塔の攻略1
※グロいかもです!
【王国暦122年10月12日 10:15】
「まだ、そんなに気を張らなくても大丈夫。魔力を回復させながらいこう」
ラルフ少年を腕に抱いて、キャリーゴーレムの背中にはエミーとサリー。三人の緊張をほぐすように語りかける。
「緊張もしますよ………」
エミーは愚痴っぽく反応した。
「姉さん、『リベルテ』の人たちがいた方が戦力になったと思うんですけど、どうして置いて来ちゃったんですか?」
「んー、実はね、『魔物使役』スキルって、私も使えるんだ」
「えっ!」
「じゃあ、さっきの戦いなんて、もっと楽に勝てたんじゃ……?」
「うーん、あの場で私がカサンドラたちを使役したら、私が大元の犯人って誤解されちゃう。少なくとも疑われるよね」
「まあ、そうですねぇ……」
そうなったら、それこそ騎士団や『リベルテ』に後ろから攻撃されかねない。
「っていうかねー、カサンドラを傷付けずに無力化するのは、すごく大変だったんだよ。それを考えると、カサンドラ級の冒険者が複数人操られたら、かなりキツイ。単に対処する分には………まあ、何とか」
単に、っていうのがどういうことなのか、正確な意味では、この場ではエミーしか想像が付かないだろう。
「まあ、小さい隊長は強いからいいんだけどな」
「うん……あ、停まって。周囲警戒」
全体を止める。
「何だ?」
「ん、死骸だけど、これが例の寄生子だね」
「それが……そうなんですか」
確実に死骸だけど、ちょっと研究したいテーマでもあるので、喜び勇んで死骸を回収する。体長は十センチほど。先端がドリル状になっていて、これで寄生対象に食い込むようになっているみたい。実に良くできてる。
「こういうさ、疑われそうな行動もしにくいじゃん?」
「まあ……そうかも」
エミーも納得。
私は死骸を火系魔法で加熱してみる。すぐに火が着いた。
「おー、燃える燃える。瞬時に火が着くよね。うーん。ラルフ少年、その籠手は愛用のもの?」
「ん? ああ、そうだけど」
「ならちょっと貸して。魔道具化する」
「へっ?」
疑問符を顔に貼り付けながらも、素直にラルフ少年は左側の籠手を外して、私に渡した。
「えーと、こんな感じかな。荒っぽいから、後でちゃんと作り直すことになると思う」
アルパカ銀の小さな円盤に魔法陣をサラッと刻印、中央に魔核と、魔核を保護するために、これもアルパカ銀でドーム状のカバー兼発熱部を付ける。
これを籠手の拳部分に設置して、と。断熱材にラバーロッドの皮膚を厚めに噛ませてみた。
エミーとサリー用には、同じ仕様でラバーロッドの手袋(左手だけ)を作り、その甲に接着してみた。
「『着火』ってキーワードにしよう。本人の魔力波形にしか反応しないからね。進行中は魔核に魔力を溜めておいて?」
「何で魔道具を一瞬で作れるんですか……」
サリーが頭を抱えて泣き笑いをしていた。
【王国暦122年10月12日 11:24】
塔の足元に到着した。
「丈夫な塔なんだねぇ……」
「すごい威力の『火域』だったんですけどね……」
むしろ爆風で埃が飛んで綺麗になったんじゃないか、そんな気にもさせる。塔はよくあるように石造りの円筒形で、パッと見で高さ二十メトルほど。この世界の建造物としてはかなり高い建物だ。石材は、まあ当たり前だけど、今朝まで逗留していた石の台地の石材で、灰色がかっている白色。あの石材は柔らかいものなので、加工はしやすいものの、防御を重んじる建物の建材としては疑問符を投げておきたい。
建材の柔らかさと、実際の塔の防御力に齟齬があるということは、何かしらの魔法が付与されている可能性が高い。
「物語ですと、こういう塔に囚われているのはお姫様なんですけど」
エミーが少女らしいことを言った。
「だけど、囚われているのはお爺さんらしいよ?」
私は少女の夢をぶち壊した。
口を尖らせているエミーが可愛い。
「姉さん、そのお爺さん……にしてはちょっとこれは……魔力が大きすぎませんか?」
