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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ブリスト方面波高し
404/870

※石室のホテル(二泊目)


【王国暦122年10月11日 5:28】


「なるほど、戦場に遭遇する可能性があるわけか……」

 ラルフ少年が格好良いつもりなのか、顎に手を添えながら言った。

「うん、斥候にいきたいけど……」

「私たちが足かせですか……」

 エミーはあまり表情を変えずに直接的な発言をする。その通りなんだけど、身も蓋もないねぇ。


「私だって自分の身くらい守れます!」

 サリーが力強く言うので頭を撫でて、

「うん、私のわがままなんだけどね。エミーとサリーには無闇に人殺しをしてほしくないのさ」

「おっ、オレはいいの?」

「ラルフ少年は冒険者なんだから、そのうち必ず、そういう機会に遭遇するからね。今はその機会じゃないと思うけれど、心構えだけしておけばいいよ」

「わかった……」

「うん、じゃあ――――


① 状況が落ち着くまで最低一日はここで待機

② 偵察に出て情報収集

③ 安全そうなら移動再開


――――という対応にしてみるよ? ボンマットの冒険者が後ろから追尾してきているということは、ギルドの所長さん―――カレルさんっていうんだけど――――その人は当然把握していて、私たちには黙っていたわけだから、巻き込まれてくれた方が彼らの思惑に合致するんだろうと思う」


 当然ながら王都第三騎士団(と思われる部隊)が展開しているのはブリスト支部経由で情報がきているはずで、重大情報の報告を怠ったとカレル氏の追及も可能な情勢ね。

「それで、監視の冒険者さんたちは大舞台の観察のために引き返していったと」

「うーん、それには異論があるかな。エミーとサリーが魔力を高めたから、気付かれたと思っての行動だと思うよ」

「そう言い切れる根拠があるんですね?」

 エミーがツッコミを入れてくる。

「うん、んーとね、暗殺系のスキルで『隠蔽』っていうのがあるんだ。足音と足跡だけは隠せないけど、魔力も隠しちゃうから、ほとんど気付かれない凶悪なものなんだけど。ただし時間制限があってね」

「そのスキルを使われていたから、私たちが存在を気づけなかったんですか……」

「そうだね。元々、こっちの居場所はあやふやだったんじゃないかな。それで迂闊に近づいてきたときに、エミーとサリーの魔力が高まった。気付いてからは逃げたけれど、時間制限で『隠蔽』は解除されてしまった。そんなところじゃないかな」

「お姉様、それだと、その冒険者たちは、私たちの位置も探っていたことになりますね」

「うーん、確かに。まだ含みがあるね。騎士団の動きだけを探っているなら、最初から西側に移動して、私たちを回避する姿勢をもっと鮮明にしてくると思うんだよね」

 どうにも中途半端な動きだよなぁ。


「でもさ、南からの反応が冒険者、その『リベルテ』? の連中とも限らないし、西にいる交戦中っていう連中が第三騎士団? とも限らないし、交戦相手も今のところ不明だし。やっぱり実際に見ないとどうしようもないよ」

 ラルフ少年が見事な指摘をしてきた。

「そうだね。とりあえずお昼まで待機しようか。サリーはドングリ、エミーは何か変わった食べ物、ラルフ少年は周囲の警戒」

「わかりました」

「はい、お姉様」

「わかった」

 その間に、私は石室の環境改善工事を始めるとしよう。あれっ、おかしいな、何故か土木工事してるぞ?



【王国暦122年10月11日 9:15】


 石室を構成する石は柔らかくて加工しやすい。幾つかストックしておこうっと。

 石室全体を拡幅、暖炉と竈、それに付随する換気孔を開けた。

 穴はもう一つ、壁脇に排水溝、排水口も作った。湿気が溜まりがちになるのと、料理や食器の洗浄に水を使うことがあるから。

 外に出る穴は北方向に向いていて、おおよそ二十メトルの長さがあり、器用にも途中で曲げているので光が漏れることもない。排気口は湯気が出てしまうことを防ぐために、出口側はサメのエラ状に加工、偽装も念入りに行った。ここに恒常的に住む、っていうなら水分回収システムを含めて魔法で運用するところだけど、それほど長居はしないだろう、と思って、この程度にしておいた。

 スロープはトイレに隣接するように拡幅。そもそもトイレを石室に内蔵したかったから、この工事を始めたようなもの。


「小さい隊長、ちょっと来てくれよ」

 ラルフ少年に呼ばれて、外へ出てみる。

「あれが街道だよな。遠目にも立派な道なのに、暫く見てたけど、馬車が全然通らないんだ」

「へえ……」

 着眼点が面白い。石室から見て北側には、言われた通りに街道があり、石畳で幅の広い、立派な道だった。その奥はやはり台地になっていて、木々は生えておらず灰色で、粘土質の土壌みたい。

