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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ブリスト方面波高し
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塔の戦場3


【王国暦122年10月12日 7:13】


「シャァァァァァ」

 短剣が突き出される。

「ぐっ!」

 体を横に捻って短剣を回避。あのブリジットだと、しなやかに剣筋を読ませないように攻撃してきたけれど、このカサンドラはとにかく直線的ながら速い! これが彼女の地力に依るモノなのか、魔物化しつつある能力の底上げがあるのか…………。


「シャッ!」

 刃渡りの短いダガーは出も速い。くそ!

 左腕は二の腕を切られている。骨までやられたかもしれない。

 バイザーを被っていて、痛みと左腕が使えないことによるバランスの崩れで防戦一方だ。

 不意打ちにしてもこれは!

 速い!

 スキルを!

 使う!

 ヒマが!

 ない!


「ヒュッ!」

「ふっ!」

 屈んで回避、そのまま足払いに入る。

 カサンドラには跳んで回避された。距離を取られて、すぐに元の間合いに入られる。

 人間のスキルを持った魔物、しかも速度特化、これは! 未経験の強さだ!


ヒュヒュ!


 体術も絡められながら攻撃される。

「チィッ」

 見ろ! カサンドラの動きを!

 向こうは『加速』も使っている。私は肉弾戦系統のスキルを使わない縛り。何の罰ゲームかは知らないけれど、今の状況で私が上回っているものは、反応速度だけ。

「フッ!」

 カサンドラの突き!

 時計回りに体を捻って回避。


 カサンドラの突き!

 左足を軸にさらに回転して回避。


 カサンドラの突き!

 屈んで回避。この姿勢を反撃に繋げる。

 伸び上がるようにして、痛めた左肩でショルダーチャージ!

 左腕から血が迸り、カサンドラに降りかかる。顔の下半分が私の血に染まるけれど、カサンドラはお構いなしに攻撃を続ける。

 カサンドラは右足を引いて対抗して受け止めようとする。

 が、体重が勝っていたのか、カサンドラが怯んだのか、私が勝つ。

 ドン、と肉のぶつかる音。


 痛い、メキメキ音がする。

 しかし! ここが押し切りどころ!

 体勢の崩れたカサンドラの足を引っかけて倒そうと画策する。


「っあ」

 カサンドラの吐く息が聞こえる。

 カサンドラが足を踏ん張る。私の(やわら)の道は遠かったようだ。倒しきれない。

《ノーム爺さん! ウォールト卿!》

《ほう?》

《ふむ》

 私も足を踏ん張り、足に負担をかけつつも反動をつけて右足で下から回転蹴り。

 避けるカサンドラ。しかし、足刀が掠った。どこかを切り裂いた感触がある。

 私はバク宙の要領で、真っ直ぐ後ろに回避。

 追おうとするカサンドラの右足は――――。


「!?」

 がくん、とカサンドラの右足が沈む。さすがノーム爺さん、ナイスタイミングで周囲の土を柔らかくしてくれた。

 引き抜こうとして左足に力を入れるカサンドラ、しかし、その左足も沈む。

 短剣を向けようとしたけれど、その顔は闇球で覆われていて、あらぬ方向に差し出されて空を切る。


 やっと。やっと!

 スキルを使う隙間ができた。

『雷の杖』を『道具箱』から取り出す。

 カサンドラはさすが上級冒険者、力を入れないように静かに、落ち着いて足を引き抜こうとして――――地面が固まっていて――――動けず。

 困ったように首を振り、笑ったように口を開いた。その口の中、舌の上には小さな花が咲いていた。

「終わりね」

 私は『雷の杖』をカサンドラに触れさせて、軽く電力チャージして、すぐに放出した。私も素手、電気が逆流するけど我慢。


「ガガガガガ」

「グググググ」


 ビクビクビクッ、とカサンドラの体が細かく震える。その目は焦点が合っていない。

 杖を回してカサンドラの右手を潰す。

 ガン、と鈍い音が響く。ダガーが右手からこぼれる。

 カサンドラは呼吸もできず、ただヒュウ、と息を吐いただけ。


 もう一度、触れた箇所から雷撃を放出!