「あー、もうねー、魔物っぽいねぇ。どういう仕組みかわからないけど、この塔? には魔物化する仕組みがあるのかもね」
「えっ!」
ラルフ少年が苦み走った顔を見せる。
「なーに、仕組みを調べればいいのさ。私は興味あるね」
「お姉様は、私たちには影響は少ない、と見ているのですね?」
「うん。寄生するスキルを魔物に付与するのは、トレントみたいな樹木系統なら可能だ、ってわかった。これは以前から想像はしてたんだけど、同じコトを考える人がいたってことだろうね。使役系スキルはデーモンの系統。これを合わせたキメラを作るなんて、感心しちゃったところだよ。ああ、影響が少ないと思っている根拠ね。使役系はさ、さっきの(略)もそうだったけど、威圧してからスキルを使うのが正式な……効率のいい手段みたいでさ。威圧は自分より弱い相手にしか効かないから」
「おっ! オレは威圧されちゃうかもしれないぞ!」
威張って言うなよ……。
「うん、威圧ってさ、結局のところ、魔力をぶつける攻撃じゃん? 『障壁』で防御可能だよ?」
「樹木の系統は、種子を飛ばされても、先ほどの熱くなる魔道具で対処可能だというわけですね」
「うん。あとは捕食するのがいるかもしれないけど、私たちには『不可視』が効かないんだから、不意打ちはまず喰らわない。むしろ不意打ちするのはこっちじゃないかな」
「小さい隊長、さすが場数が違うな……」
「あらラルフさん、お姉様と一緒にいると、自然に増えますよ?」
「ドロシー姉さんが嘆いてましたっけ……」
サリーは悲しそうに首を横に振った。
「ああ、うん、そうね」
苦笑しながら、塔の上を見る。続けて視線を塔の下にも移す。
「あとさ、気になってるのは、こっちの穴の方なんだよね」
「これ、下にもいますよね?」
塔の脇には大穴が空いていて、これはきっと覗き込んじゃいけない気がする。
「こっちの穴の方が本命じゃないかな?」
「私もそう思います」
サリーが真面目な顔に戻って答えた。
「最初にね、五体の魔物が感じられたんだ。そのうちの一体しか倒してないから、最低でもあと四体はいる。そのうちの一体は、さっきの(略)と同じ魔物だと思う」
「それにもまた根拠があるんだな?」
ラルフ少年のワトソン役もなかなか板に付いてきたか。いや、剣持のオッサン的な感じもするか。いやいや、体も頭脳も少年か。しかし、経験不足を解消できて、物腰をもう少し洗練させれば、顔の作りは悪くないし、背はこれから伸びるとして……伸びなくてもいい……となれば、案外優良物件な気がしてきた。よく考えれば最初から私が介入しているし、光源氏計画(この場合は『逆光源氏計画』だけど)と言えなくもない。んー、しかしなぁ、私自身、ラルフ少年を見ていてドキドキしないんだよね。そもそも、ショタの大御所、カレンの姉御の狩猟レーダーに引っかかってないんだから、そういう要素がないのかもなぁ。私的には臭いが薄いのもマイナスポイントかしらね。
私は、自分の邪で場違いな感情を隠しつつ、返答する。
「一体目を殺した後、右往左往する人と、そうじゃない人、つまり指示が通ったままの人がいたのよね。だから、複数の(略)がいる、と見ているわけ」
「なるほど……」
ラルフ少年が深く頷いた。
「それでお姉様、上と下、どちらから行くんですか?」
「上からいこう。勘というか……ランド卿が生きているなら、そっちにいるだろうから」
「姉さん、それにも理由があるんですね……?」
「うん、ランド卿は頑固な人でさ。そんな人物が塔に幽閉されてた。頑固な人だから、決められた場所からは大きな理由がなければ動かないだろうと思っているわけ」
「大きな理由、ですか」
「ぶっちゃけて言えば、自分より上の存在だ、と認識する人からの指示が必要なんじゃないかなぁ」
「ランド卿……は、自分のことを、今でも騎士だと思っていると?」
エミーは眉根を寄せながらも、ランド卿は恐らく魔物になっていると確信している様子だ。『魔力感知』によれば、塔の上階、そして穴の下から感じられる魔力波長は人間のモノとはいえない。もっと言えば、ここには私たち以外の人間はいない。