 北西側は粘土質ではないのか、徐々に木々が増えていく。

「えーと西南西? っていうのか? 真西よりは南側」

 ラルフ少年が指を指す。

「ん?」

「うん、何かあるんだけど、オレの目じゃちょっと見えにくいんだ」

 言われてみると、物凄く遠くに、木じゃないものがある。建物―――。

「塔かな」

「かな?」

 アレが塔、人工物だとしたら、ズバリ、あの辺りがブリスト迷宮跡地のはずだ。


「うん、一度中に戻ろうよ」

「わかった。下には降りない方がいいよな?」

「上がる術がないからね」

 軽く笑って、ラルフ少年を先に中に入れて、私も入った後に、中から蓋をした。


 中に入ると、石室に閉じ込められているエミーとサリーは、忙しく動いていた。

 エミーは何かを練っていて、サリーは石とミスリル銀で、小さいパン焼き窯を作っているようだ。

 泥スープ以外のもの、というお題でエミーは固まっていたものの、私がソーセージを渡すと、すぐにポトフを思いついたようで、それはすでに煮込みが始まっている。鍋やら容器やらはエミーが自分の『道具箱』に入れてたみたいね。

「エミーは、カボチャ? で何を作ってるの?」

 私が話を向けると、

「卵がないんですけど、サリーがコレをくれたので、プディングを作ります」

 と、水で戻し中の寒天を指差した。魔力回復ゼリーの材料を持ってたわけね……。

「乳もないけど、それはどうするの?」

「それは、コレです」

 と、同じくふやかし中の豆……大豆を指差した。ああ、豆乳作るのかぁ……。

 となると、おからも出そうだなぁ。

 しかしなるほど、凝ったもの、っていうと盛大に凝るなぁ。


「サリーの方はパンを作るの?」

「はい。ドングリパンです」

「おお…………」

 アクの強いドングリを使うようで、サリーはアーサお婆ちゃんに習っていたらしく、粉砕してから茹でて茹で汁を捨てる、を繰り返す方法を使ったみたいだ。その粉砕したドングリを乾燥させて粉にして、そのままオールドングリでもいいみたいだけど、今回は小麦粉を混ぜたみたい。生地を練って玉にして、濡れ布巾をかけて放置するところまで見学をした。


「ねえさん、恥ずかしいです」

「いやあ、見事なものだよ」

 こういう、適当に粉砕して強引に混ぜて練って、っていうのはサリーに合う料理法だよね。案外パン作りって大雑把な人間の方がいい、ともいうしねぇ。


 二人とも作業が一段落したみたいで、三人に集まってもらう。

 エミーがドングリ茶を気に入ったみたいで、簡単な土系魔法をマスターしていた。サリーほどじゃないにせよ、魔法の習得に関しては、エミーも十分チートな人物だけどさ……。二人で教え合いみたいな格好になればいいんじゃないかな。



【王国暦122年10月11日 10:02】


「ちょっと調べた感じ、周辺はこうなってるみたい」

 ササッと描いた図を見せながら話す。


挿絵(By みてみん)


「塔があるんですか?」

「うん、騎士団? はコレを目標にしていた可能性があるね。方角は合ってるし、距離も概算だけどそんなものかな」

「後ろの冒険者さんたちが気になります」

 サリーが好戦的な目を向けた。

「まあまあ。不躾に見られているのは腹立たしいけどさ。グリテンの法律でも、冒険者ギルドの規約でも、見ているのが罪になる、ってことはないのよ。王族とか貴族に対してなら不敬罪みたいなのが適用される可能性はあるけどさ」

「交戦状態、っていうのはどうなったのかな……?」

「遠すぎてわかんない。騒がしくはないから、止んでると思うけど。その塔の下か、近くに迷宮跡があるかもしれないんだ」

「お姉様が目標にしていたという?」

 私は頷いた。

「本当ならさ、ここじゃなくて、迷宮跡を根城にしたかったんだよね。復旧しちゃえば安全地帯だしさ、増幅器を設置すれば王都やポートマットに通信端末で短文が送れる」

「便利に慣れると、いざという時に不便に感じるってことか……」

 ラルフ少年が格好良いことを言った。

「豪華な昼食を摂ったら、私が一人で偵察に行ってみる」

「オレも……」

「いや、ラルフ少年はエミーとサリーを守ってよ。戦闘力や魔力じゃなくて、ちゃんと必要な時に勇気を持って守れるのはラルフ少年だけだからさ」


 実はプロセア軍の侵攻があった時、王都第四騎士団との乱戦中に、ラルフ少年は二名の騎士の命を奪っている。これは賞罰の欄にも書かれているし、戦争時は罪に問われるわけでもない。ただ、必要な時には鬼になってくれるだろう。