 白目を剥いたカサンドラは、口から煙を吐いた。

 私自身も体中が痺れている。だけど我慢。

 グッタリと茹だっているカサンドラに触れる。

「―――『魔力吸収』」

 遠慮せずに一気にカサンドラの魔力を奪い去る。

 ビクビクッ! と大きくカサンドラの体が跳ね上がった。

 そして、力なく四肢を投げ出した。


「くっ…………」

 これほどまでに私が痛手を負うとは……。汗顔の至り、くそ、面白い脳内ジョークが浮かばない!

 このままカサンドラを放置したら死ぬだろう。それ以前に脳を焼いたから既に死んでてもおかしくない。


 カサンドラを『人物解析』してみる。と、魔物化状態ではあったものの、進行中の表示が消えていた。彼女の顎の下、首の辺りが少し切れていて、あとは鼻血と……これは私が浴びせた血が混ざっているのか、顔の下半分は血まみれだった。

 口の中を開けてみると、花は黒くなって枯れて(焦げて?)いる。そっと茎を持って引き抜くと、短い根っ子が舌からペリ……と剥がれた。


「――――『治癒』『治癒』」

 光系の治癒、水系の治癒をカサンドラに掛けて、次いで自分自身にも治癒を施す。自分を後回しにするとか、何てお人好しだろうと自嘲してしまう。カサンドラの魂が、どこまで自分の『正しい形』を記憶しているかにも依るけど、光系『治癒』で可能な限りの修正をしてくれるはず。


 私のローブは左腕のところがスッパリ切れていた。爆発の衝撃で『障壁』を展開し尽くしてしまい、魔力も抜けて、気も抜けていれば刃で切り裂かれもするか。

 ノーム爺さんとウォールト卿のフォローがなければ、もっと苦戦していただろう。全ては私の慢心のせいだ。魔道具が完璧ではなかったということなんだろう。予想外のことは起こるもの、か。


 いいや。

 敢えて言おう。


「け、計画通り………」

 誰に聞こえるでもなく、強がって、私は言った後に、地面に膝を落とした。



【王国暦122年10月12日 7:18】


『魔力感知』を併用して周囲を探索する。粉塵は落ち着いてきて、視界も晴れてきた。

「エミー! サリー! ラルフ少年! 無事?」

『拡声』も使用して大声を出す。

「無事ですー!」

「大丈夫ですー! お姉様!」

「平気だ!」

 元気のある声が響いた。

 後ろを振り向いて三人の姿を確認する。

 おー、無事だったねー。

 ホッとして、三人に手招きする。カサンドラは動かさない方がいいと判断したから。


 三人が走り寄ってくる。特にエミーはマジ顔で超ダッシュしてきた。

「大丈夫ですか、お姉様!」

「ああ、うん、平気よ?」

 息を切らしたエミーの白い肌が紅潮して、まるで桃みたい。


「ハァ、ハァ………………―――『治癒』」

 エミーが息を整えながら光系の治癒を発動した。

「うおおおおおお」

 強烈に癒される。左腕の感覚が完全に戻る。

「あり……ありがとぉ……ちょっとエミー、もう、治った! 治ったから!」

 暴力的な癒しっていうのもあるんだなぁ……。エミーの根底にある、聖女様らしくない黒い感情も一緒にぶつけられたみたいだ。エミーは完璧超人ではない。その方が魅力的なんだな、なんて、ぼうっとした頭で思う。


「この女……よくもお姉様を……」

 エミーが般若のような顔になる。桃聖女様怖い!

 カサンドラが悪いわけじゃない。フォローする義理はないけど、正確なところを伝えておく。

「この娘ね、魔物化しかけてたんだよ。襲ってきたのは本能か、事前に命令があったからだろうね。もう、こちらを害することはないと思うけど、一応注意しておいて?」

 カサンドラの顔の半分にかかっていた血が……あれ、所々消えてる……? なんじゃこりゃ?


