※王都第三騎士団との接触
【王国暦122年10月11日 15:27】
西へ向かうと、石の台地の端はスロープ状になっていて、スムーズに下に降りることができた。
降りてすぐ右(北)にはブリスト街道、ラルフ少年に言われてから気にしていたけれど、確かに馬車が全然通らない。王都第三騎士団と思われる部隊は徒歩で展開していた、ということは、この辺りも戦域になる、と判断していたということか。その部隊も結局歩みを北西方面へ向けていたし、その後は南下したと想定されている。
ブリスト街道の北側も少し高台になっていて、粘土だけではなく、色々な地層が露出していた。色んな理由はあるだろうけど、ブリスト街道は地面を掘り下げて、切り通しで建設されているみたいだ。見ようによっては、水の流れていない運河ともとれる。
ブリスト街道に出てみると、石畳を構成する石材は、今までいた、石の台地と同じものだとわかる。背後には石切場の跡があり、街道建設が終わってからは採石を止めてしまったかのようだ。
もっと西へ行ってみよう。私は、ブリスト街道を、さらに西へ走り始めた。
【王国暦122年10月11日 16:04】
走り始めて半刻、右手の北西方向に魔力の反応があった。生物、おそらくは人間、が五人ほど、東方向、つまりこちらに向かっている。
いきなり遭遇したら危険視されるかな。
別にこちらは善意の第三者なんだから、こちらの存在がバレても構わないか。なら、『魔力感知』をアクティブで撃ってみよう。
「――――『魔力感知』」
―――スキル:魔力感知LV10を習得しました(LV7>LV10)
――――ユニークスキル:限界突破が発動しました
―――スキル:魔力感知LV11を習得しました(LV10>LV11)
「うあっ」
スキルレベルが上がった。上がり方が酷いなぁ。パッシブではずっと使ってたようなものだし、使用頻度だけで言ったら毎日使ってるスキルだもんなぁ。それで急に上がったのかしら。
「もう一回。――――『魔力感知』」
――――ユニークスキル:限界突破が発動しました
―――スキル:魔力感知LV15を習得しました(LV11>LV15)
―――補助魔法スキル:魔力制御LV10を習得しました(LV7>LV10)
――――ユニークスキル:限界突破が発動しました
―――補助魔法スキル:魔力制御LV12を習得しました(LV10>LV12)
「うああっ」
感知範囲がめちゃめちゃ広がった。情報量が多すぎて脳が処理しきれてない!
『魔力制御』も同時に上がったのは、情報を処理するためかっ?
立ちくらみして立ち止まり、膝を突いて呼吸を整える。
「ぬうう……」
歯を食いしばる。
深呼吸を繰り返す。
「…………」
落ち着いてきた。
『魔力感知』はソナーのピンのようなもの。その感知範囲が広がるだけで、これほどまでに疲労するものだとは……。
距離についてはわからないけれど、魔力の点の位置関係については大体把握できた。
情報を整理した結果、大まかに分けて七つの光点群が感じられた。
A 元々こちら方向へ向かっていた群、五名程度
B 林? の中に隠れている群、二名
C 北方向へ急速に移動中の群、十名程度
D 動き無し、止まったままの群、十五名程度
E 大きい光点群、緩やかに動きあり、五名程度
F 赤い光点群、南側の林からEを観察しているような動きあり、五名程度
G Dを横っ腹から攻撃? 牽制? している、赤い光点群、五名程度
うーん、光点の動きだけで推測するのは難しいけど……。
ABCは逃げていて、Dは捕まってて動けず、Eがその元凶で、Fは『リベルテ』かしら。Gは何だろうね?