「わかった。聖女様とサリーちゃんはオレが命を賭けて守る」

 と格好良く言ったラルフ少年を、サリーがへえ、と感心した様子で見上げた。エミーの方は、自然体で頑張ってくださいね、と聖女の微笑みを見せていた。



【王国暦122年10月11日 13:11】


 ポトフは素材の味がそのまま引き出されて、野菜がソーセージの塩気を吸って、実に美味だった。他人に作ってもらう料理は最高だと思うの。ドバドバッと作る泥スープより数段美味しい。

 サリーのドングリパンも、僅かな渋みがアクセントになっていて、実に滋味。

「驚嘆すべきはこのカボチャプディングか……」

 卵も乳製品もないのに出来るものだねぇ。寒天やゼラチンが必須とはいえ、創意工夫には頭が下がる思いだ。さすがに純植物性食品だけなものだから、さらりとしていて淡麗な味わい、食後のデザートなのに一番たくさん食べてしまった。


「お姉様に喜んでもらって嬉しいです」

 そういうエミーだけど、豆乳を作りすぎてしまって、その処理で頭を悩ませていた。

「お豆腐は保存には向かないですもんね……」

 今晩は豆腐フルコースらしいので、偵察も適当に切り上げて帰ってきたいところだ。

「豆腐は作りすぎたら、水気切って、ポトフの残り汁を含ませて、また水気切って、燻製するといいよ」

「燻製!」

「エミー姉さん、これを使いましょう」

 そこでドングリの殻をチップとして使う。

絞りカス(おから)はそのままでも食べられるし、小麦粉に混ぜてもいいし、クッキーやパンになるよ」

「余すことなく使う、素晴らしいですね!」

 こういう廃品利用みたいなことをしているのは、この石室にゴミ処理の仕組みがないから。ここを出る時にはゴミを持ち出してどこぞに捨てにいくしかない。最悪、トイレに捨ててもいいけど、多分管が詰まるのは確定よね。



【王国暦122年10月11日 14:26】


 料理の後片付けをしながら、残った食材の加工を一緒に手伝う。

 こういう時にラルフ少年は手持ち無沙汰にしているのだけど――――。

「料理の一つも出来ないと、女の子にモテません」

 というサリーの一言で、結局参加している。

「サリー、ドングリは余った?」

「あ、はい、中身がないものはこちらに」

 百粒くらいかしら。数えるのもばからしい。サリーから受け取って、小さな袋に、まだ使っていないドングリも一緒に入れて、ポケットに入れておく。

「それ、どうするんですか?」

「投擲に使うつもり」

 何に、とは言わないでおいた。エコ銃弾……うん、ドングリと銃弾って似てると思うの。


 食材加工が終わったところで、一度短文が送れるかどうか試してみる。

「うーん、やっぱり圏外だなぁ」

 最悪の事態――――王都第三騎士団と私の交戦状態―――になったときに、事情を知っている人間がいるかどうかは状況を左右しそう。せめてザンかフェイに知らせておきたかったけれど、仕方がない。


「もし朝までに戻らなかったら、ブリスト街道を東へ行って、学術都市ノックスに徒歩で抜けてね。その時は馬車は置いていっていい。馬アバターはまだ操作できないと思うから。ゴーレムはここから動けないから、同様に置いていって。可能なら石室の蓋を閉めるか、もしくは石室を破壊しておくれ」

「わかりました。ううん、無事に戻ってきて下さい。お姉様に豆腐料理を味わって頂きたいです」

 エミーの縋るような目が潤んで、きつく抱きしめたくなる。けれどグッと我慢。

「うん。料理作って待ってて。予定通りなら夕食までには一度戻る」


 そう言ってから、石室の蓋を開けて、外に出る。

 ビュウ、と風が吹いた。

 石蓋を閉めて周囲に溶け込ませる偽装をする。ちょっと敏感な人なら、ここに空間がある、っていうのは音でわかるかもしれない。偶然発見される可能性もあるけど、普通に考えたら、今の時点でこの蓋を開けようとする人間は、悪意を持って攻めてくる人間だ。


 でも、サリーレーダーがあるから、異状があればわかるはず。『隠蔽』で近づくにしても、索敵範囲外から一気にここまでくるのは仕様上困難だから、今のところは安全地帯と見ていいだろう。


 北側にある粘土をチラリと見る……。

 ブリストよりもお隣のウェルズ王国、カディフの方が陶器は有名だ。

 粘土を調べてみたいけど、これもグッと我慢して、西側に目を向けた。


 遠目に見える塔が、ブリスト迷宮そのものなのか、今のところはわからない。魔力の乱れも感じられないし、あの数十人たちの気配も感じない。これって明らかに異常事態だと思うんだけど、ブリストの騎士団や冒険者ギルドはどうしてるんだろうねぇ。

 っていうか、王都騎士団の増派が検討される事態じゃないかなぁ。


「ま、行ってみるか……」

 多少メンドクサイ、と思いつつも、私は西に向けて歩みを進めることにした。



――――ニキニキ。





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