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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
旅ロマンはハミングを歌いながら
394/870

※馬車馬の気分


【王国暦122年10月8日 18:16】


 ラナたんをホテルトーマスまで送り届けて、煤けた乙女の背中を見送る。

 ああ、真面目少女(ラナたんは少女と大人、ギリギリどっちとも取れる年齢と見た目だ)が恋の嵐に巻き込まれてしまった。このままジェシカ女史、カミラ女史みたいなお局さんルートを通るか、ベッキーさんみたいな包容力を持つ女になるか、ここが分岐点なんだろうね。

 うん、私はラナたんがどっちのルートを通っても愛でる自信があるね。


 それはそうとして、『第四班』の剣作りに、まる一日を費やしてしまった。普通ならここで家に帰って明日の準備……というところなんだけど、私の一日はまだ終わらない。


 エミーに短文を送ると即レスがあり、『準備は万端です』とのこと。随行者(ラルフ)が増えることを伝えると、『お姉様の決めたことだから間違いはないと思います』と、賛成とも反対ともつかない心境を示す返信があった。聖女様はご不満の様子かしらね。でもでも、旅先では屈強じゃないにせよ、男性がいるのといないのとでは襲われ度が違うのよ。

 まあ、見た目の屈強さも大事だから、ラルフ少年ではいかにも弱そうで、かえって襲われ指数がアップしちゃうんじゃないかという危惧もある。


「肉襦袢パワードスーツとかあればなぁ」

 ああ、その発想は面白いかもしれない。外付けの筋肉の発想ね。確か、元の世界では下着に類するスパッツなんて、重量挙げ競技では禁止されてたりするし、一種の外部筋肉として機能するんだろうね。そうなると強化下着として作れば導入しやすいか。当然だけど、こういう試験は彼にやってもらうしかない。被る下着に強化下着。グリテンに舞う下着戦士…………。うーん、この場合も『蒸着』なのかな。『下着(げちゃく)』! とか叫んだら変身するように……。

 ああ、いけない、まずは工房に降りて、モヤッとしたアイデアをメモに書き留めていこう。


「んー、でもラルフ少年の見た目を魔道具で超強化するよりは、等身大ゴーレムの一つでも連れていた方がマシか……」

 いわゆるゴーレムは魔法生物に分類される。自律意志が存在するかどうか、というのが一つの判断基準らしい。その分類方法で言うと、操縦者が必要な『タロス』なんかはゴーレムとは見なされない。外部の人には違いがわからないだろうけどさ。

 なお、ゴーレムは召喚という手段ではなく、生成して出来上がる。そういえばジュリアスに使役されていた時代のノーム爺さんも作ってたっけなぁ。結構機敏だったし、多数の敵に対してはいい壁になるかもしれない。

「ノームじいさーん!」

《なんじゃーい?》

 サラサラ、と紙に描いた図を見せる。


挿絵(By みてみん)


