※狙撃装備の開発
【王国暦122年10月11日 19:34】
もはや姿を隠す必要もなくなった『リベルテ』の連中の行動は大胆で、私とは離れた場所を併走しながらも、石室の、丁度真北に陣取ったようだった。
第三騎士団の方はというと、もっともっと東に陣地があるらしく、そこに戻っていった。正直なところ、今から陣地に帰って状況を報告して、態勢を立て直して夜明け前に再出動、というのは体力的に厳しいだろう。何せ、彼らは丸一日、戦場にいたのだから。
私は無事に石室にたどり着いて、エミー作の豆腐フルコースにありつけた。
「張り詰めた神経に、豆腐の優しい味わいが染み渡るようだわ……」
「そう言って下さると、作った甲斐があるというものです」
芋のデンプンでとろみをつけた餡をかけた温かい豆腐、揚げ豆腐、豆腐入り味噌(!)スープ、揚げ焼き豆腐、デザートに豆乳プリン。
ちょっと困惑したのは揚げ焼き豆腐で、これは薄く伸ばした豆腐を揚げてから、タレをつけて焼いて、を二回繰り返したもの。海苔こそついていなかったけど、砂糖と醤油のタレの味わいは、まさに蒲焼きそのもので……。いわゆるウナギモドキよね。
「そのね、ウナギ……ステルスウナギの若い個体の死骸を入手してきたからね、時間があるときに調理しようと思うの」
「似た味の料理を作ってしまったわけですね……」
偶然の一致って怖いですね、などとエミーは言っていた。
「それにしても姉さん、あの『魔力感知』はここまで感じられましたよ」
「うん、何だか飛躍的に伸びたみたい」
「アレはさすがにオレもわかった」
そういうラルフ少年は、旅に出てから成長しているようで、特に感知系のスキルが伸びているみたいだ。ずっと周囲に気を張ってる、ってことなんだろうけど、女心を察知するには悪くないことだと思うよ、多分ね。
夕食後に状況の報告をする。
「すると――――少数の魔物に、この二十人弱っていうのが魅入られているってことですか?」
「うん、多分ね-、使役系のスキルを使う魔物がいるんだよ。そういうのは迷宮にもいるし、『不可視』を同時に使える魔物は記憶にないから、恐らくは……」
「ウナギが首に巻き付いてるとか?」
察しがいいね。私もそう思った。
「そういうことだと思う。だから、ステルスウナギは、まだいると思う。『魔物使役』は本来、魔核を持った存在にしか効かないんだけどね。人間にも効いちゃってるよね。何か理由というか原因があるんだろうね」
これについては皆目見当がついていない。早期に見破れるかどうか……がスムーズな魔物討伐のポイントになると思う。
「上級冒険者でさえも囚われるとか。オレ、自信ないな……」
「うん、それはね、今、対策の品を作る」
「魔道具ですか?」
「うん、魔道具にする。サリー、手伝って」
「はい、姉さん!」
サリーは鼻息荒く頷いた。
【王国暦122年10月11日 21:03】
「皆さん用にはガラス板を加工しただけのもので……姉さんと私用がコレですか?」
「そう、狙撃手はコレを被るものなんだ……」
「そうなんですか……。この棒はなんですか?」
アンテナ……。
「ただの飾りじゃ面白くないので、通信端末のような機能を付けてみた」
「――のような?」
「うん、いつもの通信端末は、どこかにサーバ、中継装置がないと通信できないけど、この二つの通信端末は、それ同士で音声のやり取りができる」
要はトランシーバーよね。こっちが後にできるっていうのも変な話。
「はぁ~。私が青っぽいので、姉さんのが緑っぽいですよね」
「意味はない、意味は……」
私がスナカスⅠでサリーがスナカスⅡ。それ以外に意味などないわよ。MS少女みたいなものよ……。
「お姉様とやり取りできるなら、私も欲しいです!」
エミーが口を尖らせた。
「うん、時間あるときにね。『手鏡』ならやり取りできたかもしれないね……」
そうだった。『手鏡』も中継器があればいい、ってだけで、ピアツーピア接続だったから、通信が可能だったかもしれない。
