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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ブリスト方面波高し
444/870

塔の内装工事


【王国暦122年10月24日 10:06】


 親書には、明後日の二十六日の昼に、ブリストにあるノクスフォド公の館に来い、と白い羊皮紙に書かれていた。

 この世界、というかこの時代というか、私邸と公邸の区別はない。それを考えると、まだ来ぬ婚約者(ヴェロニカ)のためと宣って、公邸と私邸を分けようとしているアイザイア坊ちゃんは、多少は先進的なのかしらね。

「承りました」

 と一応真面目な顔を作ってジェイブズに伝える。ジェイブズは気取られないように注意していたみたいだけど、表情から考えていることが丸わかりな、程度の低い交渉役なので、『採掘場』エリアをチラチラ見ていたことには気付いていた。

 ああ、良い感じに斥候でも寄越してくれないかしら、と期待しちゃうわよね。


「この魔物達は安全なのか?」

 ジェイブズが変な訊き方をしてくる。言いたいことはわかるので、補足しながら回答することにした。

「今はブリスト騎士団を敵性団体として認識していないだけです。()()は完全に迷宮の管理下にあります。わざと統制を緩くして、一定数を外に排出する迷宮もあるみたいですけど、この迷宮はそうではありません」

 緩くしている迷宮の一例としてははウィザー城西迷宮がそうだ。噂ではロンデニオン東迷宮もそうみたい。これは管理者の有無や設定にもよるけれど、一般的には緩い方が数の管理が楽だったりする。


「答えてくれるかどうかはわからんが……。どのくらいの数がいるのだ?」

「さあ?」

 思わせぶりに拒否したけど、実際には私も把握しているわけではない。百から先は覚えていないからね!


「…………この塔は迷宮に必要なものだと言ったな?」

「ええ。詳細は申し上げません」

 こんなに直接的にこちらの情報を得ようだなんて、虫がいいというものですよ、ジェイブズ卿。私は不敵な笑みを投げる。

「短期間でこれだけの塔を建造する能力……客観的に見て、恐ろしいことだ」

「脅威だと思ってくれた方がこちらはありがたいですね。無謀な攻めをしてこなくなりますから」

「無謀………。つまり騎士団が集団で一斉に、という事態を指しているのだな?」

 情報を引き出そうと必死だなぁ。体格のいい青年と中年の間くらい……のジェイブズは表情で内心が丸わかりで、ちょっとそれが可愛く見えてきた。私って変なのかなぁ。


「では、卿に免じて一つだけ。特定の団体が一定数集まり、それを脅威と迷宮が判断したのならば、排除行動に移ります。探知範囲については教えませんし、具体的にどのくらいの数を基準にしているのかも教えません」

 ジェイブズは眉根を寄せた。全然情報になってない、と落胆したのだ。でも、これは実は有益な情報をプレゼントしたつもり。これ、団体でなければ、つまり軍隊ではなく、小隊程度の単位であれば、迷宮は近くまで侵入を許しますよ、と言っているのだ。


 一応、ミスリードさせる部分があるとすれば集団、という言葉かしら。実際に脅威である、と判断するのは集団でなくとも、つまり個人であっても迷宮は警戒を始める。スキルによっては、上級冒険者が単体で攻めて、突破そのものは可能な場合があるから。それは他ならぬ私が証明している。


 まあ、今の私を基準に現在の迷宮セキリュティは構築されているから、あの当時の私が攻めてきたとしても、一回は死ぬと思う。何回でも死ねる方がおかしいっちゃおかしいか。


「そうか………。ああ、もう一つ連絡がある。前日にブリストに移動するのか?」

 ブリストまでは馬でゆっくり行くと、丸一日かかる。明後日の昼ということは前泊が必要になるだろう、と想定しての質問だ。

「いえ、当日の早朝に出発します」

 これも、当方の進軍速度を知りたいという話ではあるだろうけど、私たち少数の外交派遣団が移動するのと、軍隊としての進軍速度を類推するのは無理があると思うんだけどなぁ。


