迷宮の頂上
ここのところの巡回は、迷宮を中心に見回っている。迷宮までのルートは毎回変えていて、慣れによる見落としを防ごうという意図がある。
ところで、セドリックとクリストファーは今回も不在だ。
最初の話では、一緒のパーティとして行動する予定だったんだけど、結局私だけ単独行になっている。好き勝手出来るという意味では、これでいいんだけどさ。
依頼達成金額は悪くないけれども、上級の冒険者が拘束される依頼と考えると、ボランティアの要素が多分に含まれているのは間違いない。
なので、何でもいいから素材や食材になりそうな獲物を狩ったり、採取をチョコチョコしたりしている。
今回、私の目標は木材と木の実。ベリー類は既に籠に二つほど確保したので、後は木材の確保。
「うーん、この木なんていいかな……」
迷宮には魔力を封じ込める結界が張られている。のだけども、それでも他の土地よりは魔力濃度が高い土壌になっているようだ。
「こっちの方がいいかな……」
生憎と背の高い木はない。岩場と丘にあるということもあって、陽当たりはいい割に、植物の根は深くならない。よって、灌木と言っていい樹木しか生えない。
食物連鎖の結果として魔力が濃縮されていく―――とすれば、この土壌で育まれた樹木は、多少なりとも魔力を吸っているのではないか―――。という謎理論は正しかったらしく、目を瞑って『魔力感知』を使ってみれば、まるで電飾が光るクリスマスツリーのように、樹木たちは輝いていた。
目を閉じないと見えない世界、というのは不思議な感覚ではある。ファンタジーの世界でファンタジーを感じるのはある種当たり前の話なんだけど。
私は『風刃』で、目星をつけた一本の灌木を材木に加工していく。
正直、この辺りの木では成長が早すぎたり水分が多かったり、乾燥させたとしても杖向きの固い木材にはならない。ある程度は付与魔法で何とかなるとしても、私が自分で使うには強度が心許ない。ま、あのラリホー三人組向けの杖でも作ればいいか。
「さて……」
周囲を見渡す。
疎らに育っている木と草以外は見つからない。
空を見上げる。
相変わらずの曇天だ。早朝から歩いてきて、今は夕方になろうとしていた。肌寒いけれど、昨晩作ったマフラーで多少は温かい。羊毛万歳。長すぎて重いけど、これでも長さは調整したのよ? 半分はもれなくドロシーのプレゼントになったわけだけど、長すぎるマフラーは腹筋が割れてしまうかもしれないので丁度良いわよね。
なお、前回調査したセドリック組と同様に、今回の私の調査でも、この迷宮には入る場所も、出る場所も見つからなかった。
軽く嘆息して、東の方向を見つめる。
「このまま歩いて行くと……ウィザー城か」
考えたくはないのだけど……ウィザー城に転送魔法陣があった場合はどうしようか。
その場合、王宮の関与が決定的にはなるだろうけど、政治的言い逃れなんて連中にはお手の物だろうしなぁ。そんな楽しいこと言われたら王族皆殺しでもいいんだけど、逆賊になって、悪影響がポートマットや親しい人たちに及ぶのは困る。アヘン―――オピウムの件でもそうだったけど、私一人が個人的な感情で動くのはきっと状況を悪化させる。暴力だけでは解決しない事柄がある、とわかっただけでも成長した証なのかもしれない。うん、そう思うことにしよう。
「ん?」
自分の思索に違和感が……。
成長、か。
うん、確かに私は召喚直後に比べれば遙かに経験を積み、スキルも多様になり、戦闘マシーンとしての能力は成長している。これもトーマスやフェイのバックアップがあればこそ……。
「ん?」
二人が私に持ち込んでくる問題や依頼は、全て私の成長に繋がっているのでは……。
うん、まるで、私を育成しているかのようだ。アマンダとフェイは戦闘面、トーマスとユリアンは精神面。
そりゃ、広義で言えば、人間は誰しも他人に育てられている一面はあるだろうけど、これは露骨じゃなかろうか。
しかし―――。
「何のために?」
自問してみる。
立派な? 暗殺者にするために?
「うーん……」
それも何か違う気がする。
首を捻りつつ、再度周囲を見渡す。
いま私が座っているこの丘は、直下に迷宮がある。うん、まさに今、私も思索の迷宮に!