FGに関しては、光点の色が赤い。これは敵性認定したもの。『リベルテ』が何か私に害を加えてるわけじゃないんだけど、不愉快になっているのが積もって敵認定してるってことか。Gは動きからするとEの別働隊、仲間に見える。
逃げているABCはまあいいとして、問題はDがどういう状況で、EGが何者なのか、ってことだよね。
とりあえずA群に接触してみますか。私のアクティブ『魔力感知』で足が止まっているけれど。
あ、Eの一つがDに直進、その他はFに接近し始めた。F群は露骨に後退し始めたね。
【王国暦122年10月11日 16:20】
「ひいっ! くるなっ! 化け物ぉ!」
A群の光点と接触する。と、いきなり化け物扱いされた。
「―――『拡声』。私は冒険者ギルドポートマット支部―――」
ギルドカードを掲げる。どでかい名前表示も、こういう時は役に立つ。目に見えて男たちの目に冷静さが戻る。
「まっ『魔女』、ポートマットの『魔女』?」
「そうです、落ち着いて下さい、騎士団の方々」
鎧や装備だけを見て、騎士団だということはわかるけれど、どこの所属かはわからない。それにしても『魔女』が、恐らくは悪評だとはいえ、認知されているのは面倒がなくていいわね。
「王都の第三騎士団の方々ですか?」
彼らが名乗らないので、私は業を煮やして訊いてみる。っていうか『人物解析』で見えているからそれはどうでもいい。
「任務中である……故あって名乗ることは憚られる」
生真面目にも守秘義務を厳守しているみたい。
「では、何があったのか伺いたいです。近隣住民の皆さんに被害が及ぶ可能性がありますので」
近隣に住宅なんてないけどね。こういう言い方をしておくと、公僕は明確に拒否できない。
「あ……。む……」
「誰か、死にそうになっている人がいるなら助けたいです。私、特級冒険者です」
「…………」
自分では判断できない、と五人とも口を噤んでいる状態だ。思考硬直にも程があるなぁ。
「待て、非常事態だ。私から話そう」
躊躇しているA群の連中の背後から、移動してきたB群の二人のウチの一人が声をかけてきた。一際立派で豪奢な鎧を身につけている。
第三王子ダニエル…………。
あまりにも平凡なスキル構成……。こうやって見ると、兜を被っているからか、あんまりエドワードとは似て見えない。
「貴様がポートマットの『魔女』か?」
「はい、そうです、殿下。私はポートマット冒険者ギルド所属――――」
「本物のようだな。私は王都第三騎士団団長、ダニエル・ウィザーである。勅命により作戦行動中だ。非常事態により略式であるが貴様を雇用する。これは勅命である」
助けさせてやるから言うこと聞けってか。王様の名前持ってきたけど、略式って言われても普通は証明できないから、こういうのはやらされ損だと思った方がいいよね。
「従わねば三親等以内の親族を処刑することも可能だ」
その後ろにいた副官らしき男が高圧的な態度で補足する。特級冒険者など炉端の馬糞程度にしか見ていない目だ。三親等って、天涯孤独の場合、意味ないじゃんね、と苦笑しつつも咄嗟にアーサお婆ちゃんやドロシーの顔が浮かんでしまう。
うーん、言質を取られるのはいい状況じゃないなぁ。少なくとも、このヘッポコ軍団の下に入るのは自殺行為だ。
「非常事態と聞き及びました。まずは状況をお聞かせ願えますか?」
「勅命を受けるのだな?」
まさに虎の威を借る狐、副官の男は名乗らず(ハイデン・マントルという男爵だ)に、確認をした。副官には向き合わず、ダニエルの方を向いて、
「殿下、非常事態とのこと、状況に対処は致します。どのような状況かお聞かせください」
ジッとダニエルの目を見つめる。
「勅命を受けずとも人としての役目は果たすというのだな。良いだろう」
「殿下!」
「ハイデン、私は騎士団長である。その呼び名をいつになったら改めるというのか……。まあいい。まずは西にいる部隊と合流だ」