バイザーは全部で十個。うち、スナイパー用が二個。
「狙撃時にはバイザーを降ろすと、物凄く遠くまで見える。暗くても見えるし、音も見えるし、魔力も見える」
大型狙撃用バイザーには『遠見』『暗視』『可視領域変換』が付与されている。私自身はこれらのスキルを使えるのだけど、魔道具を介して見ると察知されにくいのだ。サリーには無いスキルだろうから、それを補う意味で作ったというわけ。
「それで、姉さん、狙撃って………?」
「んーとね、遠くから、使役系の魔物を特定して攻撃する」
「魔法でですか?」
「ううん、弾を投げる」
遠投ですよ、遠投。
「ええー?」
「なーに、出来る出来る。サリーが投げて、私が位置を修正して伝えればいいの」
サリーが狙撃手、私が観測手ね。
「はぁ、頑張ってみます……」
「他の人のバイザーは、魔力情報だけを乱す魔法が付与してあるんだけど……」
「エミー姉さんは魔力感知が使えるからいいとして、ラルフさんは?」
「目に見える情報しか頼れないことになるね。普通、魔力情報も重ねて見てるじゃない? それが使えないから……」
たとえば魔力の大きさだったり、魔法やスキル行使のおこりを見たり。無意識に重ねて見てるから冒険者は強いわけよね。
「いや、大丈夫だ。多分、目を瞑っていても何とかなる」
「おお……」
女三人が感嘆の声をあげた。ラルフ少年が格好良いことを言うと、つい褒めたくなるのは人徳というやつか。
【王国暦122年10月11日 21:44】
私たちが魔道具工作をしている間に、エミーは豆腐を燻製にしていた。
石室内部が燻されてしまいそうだったので、結局排気装置つきのスモーカーも作ったのだけど、調子に乗って色々と燻製にしていたようだ。別に石室の位置を隠さなくてもいい状況になったこともあって、実に大胆に煙を排気口からモクモクと出している。
「もっと色々試してみたいです」
聖女様が燻製に拘るとは……。豚の塩漬けを燻製にして、試食したところ、いやこれが、激ウマだったのだ。要するにベーコンなんだけど、ドングリの殻程度じゃ香りもワンパターンでもあるから、試したくなる気持ちはわかる。
「オレンジの木とかいいとか言うんだけどねぇ。そのスモーカーはもちろんエミーが持っててよ。私やサリーはいつでも作れるからさ」
「図面は記録しましたよ。家庭で塩漬け肉を作っている家は減ってる、ってお婆ちゃんが言ってましたけど、需要はあると思うんです」
「むしろ精肉工場向けを考えた方がいいかもしれない。マイケルは……体で燻してるんだろうなぁ……」
「ああ、あの人、人間なんでしょうか?」
「んー、多分魔物じゃないかな……魔核がどこにできるのかわかんないけど……」
「え、あんなに肉の扱いに長けていて、頭もいい魔物なんているんですか!」
サリーは両手を挙げて驚いた。
「マイケルが本当に魔物なのかどうかはわかんないけど、頭のいい魔物ならたくさんいるよ。グレーター閣下とか、相当頭いいよ。ボスクラスの魔物は総じて知能が高いね」
「へぇ~」
「その人が何者であろうと、利益をもたらす存在なら、人間って何でも共同体の仲間として受け入れちゃうんだねぇ」
「何でもかんでも、というわけにはいかないと思いますけど、司教様が言うには、グリテンは見境がない、みたいなことを言ってました」
「うん、冒険者ギルド本部長の秘書さんが、まず魔族だもんね。会話ができる魔物なら、それはもう魔族と言っていいわけだし、人間かどうかとか議論の俎上にも上がらないと思うよ?」
「それなのに、人間同士で、考え方の違いや、信仰する神の違いで争うなんて、本当に愚かです」
エミーは首を振って悲しそうな顔をした。そういうのは、他人には性善説を説くくせに、本人が性悪説で生きてるってだけなんだろうけどね。
だから個人の、それも好き嫌いの問題でしかないのに、宗教の名の下に、組織としてモノを語るから性質が悪い。
「そうだねぇ。あー、十字軍って過去にあった話?」