「なーんてな……」
私は考えるのをやめることにした。
そのうち理由はわかってくるだろう。ジグソーパズル云々とフェイが言っていたこともあったし。
息を吐いて、冷たい地面に座り込む。
座禅のポーズを組む。
このポーズ、この世界の(聖教以外の)宗教にも実在するそうで、不思議な恰好ですよね、とエミーが苦笑していたのを思い出す。
「―――『魔力感知』」
心を落ち着かせるつもりで。改めてスキルを発動する。
木々は静かだ。その逆に、足下の迷宮では、数え切れないほどの生物が蠢いていてうるさい。
この迷宮を覆っている結界は、どうやら上方向にしかかかっていない様子だ。
結界―――たとえば『遮音』の結界は、風系の魔法で、空気の振動を抑えて音の伝わる方向を制限している。結果として音漏れを防いでいる。
では、この結界は? 魔力を遮断している結界ということは。何かしらの薄い膜のようなものを形成して、魔力の流れを止めているのでは?
―――スキル:魔力感知LV6を習得しました(LV5>LV6)
「!」
スキルレベルがあがった。メッセージが、目を瞑っているのに表示される。
と同時に、結界から漏れ出している魔力に気付く。結界は完璧ではなく、ところどころに穴がある。
この穴からのぞき見するつもりでいってみよう。半年前の、限界突破の勇者を思い出すね。
―――スキル:魔力感知LV7を習得しました(LV6>LV7)
ん。
あ、結界の中が認識できるようになったかも。
うわっ、これがゴブリン? 何匹いるんだろう、ざっと二百はいそう。騒いでるのはコイツらか。なんだこれ、同士討ちしてるのかな? ゴブリン同士で戦ってるみたいだ。これは一番上の層かな。
他には――――ワーウルフかな、これ。感じられる魔力から結像される姿形は、狼だし。
そういえば、ワーウルフは突然現れる、って言ってたなぁ。ゴブリンとは違って、ワーウルフの群れは静か。同士討ちはしないのか。その割には繁殖力が強いとなれば、増え過ぎちゃって困りそう。ロケットで宇宙に饅頭送りつけるようにはいかない――――。
って、増え過ぎちゃったから外に出してたとか? それが時々起こるワーウルフ騒動の真相だとか? だとしたら迷惑な話だ。
一層目は他にはいないかな。
何層まで感知できるか、やってみよう。
二層目にもワーウルフがウジャウジャいる。二足歩行のワーウルフは……わかんないや。あれって結構な高レベルだから目立つはずなんだけど、今の段階では判別は難しい。
三層目はイモ虫みたいのが―――っていうには大きすぎないか、これ。どうも植物が繁ってるみたいなんだけど、何で迷宮内部で植物が生きて行けるのかは不明。まあ、不思議空間ってことで納得しちゃおう。三層目は虫だけでも色々いる。イモ虫、蝶? 蜘蛛? 何故か甲虫の類がいない。
四層目まで行くと、さすがに距離があるのか、ボンヤリとしか感じられなくなってきた。魔物には違いないんだけど、見たことがない魔物ばっかりなのかな。エレクトリックサンダーはいないみたいだけど……。四層目までは高レベル魔物ってわけじゃないというか、まるで実験用に飼われているような。
うん、王都西迷宮みたいな、いわゆる攻略対象になっている迷宮とはちょっと毛色が違うかも。
うーん、これより下の階層は遠すぎて感じられないか。魔力の大小はわかるけども、距離によって精度が低くなっていくみたい。
心を静めて、より深くを感じようとしてみるけれど……。どうやらもう一重、魔力が漏れないように結界が張ってある感じ。
ん?
