騎士団の魔術師たち
「えーとですね、体の中心に『核』があるのを想像してください。そうそう。体中の力を核に集める。力が感じられますかー。そうそう。出来てますよー。いいですよー。じゃあ、その核を……右肩に移動させてみましょう。そこの方、力を抜いてくださいね。慌てなくていいんですよ。そうですそうです。右肩から肘へ。急がないでゆっくり。肘から手首、人差し指に移動させて下さい。いいですねー、出来てますよ―、いいですよー、指先が温かいですかー? そうですねー、ポワーンとしますねー。そのまま維持してくださいねー。指先にだけ集中してくださいねー。他は力を抜いてくださいー。イイ感じですー。左の掌にちょっとだけ力入れてみて下さい-。暖かいモノが生まれた気がしますかー? じゃー、それも右手の指先に送ってみて下さい-。いいですね、いいですね、そのままですよー。上手く移動出来てますよー。それじゃー繰り返して左手から右手に送ってみましょうー。どうですかー、力を集めて、移動させて、右の指先に持っていって下さいねー。そうです、どんどん指先に集めて下さいねー。はい、それを可能な限り続けて下さいねー。力の流れを感じますかー? そうです、波のようなものですー。左手で波を起こして、右手に送るんですー。右手の指先が熱くなってきましたかー? はい、左手から送るのを止めて下さい-。右の指先は熱いですねー? そのまま熱さを感じて下さい-。熱いですねー? 燃えるようですねー? そうしたら、今度はゆっくりとした波で、左手の指先に、右手の熱を送ってみましょう。ゆっくりですよ? そう、ゆっくりです。いいんですよ、ゆっくりです。いいですねいいですね! 出来てますよー? そのまま左手に、右手の熱を全部送ってみましょう。波の通り道、感じますかー? 慌てない慌てない、熱を感じること、体の中を移動させるイメージを持つことに集中してくださいー。よしよし出来ましたよー。いいじゃないですかー、出来てますよー、威張っていいですよー。はい、そのまま左手から右手、往復十回ですよー。大丈夫、出来ますよー。ゆっくりでいいんですよー。考えない考えない、感じるんです。はい、はーい、そこで止めましょう-。はいー、休憩しましょうー」
目の前にいる騎士団の魔術師三人は、私の『休憩』の言葉を聞いた途端、膝から落ちて座り込んだ。あー、最初から飛ばしすぎたかなぁ。
この世界では、魔力は遍在している。本当に、どこにでもある。ただしとても薄く、意識しないと感じられない。
ところが偏在している場所があって、たとえば、それは生物の中だったりする。これは人間に限らず、どんな生き物―――植物にさえ―――凝縮された形で集中して存在する。どうもこれは元の世界の現代知識的に言えば食物連鎖の結果なのではないかと想像している。
「皆さんは、こういう訓練ってしたこと、ないんですか?」
魔力を感じて操作すること。このくらい初歩の初歩じゃんね、と思っていたので、疑問に思って訊いてみる。
「そっ、そんな不思議そうな顔で首を傾げられてもっ……」
魔術師の一人、コイルは、ちゃんと名前の通りデブっちょだ。体力は三人の中で一番無い。歩くだけで息を切らすほど。だけど、魔法の精度が一番高い。
「いえっ、でもっ、はいっ、初めてですっ、でもっ、がんばりますっ」
コイルは息を切らしながらも健気に答える。うん、暑苦しい感じはあるけど、真面目というか、妙に共感が得られるというか。そういえば件のワーウルフ討伐遠征の時、フレデリカの側にいたっけ。背嚢に魔法杖が差してあったのも、何となくアキバにいそうな人種ではないかと錯覚したのを思い出す。
アキバ系と言えば、もう一人の魔術師はミラと言って、痩せた女性……うん、かなり痩せてる……のだけど、見た目に反して体力はあるみたい。ただ、顔色が悪くて、まるで徹夜明けの同人作家みたいな。ペンだこがあれば、うん、この人もアキバにいそう。