「こんな形のを、横に二つ並べて、背中に背負わせたゴーレムって生成できる?」

《簡単な形状じゃのう?》

 この製作作業は工房ではできないので、第十階層へと移動して、改めて生成してもらうことにした。


 第十階層の真ん中辺りに、『道具箱』から適量と思われる土を出しておく。

《いくぞ?》

 ノーム爺さんが魔力を込めると、土精霊たちがワラワラ……と集まり、捏ねたり伸ばしたり叩いたりしながら、ずんぐりした体型の人型が成形されていく。

 その背中には、背負子になったバケットシートが二つある。

「おお」

《人を乗せるのかの?》

「うん、ちょっと乗ってみるね」

 ゴーレムに膝を折らせて体高を低くしてもらう。

「よっ、っと」

 それでも少し高い位置にあるバケットシート(の形をした土の椅子)にジャンプして、空中で半回転、後ろ向きに着席しようと――――。


ドンッ


 と、私のお尻アタックに、ゴーレムがふらついた。

「あっ?」

 椅子にお尻がひっかかり、体勢を崩した私は前のめりになって()()した。

《あ……………》

《おいおい、主……》

 ウォールト卿にまで心配されてしまった。

 いてててて……。鼻ぶつけた……。

 ゴーレムも仲良く、前のめりになって倒れていた。

「親近感が湧くわね……」

 ゴーレムを補助して立ち上がらせて、再度、今度はゆっくり座ってみる。

《大丈夫かのう……?》

《うむ……》

 二人の精霊の心配をよそに、何とか無事に着席できた。

「立ち上がらせてみて……?」

《うむ………………!?》

 ゴーレムがバランスを崩して、今度は後ろ向きに倒れようとしていた。

「やば……」

 脱出しようと、椅子の縁に手を掛けて、体重を掛けた瞬間、椅子が地面に落ちた。

 バキィ! と岩の割れる音(音がするんだね!)が鈍く耳に残る。


 椅子ごととはいえ、お尻から落ちた私は、尾てい骨から響く痛みに、声もなく悶えた。

「~~~」

 骨に響く痛みっていうのは、私でも痛い。っていうか痛覚は通常の人と同じなんだから、痛いものは痛い。

《お主の体重が重すぎるんじゃよ……?》

《ああ、我が主ながら重すぎるとは、女子の体面に関わる》

 くそ、言いたい放題いってやがる…………。


「ノーム爺さん、ちょっと椅子の保持に補強入れよう……」

《わ、わかったぞい……。わざとじゃないんじゃ、わざとじゃないぞ?》

 私の怒気にノーム爺さんは謝りながらもゴーレムの補強を始めた。



【王国暦122年10月8日 19:04】


 そして出来たのが、名付けて『キャリーゴーレム』バージョン2。


挿絵(By みてみん)


 改良点は、


① 内部に補強フレームを入れることで椅子を胴体全体で保持、重量物(泣)にも対応

② 運搬移動時に、着席している人間が垂直になるように姿勢を調整、かなり前のめりになった

③ 悪路の走破性を上げるため、補助脚を尻尾の形で設置

④ 足裏に飛び出し式のスパイクを装備

⑤ 指先を固定してフック状に

⑥ 前腕部に障害を排除するための土刃を装備


 というところ。

 バージョン1に比べて、凄くガッチリしちゃったなぁ。頭部は高重心になるのを防ぐために胸部に移動、機械獣みたい。尻尾もあるしねぇ。本体形状がエスモンドに似てしまったのは偶然でもあり、必然でもある。構造部材として、単純な形状を求めたからであり、そうなると楕円の球状の組み合わせになってしまうわけ。


「ジュリアスの時のゴーレムとは逆の発想、仕様だもんね」

《ああ……。ああ見えても、奴はゴーレムと人間が戦うとどうなるのか、知っておったんじゃろうな?》

《儂もゴーレム作ってみたいぞ……》

 ウォールト卿が呟く。え、なに、闇のゴーレムとか、悪の組織みたいじゃん! 作れるの?

《わからん!》

「まあ、折を見て試してみようよ。今日はもう家に帰らないとさ」

《うむ……》

 ウォールト卿の発想は、それが元領主だっていうことと関係があるのかないのか、なかなかにぶっ飛んでるから面白い。どうでもいいことだけど、ウォールト卿には兄弟姉妹はおらず、同じようにアイザイアも一人っ子だ。跡目争いがなかったのは幸せなことだけど、貴族的には綱渡りで褒められることじゃないそうな。ぶっ飛んだ発想は一人っ子にも関係するのかしら……?


 迷宮を出て広場に出る。

 と、パンを焼く香りが漂った。あの四人は自発的かそうじゃないのか、いまだパン焼きを繰り返しているみたい。恐らくだけど、ダリルさんかモーさん、もしくはトーマス辺りが目をつけて出資することになるんじゃないかなぁ。

 それは後で考えればいいや。


「よっと」

『道具箱』から、馬アバターと馬車を取り出して、両者を革紐で接続する。

 リンク、リンク……と。二頭立ての馬アバターにリンクをして…………。んっ? 作った時に一度リンクしてたんだけど、また新規にリンクを求められたわね。『道具箱』に入れると初期化されちゃうんだね。


 迷宮広場にポツポツ、と設置してある魔導灯の仄かな光に照らされた馬車は、馬アバターが黒いから、塗装していない馬車だけが浮いて見える。ニス塗りだけで誤魔化してたんだよねぇ。内装は椅子のクッションだけが完成していないので、この部分だけは未だ木材が剥き出しの状態。寝る前にどうにかしようと思う。

 まあ、こう言っちゃ身も蓋もないんだけど、出発の前日に馬車の試運転をしてる時点でどうかとも思う。いやでもさ、物事にはタイミングというものがあるわけで……。


 自分に言い訳をしながら、馬車側面の扉から、そっと中に入る。

 床が抜けるんじゃないかとか、さっきの椅子脱落がトラウマになっているみたい。でも、この馬車は一応、私の自重を基準に作っているから、相当に丈夫に作ってあるし、内装工事の時に何度も入っているから、大丈夫……。

 馬車の中に入ると、床がギッ、と鳴った。ちょっと怖くなって一度戻る。


「よし」

 何がよし、なのかわからないけど、気を取り直してもう一度中へ。今度は軋む音はしなかった。

 床が抜けたら、その場でガッチリ補強しよう。必要な金属は『道具箱』の中に入っているし、加工に関しても、今日のノーム爺さんとの鍛冶仕事を見ていれば何とかなるさ。


 魔力制御を少し緩めて、馬車の車輪に付随しているサスペンションに魔力を送る。

 私から漏れ出す余剰魔力で運用は可能なはずだけど、何事もやってみないとわからないよね。うん、魔法陣は問題なく作動して、軸に掛かる重量を加減してくれた。仕様では、車輪を使わずにホバークラフトのように滑空するだけの能力がある。じゃあ、最初から車輪を格納できるようにすればよかったじゃないか、と思うんだけど、様式美というものがあって、馬車にはやっぱり車輪がないと、全体のバランス、要は格好が悪かったのだ。

 それに――――あのリニアモーターカー(JR)にだって車輪は付いてるじゃない?