そんなに『魔力感知』が難しければ、この迷宮の下層で、勇者召喚用の珠に魔力込めをすればいいのに。何だろ、何かここじゃ出来ない理由でもあるんだろうか。もの凄く興味あるなぁ。魔術師ギルドのメンバーを一人くらい拉致して訊いてみようかしら。まあ、それは半分くらい冗談として。
目を開ける。
いつの間に夜が明けたのか、東の空から冬の弱い日射しが差し込む。
集中してると時間を忘れるっていうのは本当なんだなぁ。
いやー集中してると言っても余計なことは色々考えてたけどね……。
私は膝を立てて、固まった筋肉をほぐしながら、ゆっくりと立ち上がる。
深呼吸してみる。
体温が低下しているか。冬の地面に動かずにジッとしていたから当たり前だけど。うーん、胸から排気しそうな勢いで心臓が活動を始めている。これで目が光ったら凄いよねー。
「デーン、デーン、ゴッゴオフィフィン、バシコーン」
口で機動歩兵の真似をしつつ、東に向けて、街道へ抜けることにする。ウィザー城を掠めるルートを取ると面倒だし―――――。
街道に出ると、南下する。ポートマットと王都を行き来する馬車がひっきりなしに行き交う。この馬車の数も、商業ギルドはチェックしてるんだろうね。
街道の水飲み場の一つに着くと、一台の馬車が駐まっていた。
「おや……」
体格の良い、人相の悪い商人……には見えないんだけど、服も肌も歯も汚い男が、ニコニコではなくニヤニヤ近づいてきた。ちなみに馬車には、あと二人、待機してるね。
私が小さく声を上げたのは、別に強盗風の男がいたからではなく……。その男がまとっている薄い魔力が、薄赤の色を纏って見えたからだ。
んっ? 何で薄赤に見えるんだろう。こんなこと初めてだ。
「へへ……お嬢ちゃん、お使いかい? 偉いねぇ」
ああ、背後に短剣持ってるや。どうやら本当に強盗さんのようだ。
「どうしようか、無力化は簡単なんだけど、まだ何もしてないし、めんどくさいし。無視しようかなぁ。ああ、こんな街道の水飲み場で堂々と襲おうとか、頭悪いのかなぁ。速攻で足がつく、って理解できないのかなぁ。それに、私みたいな軽装の女の子が街道をせっせと走ってる姿に違和感を覚えないんだろうか。どうみたって普通じゃないじゃんね。それに気付かないとか、馬鹿なんじゃないのか」
「んだとぉ! このクソガキ!」
「ああ、馬鹿だからこんな場所で強盗なんかやろうとしてるのか。あれー、いや、でも、わざわざ捕まろうとかしてるのかな。強盗は良くて強制労働、普通は死刑だよなぁ」
「しっ、死刑っ」
「何だ、たとえば賭け事で借金作って首が回らなくなったとか。そんな男たちをわざわざ三人集めてまで強盗させるとか、どんな悪徳金融業者なんだい。ああ、盗賊ギルドみたいなのがきっとあるんだろうな。そいつらが経営している金貸しに借りるまで落ちぶれたってことかい」
「なっ?」
「あーあー、アホくさー、女房子供に逃げられて、俺にはもう何も残ってないんだとか、そんな自暴自棄な気持ちになっちゃったんだろうなー。それで強盗やるとか、ほとんど自殺志願者じゃないか。だったら一人で死ねよって感じよね」
「………」
「あれっ?」
気が付くと、強盗予備軍の三人は、膝を地面に着けて項垂れていた。纏う魔力の色は先ほどの薄赤ではなく、今は薄紫に見える。何だろう、どういう仕組みなのか、どういう分け方なのか、色が変わって見える。
「あのう、強盗するんじゃ?」
「ああ……」
「どうしたんでしょうか、強盗しないんでしょうか?」
三人の男達は私を見上げた。私は首を傾げる。
「お嬢ちゃんの……言う通りだ……」
「独り言が口に出ていましたか」
三人とも、うつむいたまま、ゆっくり頷いた。私はちょっと赤面しつつ、視線を宙に向けた。
「で、どうするんでしょうか。死罪になる覚悟もなく、強盗に転職を?」
男達はグッと言葉に詰まった後、上を向いて、何やら決意したようだった。
「そうだな。せめて、お嬢ちゃんを襲って有り金を頂くとしよう」
「ふむ」
そっちを決意しましたか。まあ、私、弱そうだもんね。
三人の男達は立ち上がり、私を掴もうと手を伸ばしてくる。けれども、素人の動きなど避けるのは容易い。
「あれー?」
息を荒くしながら私を襲っている三人組が纏っている魔力は、再び薄赤になっていた。
「こっ、このっ!」
色がつき始めたのは、ついさっきから。これ、一体何だろう?
「この娘! 何て動きが!」
その後、私は回避を続ける。
「騎士様、この人です!」
三十分も過ぎた頃、ウィザー城駐屯の騎士団が、誰かの通報でやってきたようだ。
三人の男達が強盗未遂犯として捕まる頃には、色が何なのか、がわかるようになった。
―――赤は敵対意思、青は友好、紫はその中間みたい。他の色もあるのかしら。