今、そこから逃げてきたばっかりじゃないか! とA群の騎士達が非難めいた視線をダニエルに送る。
「殿下は不本意ながら東進の号令を掛けたのだ。それでも行軍に遅れた者を救い出す決断をされたのだ。殿下の御心である。臣下であれば御心に従うがよい」
何この人、非常事態だって言ってるのに殿下の威厳とか尊厳とかが大事なのか? そんな私の嫌悪感は、A群の騎士達も同様だったようで、憤怒の表情でハイデンを睨んでいた。テメエが一番の臣下だっていうなら、テメエが先頭に出て死んでこい。そんな表情だった。
終わってるなぁ、第三騎士団……。第一、第二からは元第四騎士団の脱走者は出ていないという話で、そうなると第三騎士団の管理体制は糾弾されて然るべきだろう。その責任を取るべく遠征したはいいけれど、この体たらくでは……。
ま、貴族ごっこなんぞに興じているヒマはなさそうだ。
ダニエルでもハイデンでもなく、怒りを露わに、今にも東に向かって走り出しそうな騎士に、私は向き直る。
「何に攻撃されたんですか?」
「あぁ?」
喋っていいのかよ? と騎士は一度ハイデンの方を見るけれど、ハイデンが反応を示さなかったので、私の目力に押されて、断片的に語り出した。
「見えない何かに攻撃された」
「どういう攻撃ですか?」
「痺れて、動けなくなるらしい」
「あああ、あとは味方が攻撃してくるようになったんだ」
数人の騎士達が色々言ってくる。情報が錯綜していてまとまりがなく、全然わかんないな。
そうこうしている間に、D群が北に移動、C群が合流……いや、これ、交戦してるんじゃ……? わけわからん。
「お仲間同士で争っているようですね?」
騎士達から視線を外して、西側を見る。それは今、ここの状況への揶揄でもあり、遠くの戦場の現状報告でもある。
「ご……合流する」
ダニエルが怖々言ったけれど、私はジロリと睨んで、それを否定した。
「逃げた方がいいでしょう。混乱した部隊が、混乱した上官に従うとは思えません」
「ぐ……」
今、まさに従ってないでしょう? と首を傾げてハイデンに目で問う。ハイデンは目を伏せた。
「とりあえず私は様子を見に行ってきます。勅命云々じゃなくて、義侠心と義務感に由来するものだとお考え下さい。可能なら部下の方々をお助けするつもりですが――――」
全部敵、っていうなら、何も考えずに『雷撃』で吹っ飛ばせば終了。だけど、一応残っている友軍もありそうだし、何が原因でこの混乱が起こっているのか、未だ不明では、それを確かめるまでは吹っ飛ばす訳にはいかない。
「いいだろう、貴様に任せよう。ハイデン、この者に付いていき、状況を見届けよ」
「なっ、殿下っ、はっ、はいっ、承りましてございます!」
捨てられた、って目になったハイデンは、別に格好いい中年じゃないので憔悴っぷりが可愛いわけではない。
「貴様らは護衛を頼む。後退地点は打ち合わせの通りでよいな?」
「はっ」
ダニエルは、半ば死んでこい、とハイデンに言っているのだろう。過度に持ち上げる、臣下を自称するこの男を、ダニエルは余り好いていない様子だ。というか、王族にしてみれば、どの人間も道具だと捉えているのではないだろうか。
感情の無い命令は、もはやハイデンたちを切り捨てた以降の政争に思考を割いているようで――――部下からすれば、これほどの悲劇もあるまい。
その点ではハイデン男爵殿には同情の念を抱かざるを得ないなぁ。
「むっ」
C群とD群で魔法攻撃を応酬しあっているのが感じられた。急がないと全滅しそう。
「じゃあ、マントル卿、行きましょう」
「あっ、むっ、いやっ、くそっ」
逡巡してからハイデンは項垂れて、どうにでもなれ、と諦めたかのようにゆっくり顔を上げた。
【王国暦122年10月11日 16:35】
林に到着後、ハイデンに『拡声』を掛けて、指示を出してもらう。こればかりは私が叫んでもしょうがない。
