青リンゴ色のチュニック
トーマスからの紹介といえば、ギンザ通り裏の服飾店もそうだ。
今日は夕方にはセドリックとクリストファーが帰還するので、巡回の件やらで打ち合わせがある。そこまでの時間に、網を注文して、買い物もしたかったのだ。
服を買うなら、本当は―――ドロシー辺りを誘って、コーディネイトしてもらうのが楽なのだけど。
どうも私には女子的なファッションセンスには欠けるようで―――。
「ピンクも慣れなかったしなぁ」
今はもう着慣れているけど、それもドロシーから受けた『一週間ピンクの刑』なる、ちょっと妖しい罰ゲームのお陰かもしれない。あの時は一週間ピンク色の服だけを着なければならず、良くもトラウマにならなかったと自分を褒めてあげたい気分になったものだ。
あの荒療治? も、今はいい思い出だわ……。
ギンザ通りに着くと、一本路地に入る。
フフフ、ぶらりする旅番組なら、このタイミングで阿○快さんが何かを見つけるんだぜ……。
服飾店とは言っても、華美な店構えではないので、この店はとても見つけにくい。知る人ぞ知る地元民御用達の服飾店なのだ。この世界でも布製品、それも服は高価で、基本的に『服飾店』というのは『古着屋』だ。新しい服というのは貴族しかオーダーしないし、着ない。そういった貴族が作らせた服が、巡り巡って改造されて庶民に降りてくる。
まあ、そこにファッションセンスも何もないんだけどね。庶民としては一応のカラーコーディネイトくらいは頑張ってみるのだけど、着たきり雀なことが多いかもしれない。まるでアニメの人物設定のような、第一話から最終話まで同じ服装、ということも、ここでは不自然じゃない。『洗浄』のスキルが普及してるのも一因かもしれないけど。
「いらっしゃい」
店に入ると、ふくよかな中年女性が手を休めて、こちらを向き、そして再び針仕事に戻る。
「こんにちは、リトルフ夫人」
店内は、ところ狭しとハンガーに服がかけられていて、一応の整理はされているのだろうけど、一見さんなら圧倒されること間違いなしの空間になっている。リトルフ夫人は服に囲まれるようにして、繕いを続けていた。
何だか、今日は繕う作業をしている人ばっかり見るなぁ。
「今日はなんだい?」
手元を見ながら、私の方は見ないで、リトルフ夫人は平坦な口調で言う。
「冬物のコートと、厚手のチュニックを探しにきました」
「色は?」
「淡い色がいいんですけど」
「コートは濃紺しかないね。男物だ。チュニックは青リンゴ色があるよ」
リトルフ夫人は変わらず手元を見たままだ。
「それでお願いします」
「コートは……そこの右の上の奧から三番目。チュニックは左後ろ。下から五番目」
何だこの記憶王は。
この服が溢れかえった状況で覚えてるのか。人間ってすごい。
言われた通りに探すと……。
ホントだ、言った通りだ。指定の服があった。ネイビーのコートは、漁師が船の上で着るような、分厚い布地。フェルトっぽい。チュニックは薄い緑色―――よりはもう少し淡い。案外私は緑色の服が多いかも。
「両方とも、ちょっと貴女には大きいわね。丈は詰める?」
ここに至って、やっと顔を上げたリトルフ夫人は、服と私の体格を見比べて言った。
「あ、はい、お願いします」
「じゃ、こっちいらっしゃい」
体格故か、ものぐさなのか、忙しいからなのか、寸法を測りに夫人の横へ。服をそれぞれ肩に合わせて、丈の長さを見る。裾をくるくる、と巻いて印をつける。手早いというか荒っぽい。
「明日までにやっておくけど?」
「それでお願いします。お任せします」
ドロシーに言わせると、この丈の長さには乙女心が色々詰まってるらしいのだけど、まあ、いいか。
代金を払って服飾店を出る。リトルフ夫人は威圧感があって、嫌いではないのだけど苦手な女性だ。寡黙とも違うのだけど、必要な事以外は喋らないし、職人気質と言えるか。
何でも、旦那さんが布問屋をやっていたのが事業に失敗して、そこから借金の清算のために一念発起、古着屋を始めて今に至る、そうだ。その旦那さんというのが、今は何をしているのかは聞いた事がないんだけど。まあ、プライベートを詮索することもないか。
さて、せっかくギンザ通りに来たので、シモダ屋に寄っていこう。