「うん、それでも心根は騎士のままだと思う」
プロセア軍が侵攻してきた際、呼応、便乗する形で、ランド卿は王都第四騎士団を率いてポートマットに現れた。ダグラス元宰相に誘導されて(恐らくは脅されて)のことだったと判明していて、実際にその行動には迷いも見られたけれど、内乱の責を問われ、首謀者の烙印を押されてしまった不遇の人だ。
捕虜としてランド卿を護送した時に少し話をしたけれど、騎士の矜恃を失ってはいなかった。それは塔に幽閉されても揺らぐまい。
「で、恐らくはこの地域でボスに相当するのもランド卿だと思う。なら、最初に頭を叩いちゃった方がいい」
私の意見に、三人は頷いた。
そして、全員揃って、塔を見上げた。
【王国暦122年10月12日 12:01】
狭所戦闘になるということで、取り回しのいい武器をチョイス。
私は黒鋼の鉄扇を右手に、左手に雷の杖。
エミーは聖領域の維持と回復をメインにするために首飾りの杖を右の掌に握りしめた。
サリーは武器と呼べるものはミスリルの杖しかないのでそれを手にした。
ラルフ少年はアルパカ銀の剣と小盾。
パーティの並びも上記の順番。
私が前衛兼アタッカー、エミーは聖領域での結界維持、サリーは小さい火系魔法を準備して後方から援護、ラルフ少年は後方の警戒と、エミー、サリーの警護。
「それ……重くないんですか?」
二本の武器を持っている私を心配して、エミーが訊いてくる。杖は普通に考えれば片手で持てる重量ではない。
「うん、大丈夫。メイスとして使うときは……」
ちらり、と右腕の袖をまくって、第二右手を見せる。相変わらず出した直後は赤黒い。
「ヒッ……」
怖がるエミーを見て、意地悪にもニヤリと笑いかける。さっきは左腕をちゃんと修復できたけど、落とされていたらカイリキーに進化するところだった。それがパワーアップと言えるのかどうかは微妙なところ。右手が二本あることに違和感を覚えなくなっている自分がちょっと怖くもある。
「よし、準備はいいねー? 突入するよ」
そう言って、塔一階にある、大きな木扉に手を掛けた。
ちっ、施錠してあるなぁ。
こういうところの錠前は機能的、装飾的にイマイチだけれど歴史的価値があったりして、無骨な感じは是非コレクションに加えたい。
「壊しましょうか?」
サリーの鼻息が荒い。
「ううん、くり抜く。――――『風刃』」
空いている第二右手を振るって、アーチ状に扉の周囲ごと切り抜く。こうなると錠前の実用性を疑いたくなる。
「姉さん、その腕は……?」
サリーが私の右手の違和感に気付いた。
「ちょっと日焼けしすぎちゃった腕でね」
「右手が二本あるように見える……」
ラルフ少年もツッコミを入れてきた。
「目の錯覚だよ、影だよ影」
首を捻る二人を置いておいて、召喚光球を三つ展開する。そのうちの一つを、扉がくり抜かれた塔の内部へと進行させる。
「いでっ!」
光球が攻撃された。光球が消滅する。
「下がって!」
本体に戻った私は警戒するように叫ぶ。
いきなり攻撃された。魔法的なものじゃなくて、刀? みたいなので一刀両断された。これはスキルだ。『強打』かもしれない。
私は二つの武器をしまって、黒鋼のメイスを取り出す。
「―――『筋力強化』」
自分に強化魔法を付与。
しばし待つと、塔の建物の中から、ゆらりと………元の世界の日本式甲冑に身を包み、反りの入った刀を持った大男がゆっくりと歩みを進めてきた。
「カタ……」
武者みたいだ……。
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【サムライ・グソク】
LV:29
種族:インセクト(ヒューマン)
スキル:威圧LV1 気配探知LV2 強打LV2(汎用) 高速突きLV2(汎用) 長剣LV3 両手剣LV3
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何と、この姿形で虫ですと?