「『残存の部隊に告ぐ! 全力で東進し、林を抜けよ! 林を抜けた地点で部隊を再編成するっ!』と、これでいいのか?」
自分の大声に驚きながらも、ハイデンは不機嫌そうに私を見た。
「いいんじゃないんですか。言葉が通じる人は集まってくるでしょう」
肩を竦める。
《ノーム爺さん、石材でちょっと剣を作ってほしいんだけど。石器風の》
《使い捨ての剣じゃの?》
朝の工事でサンプルとして採取していた石材を元に、刃渡り五十センチほどの石剣を作ってもらう。適当な作りだけれど切れ味だけは抜群。切っ先が尖っていないで平たい形になったのはご愛敬か。
「剣が……」
「この程度、剣とは言えませんよ。金属じゃないのが重要なので」
ハイデンは目を丸くしていたので答えた後、『魔力感知』による現状把握に意識を戻す。
指示が通ったのか、C群が全力を出して林に突入した。D群は動きを緩め、一部はE群の突出した個体(E’)へと戻りだした。
その代わり、G群が私のいる位置に向けて移動を始めた。そのことは伝えずに、ハイデンを落ち着かせてから、時系列を追って状況を話してもらった。ランド卿と、元第四騎士団所属の騎士達の脱走について、私が知っていたことに驚かれたけれど、そんなことは王都にいるなら簡単に想像がつくことだ、と言いくるめておいた。チョロいわね。
「今回の襲撃は二度目で、前回は五日前、目標地点は、あの『塔』で…………。塔にはランド卿……が幽閉されており……そこが脱走兵の集合地点だと思われることから、部隊を整列させて突入させたのだが……見えない敵に襲撃された」
「それが、さっきの騎士様が言っていた痺れるような攻撃ですか?」
「うむ、そう報告を聞いている」
「なるほど」
見えなくて電撃による麻痺、となるとやっぱりアレだなぁ。しかし魔物がいるとなると……『塔』が迷宮、もしくは迷宮の一部だとして、活性化しているとでもいうのだろうか。あそこは死んだ迷宮、という話だったはずなんだけど……。
C群が林の中を突っ切ってくる。最低限の防御だけで逃げることに主眼を置いているようだ。
「そろそろ林の中から部隊の一部が顔を出すはずです。部隊の統制を回復させましょう」
「そんなことは言われずともわかっている!」
小娘に小馬鹿にされた、と感じたのか、ハイデンは不機嫌に輪を掛けた。その通り、小馬鹿にもしているのだけど、ファリスの第一、パスカルの第二に比べると、第三騎士団は質が遙かに劣ると感じる。第四騎士団の方がマシなくらいだ。
A群の面子を見ても、ミドルネーム付きばっかりだったし、貴族の師弟で構成された騎士団、って感じなのかもね。それならそれで、才能も練度も統率度も劣るのは仕方がないのかもしれない。そいつらに治安維持、警察機能を担当させていたとか、バッカじゃないのかと思うけど、人材の配分がどの部署でも適切に行われるとは限らない。全員が全員、選ばれた人間ではないのだ。
「いそげっ!」
林の中から声がしたかと思うと、C群が顔を出した。想定通り、第三騎士団の一部だ。
「ギース卿!」
「ん! 副団長殿だ! 全員、抜けたぞ! 副団長殿に集合だ!」
ギース、と呼ばれた男は、背後の騎士たちに指示を出して、全員がそれに従った。へえ、完全に掌握しているじゃん?
「ギース卿、無事であったか」
ハイデンが鷹揚に労うと、ギースは殺意の籠もった目を向け、拳を握りしめ、震わせた。
「~~~~~~」
今にも殴りかかりそうな気配だったギースに、軽い調子で話しかけて、気勢を削ぐ。
「あ、こんにちは。ワタクシはこういう者でございます」
言うよりも見せた方が早いので、ギルドカードをドーンと表示させる。
「あ……ポートマットの……『魔女』? 何故こんなところに?」
「ええ、まあ、訳ありでしてね」
肩を竦める。おっと、南の方からはG群が接近してきた。ゆっくり話している場合じゃないな。
私はポケットに手を入れて、ドングリを数個取り出した。
――――ドングリ弾の出番がついに!




