石室のホテル(一泊目)
【王国暦122年10月10日 19:21】
エミーは本日二度目の泥スープを煮込み中。
毎食コレを食べているような気がするので、美味しいんだけど餌付けされてる気分になったりもする。
あー、虫食いたい……。
まあ、今は森の味覚ということでドングリをどうにかしよう。
「これはすぐ食べられるものね。こっちの方はアク抜き必須ね」
形が違うので、サリーはすぐに覚えたようだ。手先が器用じゃない分、荒っぽい選別作業は得意なのね。
「ここ、空気穴無いんだろう? 煮炊きしちゃって大丈夫なのか?」
ラルフ少年が言ってるのは空気が濁る、程度の認識なのだけど、酸欠を心配したくはなるわね。
「空間も広く作ったし、大丈夫でしょう、たぶん……」
選別したドングリを水に浸ける。浮いてくるのは中身がない。沈んだものだけを選ぶ。
「ホントは天日で乾かした方がいいんだけどね。すぐ食べたいから調理しちゃおう」
フライパンに油もひかずに乾煎りを始める。
「良い匂い……」
「ああ……」
軽く焦げ目が付いたところで火から下ろす。
「あちち……」
殻と薄皮を剥いて、軽く塩をする。
「ほい、摘んでみてよ?」
香ばしい匂いが石室の中に充満している。フフフ、何百年か後に、この石室を発見した人間はこう言うのだ。『古代人はドングリを食べていた』とかなんとか。仮宿だけど、出る時にちょっと遺跡風に細工しておこうかしら。
「んっ……」
三人が一緒のタイミングで煎りドングリを口にする。三人ともカリッ、と音を鳴らした。
「うまっ!」
「美味しい!」
「おいしいです、姉さん!」
三人とも手が止まらず、あっという間に煎りドングリは無くなった。ちなみに私は圧倒されて一粒しか食べていない。
「くっ、とりあえずスープとパンを食べてから、また作ろう……」
【王国暦122年10月10日 20:11】
結局もう二回、煎りドングリを作るはめになった。一回は獣のような三人の食欲で再度持って行かれ、もう一度作って、これは保存食にするから! と待ったを掛けた。
で、もう一度煎りドングリを作り、中身を『粉砕』してさらに乾煎り、出来た煎りドングリ粉を煮出して、これを食後のお茶にした。
「あんまり食べ過ぎるとねー、お腹緩くなるからねー」
「ええっ!」
先に言ってよ! と三人とも非難の視線を向けてきたけれど、獣のように若い力で襲いかかってきたのはそっちじゃないか……。
「あ、香ばしい……美味しいです、このお茶」
「まあ、穀物茶の一種だしねぇ。基本的にはどの穀物も同じ手法でお茶になるはずよね」
コーヒーも同じようなものだしねぇ。
「姉さんは森と洞穴で生きていけますもんね」
「石の中でも生きていけそうだ」
だなんて、冗談を言われながら夕食が終わった。
夕食後、私は石の床に敷物を敷いて、その上でゴロゴロしていた。ラルフ少年は、例のアルパカ銀製剣の手入れをしている。エミーとサリーは何やら魔法の練習をしているようだ。
「ああ、はい、こうですね」
「えっ、ちょっと……」
魔法に全ての才能が集まってしまったと思えるサリーは、エミーがあれほど苦労した召喚LV1をあっさり習得した。
「あ、これが……姉さんが面白がるのがわかります」
エミーが呆気に取られているのは見ている分には楽しいわね。
「じゃー、二人とも、次の段階いってみようかー」
このままじゃ聖女様の面目が立たない。でも、サリーに対しては魔法で負けてもしょうがないんじゃないかなぁ……。
「んとね、作った光球の形を変えてみよう。んーと、想像しやすくて、可動部分があって、手足がなくても動けるものがいいんだけど。たとえば蛇とか」
「蛇ですか」
「蛇さんですね」
これもサリーの圧勝か、と思われたところ、サリーの弱点が出た。絵が下手なんだったね。
エミーの方はとぐろを巻いている形で固定されていて、バネのように伸び縮みしないと動けない召喚蛇ができあがった。観察不足と思われる。
サリーの方は、棒みたいなのを蛇だと強弁された。画伯とか言われるレベルだ。造形センスの欠如が原因と思われる。
「蛇はね、こんな感じ。――――『召喚:魔力蛇』」
私はサンプルに自分で蛇を出して、その動きを観察させた。
「ふむふむ……」
「蛇さんだ……」
二人の観察方法の差も非常に興味深い。エミーは頭から自分の召喚蛇を似せていき、サリーは全体を似せてから細部を詰めていく。
エミーは理屈を踏まえて行動する―――秀才であり、サリーは感覚で理解する―――天才なんだろうね。私が言うのもなんだけど、二人ともチートだよなぁ。グリテン、いや世界でも希有な才能の二人を育てるために私がいるんじゃないか、そんな想像さえしてしまうよ。
半刻もすると蛇の形状固定が安定してきて、そこに意識を移すことも慣れたようだ。石壁の外へも自由に出られるので、面白がって遊んでいたら、不慣れで魔力制御が甘かったのか、二人とも魔力切れの兆候を示した。
「寝ます、ねえさん……」
「お姉様すみません、お休みします……」
「うん、寝てちょうだいな。ラルフ少年も寝ちゃいなー?」
「ああ、うん」
武器や防具の手入れを中断して、ラルフ少年も毛布を被った。エミーとサリーは馬車の中だ。
私は静かになったところで、念のために周囲を探索してみようと、『魔力感知』に集中してみる。
「!」
南側に複数の反応があった。
三つの光点が、私たちから猛スピードで遠ざかっている。なんだコレ?
