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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ブリスト方面波高し
433/870

ブリスト領主との交渉1


【王国暦122年10月16日 5:39】


 さすがは高級人工魔核というべきか、初期モードというべきか、毎晩寝る前に魔力を注入しているのに、人工魔核への魔力貯蓄量が半分を超えないでいる。

 昨晩は寝る前に培養槽には、迷宮ボス用魔物、中ボス用魔物など、いくつかのバリエーションを増やすように設定しておいた。三~四日もすれば、魔物生産が安定してくるものと思われる。

 生息エリアの指定も穏やかに進めているけれど、『研究所』エリア第二階層、通称トラップエリアは、まだノータッチ。予想外のものが出てきそうで怖いもんね。


 今日朝一番の仕事は『研究所』の引っ越し。

 引っ越し先は『研究所』エリアの第九階層ね。

 ここのフロアの半分は倉庫にして、禍々しい剥製や標本の保管庫にした。あまりにもグロいのでエミーやサリーには見せなかったけれど、ラルフには見せた。


「気持ち悪いなぁ」

 と言いつつも、男の子は案外こういうの平気だよね。女の子はトラウマになるけど。何だろう、これって脳の違いから来てるのかしら?

「変な菌とかウィルスとかついてるかもしれないから、『洗浄』『浄化』を忘れずにね」

「ああ……」

 木製の棚は再利用したけれど、この迷宮に著しく足りない木工製品は貴重品に思えてしまう。

「ここは何階層目?」

「途中に二階層ぶち抜きの部屋があるから九階層目だけど、十階層目相当。お隣が魔導コンピュータのお部屋だよ」

「へぇ~」

 研究室、とは言うけれど、倉庫の扉を閉めると、何もないガラン、とした空間だけが残る。ここを『研究室』として残したのは、これらの標本の保管場所が必要だったのと、悪しき研究をするのに隔離空間が必要だった、という事情がある。


 うん、キメラ研究、遺伝子改良研究は継続しようと思ってるのだ。近い将来、またここに来て、研究を再開しようかと。バイオハザード対策というわけなんだけど。だから、トラップエリアは、ここの直上に引っ越しさせる予定。



【王国暦122年10月16日 7:55】


『リベルテ』が戻ってきて、朝食のメニューにバリエーションが増えた。

 生きた鶏が入手できればよかったんだけど、今回はそこまでは望むまい。それでも鶏肉で出汁を取ったスープは大好評で、全員が狂ったように食べるので、『リベルテ』の四人が引いていた。

「カサンドラ、お前そんなに食べて大丈夫か?」

「え、ああ、アタシ、体質が変わったみたいでさ」

 ヴァンサンの気遣いに、カサンドラも気遣って答えた。妊娠していることはそのうちバレると思うのだけど……どうするんだろうねぇ。


 肉々しい朝食の後、湧き水の様子を見に行く。

「水位は上がってるね」

 飲んでも大丈夫だし、別に毒はないと思うんだけど、地下水の利用は慎重にしたいところよね。

 土を入れ替えた畑予定地には、適当に耕してから、入手した大豆とひよこ豆を一面に植えさせた。

 その作業を十九人組(カサンドラは休ませた)にやらせて、私とエミー、サリー、ラルフは、またまた石を採りに採石場へ。

「何でまた、こんなに石が必要なんですか?」

 キャリーゴーレムの背中に乗っているエミーが、尤もな疑問を口にする。

「エミー姉さん、私たちは素材が手元にないと不安なんですよ」

 サリーが答える。うん、心理をよくわかってるじゃないか。



【王国暦122年10月16日 9:07】


 迷宮管理層に私、エミー、サリー専用のグラスアバターを設定しておき、エミーには別途、ハート様仕様の石製ふとっちょアバター(二号)を、迷宮を介せずに直接リンクさせて、馬車に乗せた。

 マスクの部分は形状だけ似せた陶器製のものを被せて、音声に関してもエミーが出せるように改良しておいた。目の部分はもちろんハート形、このアバターを迷宮管理人として扱ってもらうこととする。


 前回の攻撃で、ハート様一号は塔と一緒に崩れてしまったけれど、それが復活してコミュニケーションを取るという事態は、ブリスト領地に対して多大なプレッシャーになる。何をしてもダメージなどなかったのだ、というアピールでもあるし、私自身はお手伝いをしているだけであって、決して迷宮管理人そのものではない、という線引きになる。