宗教戦争といえば十字軍だもんね。
「クルセイダーズですね。ありましたよ。グリテン王国の前身の国が騎士団を編成して遠征をしたそうです。その遠征軍が持ち帰った成果を体現したのが、学術都市ノックス、だそうですよ」
さすがに現役シスター、こういう話はスラスラ出てくるね。その時の功績がグリテン王国建国の正当性を証明する根拠だったりするんだとさ。
「オレには難しい話だ……」
ラルフ少年が頭を抱えていたので、話題は燻製に戻った。
「それで、お姉様が言っていた、豆腐の燻製、これは言われてみればなるほど、でしたね」
「うんうん。味付けしておいた豆腐の燻製なら、ほとんどお肉でしょ」
「そうなんです! 新しい美味の発見ですよ!」
「お肉が苦手な人も、菜食主義者の人も食べられるし、いいことよね」
まあ、ベジタリアンの不毛さは宗教に話が戻ってしまいそうだったので、ここで打ち切り。
【王国暦122年10月11日 22:00】
「明日は、朝早くにここを撤収するよ。馬車で移動を基本にするけど、ゴーレムも随伴させる。状況によって使い分けることになるけど、ゴーレムは盾として使うことになるだろうね」
カレンに作った『風神の盾』は、結局自分用のは作ってないんだよねぇ。非常時は突然やってくるものだから、備えておけばよかった。でもずっと何かを作り続けていて、なかなか自分の趣味全開のものは作れていないのが現状だったし……。サリー用のバイザーは久しぶりに趣味っぽいのが作れて満足さ。
勇者オダ辺りが見たら叫び出しそうだけど、これは例によって、ロンデニオン西迷宮の人に教わりました☆ で貫き通すつもり。製作頻度からすると怪しさ満点、実に嘘っぽいけどね。
「石室はそのまま?」
ラルフ少年が聞いてくる。
「うん、一応蓋はしておく。誰かがトイレを使おうとしても、扉を壊さないと入れないね」
「それなら普通に崖の上からするさ」
なに、崖の上の放尿に執着があるようだねぇ……ギョギョ……。
「その後は西へ移動、戦闘状態に入る。エミーは基本待機。サリーは遠距離狙撃以外は手出ししないようにしてね。ラルフ少年は二人の護衛。馬車もゴーレムと同様に私が側にいないと動けないから、先に言った通り、盾として使って。移動中から、索敵は『魔力感知』を主に使って。『気配探知』だと『不可視』適用中の魔物は見えないから。ああ、体温と影は『不可視』適用中でもわかるよ」
「『隠蔽』は足音、足跡でわかるんだっけ?」
「そうそう。陣地の周囲を焼いておくとわかりやすいね」
こうやって改めて対策を考えてみると、『隠蔽』も弱点が多い。光学情報を遮り、魔力情報を遮っても、物体としてはそこに存在する、ということがネックなのね。『不可視』『隠蔽』対策についてはあんまり広めてほしくないけど、まあ、誰でも考えつくことだよね。
「前方向には注意が向くから、ラルフ少年は後ろを主に見てあげるといい」
「後ろ……? 味方が撃ってくる可能性か……」
「うん。悲しくて残念なことだけど、性悪説で動くしかないんだよ。だからコレもあげる」
ラルフ少年に『守護の指輪』も渡しておく。
「設定完了、と。ラルフ少年が任意に発動もできるけど、基本的には自動で発動する。周囲半メトルの円柱状に『障壁』が展開される。直上からの攻撃だと被弾するからね」
「ああ、ありがとう、小さい隊長。大事にする」
「うん、エミーも、サリーも、ちょっと聞いて」
三人の耳目が集まる。
「魔物にも人格や意識はあるって話をしたよね。だからと言って殺さない理由にはならない。これは魔物にもいい人が、人間に悪い人がいるんだから、どちらがどう、って訳じゃないよね。今、自分たちの障害になっているのなら、それが何であろうと排除すべきだと、私は思う。結局、私たちは自分たちの利益を確保する、ってことを大前提にしないと生きていけない」
「極論ですけど、お姉様は食べ物を得ることと同じだと言いたいんですね」
