※暗殺チームの反省会
ここ二~三日は妙に暑い。
まあ、暑いといっても、うだるような蒸した感じではなく、日差しが強いな、と感じる程度だけども。
一応この国というか島にも四季があって、その季節によって咲く花も違う。
本当は外に出て、薬草やらの採取に勤しみたいところ。
でも、今は、冒険者ギルドのギルド長室(正確には支部長室だ)で、男二人と向き合っている。
「……仮面の暗殺者またも現る、だそうだ」
ボソっと渋面で語るダークエルフ。紫がかった灰色の肌に、エルフと同じく横に長い耳。フェイ・クィンは、この冒険者ギルド、ポートマット支部の支部長だ。
「なんでもな、『ラーヴァ』って通称らしいぞ。名乗ったのか?」
小さく笑うのは壮年に見える髭面のドワーフ。商業ギルド、ポートマット支部の副支部長で、トーマス・テルミー。
「まさか。そんな訳ないじゃないですか……笑わないでくださいよ……」
私は吐き捨てるように言ってトーマスを睨む。暗殺仕事の後は、心がささくれ立っているのか、冗談に対しても余裕がない。その自覚はある。自覚があるから、意識して、話す前に一呼吸入れるようにしている。考え無しに会話すると、ヒューマン語スキルの直訳だと、意思が伝わらない場合があるのだ。その対策として始めてみたのだけど、最近では口癖になっている気がする。
トーマスは肩を竦めて見せた。
「そう言うなよ。悪名が高まるのは、この場合、いいことだろ?」
「……そのくらいにしておけ。……お前も焦らないことだ。……今は……そうだな、ジグソーパズルのピースを集めているようなものだ」
フェイも微かに笑みを浮かべつつ、トーマスと私を制する。
「私は焦っていません。私は冷静です」
あれ、私に飛行空母で特攻願望なんてないんだけど?
「ああ、悪かった。仕事の後はいつもこんな感じだったっけ。ところで『ジグソーパズル』って何だ?」
トーマスがあまり反省していない態度で訊く。それを見て私も肩を竦めてみせて、質問には答えずに渋い顔をする。フェイがそれを見て苦笑しながら続ける。
「……王都の冒険者ギルド本部からもポートマット支部に鳩便で情報が回ってきたぞ。……勇者暗殺は、もはや夏の風物詩、驚くに値しない、とな」
フェイは普段は寡黙だけど、この三人の集まりの時はその限りではないく、軽口も人並みだ。
勇者を召喚するのに必要な魔力を貯める期間は、およそ一年が最短のようだ。それ以下の期間でも召喚そのものは可能。その代わり、勇者の能力に満たない者しか召喚ができない。これも経験則からの推測ではあるけど。
「でも、今回はそんなに楽じゃなかったですよ。今回倒していなければ、相当に強い勇者に育ったと思いますし」
実際問題として、『限界突破』はかなり危険なスキルだったと思う。
一般に言われている『スキル』は、曰く『技能のノウハウ』の時もあるし、単純に技の名前だったりもするし、魔法の名称だったりもする。スキルの存在を感じられている人(冒険者などに多い)もいるし、意識していないのに使える人(職人さんなどに多い)もいる。
一度スキルを覚えると永続的に使えるようになる。加齢で熟練度を示す『スキルレベル』が下がることはあるみたいだけど、下がった人は見たことがない、といわれている。高スキルレベルをいきなり覚えることもある(実証済み)のだけど、いきなり熟練者になるわけではなく、何度か使ってみて、馴染ませる、という手順が必要な場合もある。
まあ、スキルについて研究した本とかがあるわけではないので、他の人から聞いたり、自分で調べたりした結果でしかないんだけど。
なお、スキル発動時には魔力が必要なものもある。攻撃スキルなんかはそうなるケースが多いかもしれない。この場合の『魔力』はいわゆるMPだと思っていい。MPの大きさ、つまり魔力の保有量を示すのは『魔力総量』なる言葉がある。この場合は「魔力(総量)の多い人」なんて表現をする。大量に持っていないと大量に魔力を投入できないわけなので、魔力総量の多さは、それだけ優位の存在であると言える。
「……危険な相手と対峙する……それは毎度のこと、ではあるな」
勇者のユニークスキルが安全だった時などない。それは確かなんだけど、軽く言われると、簡単に対処できたんだろう? と言われているみたいで、あまり良い気分にはならない。
「待機時間も長かったですし。でもまあ、お陰様で警備の裏をかけたわけですけど」
「ウィザー城という場所もよかったよな」
トーマスが補足する。