 そんな通りがかりの無実な一般人(?)を攻撃して、なおかつ惨敗したブリスト騎士団の心中やいかに。


「よっし、じゃあ、漁村へ向かおう。留守番頼んだよー」

「はい、マスター。マスターたちの出発確認後、第一階層特殊フロアに移動します」

 お供をするオネシマス以下四名以外の、十二名が合掌してお辞儀をした。魔物になってまで、しっかり聖教徒なんだなぁ。宗教の洗脳の方がよっぽど私より性質が悪いと思うけど……客観的には同程度の悪質さかな……。


 私、エミー、サリー、ラルフとハート様。久々に五人揃った『リベルテ』、オネシマスたち五人。結構な大所帯になった。

 馬車にはカサンドラが恐縮していたけれど五月蠅い、乗れ、の一言で乗らされている。エミー、サリー、御者席にラルフ。だけど実際に馬アバターを動かしているのはサリーだったりする。

 最初はとても面白がっていたサリーだけど、視点の低さによる爽快感も慣れてしまうと飽きてしまったようで、歓声を上げなくなった。


 私は道中の植物や採取できそうなものを検分するため、馬車に併走している。

 迷宮からストルフォド村への道などはなく、太陽を頼りに方角を出して、一路南西へ向かった。



【王国暦122年10月16日 10:50】


 ゆっくり移動したつもりだったのだけど、かなり早めにストルフォド村に到着した。

 村の周囲にはブリスト騎士団が警備をしていた。

 異形の馬アバター、奇怪な形の馬車が到着して、私の姿を見ると警備の人間がわかりやすいくらいに緊張したのが見えた。わかっちゃいるけど乙女心が傷つく反応ね。


「…………」

 ええと、両手剣の人か。睨みつつ、こちらを見つけると早歩きで近づいてきた。

「ブリスト第二騎士団団長ジェイブズ・マクドナルドだ。ご足労痛み入る」

「これはご丁寧に。ただいま、迷宮管理人が降りて参ります」

 名乗らないのかよ、と粗忽者を見る目でジェイブズは私をさらに睨んだ。私が名乗ってもしょうがないというか。こと迷宮の立場的なものに関しては私の介入要素が少ないほうがいい。

 代わりにオネシマスを自己紹介させた。

「ブリスト南迷宮ハート騎士団団長、()()()()()()()()()()と申します。迷宮内外の警備を担当しております。以後、お見知りおきを」


 オネシマスは偽名――――本名のままだと色々マズイので、そのように名乗ることにしてもらった―――を名乗り、合掌してお辞儀をした。当たり前だけど『メイズ』家なんてものはなく、昨晩の会議でいい加減に決めた名前でしかない。カサンドラを含めて、十九人組は全員がそのように名乗ることになっている。それは一般社会……元の王都騎士団……にはもう、戻らないと決めた証でもある。


「ハート騎士団……?」

「我々は正式な騎士ではありません。グリテン王国に属する者ではないからです。便宜上、そのように呼んでいるに過ぎません」

「王都西迷宮と同じ扱いにしろということか……」

 お前が後ろで糸を引いているんだろう? とまたまた睨まれた。私が憎いんだろうね。でも、それは自業自得、自分に対しての怒りを私に投射しているに過ぎないよね。大人の感情をぶつけられるのは良い迷惑だなぁ。


 そうこうしているうちに、エミーが操る石製アバターが、馬車を軋ませながら降りてきた。アバターの操作、というよりはハート様の大柄な体躯の操作に慣れていない、そんな感じだ。

 ズシン、と鈍い足音を響かせると、ハート様は何か言いたげに、こちらも私を見た。ハダカが恥ずかしいのか、ふとっちょが恥ずかしいのか。従者としてカサンドラをつけて、馬車の警備にはラルフとサリーをつけておいた。