三人目は私(の外見)と同じ年齢くらいの男の子、クリス。愛称だけど、本人がそう名乗ったので、そう呼ぶことにする。この子だけはアキバ系っぽくないのだけど、集中力にムラがあって、結果がついてこない感じ。ああーそうだねー、お姉さんとかがエッチなレッスンしてくれたら集中力が増すタイプかもねー。あたしゃしないけどねー。
とまあ、ミラとクリスの名前がフリーとマイトじゃないのが勿体ない気もするけど、まあ、そうなってたら、クリスの声は愛川欽也ですか。おまっとさんです。
「ははぁ……」
この三人、魔術師のくせに、要するに魔力の扱いに慣れていないのだ。魔力制御については全く練習不足で、それで彼らの魔法は威力が弱いのだ。
三人に共通するのは集中力不足、イメージ力不足、体力不足に経験不足。え、全部じゃないかって? んー、いやでもー、本気で防衛の戦力にしようとか思ったら、もう一段二段、高みに上げておきたいじゃないか。
私はいわゆるブートキャンプみたいな、見た目からしてスパルタな教育法は好きじゃない。気付かないうちにきつくなっていく、みたいのが理想だと思うし。
本当はそんな悠長な事は言ってられないんだけど、私の性分だからしょうがない。
「え、あれ、きつかったですか?」
ギアを上げるか、下げるか。一応の意見は聞いてみよう。聞いてみるだけだけど。
「心が……疲れます」
ミラは痩せた喉から絞り出すように言った。
「おおおれっちはまだいけるぜ!」
クリスは元気をアピール。
「なるほど……。今の魔力移動ですけど、皆さんさすがに筋はいいですね」
本当は筋も何もないんだけど、こんなのは練習、練習、練習ですよ。メジャーリーグの元監督も言ってますよ。
ま、教える本人が実はよくわかってなかったりするんだけど。だって、感覚で出来ちゃってる事は言葉にしづらいんだよねぇ。
「ほ、本当ですかっ」
コイルはとても喜んでいる。跳ねそう。
「休憩中ですが、そのまま手を合わせて下さい。合掌です」
三人は素直にはい、と言って合掌する。
休憩とか言って休憩させないとか、本当は酷い魔法教室だったりして。
「今、左手と右手を往復させたと思いますが、今度は循環させてみて下さい。そうです。掌から、肩を通過させて、どちら回りでもいいです。輪にしてみて下さい。そうです、そうです。その間にも、魔力が回復してくると思います。それも魔力の循環に足していってください。この繰り返しが、いわゆる『魔力を練る』というやつです」
「あの……これが……『練る』ですか?」
ミラの質問に私は首を縦に、大げさに振る。
「そうです。練ると良い事、あります。皆さんの魔法攻撃力が弱いのは、体内の核から魔力を取り出して、そのまま撃ち出しているだけだからなんです。これは、素の魔法力が高ければそれだけで強い魔法になるんですけど、素の魔法力だけで魔法を行使している人は……殆どいません。というのはですねー、皆さん、ごく自然に、体内で反響させて、増幅させてるものなんです。意識的にやってるかどうかの差ですね。それと、外部の増幅装置を使うことが一般的ですかねー。有名なのは、それ、魔法杖とかですね」
私は三人がそれぞれ脇に置いていた杖を指差した。
三人は、それぞれ、あっ、と小さな声をあげた。
「他の魔術師の方に訊いてみたことがあるんですけど、火球を覚えて終わり! にしている方が多いそうで。生活魔法は独学で十分習得できるんですけど、これは特に威力調整とかが必要ないので、素の魔力をそのまま使いますよね。結局のところ、魔法の難しい部分っていうのは、火球を覚えた後の威力調整の部分であって、そこをサボってはせっかくの攻撃魔法も宝の持ち腐れというものです」
私が最初に攻撃魔法スキルをコピーした冒険者(もちろんトーマス商店のお客さんだ)は、初級の魔法だけしか習得していなかった。それでもかなり苦労して覚えたらしく、魔力と魔法の何たるかを嬉々として説明してくれたことを思い出す。
ああっ、簡単にコピーしてしまった罪悪感も思い出しちゃった。人の良い、気の弱そうなお兄さんだったっけ。
