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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
旅ロマンはハミングを歌いながら
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二つの議題


【王国暦122年10月7日 15:31】


 領主の館、会議室に集まった面々は、それぞれが仏頂面をしていた。

 全員が多忙だったからなのだけど、その中でもトップクラスに多忙なアイザイアが招集したとあっては、表だって文句も言えない状況だ。


「皆、多忙なところすまんな。共有した方がいい案件があったので、報告だけでもさせてほしい」


 冒険者ギルドからはフェイとクリストファー。クリストファーは初参加で、以降はフェイの代理で来る可能性があるとのこと。エドワードが来られなかったための措置らしい。


 迷宮からはセドリック。セドリックが一番仏頂面をしていたかもしれない。

 商業ギルドからはドロシー。ドロシーも多忙なはずだけど、皆ほど不機嫌な顔ではなかった。一番若輩だということもあるのだろう。軽く手を挙げただけで、ドロシーは何も喋らなかった。


 騎士団からアーロン、教会からユリアン。この二人はトップが普通に一人で来ていた。というか、カミラ女史、ジェシカ女史のお堅いお局コンビは、難民キャンプにかかり切りなんだと。トップがヒマなのはいいことよね。


 建設ギルドからは誰も来ない。私が代理らしい。こういう時にギルバート親方が来ればいいと思うんだけど……。職人気質で、この会議みたいなエリートの集まりはあんまり好きじゃないというのと、事務的なお仕事が単純に苦手だから、と拒否されてるのよね。

 私から見れば、ギルバート組みたいな技術屋集団を抱えていて、現在も寄せ集めの建設ギルドをまとめているのだから、事務能力が低い訳がない、と思うんだけど、どうにも任されっぱなしよね。

 ガッドでも引っ張ってこようか、と思うけど、うーん、正直、まだ線が細いかなぁ。

 確かに、建設ギルドで一番多忙なのはマテオだと思うけど、一番余裕があるのもマテオなのよね。彼のバイタリティの源は何なんだろうねぇ。

 領主側は、スタインが不在で、トルーマンが手にしたメモを眺めていた。


「……冒険者ギルド支部から、代理人の追加を申請したい」

 フェイが先に口を開き、クリストファーに挨拶をするように促した。

「――――冒険者ギルドのクリストファー・フィルビーです。よろしくお願いします」

 全員が挙手をして、クリストファーの参加に賛意を示す。もちろん、これは儀礼的なもので、可決されることが前提だ。

「よし、許可する。クリストファー殿、宜しく頼む。クリストファー殿は、『学校』の運営の責任者就任の打診をしてあり、これは内諾を受けている」

 アイザイアが補足をする。参加者からは、軽い感嘆が漏れた。

「――――精一杯やらせてもらいます」

 真面目な顔で言ったけど、セドリックからは皮肉一杯の視線を送られていた。お仲間になっちゃったっすね――――と同情を示してもいた。


「さて、すぐに報告に入ろう。まずは一昨日の娼館への強制捜査の状況だ。トルーマン、頼む」

 トルーマンがメモから目を上げて、参加者に向き直り、口を開いた。


「はい。摘発前には娼館に類すると認定された宿は五軒、一昨日の強制捜査にてそのうちの三軒は病気の温床となる環境を改善できない構造だと判断、廃業させることになるでしょう」

「それは領主権限での強制執行ということですよね?」

 私が訊くと、トルーマンは大きく頷いた。

「その通り、ポートマットでは誰がどの商売を始めてもいいのです。免許の制度がないからです。実質的には商業ギルドに加入しなければ、新規事業を始めたとしても潰されるのがオチですから、真の意味いえば無所属で商売を始める難易度は高いと言えます」

 トルーマンはまくし立てるように言う。全員の理解を確かめてから、説明を続ける。トルーマンにしては何というか、普通の喋り方だなぁ。普段の体言止め口調と、どっちが演技なんだかわかんないや。