「あちらが迷宮管理人のハート様です。初代は貴方たちに壊されてしまいましたので、二代目ですね」

「っ?」

 それは復活したハート様を見て驚いたのか、復活したということ自体に驚いたのか、私の揶揄に過剰反応したのか。ジェイブズは顔を顰めた。かなり表情の出る人ね。

「…………こちらです。主が待っております」

 おや、もう到着していたのか。気の早いことで。



【王国暦122年10月16日 11:00】


 ストルフォドの村は本当に寒村で、小さな畑、小さな漁港、質素な木造住宅が疎らに建っている。

 ブリスト領地の今後を左右する会談が行われるには、あまりに貧相な村だな、という印象だ。規模的には人口百人いるかどうか、というところかしら。

 前後を五人ずつのブリスト騎士団員に挟まれて、ハート様、私、カサンドラ、オネガイシマスの四名とジェイブズが村内の、それほど広くない道(これが目抜き通りなんだろう)を歩く。騎士団の強者は前後の騎士の中にはいないみたいで、少なくともこの場で私たちを害そう、という意図は見えなかった。


 しばらく歩き、木造平屋の一つに案内される。

「この村の村長の家です。どうぞお入りください」

 渋々、といった風情で、ジェイブズは丁寧な口調で言った。他の家屋と変わらない印象だけど、これでも村長宅なわけね。

 家の中には暖炉のあるリビング、その奥に二~三部屋はある感じ。四部屋もあるのなら、確かにこれは豪勢な方かもしれない。王都やポートマットでも、四部屋もある家に住んでいるのは一握りだろうから。ただ内装は貧相で、東風荘の方が豪華に思えるほど。シンプルなのではなく、どことなく貧乏臭い。

 薄暗い部屋の中、暖炉には火が入っていて、ボウッとそこだけ明るい。薪の爆ぜる音が聞こえて、少しだけ暖かい気持ちにさせた。


「こちらが我が主、ノクスフォド公爵である」

 ジェイブズの口調がコロコロと変わるのが面白いなぁと思いながら、暖炉前の椅子にふんぞり返っている壮年の人物を見やる。

 これがノクスフォド公か……。ちなみに、領地の名前が『ノックス』なので、通称の『ノックス公』でも間違いじゃない。正式には『ノクスフォド公』ってことね。


 血色のいい肌、ガッシリした体躯、仕立ての良い身なり。総髪で、M字ハゲじゃなかった。ちっ。

 貧相なリビングの中で、人物だけがレリーフのように浮き出ていた。顔は整ってはいるけれど噴火前の火山みたいに眉根が寄っている。

 脇に控えているのは小柄シスターと、黄色いローブの女だ。こうやって対峙すると、両方ともそれなりの魔力持ちなのね。二人は私の顔を見ると、ギリッと唇を噛んだ。まあ、当然の反応ではあるけど、愉快ではないわね。


 ノクスフォド公は国王スチュワートの弟で、立場上は国内のナンバー2貴族でもある。国王に準じた接し方が必要だろう。

「私は迷宮管理人です。………ハート、とお呼び下さい」

 エミーの操るふとっちょ石製アバターは謙って座ろうとしたけれど、石がバキバキと鳴って、倒れそうになった。のを私とオネガイシマスで支える。と、今度は床材がバキッと鳴って、私ごと床を踏み抜いた。

「あ――――」

 私の腰から上が床から出ている……という高さで止まった。何コレ、罠?

 と思いきや、ジェイブズが青い顔をして呆気に取られていたから、故意に仕掛けたものじゃないみたいだ。

 いやあ、ふとっちょアバターは結構重いんだなぁ、あはははは。……私の体重も加わったから、床材が耐えられなかったわけね……。


「こっ、これは失礼した」

 失態だという自覚はあるのか、ジェイブズが助け起こそうとふとっちょアバターを持ち上げようとする。

「ふんぬっ」

 今度は赤い顔になったジェイブズを見て、コロコロと変わる顔色が面白いなぁと思いつつ、救助を待つ。その間、ノクスフォド公は微動だにしない。

「重い……」

 ジェイブズは周囲の衛兵を呼びつつ、呟いた。どうしてこう、ブリスト騎士団は乙女心を容易く傷付けるのか。

 明らかに小さい私の救助が先で、五人がかりで引き上げられ、何とか無事な床に辿り着く。

 ふとっちょアバターの方は難航しそう……と思ったとき、声が出た。

「膝をつけぬ無礼をお許し下さい。差し支えなければ、このまま会談をお進め下さると幸いです」

 エミーはこれ幸いと、床に埋まりながらそう言った。まあ、そっちより体が下だからいいでしょう? と言いたいみたいだ。


「ふん、なかなか豪胆だな。良いだろう」

 ノクスフォド公は口元を歪めて了承した。それでもまだ怒ってるようにしか見えない。元の世界で言えば、迫ってくる新幹線一〇〇系みたいな厳つさがあるわね。いやしかし、声が低くて渋い……。ヤ○トの諸君……とか言われたら、そうとう惚れてしまいそう。