「リンク良好。出発進行!」

 当たり前だけど鉄道じゃないので出発信号機なんかない。でも、気分は大事よね。

 この馬はゴーレムじゃなくて私が操作していて、感覚も制限しているとはいえ一応繋がっているので、馬になった気分でもある。馬車馬になった経験がある人間は、おそらく、グリテンでは私だけではないだろうか。

 比喩としての馬車馬の私がリアル馬車馬になってるのも、何かの皮肉じゃなかろうかと思うけど、どうなんだろうね?


 ゆっくり、ゆっくり走り出す。

 迷宮広場にいた冒険者たちは、不気味な黒い馬が木箱(木目が見えてる)のような馬車を引っ張っているのを目の当たりにして、わっと飛び退いた。モーゼの十戒ほどじゃないから、四戒くらいにしておいてほしい。


 広場から繋がる石畳を通り、迷宮街道に入る手前で、一度制動試験をする。

 馬車側のブレーキと、歩調を合わせながら、馬を減速させていく。

 むっ、馬の減速を早めてしまうと馬車が当たりそうになる。馬車主導で減速をかけていくのが正しいみたいだ。


 制動試験は上々。止まりすぎて怖いくらい。制動装置を持つ方と、動力装置が完全に分かれている状態って、かなり怖いことなんだね。

 馬の首を後ろに曲げて後方確認をしてから、馬車を迷宮街道に入れて、加速を始める。

 同時に、パッシブでの『魔力感知』に注意を向ける。前方の、かなり離れたところに、同じくポートマットに向かう馬車がいる。途中で追いついてしまいそう。

 速度を少し落としつつ、それでも徐々に前方の馬車に近づいていく。


 迷宮街道はポートマットに向けて微妙な上り坂で、普通の馬車は下りよりも速度が落ちる。加えて曲線が一切無い直線道路なので、前方の馬車からは、こちらの姿が(暗がりなのを考慮しなければ)見えないこともないはずだ。

 というか気付いたかもしれず、前方の馬車の速度が上がった。こちらの馬は疲れ知らず、接近は止まらない。


「お、見えた」

 前方の馬車が見えた。荷馬車ではないから公営の客馬車かもしれない。このまま追い抜きは非常に危険、歩調を合わせて一定の距離を保つ。うーん、御者兼馬車馬兼乗客も楽じゃないなぁ。

 前方の馬車の速度がガクッと落ちる。そして、左に寄った。ここは平地で、道の左右に多少のスペースがある。

 退避した、という意思表示だろうか。こちらは歩みを止めないまま近寄る。

 一応、御者席に座り、普通の馬車をアピールしてみる。多分、それは無駄な行為だとわかっているけど、やらずにいられなかった。前方の馬車をついに追い越し、通過時にやっぱり公営の客馬車だと確認する。


 向こうの御者さんが、苦々しい顔をしていたのが見えたので、軽く手を振っておく。パッと見、馬が疲れてしまったようだ。水飲み場や待避施設をどこかに作った方が良かっただろうか。この辺りは専門家じゃないから、ゲテ御者(サイモン)辺りにも訊いてみようかしら。


 西ロータリーに到着、ぐるっと半回転して新西口へ。夕焼け通りは馬車の進入が禁止されているから、馬車の旅、馬車馬の気分はここでおしまい。


 馬車から降りて、馬アバターに接続していた革紐を外して回収していく。この作業は面倒だけど、馬アバターと馬車を駐車場に放置しておくわけにもいかないから、ここで『道具箱』に収納する以外の選択肢はない。

「うーん、面倒な」

 接続をワンタッチにできればいいんだけど、これは要改良かしらね。


 馬アバターの蹄を見て、ゴミが詰まっていないかを確認した後、リンクを切らないまま、『道具箱』に飲み込んだ。

 馬車の方は異常なし、かな。重量物(泣)が乗ってもさすがはイナバってところかしらね。っていうか、物置は人が乗るものじゃないから、百人乗れるのが証明されたところで物置のクオリティには関係ないと思うのは私だけだろうか。

 元の世界のコマーシャルにツッコミを入れながら、実にどうでもいいことは覚えているものだと嘆息して、馬車も『道具箱』に収納する。

「フフフ、馬車も携帯する時代なのよ……」

 誰にも聞こえない独り言を言って、私は新西門へと向かった。ここからは徒歩だ。

 しかし。

 私は馬であったことに慣れすぎたようだ。



――――そして私は四つ足で走り始めた。





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