私たちを迎えた。威厳とか、そういうのは無いわね。
ソファに呆けたトーマスを投げ捨てて、フェイが扉に施錠したのを確認すると、私は『遮音』を使った。
「まず、ベッキーさんの件です。彼女はどこまで知っているんですか?」
「……ん? ……我々の裏の顔のことか? ……冒険者ギルドも商人ギルドも、綺麗事だけでは運営できないからな。……暗部に関して、概要だけは知っている」
「ハッ。ハハハハ、そうだな!」
トーマスが夢の中から戻ってきたようだ。
「概要とは言いますが……。私が勇者殺しだと知っている、ということですか?」
「……いや、それはないな。……だが、ベッキーが調査すれば、疑惑程度には思うだろうがな」
「そりゃお前が長期に渡って町を離れるのは、勇者殺しの前後だと、記録を漁ればわかるだろうしな。だがな、お前が心配してるようにはならんだろう」
トーマスは胸を張った。どこからその自信が出てくるのか。
「……アーサには会ったな? ……出会った頃は、それは凛々しい女性だったのだが」
百年も生きてると、そういうこともあるんだね……。
「……それはいい。……アーサが手紡ぎ職人たちの地位向上運動をしたときに、裏から支えたのは我々なのだ。……ギルド結成とまでは行かなかったが、労働環境は改善された」
え、じゃあ、布地が高価なのは、フェイとトーマスの二人が暗躍したせいなんですか。でも職人の待遇を考えると、今の値段で適正かもなぁ……。乙女(笑)としては悩ましいところだなぁ。
「つまり、お二人がポートマットの裏通りに精通しているということは、既にベッキーさんはご存じなわけですね?」
「そうだな。さすがに全部話す訳にはいかないけどな。身の安全が確保できるところまでは話さざるを得ないだろうな」
「……心構えとして必要だろう。……私としては、勇者絡みの『神託』と、お前の素性以外は話すべきだろうと思っている」
かなり踏み込んでるなぁ。ベッキーもよく考えて了承したのかなぁ。そうなんだろうなぁ。
「わかりました。お二人がそう言うなら、そうして下さい」
私には反対する権利もないし、そんな気持ちもない。周囲の人間が安全なら、それでいい。私以上に、この二人は、私の事を知っているのだから。
「で、だ。前に作った『守護の指輪』な。あれ、二つ、作ってくれるか?」
「結婚指輪ですか?」
「……この世界には、その風習はないんだがな……」
フェイは遠い目をしながら言った。
「なんだそれ、おまえらのいた世界には、そんな風習があるのか?」
どうやら、元の世界にある風習とは違うみたいだ。単純に守る手段が欲しいわけか。
「はい、了解しました。素材は銀でいいですか?」
私は訊きながら、トーマスの手を取って、左手の薬指のサイズを測る。
「お、おう。ミスリル銀でもいいが。この際、金に糸目は付けない」
豪勢なことだ。ただまあ、ミスリル銀だと機能と素材のバランスが取れないか。
「装着者本人の魔力も過剰に使うことになるので、普通の銀の方がいいですね。エミーやフレデリカ辺りならミスリルの方が親和性が高そうですけど」
「そうか、それは任せる。エミーって? ああ、教会の聖女様か」
「……ああ……。あれは眩しいな……。……自分が腹黒いと再認識させられる……」
え、この二人でさえそうなのか。
「そうだな。踏ん張ってないと懺悔しちまうな」
「あの娘のスキル構成は、成長したら勇者に匹敵しますよ?」
「……ほう。……なるほどな……。……しかし、お前が殺す事にはならないだろう。……召喚勇者ではないからな。……ただ、外部で『ラーヴァ』討伐隊が編成されるのであれば、それに呼ばれる可能性はあるか」
「いやいや、それはないな。だって、あの娘は」
「……ああ……そうだったな」
何を二人で納得してるんだか。エミーの事情は何となくは察することはできるけど、この二人や、エミー本人が明かさないのであれば、私は聞かないことにしよう。
「まあ、それはいいとして。巡回の報告と、ついでに雑事の報告をさせてください」
私は話題を変えて、成果のなかった巡回と、その帰途での強盗未遂犯の扱いについて報告した。
―――やっと本題に入れた。