「そうか。では街道の途中で出会えるように迎えを出すので、その案内に従ってほしい」

「了解しました」

 これは厚意とかではなく向こうからすれば監視であり、外交上必要な手順なんだろうね。謝意を表するのも変なので了解、とだけ言っておいた。


「では……これにて失礼する。当日お会いできることを楽しみにしている」

 ジェイブズは合掌してお辞儀をした後、踵を返して壁まで歩いて行った。そこに馬を繋いであるのだろう。一人で来たようにも見えるけど、壁のところに数人のお供がいる。護衛を待たせて男気を見せたつもりなのか。案外貴族とか騎士とかって、暗黙の了解だとかお約束だとか、はたまた騎士道精神だとか。決まり事を守ったところを見せつけることが外交だったりするからなぁ。


 これが階級社会というものなのかなぁ。思うに、お互いを理解しないままに交渉できるよう、工夫されたシステムなんじゃないかと訝しんでしまうよ……。


 ジェイブズの背中が見えなくなったところで、作業を再開する。

「さ、内部施設と内装工事、始めるよー」

「モー!」

「クァ!」

 魔物たちの気合いが入った返事を受けて、私もテンションが上がってきた。



【王国暦122年10月24日 10:24】


「マスター、塔の内部はどのようにするのですか?」

 オネガイシマスが興味深そうに訊いてきたので、

「よくぞ訊いてくれました!」

 と、説明モードに入った。『リベルテ』の連中もいるから丁度良いね。


「塔一階は公共の空間、まあ、事務所ね。二階に十九人の居住区を作ろうと思う」

 チラリ、とカサンドラとヴァンサンを見る。二人とも首を傾げた。あ、これは、ヴァンサンがカサンドラを受け止めたのかな。愛の前にはどんな障害も無いに等しいのね。


「俺達はどうすればいい?」

 ヴァンサンは、私の視線に反応して訊いてきた。

「『リベルテ』は通常の冒険者にしては迷宮と私に関わりすぎてるので………もう普通に戻れません」

 だよなぁ、とヴァンサン、マルセリノ、ヴィーコ、ジョンヒの四人は苦笑しながらも覚悟を決めた表情だった。


「なので、ここに冒険者ギルド出張所……いや、支部を作ってみませんか?」

「なんだと?」

「迷宮に関わる仕事は幾らでもあります。実際に私が依頼したい仕事もありますし……。支部経営を他人に任せるのは勿体ないなぁと」

 ヴァンサンはそれを聞いて大笑いした。

「そりゃ確かにそうだ。ここまでお膳立てして他人に利益を持って行かれるのはな!」

 ロンデニオン西ではちゃんと譲って立地まで用意したし、ポートマット西ではそもそもギルド支部の利益ありきで始めたものだ。私の紐付き、ということで主導権を握らせてもらってもいいだろう。

「上級冒険者ということで、最低限の支部長の要件は満たしていますので……ヴァンサンさん、貴方を支部長に推薦します。いいですか?」

「おいおい……。『魔女』さんよ、特級なんだからアンタがやればいいだろうが……」

「支部長になると、ここに縛り付けられてしまうので。そんな予定はないんですよ」

「俺にだって、そんな予定はねえよ……」

 そりゃそうだ。

「まあ、考えておいて下さいよ。ブリスト支部との調整も必要でしょうけどね」

「……ああ」

 躊躇うように返答をしたね。まあ、これはすぐに、って話じゃないからなぁ。


「説明を戻すよ。三階は今みたいな、誰かを迎えなきゃいけないとき用の、仮の管理室……まあ、応接室ね……にする」

「なるほど、それもそうですねぇ」

 たった今、ジェイブズを空の下で出迎えちゃったもんね。ちょっと格好悪いよね。

「四階は魔法陣とか。最上階が展望台というか見張り台」

「おお……」

「という感じでいくよ」

 とは言ったものの、内装に適した石材の在庫がないのよね。同じ石灰岩でもこうも違うとはなぁ。一応激しく磨いてみようとは思うけど。

「ん………」

 よく考えたら、塔の内側、全部磨くことになるのかしら。んー、壁は漆喰を使うとして、大量に入手しないといけないから……。とりあえず床の平滑化と研磨だけ始めよう。



【王国暦122年10月24日 20:31】


 内部の工事はそれほど危険がないだろうということで、日が暮れても作業が続いている。

 研磨しても研磨しても作業が終わらず、どこで止めていいものか……訳がわからなくなっている。ええと、一階層目が終わって、二階層目に入ったところまでは覚えてるんだけど……。