顔の部分は確かに人間の骸骨で、その口が鳴らした音は、呼吸音や声ではなく、歯と歯が当たる音だ。
「カッ、カッ」
予備動作なしで私に突っ込んできた。走りながらサムライ・グソクは刀を両手に構え、後ろに引いた。
「―――『泥沼』『土拘束』」
走ってきたサムライ・グソクは泥沼に足を取られ、足元を固められる。
がくん、と魔物の足が止まる。
けれども、足を抜いて―――じゃない、もげて―――勢いはそのままに片足で跳んできた。
「なっ!」
驚きが口から出る。跳んでくる魔物を、メイスを回して上から叩こうとする。
「ふん!」
サムライ・グソクは刀を振って私の胴体を狙ってきた。それは人間の関節の動きではなくて、蛇腹のように、鞭のように、しなりながら横薙ぎにされる。
素早くメイスを引き戻し、体の前に固定する。
ギッィィィィン
金属と金属が叩き合う音が耳障りだ。
手が痺れた。
サムライ・グソクはすぐにバックステップ、だけど片足なので着地のバランスを崩した。
「―――『火刃』『火刃』」
Xの形に火刃を投げつける。サムライ・グソクは二本の火刃の交点を狙って一閃する。
バッ
短く火が消える音がして、火刃は霧散した。
サムライ・グソクの骸骨が少し笑ったように見えた。
反撃に移ろうとするサムライ・グソクだったけれども、実はそれでは火は消えていない。蛇腹の両腕から煙が立つ。
「痛みは感じないけど、熱さは感じるわけね。―――『火球』」
ここで火球を十発ほど発動して、一度に投げつけた。
ポポポポポーン
あいさつの魔法みたいな軽い音を立てて十発の火球がサムライ・グソクに飛んでいき、着弾する。
「ガッ……カカカカッ」
間もなくして火だるまになり、躰のところどころに穴が空き、中の体液が蒸発する音か、ジュウジュウと美味しそうな匂いを漂わせた。
この匂い………覚えがある。巨大ムカデのステーキだ。そうか、このサムライ・グソクの元になったのはムカデの魔物なのか。
サムライ・グソクは右手に握っていた日本刀(にしか見えない)を落とした。
熱によって関節が縮んで座り込む。全体が少し小さくなったようにも見える。
「ムンッ」
達磨落としの要領で、サムライ・グソクの節を一つ、横に打ち払う。真っ二つに分かれて、体が地に落ちた。すでに死亡しているのか、下半身の方には魔核が露出している。
黒鋼のメイスを器用に使って魔核を回収、完全に動きが止まり、名前が『サムライ・グソクの死体』になったのを確認する。というかバラバラにしちゃったので、各パーツについて『鑑定』をしていく。
未だ入り口から塔の中に入っていないというのに、いきなり検証項目の多い襲撃を喰らった。
「むむ……」
まずは刀。これはちゃんとした日本刀だった。この世界に日本という国や地域があったとしても、この刀はオーバーテクノロジーの産物に思われた。銘品、とまでは行かないだろうけど、数打ちにしては品質がいい。
「触って大丈夫……なのか?」
「うん……特に刀に仕掛けはないねぇ……」
とりあえず私のコレクションにしよう。
輪切りの状態になった肉片は、ちゃんと虫の躰をしていた。外骨格の内周に筋肉、中心に神経束。体液は……赤かった。
頭部を調べてみると、骸骨の周囲には頸骨が残っていて、この部分はしっかり人間だ。頭骨を割ってみると、干涸らびた梅干しのような器官が存在した。
そっと触ってみると、カサカサと乾燥していた。ここに体液が循環していない、と見るべきかな。これは脳の名残だ。では本物の脳はどこにあるのか、と言えば、魔核の周囲の神経が密だったことを考えると、この辺りが脳機能を代行していたものと思われる。
ちなみに魔核は下半身と胸部分の二カ所にあり、その両方ともに神経が密になっていたから、人間と同程度には知能があった可能性がある。
とりあえず、死骸の全てを大きな麻袋に入れて、『道具箱』にしまってしまう。ついでに、扉についていた、無骨な鋳造錠前も回収した。鍵はきっと内部にあるだろうから家捜しするとして。
「さ、内部探索を再開するよー」
私が軽薄に言うと、後ろの三人は、露骨に顔を顰めた。
――――レア魔物回収大会になってきたわね……。