「三つの娼館は木造で建物の老朽化が激しく、増改築を繰り返しているため構造が複雑で、風通しが悪く湿気が籠もり、非常に()()()な環境で接客をしていました。客の方はお金を払って病気を移したり、移されたりしていたわけです。従業員たる娼婦、男娼は、お金を貰って―――です。救われない話です。元々、三十軒近くあった娼館ですが、先代ノーマン伯爵の時代に規制を厳しくした結果、生き残ったのが五軒、そしてそのうちの三軒も廃業し、統合されるとしても二軒では、増大する()()を賄うことができないのは自明の理というものです」

 ぶっちゃけ娼婦、娼館が足りなくてヤバイ、と言っているわけね。


 体を売るのには資格は要らないから、個人的に商売をされるのが一番困る。今でも一定数、そういう娼婦はいるはずだ。娼館という形を取ったばかりに、今回のような手入れを喰らうのは良い前例なのか、悪しき前例なのかはわからない。災難には違いなさそうだけど。

 トルーマンが座り、アイザイアが起立して、話を続ける。


「そこで、緊急避難的な措置になるが、商業ギルドの方に、大規模娼館の運営をお願いしたく思う」

 成人するかしないか、といった少女でもあるドロシーに話が持ちかけられた。途端に心配になってドロシーを注視すると、意外にもドロシーは平静を保っていた。


「了承しましょう」

 えー? ドロシーが即答しちゃったよ?

「そうか――――」

「ただし」

 アイザイアの言葉をビシッ、とドロシーが打ち切る。失礼極まりない行動ではあるけれど、この会議は本当の意味で無礼講だ。領主に意見する場でもあるのだから。

 もっと言えば、アイザイアが侮辱罪などを持ち出した時点でアイザイアはポートマットから排除される。()()が求めているのは議長としての領主であって、強権を振るう傲慢な貴族ではない。今回の強制捜査は外部的には強権を振るう領主ではあるけれど、内部的には街の風紀と衛生を保った行動と捉えられている。

 それはさておき、皆はドロシーの言葉を、緊張を保ったまま待った。


「商業ギルドが正面切って運営している、と公言はできません。よって、仮の組織を立ち上げて、それを運営に当たらせます。衛生的な環境を維持するために、()()当たりの料金は高めにせざるを得ません。ここで税金が通常と同じですと、得られる利益はほとんどなく、運営する旨味はない、と想定されます。ここでは税制面での優遇も大いに期待します」

 商業ギルド、っていうかドロシーは運営する気満々じゃないか。ということは、トーマスが乗り気だってことか。


「なるほど、領主側は最大限譲歩しよう。時期はどうなる?」

 これはすでにトーマスとドロシーの間で問答が行われていたのだ、と感触を得たようで、アイザイアが訊く。半ば、少女であるドロシーには辛い案件を持ち出して、試した感があるけど、彼女は見事に打ち返したわけね。もはや、アイザイアにはドロシーを見た目通りとは思えないに違いない。


「漁港機能が西漁港に移転しつつありますよね。その流れで東地区の小さな事業主が西側に移転しつつあります。空き家がいくつかありますので、そこを更地にして、東地区に新しく、中級宿を建てましょう」

 何という思い切りの良さ……。

「そうだな……。場所の選定は?」

「済んでいます。許可さえ頂ければ、そうですね、建物だけなら二ヶ月、従業員教育を施して、実際に運営できるのは三ヶ月か四ヶ月後、と言ったところでしょうか」

 凄いぜドロシー…………。トーマスの入れ知恵があったにせよ、ここまでハッキリ言えるのは凄いことだ。

「わかった。それでも最速なんだろう? 形になったら知らせてくれ。全面的に任せる」

「了解しました。ありがとうございます」

 アイザイアの全権委任の発言を、ドロシーは優雅に了承した。


 うーん、建物はいいとして……二ヶ月後っていうのがまた意味深だなぁ。今建てている迷宮のホテルが一段落してから新規に建設ギルド(ウチ)に発注ってことか。それも私のブリストから帰還後の作業を見越しているわけね。何だ、このスケジュールの詰まりようは……。でもでも、娼婦のお姉さんの調達だとかの方が手間も時間もかかるはずなんだよなぁ。