その後、色々な魔術師を見ていたのだけど、どうにも使用魔力に比べて威力が低いのが気になって、魔力の流れの観察を続けていたわけで。
観察の結果、気付いたのは、『練っている』人と『練ってない』人がいることだった。練っている人は中級以上の魔法を使えることが多く、練っていない人は初級止まりがほとんどだった。つまり、冒険者の初級から中級の壁が『加速』習得であるように、魔術師の初級から中級への壁は、『練る』ことにある。実際に規定があるわけではないけど、類例の多さから断言していいものと思われる。
私も最初は、見よう見まねでやってみたのだけども、その時は上手く『練る』ことはできなかった。
殺した勇者から『魔力制御』をコピーできてから、その理屈というか、方法というか、『練る』には何が必要なのかが一発で理解できたのが大きかったかなぁ。
あれはフレデリカの前に召喚された勇者で、魔法使いタイプだった。
実は―――今の私の中級以上の攻撃魔法スキルの幾つかは、この勇者が(訓練もしていないのに!)持っていたものだ。もちろん、一度も、試用をさせる時間さえも与えずに葬って奪ったけど。
ぶっちゃけ、あの勇者が育っていたら、と思うとゾッとする。接近さえ出来ずに広域殲滅魔法を使われたらアウトだし。魔法の使い方の研究も、私みたいな片手間じゃなくて本格的に対人で修行されたら、隙を見つけるのが難しい相手になっていただろう。
ホント、勇者が育つ前の、召喚直後くらいしか、安全には殺せないんじゃないかなぁ。先の『限界突破』の勇者なんて、スキルレベル上げに注力されてたら、隙を見つけても勝てないんじゃなかろうか。
まあ、たられば、で自分が負けるのを想像するのは健全じゃないか。
今は目の前の連中に説明をしなければ。
私は三人に視線を移して、ジッと見ながら、ゆっくりと告げる。
「要するにですね、皆さん、『練る』ことをしてないんですよ」
「えっ、私がっ習った時にはっ! そのようなっ事はっ、言われませんでしたっ!」
まだ息が切れているコイルが、鬼の形相で反論する。別に怒ってるわけじゃないと思うけど、この人は表情が極端なのかも。笑いながら怒ったりしそう。
「魔術師に流派があるのかは知りませんが……。聞いたところによると、『練る』ことをまるきり教えてない方が多いとか」
「あの……確かに……そうですが?」
「魔法に関しては固定観念を捨てて下さい。どんなものも想像の通りになる。そう信じて下さい」
「ぎょぎょ教会の神父ぷぷさんみたいだ!」
落ち着けクリスよ。さ○なクンみたいだぞ。
「あー、まー、そうかも知れませんね-。ただ、魔法は人が扱える力であり、概念に留まるものではありません。実際に事を成す、理です。練り、練り、練り、練り………………このように。―――『火球』」
「おおっ!」
「私たちの火球とは魔力の……濃さが違います!」
「すすすすげー!」
あ、これはヤバイ。
ちょっと練り過ぎた。
この火球を維持したまま保持しているのは、かなり熱いかも。
上空に向けて投げても被害がありそうだし、地面に向けても危なそう。あー、角度付けて飛ばせばいいかなー。どこまで飛ぶかわかんないけど、海に落ちるだろう、多分。
「とりゃ」
ポートマットは南側だけではなく、東側も海なので、そちらの方へ向けて射出。
ゴヒュッ!
おー、まるで榴弾だなぁ。風を切る音が聞こえるわー。
三人とも口を開けて見ているのが面白い。
ピュ~…………。
ああ、もう、着弾地点については考えないようにしよう。そうしよう。
「えーと……このように……攻撃魔法の訓練には広い土地が必要そうですね……」
ちょっと赤くなった掌で、私は自分の頭を掻いた。
訓練場の確保、ちょっとこれは切実な問題かもしれない。
ここ、騎士団の中庭は、広域魔法を試射できる大きさじゃないし、今みたいに海に乱射しては船に影響が……。
あ。
今の火球、船に当たってないといいなぁ……。
一応大陸には届いてないと思うけど……。
当たったらごめんなさい……。
んっ?