「姉さん、ドングリが勿体ないですけど……念のため、林はもう一回焼いておきましょうか?」

 浮かんだ疑問は、サリーのドングリ発言で一度霧散する。

 ああ、うん、爆風で消火されちゃったんだよね。

「一応やっておこう。『魔力感知』では何も出ないけど、どうも未知のスキルが多すぎるからねぇ」


 どうにも今回の魔物はおかしい。成り立ちが人工的……迷宮的といえば迷宮的なんだけど……。


「――――『火域』」

 サリーが二つの林を焼いていく。『リベルテ』と第三騎士団は多少ウロウロしているものの、私の指示通り、その場から動いていない。もっと独断専行すると思ったけど、意外に律儀よね。


「それじゃ、囚われた騎士の人たちを助けにいく。ここに連れてくるから、エミーは待機で。ラルフ少年はエミーの護衛。サリー、ついてきて」

「はい、お姉様」

「わかった」

「はい、姉さん」

 私たちは、キャリーゴーレムを連れて、戦場に散らばって倒れている、魔物化しつつある騎士達の救助に入った。

 遠目に見える塔は、あれほどの攻撃を(直撃でないにせよ)受けても健在だった。被害を受けないように調整して大規模範囲魔法を使ったけれど、ここだけは上手くいったということかしら。



【王国暦122年10月12日 8:48】


『ターミナル』の除去は、思ったよりも繊細な作業が必要だった。


① ターミナルを殺す

② ターミナルを引き抜く

③ 損傷した神経を修復する


 という手順なのだけど、①については寄生主から引き抜けばターミナルは死ぬ。だけど、生きているターミナルは殺そうとすると暴れて、神経を余計に傷付けてしまう。神経に根っ子を降ろすという、厄介極まりない魔物なのよね。すでに死んでいるターミナルもあって、それは楽に処置ができたのだけど、生きていると難易度が上がる。

 なので、まず『威圧』で動けなくさせてから火系の魔法で瞬殺、茎を掴んで根っ子を静かに引き抜く。

「―――『治癒』」

 光系の治癒で修復。サリーは光系の『治癒』を使えないので、周辺の警戒を担当してもらった。


「手足胴体に寄生されてるならいいんだけどさ、頭部に寄生されてると後遺症が出るだろうね」

「本当にいやらしい魔物ですね」

「うん……」

 損傷した箇所が脳だと、修復したところで記憶障害は免れないだろう。運が悪かった、としか言いようがない。その点で、舌に寄生されていたカサンドラは微妙なところ。どういう経緯で舌に生えたのか気になるところではあるけど。まさか拾い食いをしたんじゃあるまいな。


 カサンドラを含めて、十九名、一応は救出したものの、頭部に寄生されていたのは、そのうちの四名。

 救出した人たちを一纏めにして地面に寝かせると、『気配探知』を三回ずつ、三度発動した。『注意しながらこっちに来てくれ』という合図だ。



【王国暦122年10月12日 9:23】


 ギース卿率いる騎士団有志隊と『リベルテ』が到着すると、簡単に状況を説明した。

「魔物化だと……?」

「はい。出来る限りの処置はしましたので、人間には戻れると思いますけど、後遺症は少なからずあるはずです。たとえば驚異的な身体能力が得られる可能性もあります。逆に精神が不安定だったり、魔物の弱点を引き継いでしまう可能性もあります」

「どんな魔物だったんだ?」

「それがですねぇ、多分キメラなんですよ。よくわからない発祥の生物かどうかもわからない魔物と、木の魔物(トレント)の、二種類のキメラです。ですから、光系スキルを恐れたり、火を恐れたりすれば、魔物化の影響がある、と言えますね」

「なるほど………事後の観察と看護が必要だということだな」

「そうですね。最低でも騎士団やロンデニオン市、国が最後まで面倒を見るべきでしょうね」

「…………」

「もし、手に負えず、本気で対処に困ったら、冒険者ギルド本部のザン・スプリングフィールドかブリジット・オルブライト、またはポートマット支部のフェイ・クィンを頼るといいでしょう。魔物対策の専門家たちですから」