 それはともかく、トーマスが乗り気なのが興味深い。この場にいないのに、すごい影響力だなぁ。



【王国暦122年10月7日 16:03】


 もう一つの案件は難民対策の進捗状況の報告だった。

 千五百人、正確には千五百五十一人が流入してきて四日目? まだ三日目? 食事は一日一度か二度、加えていかにも原始的な暮らしを強いられている土床の住居は、腰を落ち着けるには半端な環境だったらしく、何名かは体調不良がいたそうな。

「問題はな、その難民の中にも、シフィリスに感染していると思われる人間がいたことでな」

「それは既に治療済み、とシスター・カミラからは連絡がきています」

 アイザイアの問題提起は一秒でユリアンに封殺された。


「あ、ああ、私もそれは聞いている。あとは雇用の問題だ。これから農閑期に入ることもあって、そう多くの雇用が望めない。開拓村を立ち上げるにしても、ポートマット領地で全く手つかず、というのはウィザー城方面の北西部、ボンマット近くの迷宮の西部、海に近い北東部。これくらいで、どれも時間がかかりそうでな」

 北西部は安全保障上の問題があり、他の二カ所は地質、地形上の問題から農地に向かない。


「迷宮の東側はどうでしょう? 今、トーマス商店の従業員宿舎がある場所、あの辺から迷宮街道の北側なら、一定の広さで農地にできるはずです。場合によっては漁業も可能かと」

「例の養殖か」

 はい、と私は頷いた。


「こう言ってはなんですが、迷宮の宿が完備されていない現時点で、迷宮広場には野宿の冒険者がゾロゾロいますし、あの辺りに人間が増えたところであまり状況は変化しないと言いますか。今後、迷宮近辺が街として機能するためには、冒険者以外の人間が少なからず必要でもありますし、公費で住居を建てて、安くない家賃を取れば、『契約』スキルを使うこともなく、実質の奴隷として農作業に従事してくれるでしょう」

 奴隷、とはいうものの、感覚としては契約社員という感じだ。あの奴隷紋は強制力のある社員証みたいなものか……。


「数百戸の公営住宅か…………」

 アイザイアとトルーマンは揃って遠い目をした。その目には、収容所のような建物が映っていたに違いない。

「まあ、確かに、移民者に提供する公共住宅が高級であるはずがありませんので、大体、ご想像の通りの建物ができると思います。建設場所も決まっていませんし…………。色々と着工待ちの案件が増えていますけど、その後になりますよ?」

 何も言っていないけど、建設ギルドは元々領主とズブズブの関係を前提にしている組織だ。大工ギルド、石工ギルドに所属のチームは他にも幾つかあるけど、経営状態はどうなんだろうねぇ。

 住民が建設依頼をする工事案件は小規模なものだし、せいぜい個人宅がいいところ。んー、まあ、棲み分けはできてるのかな? まあ、他の建設業者が干上がって死にそうになっていたら、甘い言葉で囁いて懐柔し、戦力にしようと思う。


「それで構わない。状況が予断を許さないのであれば、領主の館より優先してくれていい」

「わかりました。建設ギルドで承ります。具体的な戸数は指定がありますか?」

 アイザイアはトルーマンに確認をする。百戸ではどうですか、と聞こえた。

「当面は百世帯分を発注しよう。ただし相当に建設費用を下げてほしいのだが」

 そこまで言うなら、徹底してやりましょう。

「了解です。場所は、トーマス商店従業員寮の隣、でいいんですね?」

「うむ。従業員寮の東側で頼む」

 アイザイアは、お金が出ていくばっかりだなぁ……と気落ちした顔をしていた。

「すぐにお金は戻ってきますよ」

 私は元気づける意図などなしに、断定的に言った。

 アイザイアがちょっと元気になったところで、会議はお開きになった。



【王国暦122年10月7日 16:18】


「これ、例の『歌のカセット」です。お納め下さい」

「早いな……………」

「ええ、まあ、録音していたところに短文が来たようなものですしね」

 アイザイアは目を丸くしていた。特急での納品なんて、私には珍しくもないのにね。

 納品を終えて、私はドロシーと連れだって領主の館を出る。


「お婆ちゃんが、今日はアンタが戻ってくるから、って、ごちそう作って待ってるわよ」

「あはは…………。それにしても娼館の件はちょっと驚いたよ。トーマスさんと相談してたんだ?」

「うん、アンタたちが娼館に強制捜査に行ったって聞いて、トーマスさんに詳細を聞いたら、そんな話になったのよ。ついでに迷宮の宿の件も聞いたわ。その手法は街中心部にも使えるじゃないか、ってなってね」

「ああ、そっか、娼館というよりは宿を建てるつもりなんだね」

「そうそう。別室に待機していて、呼ばれていく形ね。これなら従業員は過度の負担から解放されるでしょ?」

 それって、出張(デリ)……ドロシー、恐ろしい子!