「恐れ入ります、公爵様」

 ハート様はそう言った。『閣下』は付けなくても、そもそも『公爵』が敬称に相当するらしい。


「……ふん、貴様らの要求を聞かされてな。幾つか問いたい」

 どうぞ、とハート様は床の穴を広げながら促した。

「貴様らは何者だ? そこの石人形は……生きているのか?」

「私は迷宮管理人、迷宮そのものです。この石の体は外を出歩くための、仮のものです。これをいくら破壊しても迷宮本体に痛手を負わせることはできません」

「何度でも復活するというのだな。そこにいるのは『ポートマットの魔女』だな? ハートとの関係は如何に?」

 表情が怖いので、詰問されているみたいだ。

「私は通りすがりに巻き込まれました、公爵様」

 我ながら嘘くさい。

「では迷宮の修繕をしているという噂も?」

「事実ですが、通りすがりの修繕作業、土木作業です」

「我がブリスト騎士団を撃退したのも?」

「通りすがりにございます」

 流石に埃を払うが如く、とは表現しなかった。


「それは侮辱と取ってよいのか?」

「いいえ公爵様。愚弄や嘲笑の意など皆無です。全軍をもってして一斉に攻撃すれば私でさえも痛手を負ったと思われますが――――」

「指揮官は自らの利を捨てて自身を過信し、作戦を間違ったと言いたい訳か?」

「その通りです、公爵様。恐らくは、あの迷宮にいるのが私だと知っていての動き。数発こそ被弾しましたが、それだけです。実力や練度は十分、ですが策が頂けなかった。つまり、これは僥倖ではなく、単なる不手際の側面に過ぎない、と愚考します」

「ふん……いいよるわ、小娘が」

 口元は嗤っているけれど、全体像としては怒っているように見える。


 ここに至って、ハート様ではなく、私に向き直って、交渉役と決めつけているのは、ハート様が傀儡だと認識されちゃってるってことかもしれない。そうだとしたら侮れないね。

「ふん、自治権の要求と言っていたな。……貴様は商人だな?」

 本当だ。言いたいこと、訊きたいことをすぐに訊いてくるね。頭いいのは確かだなぁ。

「迷宮に儲け話がある、ということ自体は否定しません」

「ふん、だろうな。つまり税金を払いたくないと。そういうことだな?」

「その通りです、公爵様。迷宮は遙かな昔から彼の場所に存在し、その時代に採掘された物品について、()()の政治体制や法体系を適用すべきではない、と愚考する次第です」

「ふん、その理不尽を通すのが領主というものだ。(ゴルド)が得られるとわかっているのに座視するのは暗愚よの?」

 グワッ、と大口をあけてノックス公は叫ぶように訊いた。

「しかし、小金を漁ることで領内に混乱が起きるのは本意ではないかと」

「このノクスフォドを脅すか小娘。魔物を使っての領土侵攻、そんなことは貴様にはできんというのに」

 へえ、見抜かれているよ。


「仰る通り、迷宮に領土的野心はございませんし、私にも魔物に街を攻めさせる、という考えもございません」

「出来もせぬことは口にせぬことだ」

「いいえ公爵様、私と迷宮は別の存在です。迷宮が攻められたとしても、私は関知しないところです。そして、それによって迷宮が防衛行動を行ったとしても、私の関知するところではございません」

 私はブリストやノックス領地に関わりがない。今回のように攻めてもやられるだけですよ、とさらに脅す。


「貴様とて迷宮に常駐しているわけではあるまい? 貴様が防衛に加わらなければ今回のような失態は晒さずに済んだはずだ」

「それは公爵様、僭越ながら迷宮を過小評価されております。今回、私が先頭に立ち、防衛行動に助力しましたのは、ブリスト騎士団への被害を最小限に抑えたかったからです」

「ふん……? 迷宮が先頭に立ったとしたら、この程度で済んでいないとでも?」

「その通りです。詳細は申し上げませんが。ノックス領地にとっては、悪夢の方がマシ、という状況に陥ったはずです」

「それは貴様の意志ではなく?」

「はい、迷宮本来の対応です」

 ノクスフォド公は怒った顔で、暫く考えていた。

「迷宮の兵力を教えよ」

「出来かねます」

「そのような不穏な集団、国に働きかけねばならんな」

「大儀がございません」

「ある。領地を侵奪されておるのだ。これは国家に対する重大な挑戦だ」

「迷宮は国家成立より前に存在しております。ですから、その挑戦を()()()()()のは迷宮の方であり、譲歩しているのも迷宮の方です。同じ状況である()()迷宮は、お膝元であるロンデニオン市が共栄する方向を容認しました」