「?」
もう一方、かなり離れているけれど、北東の方にも何かいる。こちらは五十人ほどが、薄く広がってゆっくりと北東から北西へ向かっている。なんだコレ?
ちょっと待て、落ち着こう。
三つの光点は、おそらく、リー、リーベ……ボクの船……リベルタだ。『リベルタ』の連中じゃなかろうか。わざわざ追ってきたというのか。監視にしてはしつこいね。それとも、まだボンマットの領内なのかしら? こちらは遠ざかってる、ということは、エミーとサリーの練習で大きな魔力が漏れ出して、近づき過ぎていた連中を驚かせ、急速に後退させたと見るか。気持ちは悪いけど脅威度は低いか。
もう一つの団体さんの方は、まだかなり遠い。それにこの石室を狙っている感じじゃなくて、向かっている方向が違う気がする。で、この薄く広がった布陣は、歩兵が、攻めとか防御とかじゃなくて、山狩りとか、探索している動きだ。
こんな夜に、何を探してるんだろう? グリテンで、これほど大勢の人間に一つの動きをさせる命令系統を持つ組織といえば――――。
「これが王都の第三騎士団?」
時系列的には合致するか? 脱走者云々の話は二十日とか一ヶ月くらい前の話だったから……。
① どの騎士団が出るか揉めて王命がでて(三日)
② 出立の準備をしてなんとか出発して(三日)
③ 情報も禄にないまま出発して(歩兵がいるので進軍速度それなり)十日
十六日か。途中にある学術都市ノックスに物資補給で寄るだろうから、まあ、こんなものか? 王都の治安維持を放棄してまで進軍させているにしては、ずいぶんとのんびりしているけど、陸軍の移動なんてこんなものか。もっと少人数の精鋭にすればいいものを、こんな大勢でいかなきゃならない訳があるのかしら。うーん? やっぱり何かあったと見るべきなのかなぁ。十日くらい齟齬があるや。
【王国暦122年10月10日 23:36】
半刻ほどかけて、探索集団の方は北東方向から北西方向へ抜けていった。昨日、『リベルテ』に観察された時に、自分の『魔法感知』の範囲が、精密モードにしたときには、パッシブだとおおよそ五百メトルだとわかった。今は広範囲モードにしているので、おそらくはその倍以上の感知範囲が得られているはず。とりあえず矛先は私たちには向いていない。向かった先はランド卿が幽閉されている場所なのかしら。
問題があるとすれば、向かった先、っていうのは私たちの進行方向でもあるということ。もっと言えば、真の目的であるブリスト迷宮跡にも近い。戦場を通過するにしても、私は大丈夫だけど、隣で寝ている三人を巻き込む可能性もある。エミーとラルフ少年が怪我をするのも嫌だし、サリーに人殺しをさせるのもなぁ。
放置したいけど状況次第ね。
一方の『リベルテ』の方は感知圏外に出てから久しい。こっちはボンマットには関与しない方針、ってカレル氏には言っておいたんだけどなぁ。まあ、カレル氏の言葉を私が信じていないように、私の言葉も信じられてないんだろうね。それにしても、徒歩にしてはなかなかの行軍速度じゃないか。上級、って言ってたから、『加速』LV3などを持っているのかもしれない。
はて、もしかしたら、彼らは、私たちじゃなくて、第三騎士団? の動きを監視しにきているのかな? そう考えると、さしてメリットがなさそうな私たちの追尾よりも説得力がある気がしてくる。
《ノーム爺さん、ウォールト卿》
《なんじゃい?》
《なんだ?》
《二人の索敵範囲ってどんなもの?》
《視線が届く範囲じゃのう?》
《主が昨日召喚闇球を使った距離程度なら感知できるぞ》
《じゃあ、ウォールト卿、その距離を目安に、誰かが近づいてきたり、異状があったら教えてくれる? すごく五月蠅く起こしてほしい》
《あいわかった》
ブライト・ユニコーンもエミーのそばにいるし、まあ大丈夫だろう。
危険地帯を突破することになるかもしれない。大胆にも寝ちゃおうっと。
「おやすみっと」
【王国暦122年10月11日 4:36】
《ゴガガガガガグワオー! ゲシャシャシャデデーン!》
なんだっ?