私と同等の魔力を持っていて、『練る』のも同等だったら……? 大陸間とまでは行かないまでも、船上から攻撃できてしまうのでは……?
この発想に至る魔術師が今までいなかったって事なんだろうか。それとも、この魔力密度で魔法を扱える人間がいなかったとか? 飛距離そのものは風系の魔法も併用すれば延ばせると思うけど、着弾点に関してはかなりいい加減なはず。陸上から船を狙うのは実際に見えてないと厳しい。
逆に、船から町を攻撃するなら、いい加減に撃ってもいいんじゃなかろうか。
んんっ?
フェイやセドリックたちは何て言ってた?
『前回はポートマットに数人、上陸したはずっす。それでも大騒ぎになったっす』
『―――殆どは船を撃退して終わり、と聞いてる』
つまり……。お互いに見えるところまで、魔法で狙えるところまで、敵の船が接近して、それでも撃退できなかった時には上陸戦になって。五名で大騒ぎって言ってたから、ほとんど撃退できてたってことか。そういえば、騎士団が大型弩砲みたいのを倉庫から出してたなぁ。
魔導船は魔術師の魔法を動力源にしているから、当然魔術師が乗船しているわけで、もしかしたら、到着した時には魔力が枯渇しているとか? まあ、実質、上陸部隊しか戦力になってない、ってことか。
過去の襲撃の様子も大事だけど、戦争事は日進月歩、いずれ新しい戦術や兵器が登場するんだろう。『使徒』が止めてるだけかもしれないけど。
それにしても、仮に私が襲撃側だったらどう攻める? 魔法兵は少ないし動力に割かなければならない。上陸しても勝ち目は薄い。っていうか何しにくんの?
でもでも、仮に魔法の効率を劇的に上げる―――練る―――方法が伝わって、それを一般の魔法兵が習得していたら? ということは、この『練る』方法は、軽々しく伝えてはいけなかったのかな?
「あの……師匠?」
ミラの絞り出す様な声に、思考が打ち切られた。
「この『練る』方法は、秘伝とします……。私から直接習わない限りは、他人への伝授を禁じます」
「ええっ?」
一同の疑問の声。
「『練る』ことを広めるのを良しとしない人たちがいるかもしれません。その人たちに目を付けられては、命が幾つあっても足りないことでしょう」
魔術師の『教えない』という教えにも、きっと意味があるんだろう。
「私は、ポートマットも守りたいですが、皆さんの身柄も守りたいのです。折衷案だと思って頂ければ幸いです」
よし、もっともな事を言って誤魔化せたかな。三人の目が涙で光っているわ。
「せんせいっ」
ついにコイルが泣き出した。笑いながら泣いてるなぁ。
「皆さんの覚悟も聞かずに、私も軽々しく伝授してしまい、申し訳ないです」
私が頭を下げると、一同は慌てた様子で、同じように首を横に振った。
「いえっ、せんせいっ! 我々がせんせいのっ、魔法に憧れてっ! 副団長にお願い申し上げたのですっ! どうかっ、頭をお上げくださいっ!」
あー、そういう経緯で呼ばれたのかー。道理でフレデリカが魔法兵たちにドヤ顔してたわけだ。なんだ、私は部下操縦のエサってことかぁ……。
「では、そういうわけで、続きをしましょう。今日は練ることにひたすら慣れていただきます。死にたくなければ、まずは練りましょう。貴方たちが死ななければ、他人も守れるというものです。さあ、練るのです!」
三人の魔術師は、泣いたような、笑ったような、困ったような、複雑な表情を浮かべて、
「はい」
と短く言った。
覚悟が見える、いい返事だった。
―――ラリホー。