ウィザー城は、ここポートマットと王都ロンデニオンの中間近くにある。馬車でゆっくり行くと二日ほどの距離だ。ポートマットは、王都の拡大により、最近では衛星都市の一つになりつつある港町だ。王都から見てウィザー城は南西にあり、ポートマットはさらに南の、島南端に位置する。
「今回も、前回も、前々回も。その前も、ウィザー城だったんですけど、他の場所で召喚されたことってあるんですか?」
気になって訊いてみると、フェイが頷く。
「……アマンダと組んでいた時には王都にある王城の離れで召喚されたことがあるな。……さすがに毎度、宮殿に侵入される訳にはいかないのだろう」
「あー、それもそうですねぇ」
私は納得して頷く。アマンダ、というのは私の前任者で、暗殺や短剣スキルの師匠、もといコピー元にあたる。例の金髪カツラの毛は彼女の毛髪で、本人は現在、雲の上に存在する。
「こう毎回、召喚勇者を消されてだな。さすがに次回は根本的な対策をしてきそうだな」
「……たとえば?」
トーマスの不安を、フェイが聞き返す。
「そうだな、たとえば……。最初から物理攻撃を受け付けない防御力を持った勇者を召喚するとか」
「そんな召喚が可能になるまで何年魔力を貯めなければならないかわかりませんね。仮に召喚可能だとしても、毒や状態異常を使って動けなくしてから、設置型魔法で消滅させることになるかと思いますが」
私が即座に対策を述べると、トーマスはニヤリと笑う。
「そう、そこだな。事前にそういう情報を流しておくとするだろ。こっちがその対策を取って毒や設置型魔法を用意していたとしたら、何故バレたか、連中も考えるだろう、ってことだな。そんな感じで故意に穴を作って、情報を流して、我々の情報収集を逆手に取るかもしれない」
なるほど。さすがは年の功というやつだ。トーマスは時々鋭いダンディズムを見せるから侮れない。
「……その意味では、今回は少し怪しいかもしれんぞ?」
フェイの渋面がさらに渋くなる。
「……我々の調査網から、魔力の異常上昇が感知された、という報告があったのが、実行日の十五日前。……報告された場所は王宮だった。……だが、欺瞞情報を見抜いて、ウィザー城でお前を待機させていた。……術師たちが到着したのはいつだ?」
「珠の移動と一緒で、術式開始の三日前ですね。空間移動、もしくはすでに設置されている空間移動装置があるのかもしれません」
空間移動装置は、空間系魔法の一つ『転移』を再現したもので、設置した魔法陣同士を接続させる移動装置だ。精緻な魔法陣作成技術と膨大な魔力が必要とされる。
「空間移動装置が設置されているという根拠は?」
トーマスが訊く。
「術式終了直後に術師たちは簡易魔法陣で空間移動したわけなんですけど、魔法陣が小さかったんですよ。つまり、割と近い場所に移動したかと」
「……なるほど……空間移動の距離は魔法陣の大きさ、つまり充填できる魔力の大きさに比例するからな。……ああ、それでな、事前に王都冒険者ギルド本部の方に、警備の依頼があったのだ。……警備内容は秘匿で、場所は王宮の外、第一層の壁前に立って賊の侵入を防げ、という依頼だがな」
フェイはつまらなさそうに言った。
「あー、冒険者風情を王城であるウィザー城の守備につけるはずがなく、かといって王宮の警備に当たらせるわけにもいきませんしね」
かくいう私も一応冒険者だけど。
「……その通りだ。……そもそも、王宮の守備に冒険者を就かせるわけがない。……それでも配置する依頼を出してきたのは、純粋に人数が足りない、つまり、王都の騎士団はそこにいないということになるからな」
「極めつけは夜間、王都南門からの馬車が普段より微妙に多かったのに、ポートマットに到着する馬車の数が変わらなかったことなんだが……」
トーマスの補足。痒いところに気が付くドワーフだなぁ。私は頷いて、言葉を継ぐ。
「そうなると、特に冒険者ギルドに対してのカマ掛けだと?」
「……そうだな。……少なくとも内部協力者が冒険者ギルドにいるのでは、という邪推は可能だろうな」
「儂は考え過ぎだ、と思うがな。まあ、用心するに越したことはあるまい」
と、トーマスが言うと、フェイも頷く。
「……しばらくは静かにしているんだな。……様子を見ることにしよう。……お前も酷い顔をしている。……昨日よりはマシだがな。……まずは何か食べてから寝ろ」
「―――そんなに酷い顔をしてますか?」
乙女に掛ける言葉じゃないよね、とは思いつつも、昨日水鏡で自分を見たとき、思わず悲鳴を上げてしまったのを思い出す。
暗殺直後はいつもそうだ。罪悪感ゼロではいられない。ただ、フェイ曰く、その感情を持てるうちが華だと。まだ人間でいられるのだと。不安定な自分を自覚して、そのままでいいのだと。それをして『焦るな』と言い聞かされているんだろうか。