「うん、私の死生観の押しつけだってことはわかってる。何千って人間を殺して、何千って魔物を殺してる私が言うのはおかしいかな?」
「誰しも、自分の死生観の押しつけ合戦をしているものですよ。お姉様はその分、何千という人間を救い、何千という魔物を生かしているではありませんか。お一人で罪を背負おうとしてはいけません」
さすがはシスター、何だか懺悔している気分になってきた……。
「うん、そうする。ま、殺生について考え過ぎちゃいけないってことなんだけどさ」
「難しいことを言っているよな……」
「いいえ、ラルフさん、簡単なことですよ。やると決めたら迷うな、ってことですよね、姉さん?」
「うん、前にも言ったけどさ、サリーの力は簡単に人や魔物を殺せる。力を行使すべき時だと判断したら迷わないでね」
私にしては真面目な顔で言ったと思う。
サリーは、はい、と小さく言ってくれた。
【王国暦122年10月12日 4:08】
五~六時間の睡眠だけれども、野営しつつの馬車移動の間の睡眠時間としては望外に長い。普通は二刻ほどの睡眠の繰り返しだったりするから寝不足になるのは当然なんだけど、今日に限っては精霊たちに甘えて、ちゃんと寝かせてもらった。ウォールト卿が五月蠅い音を出さなくても済んだのは僥倖というもの。
「今日は魔物を退治し、囚われた人間を救出し、迷宮を解放する」
自分で呟いて、なかなか難儀なことだなぁと苦笑してしまう。
「ここに住み慣れてしまった自分が怖い……」
石室から出る時に、ラルフ少年は言った。
「冒険者ギルドに言っておいて、無料休憩所みたいにすればいいよ。盗賊の住処になるよりマシでしょ」
「何かを焼いてたり、燻製の煙の思い出しかないです……」
そういうサリーは、しっかり作ったパン用竈を自分の『道具箱』に入れていた。持ち運びできる竈を持った少女……。世が世なら、食べた人が宇宙に飛んだり謎の生物になっちゃうパンを焼ける職人になっていたかもしれないね。
「燻製は大事だと思います!」
すっかり燻製マニアになったエミーも、スモーカーを『道具箱』に入れてたっけ。
私が石室の蓋を閉めている間に、サリーとエミーは髪を梳き合って、身だしなみを整えたと思ったら、崖下からビュウ、と風が吹き、梳いた行為が無駄になった。
「下に降りたら身だしなみを整えようか……」
「そうですね……」
「それがいいと思います……」
「二人とも大美人なんだから、どんな格好でも構わないと思うぜ」
ラルフ少年が天然ジゴロみたいなことを言ってきた。思わず三人で顔を見合わせる。私の側にいるとスキルレベルが向上しやすい傾向があるのはわかっていたけれど、その流れの一つだろうか。
しかし、『ジゴロ』みたいなスキルなんてないし、『魅了』みたいなスキルはあるみたいだけど、ラルフ少年を『人物解析』しても、そんなスキルは表示されていない。スキル外スキルというやつかしら。
そんなことより、サラッと私を美人から除外しやがったな……。
「『リベルテ』の連中は北側から動いてないね。第三騎士団はもっと東にいるけど、こっちは移動を始めてるね」
第三騎士団は遠く東側に駐屯していたので、もう移動を始めないと、集合時間には間に合わない。集合場所は北西にある林の手前。集合地点からは南に移動することになる。第三騎士団は五十人ほどの大所帯で、後方待機の部隊も一緒に移動しているみたい。速度からすると、ブリスト街道を馬車で移動している感じだ。
今回の狙撃は影の長い午前中か夕方に行いたい。だから日の出直後には配置に着いておきたい。それでこんなに早朝なのだけど、皆さん早朝からお疲れ様よね!
ついでに、一番乗りをしなきゃいけない訳があって――――。
「もう少し西に移動したら、狙撃の特訓するよ、サリー」
「! 特訓ですか、姉さん!」
「お姉様、私にも特訓を!」
「じゃ、じゃあ、オレにも!」
スポ根マンガじゃないんだけどなぁ……。
――――でも、エミーには特訓してみたいかも……。うふふ……。
ホワイトディンゴ仕様デスネ。