 別に退治の専門家というわけじゃないけどね。

「わかった。感謝する。万が一の時は頼らせてもらおう」

 救護活動を始めている騎士団有志隊を眺めながら、ギースは嘆息した。

「もう一刻の間は動かさない方がいいですね。で、最低一晩は様子を見た方がいいでしょう。可能なら自発的に気がつくまで、ですね」

「気がついても暴れなければ理性が残っているということだな」

「はい。その時は後遺症はあまりない、と言えますね」

 半ば魔物化していようが何だろうが、社会生活が営めるならコミュニティに入れた方がいい。それは私が思う理想であって、第三騎士団やロンデニオン住民が、その結論に至ることは恐らくない。異物(イレギュラー)として迫害されるだろうね。そうならないためにも、後遺症はない方がいいし、特異な能力なんて発現しない方が、きっと本人たちのためなんだろう。


 逃げ道は提示しておいたから、このギース卿本人についての相談もあるかもしれないね。上官の命令を無視しているわけだしね。

「了解した。自然に気がつくまでは、この場で観察を続けよう。貴殿はどうするのだ?」

「塔へ行きます。まだ魔物が残っていますし、そもそもあそこに用事があるんですよ」

「ランド卿か…………」

「あの塔は、どこの所有なんですか?」

「ブリストだな。土地もそうだと聞いている」

「そうですか……」

「なんでも、ランド卿とノクスフォド公は騎士団で同期だったとかの縁で、幽閉場所を提供した、と聞いている」

「ああ、そういう話なんですね」

 権利関係が面倒臭そうだなぁ。誰のモノでもない、と強弁できる環境にはしておきたいな。


「『ポートマットの魔女』殿」

 私とギースの話が一区切りついた、と見たのか、ヴァンサンが話しかけてきた。

「無事……とは言えないが、カサンドラを生きたまま回収してくれたこと、今回の件、本当に感謝する」

 合掌してお辞儀をしてくれた。この挨拶はどちらかといえばグリテン風だ。郷に入りては郷に従え、というわけね。そんな人物がグリテンの冒険者ギルドに登録せずに、言わば非合法な活動をしていたとは、余程の理由があるのかしらね。


「カサンドラさん、強かったですね」

「そうだろうとも」

 ヴァンサンは恋愛感情を持った相手だからか、チームメンバーを褒められたからか、はにかみを見せて胸を張った。

「ああ、そうだ、報酬を決めてなかったんですよね」

「ああ。グリテンの相場というものがわからないが――――持ち合わせもないので、ここで報酬の支払いというわけにはいかないが」

「では、報酬は()()ということにします。このカサンドラさんは完全に魔物化していたらかなり強いです。上級冒険者四名なら押さえつけて、最悪()()をすることも可能かと思います。よって、『リベルテ』の皆さんは、私たちが塔から戻るまで、カサンドラさんの様子を見ながらここで待機。そうですねぇ、最低二日としましょう。その後、カサンドラさんの意識が戻り、問題がないと判断されたら、ブリストの冒険者ギルドへ今回の件を報告してほしいのです」

「…………ボンマット出張所、ではなくて、ブリスト支部だな?」

 カレルを信用していないからだな? と言外に聞こえた。

「そうです」

 信用してません、と素直に肯定した。

「承った。この場を任せるということだな」

 そう、カサンドラを見るということは、使役されていた騎士団員に不測の事態があった場合の対処もしなければならないだろうから。

 私は頷き、深呼吸をした。


 結構な広さがあった林は、サリーの炎に焼かれて可燃物を失い、ブスブスと焦げ臭い煙を立てている。

 うん、ドングリが拾えたのになぁ、と残念なのは私も一緒。だけど、魔物の巣になったらと思うとやはり放置はできない。


「エミー、サリー、ラルフ少年、食事にしましょう。その後、塔に向けて出発するから」

「はい、お姉様」

「はい」

「ああ」

 ラルフ少年の短い台詞がちょっと格好いい。



――――さすがに空気を読んで、ウナギ料理は作りませんでした。





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