フェイとトーマスには、暗殺の片棒を担ぎながらも実行役を私一人に押しつけている後ろめたさもあるのだろう。私はそれに関しては不満はない。いや、全くないと言えばそれも言い過ぎなんだろううけど……。
まあ、それもあって、この二人は私に親身になってくれている。
トーマスは召喚直後の私を匿ってくれた。
フェイは先輩異世界人として、また私が冒険者として生活の礎を築く手助けをしてくれた。
そして、ここにはいないけど、アマンダは生きる術を伝授してくれた。
だから恩を返している、という感覚が一番近いとは思う。
「まあ、もうすぐ昼だしな。『シモダ屋』の魚定食でも食べてくるといいさ。儂は生魚は苦手だがな」
トーマスが肩を竦める。
「……あそこの魚料理は美味い。……本ワサビではないのが不満だが」
「あー、確かに。醤油や味噌はあるのに、本ワサビがないんですねぇ」
過去に召喚されてきた『異世界人』が持ち込んだものとして、醤油と味噌は一般的な調味料になっていた。小麦と大豆はあるから、製法がちゃんと伝わった、ってことだろう。ワサビは、西洋ワサビに近いもので代用している……けど、フェイに言わせると香りが違うとのこと。私は言われてみれば違うかなぁ、という程度の認識でいたんだけど、こうも力説されると違いがわからないと駄目だ、って気になる。
「……もう少し寒い地方で栽培できればな……。……本ワサビも見つかるといいんだがな……」
フェイが遠い目をして語り出したのを見て、トーマスが腰をあげる。フェイは凝り性で、語り出すと長いのを知っているのだ。
「よし、じゃあ、儂はそろそろ店に戻る。お前は明日はヒマか? ヒマだな。よし、朝イチで店を手伝ってくれ」
トーマスが私に声を掛ける。強引にでも気分転換をさせようというのだろう。口調は荒っぽいけど、心遣いは感じる。
「はい、わかりました」
「うん」
トーマスは満足げに頷く。
「……よし、今回はこれでお開きだ。……続報があればまた連絡する」
フェイは立ち上がり、手をかざして結界を解除した。フェイが張っていた結界は風系の『遮音』という魔法スキルで、音声を一切遮断する。こうした密談の場では活躍するスキルだ。もっとも、フェイ自身のスキル構成は盾使いの騎士系統で、隠密行動にはまるで向かない。トーマスに至っては戦闘行動にまるで向いていないのだけど。
「はい」
私も立ち上がって、トーマスと一緒に支部長室を出て行く。
フェイはデスクワークが残っているのだろう。手を挙げてヒラヒラとさせていた。
「じゃ、また明日な」
冒険者ギルドの建物を出ると、トーマスと別れる。トーマスの店は、このギルド前にあるドーナツ状の道路―――要するにロータリー―――を挟んだ、はす向かいにある。つまりトーマスは二分もかからずに店に戻ったわけだ。
ロータリーの中心には馬に乗った女騎士の銅像がある。初代ポートマット領主だとか、その娘だとか、町を救った英雄を象ったものだとか言われているけど、何も説明がないので、銅像の正体については知らない。
ポートマットの街は、このロータリーを基準に考えるとわかりやすい。
北通りは王都に向かう馬車がひっきりなしに通るため、馬車三台が余裕で並べるほどに広い。これは南通りも同じで、港湾機能が南側に集まっているためだ。
元々、南から北に向かって拡張を続けていった経緯があり、古い建物ほど南にある。
いわゆる官庁街、領主の館などは南東エリアにあり、大規模な鋳造施設や製鉄工場もこのエリアにある。南東エリアのロータリー側に冒険者ギルドの建物があり、かつてはここが最北端だったのだろう。その証拠に冒険者ギルドの建物はかなり古い石造りだ。
商店街や商会などは南西に多く集まり、北方向に向かうほどに庶民的になっていく。
北東は騎士団の駐屯地と鍛冶屋街。小規模な職人たちが集う、鉄臭いエリア。
北西はロータリーに近い場所は、広場など公共の施設が多い。住宅街はここから西に延びていて、北方向への拡張が止まり、現在は西方向に街が広がっている。
「んー。何か食え、か」
あまり食欲はない。
だけど、走り去る馬車をボーッと見ていても仕方がない。アドバイスに従って『シモダ屋』に行くとするか。
南通りを渡り、南西地区へ。三本ほど小さな路地を渡ると、『ギンザ通り』に出る。間違いなく過去に召喚された異世界人、それも日本人が命名したものだろう。この世界の、この国が銀本位制を採用しているかどうかは知らないけど。そのわりに通貨単位が『ゴルド』だったりするから、金本位制なのかしらね?