「まあ、そうだね。問題は従業員の確保かぁ。ドロシーはさ、女性が体を売る仕事には忌避感はないの?」

 歩きながら、訊きにくいことを訊いてみる。

「あるわよ。だから、従業員(しょうふ)に子供ができても、ちゃんと生活できるような仕組みを作りたいの。間に人は立てるけど、この仕事は、私が、私たちがやらなきゃいけないのよ。トーマスさんに詳細を聞いた時、そう思えたの」

 ドロシーが横を向いて、私を真剣な目で射抜いた。その使命感がどこから来るのか、簡単に想像できてしまって、それはドロシーの出自に関わることで…………。


「わかった。可能な限り協力する」

 私も強く頷いた。必要なら大陸に行って奴隷を購入することも考えなければいけないだろう。でも、本筋は、体を売ることでしか生活の術がない人たちへの救済だよね。私はそこまで重く考えていなかったし、ボランティア精神もなかったから、素直にドロシーの気持ちに感動している。()()()()()()孤児を増やさないように、だなんて、どこの聖人よりも尊いじゃないか。


「うん、ありがと。アンタならそう言ってくれると思ってたわ。東地区にはまだ区画整理されていないところがあるから、それのケリをつけるのに、やっぱり一ヶ月はかかる。着工はそれからってことになるわね」

「ブリストから戻ってきたら、死にそうなくらい仕事が溜まってそうだねぇ」

 今だって死にそうだけどさ。まあ、『不死』スキルが死なせてくれないだろうけどさ。


「ちゃんと溜めておくから、安心して行ってくるといいわ。明日出発じゃないわよね?」

「うーん、明後日のつもりではいる。けど、飛び込みで難民用住宅が入ってきたし、建設ギルドの連中次第ね」

 ギルバート親方がどう言うかにも依るのよね。基礎だけでもやってけ! っていうならやっていくし。


 ロータリーの前まで到着しても、まだドロシーとの話は終わらなかった。

「さっき、議題には出なかったけど、一件、商業ギルドのドロシーに依頼があるんだ」

「何かしら」

 ドロシーが、シャン、と背筋を伸ばした。

「ほら、エールの工房を買収しよう、って話してたじゃない? 今回はエールじゃなくて蒸留酒(ニャック)の工房を探してほしいんだ」

 度数の高いアルコールは消毒に役立つ。是非とも広めたい。

「アンタ、お酒飲めないのに……。探す、ってことは買収じゃなくてもいいのね?」

「ニャックを加工してできるモノが必要なんだよ。だから工房に設備投資をして、それを作ってくれるなら、買収じゃなくてもいい。うん、むしろ製造委託できる工房、という条件で探してくれた方がいいね」

「生産規模はどんなもの?」

「具体的な量はわからないよ。ただ、作るとなると、専門の蒸留施設が必要になると思う」

「設備の追加そのものは必要なのね。ただ、技術的には既存のもので行ける、ということね?」

 凄い、そこまで読まれているとは……。


「そうそう。ただし、作ろうとしているもの、これは扱い方を間違えると爆発する」

「え? お酒が?」

「うん。あまりにも濃いお酒は燃えるし、爆発するよ。逆に、その危険性を指摘しない相手は、交渉するに足りないと言ってもいいね」

「へぇ~。わかった、今度こそ、それは何とかするわ」

 力強く、ドロシーが了承してくれた。これは頼もしい……。


 トーマス商店本店に戻るドロシーと別れて、私は一度建設ギルド本部へと足を向けることにした。

 ちらっと後ろを振り向くと、ドロシーの背中が見えた。それは、少女ではなく、一端の商人の背中に見えた。



――――エドワードは、尻に敷かれる程度じゃ済まないな、こりゃ……。






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