「では冒険者ギルドに依頼し、貴様を雇用し、迷宮を攻略させる」

 ああ、そういう手もあるわけね。


「藪から突かねば危険はないものをわざわざ突く。領主の矜恃のためだけの招集とわかっていれば、冒険者ギルドはわざわざ人員を供出などしません。私が関わっているのはブリストの冒険者ギルドには既に伝わっております。ですから、間違いなく冒険者ギルドは動きません。それでも騎士団を動かしたいのであればどうぞ。私は十分に諫言を致しました故」

「ふん………」

「蛇足ながら、軍隊による迷宮侵攻は、過去には王都騎士団も壊滅的被害を受けたと聞いております。自らをもって再確認されたいのでしたら、私はお止めしません。気が済むまで迷宮と戦っていただければ宜しいかと」

 もちろん私も動きません、とアピールする。


 意外にもノクスフォド公の表情は、怒ったまま変わらない。間近で歌舞伎を見ているみたいで、ちょっと疲れる人だなぁ。

「そんな不毛な事をなさるよりは、ロンデニオン市がそうしたように、共存して、関わる者全てが利益を享受できた方が幸福ではございませんか」

「ふん……厄介な存在だな、貴様も、迷宮も」

 騎士団(暴力)による脅しは通用せず、逆に脅されるネタになってしまっている。再度攻めれば再度撃退される。得られもしないもののために戦い、損失は多大なものになるのも間違いない。

「コトは単純です。損得勘定で考えれば宜しいかと存じます」

「ふん……賢しい小娘が………」

 私はハート様の方を向く。軽く頷かれた。


「ブリスト南迷宮―――いいえ、迷宮は、『魔女』殿が補足してくれたように、一定の攻撃を受けた場合、防衛行動に出ます。お互いにそのような不毛な行動は採らず、公爵様が迷宮を生産施設として、存在を容認して頂ければ幸いに存じます」

 ハート様は淀みなく、美しいグリテン語で話した。声色は変えているけれど、凛とした物言いは、召喚スキルのリンク越しにでも伝わる。

「税金の入らない牧場だと思えということか…………」

「はい、公爵様、迷宮は生き物、魔物の集合体なのです」

 ハート様は即答した。

「ふん……なるほどな。生物であれば縄張りがあるということか」

「はい、公爵様。理性的に縄張りを守る、と宣言している間に得られる利益を確保すべきかと」

「ふん……」

 直接の税金は取れないものの、領内に魔核の生産施設である迷宮が存在するのは魅力的だ。当たり前だけれども、迷宮は、迷宮の外に出た魔核まで管理は不可能なのだから。

 迷宮が枯れないうちは利用すべき。

 このスタンスは同じように脅して生存権を勝ち取ったロンデニオン西迷宮の理屈と同じだ。


「ふん、良かろう。貴様らが指定した範囲について、ノックス領地は自治権を認めよう。納税義務も免除しよう。ただし、二つ条件がある」

 条件なんて言える立場かよ、とツッコミを入れたくなったけれど、ここは譲歩しておくのもアリか。チラリとハート様を見ると、微かに頷いた。


「一つ、軍隊の形で迷宮を攻めはせぬが、攻略自体は行う。貴様らの言う『牧場』として最大限利用させてもらう」

「どうぞお構いなく。迷宮のルールに従って頂く限り、迷宮はどなた様の攻略も歓迎致します」

 ハート様はやはり淀みなく言った。迷宮のルールがどのようなものなのか、ということに関しては迷宮が決められるのだから、わざわざノクスフォド公が強調して条件をつけるようなことではない。

「もう一つ、『ポートマットの魔女』よ。貴様、ウチの息子の嫁に来い」

 その言葉に、ハート様が初めて動揺を見せた。



――――わ、わーい、婚活だぁ~。




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[一言] >迫ってくる新幹線一〇〇系 いや、怖いな
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