「お姉様! そろそろ作業を止めないと……」

「姉さん! セガックス食べてる場合じゃないです!」

「これは何だ、建設、いや研磨中毒?」

 と、三人に叱られて、周囲を見渡すと、ミノさんオクさんがグッタリして乾いた笑いを見せていた。彼らは仕切り用の石材を置いたり、研磨で出る石粉の清掃にきていたのだ。


「クォオ」

「グモー」

 へへ……まだやれますぜ……。とは言ってくるものの、さすがに今日は限界か。私も魔力がヤバイかも……。

「作業中断します……明日の朝に再開ね」

 ああっ、でも、あの階段の仕上げだけでもしたい……。


「お姉様!」

「ああっ、かいだーん!」

 体重の重い私は、力持ちになりつつある三人に、強引に引きずられていった。



【王国暦122年10月25日 6:57】


 ボクは自動的なんだよ、を地でいくがごとく、昨日の作業は三階層目の途中までやっていたようだ。

 エミーは二階層目で生活環境を整える、と言っていたけど、物資(ベッドやらシーツやら布団やら)もないし、何をするのやら。

 ラルフはエミーについて、下男のように働いている。

 サリーは私と一緒に研磨。『研磨』で出る粉は良質な石粉になるので、ミノさんオクさんたちがせっせと集めている。この二種族は、反目し合うように設定をしなければ争うことはないので、こうして一緒くたに使っている。案外混成も悪くないんじゃないかと思い始めている。


 下の階層では、魔法を使えるミノタウロス、オークも数が揃ってきたので、三十体ずつ、六十体を徴用した。『研磨』を練習させてみたところ、割と早くに習得してくれたので、荒磨きに四階層目、五階層目に向かわせた。


「姉さん、ここはダミーの迷宮管理層でしたっけ?」

「うん、兼応接室。調度品が何もないから、威厳も何もないね」

「石で作るのはどうですか?」

「うーん……玉座程度なら作れるけど」

「それも何か違いますね……」

「うん。迷宮のイメージじゃないよね。そうだなぁ、机とソファ…………あと」

「あと?」

 将棋盤があれば……。

「いや、それだけあれば上等なんだけどね。ソファはテートさんが作れるかなぁ」

 テートさんはポートマットの木工家具職人だ。

「無理じゃないですか? あの人は木工の人ですし」

「そうなんだよねぇ」

 革製品はポートマットの弱いところだなぁ。こういうのは大量の非市民(バガボンド)がいるロンデニオンが得意とするところだ。工業製品にも地方色があるものだなぁ。

「どっちにしても木材がまず必要だね」

「はい……」

 サリーは木工が得意ではないから、ちょっと寂しそうな顔になった。



【王国暦122年10月25日 10:55】


 魔法タイプのミノさん、オクさんも、人海戦術で荒研ぎを終わらせてへばり、五階層目で六十匹がグッタリしていた。

「少し休んでいいよ。気を失ってるのは、起きたら元の階層に戻ってよし。お疲れ様」

「モー……」

「オー……」


 四階層目に戻り、ちょっと神経質なくらい平滑に研磨をしてから、巨大な通信用中継魔法陣を描く。それでも直径五メトルくらいかしら? この程度でも、ウィザー城西迷宮直上に埋め込んである中継魔法陣の十倍はあるから、相当に遠くまで短文の送受信が可能になるだろう。ああ、この発想はポートマット西迷宮でもやっておけばよかったなぁ。帰ったらやろうっと。

 巨大魔法陣を迷宮にリンクさせて……。

 魔力が通ったところで自分の通信端末を出す。

「うわっ」

 着信短文が二百件以上届いた。

「わわっ」

 サリーの方にも二十件以上届いたらしい。


 私の方の短文の、半分はフェイからだった。『連絡請う』だそうな。もう半分はアイザイア、ザン、ブリジット、ギルバート親方、トーマス、ドロシー。

 えーと、何々………。見るのも嫌な量だけど、見ないわけにもいかない。


「むっ」

「姉さん?」

「むむむっ?」

「姉さん? 何が書いてあったんですか?」

「うん、えーとね、ちょっとね、関係者集めよう。共有した方がいい話だわ。エミーとラルフは下か。『リベルテ』の連中も、ハート騎士団も集合だね。採掘場エリアは警備の人にも説明したいから封鎖だね」

 フェイ、ザン、ブリジットからの短文を繋ぎ合わせると、興味深い裏事情が見えてきた。心配顔のサリーを連れて、エントランスホールへ向かった。



―――――未読メールを溜めてはいけません……。





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