このギンザ通りは飲食店が多い。この世界の常識の一つとして、宿屋が飲食店を兼業しているケースが多い。『シモダ屋』もその例に漏れず、二階が宿泊スペースになっている。南東エリアの建物に石造りが多いのとは対照的に、南西エリアでは木造が多い。シモダ屋も木造の、他の店舗に比べれば狭い店構えだ。店内は昼時ということもあり、そこそこに混んでいる。この世界では一日三食の習慣は一般的ではないから、遅く起きた連中の朝昼兼用の食事、というところだろう。
「あら! いらっしゃーい!」
店の看板娘、カーラが元気いっぱいに来店の挨拶。カーラは、ここが異世界であることを確認させてくれる、目の醒めるような青い髪をした少女だ。
「サシミ定食を。あとお水」
「はーい、サシミ定食ひと~つ! あれ? 元気ないね?」
カーラが声を掛けてくる。見た目の年齢は、私とカーラはさほど変わらない。私の登録年齢と一緒だったりする。ヒューマンなので、もう少ししたら、カーラの方が大人っぽくなるだろう。
「うん、まあ、ちょっとね。食べて元気出そう、とか思ってさ」
そんなに元気ないかな。まあ、ここは誤魔化しておいて正解だろうし。
「そっかー! うん、はい、まずスープね!」
カーラが運んできたスープは、懐かしい香りがした。味噌汁の匂いだ。思わずがっついて啜る。
「……………」
美味しい。何だろう、本当に、体に染み渡るようだ。フェイに言わせると、私もフェイと同じ、召喚前は日本に住んでいたのだろう、と。
フェイも召喚された『異世界人』なんだけど、私よりも、ずっと前に召喚されたらしい。嘘か真か、百年近く前だという。長寿のダークエルフとしては、それでも若造の部類なんだとか。
「はい、パンとサシミ。サシミは今日はツーナとマリンとトラウね」
パンと生魚は合いそうにないんだけど、これは慣れの問題……。『シモダ屋』のパンは白い。つまり小麦で作られていて、ちゃんと二次発酵までさせた、ふわふわのパンだ。日本人なら黒くて固いパンを毎日食べるのは苦痛だろうから、ここにも介入があったものと思われる。
サシミの『ツーナ』はマグロっぽい。割とあっさりした風味で、小型の種類か、若い個体かもしれない。多少のネットリ感があって、これはこれで美味しい。『マリン』はカジキのようだ。味わいはツーナに似ているけど、こちらの方が身が白く、脂が乗っている。『トラウ』はオレンジ色で、シャケかサーモンかマスに似ている。これ、生で食べて寄生虫とか大丈夫なんだろうか。まあいいか。
ちゃんと箸が出てくる辺り、芸が細かい。違和感なく箸をつかってサシミを付け汁(例の西洋ワサビみたいのを醤油で溶いたもの)にチョン、とつけて頬張る。海原○山や○岡さんに怒られそうだ。本当は少量を身に付けた方が経済的で美味しいのだけど。
「うん」
どのサシミも美味しい。周囲の客もパクパク食べているけど、木のフォークでぶっ刺している姿は野蛮に映る。箸で優雅に食べる姿こそ美しいのだ。
ああ、これで米があればなぁ。
前に『シモダ屋』の主人、チャーリーに訊いたところ、米はグリテン王国では栽培されていないのだとか。もっと南方の作物なんだよ、と。
チャーリー本人は米の存在も知っていて、食べたことがあるそうだ。
その弁が示すように、この島は割合北の方にあるんだけど、海流のせいなのか、温暖な気候と言えるだろう。冬は霧がすごいことになっているけども。
「ふう」
一気に平らげて水も一気飲み。
満足した。米がない以外は。
「美味しかったよ」
この世界で『ごちそうさま』は通じにくい。だから代わりの言葉を探すのにはいつも苦労する。
「あ! ちょっと元気になったかな! 毎度あり!」
カーラがニコニコと言う。銀貨を置いて、店を出る。
まだ昼下がりになったばかり。日差しはもう、夏のそれだ。
うん、本当に日本食っぽいモノを食べたら少し元気になった気がする。
フェイの言う通り、召喚前は日本人だったという説には、私自身も賛成。
そう、私は召喚前―――前世―――の記憶がない。正確には何者だったのか覚えていない。ぶつ切れのエピソードは覚えていることもある。
エピソードといえば、アニメとか漫画も覚えてるものがある。
歌や歌手も覚えている。ただ、そういった覚えている記憶を総合して考えてみるに、知識や年代の幅が広すぎた。
これが、私を訳のわからない人物にしているのだ。
記憶が人を作るとすれば、これから私はどうなっていくのか?
これまで通り、暗殺と、暗殺に備えて暮らしていけばいいのか?
もう一つ、そんなシリアスな生き方をしていくには大きな問題もある。
―――刹那的に生きるにしては、冗談みたいな名前だしなぁ……。