《ギギギギグーォー! ギャギャギュードーバーン!》
「うるさいっ」
《………………五月蠅く起こせと言ったのは主ではないか》
しれっとウォールト卿が宣った。
《ああ、うん、くそ、ありがとう!》
《どういたしまして》
軽い口調なのが腹立たしいけど、指示通りなので怒れない。って、あの擬音みたいなのが、ウォールト卿の精一杯の『五月蠅い』だとしたら、それを考えて発音したときの卿を想像すると笑いがこみ上げるというもの。
《で? 何か異状があった?》
《うむ。二件ある。両方ともかなり遠いがな。一応知らせておこうと思ってな》
《うん、二件か……》
《一件目は昨日の冒険者だな。南西方向から西に抜けた。この場所を回避している感じだな》
《なるほど》
敵対意思なし、当方との交戦は回避したい、というところか。
《もう一件は真西、複数の魔力の行使、というところだな。精霊になるとわかるものだな》
変な感慨だなぁ。
《騎士団かもしれないね。交戦状態って言える?》
《言えると思う。何かと戦っているのだと》
騎士団数十人が交戦する相手? 脱走した騎士達は十人程度だと言ってたような。その人数相手には大袈裟だとは思っていたけど。これは何かありそうだねぇ。
「お姉様? おはようございます」
と、そこにエミーが起きてきた。
「おはよ、エミー。サリーとラルフ少年も起こしてくれる?」
「はい。……何かありましたか?」
表情を読んだか……寝起きで難しい顔をしてるだけなんだけど……。
「うん、起きたら説明するよ。朝食の用意するね」
「朝食は私の役目ですよ」
キラキラキラッ、と聖領域を振りまいて、エミーがクルッと後ろを向いた。わー、神々しくも可愛らしい……。
思わず後ろ姿を拝んでいると、二人も起きてきた。
「おはよ……小さい隊長、何だ、何かあったのか?」
「ねえさん、事件ですか!」
「…………まあ、とにかく顔と手を洗って、朝食の用意をしながら聞いておくれ」
「ああ、うん、その前にその、一度外に出てもいいか?」
ラルフ少年はモジモジしながら真面目で切羽詰まった顔だった。
「うん? まあいいけど」
今のところ危険はないだろうけど、訝しげに了承し、言われた通りに石室の蓋を開ける。
と、冷たいけれど新鮮な空気が入ってきた。
「ふわぁ~」
「ちょっ、来ないでくれっ」
「何々?」
「いやだから、小用だよ!」
「ああ!」
ポン、と手を打って、そういえば石室にトイレがなかったなぁと思い返す。そういえば馬車にもつけてなかったんだけど、エミーもサリーもどうしてたんだろうね? 私みたいに適当にその辺でってわけじゃないだろうけど……。
石室の中に戻ると、エミーもサリーも、便意があるという。こりゃいかん、ということで急いで外に出て、別のところに穴を掘り、個室トイレを二つ作った。トイレは水洗にして、汚物については申し訳ないけどトイレ下のタンクに溜めることにした。十年もここにいれば満タンになるだろうけど、それはきっと杞憂というもの。便器からタンクへは、一応管を曲げて(土精霊に感謝だ)水トラップにして臭い対策とした。
「エミー、サリー、外にトイレ作ったから、しておいでー!」
「はい!」
「はい!」
二人は叫んだ後にダッシュをして、石室から出て行った。
特にエミーはかなり我慢してたみたいで、泥スープの食材の切り方がいい加減だった。
二人と入れ替わりに戻ってきたラルフ少年は、
「端っこの方まで行ってきた。そこでしてきた。すごい気持ちよかった。迷宮でやるより爽快感があったな」
と、男らしいことを言ってきた。っていうか、東2エリアの大穴に小便をしている一人なのか……。あそこは便所じゃねえ!
「そりゃよかったね。何か見えた?」
「ああ、遠くに道があったよ。あれがブリスト街道?」
「そうかも」
「あと、下の方に石切場があった」
「へぇ……」
少し状況が落ち着くまで、ここを拠点にせざるを得ないかも知れない。だとしたら周辺の情報収集も必要になるかしらね。
三人の朝の儀式が終わった後、私は状況をかいつまんで話し出した。
――――便は一年間我慢してはいけませんダラ。