お昼にシモダ屋、というのは、お昼にやっている食堂が少ないからというのもあって定番だ。グリテンは一日三食の習慣があまりなくて、朝と夕の二食が基本。だけど、他の文化圏から来た人たちの中には昼食を取りたいというニーズがあったらしく、その要望もあってお昼にお店を開けたところ、無視できない額の売り上げになっていった、とカーラに説明されたことがあった。
「いらっしゃーい!」
カーラは今日も元気だ。蒼い髪をお団子にしてまとめている。カーラは時々髪型を変えるのが好きみたいで、ポニーにしたり、サイドポニーにしたり、アップにしたり。色々工夫をしたがるお年頃なのだろう。
「ルーサーさんはどうだったの?」
覗き込むように、カーラが訊いてくる。
「あ、うん、無事、弟子にしてもらいました。ありがとうね」
「ええっ?」
目がクエスチョンマークになっているカーラに補足はしないで、私は注文をする。
「白パンと魚介スープください」
「あれ、今日は食欲ないの?」
心配されてしまった。軽食のつもりなんですが……。
「ううん、小腹が空いたってところだから」
ははは、と笑うと、釣られてカーラも花が咲いたように笑った。
同じ笑みでもネスビットとは大違いだなぁ、と苦笑を重ねる。老人の笑みはどこか諦観が滲み出ていて寂しさが半分くらい入ってる感じだけど、少女の笑みは無垢というか、希望の色に染まってる感じ。
今は少女の笑みに癒される。いや別に疲れてはいないんだけど。恋愛感情に飢えてるわけじゃないと思うんだけど……。
「おまちどおさま!」
コトン、とお皿を置くと、カーラはウィンクをしてみせた。
皿に盛られたスープを見ると、やけに具沢山で……。妙に量が多い気がする。
「お父さんが、食べろ! ってさ!」
「ありがとう」
素直に礼を言って、厨房のチャーリーに目線でも謝意を伝える。
シモダ屋は魚介料理が名物だけども、スープは何種類かが日替わりで出てくる。
味噌、醤油、塩、ブイヤベース風などなど。
当たり前なんだけども、パンに合うのはブイヤベース風。なお、トマトはまだ一般的じゃないのか、入っているのは見たことがない。
それはそれでいいんだけど、やはりお米が食べたい。
異世界人としては当然の欲求のはずなんだけど、過去に召喚されてきた異世界人とやらは、お米に努力をしなかったのか、たまたまなのか。この辺りは、グリテン島にしか活動拠点を持たない私としては、大陸に行く動機付けになるかもしれない。
そうだなぁ、どうして私はここにいて、召喚勇者を殺し続けてるんだろうなぁ。
「美味しい?」
「んっ? 美味しいよ?」
カーラに言われて、私は思考を中断させる。
「いやさ、難しい顔して食べてるからさ」
「え、そうかな?」
「うん、そうだよ」
「いやね、お米ないかなぁ、って。このスープでお米煮込んだら美味しいだろうなぁ、ってさ」
「ああ~。お米ね~。お父さんも言ってたけど、中々手に入らないんだよね~」
「ねー」
うんうん、と頷き合う。美味しい物を食べたい、というのは、生物の本能というよりは、人間らしい欲求な気がする。
グリテンはお肉やパンは美味しいけれど、食の多様性は乏しく、いずれ、その解消のために外洋に出ることになるのだろう。ただ、今は王制の政治が安定しているとは言えず、グリテン島さえも統一出来ていないから、外に向ける意識としては、大陸からの軍勢に対する警戒感に留まっている。
まあ、ポートマットはグリテンの中でも色々な人種がいるせいなのか、実はインド風のレストランがあったり、中華風レストランがあったりする。食材の調達も難しいだろうし、中々苦労しているみたいだけど。
「ごちそうさま!」
スープとはとても言えないようなボリュームだったけど、海老、蟹、貝、磯の小魚。出汁がとても出ていて、本当に美味しかった。
「うん、元気になったね!」
え、そんなに元気がなかったのかな。ここのところ、忙しいといえば忙しかったしなぁ。前の勇者殺害後もみんなに、ヒドイ顔してる、とか言われてたし。まあ、アレの後はマトモでいられる方がどうかしていると思うけど。
「うん、ありがとう。美味しかったよ!」
空元気でも見せておくかな。こういう演技もしていかないといけないのかも。案外自分は自分自身を客観的には見られてないって証拠なんだろうな。
シモダ屋を出ると、その足で冒険者ギルドに向かった。お昼過ぎで、約束の夕方にはちょっと早いけど、ジャックの件もあるし、フェイがいるなら話しておきたい。
「こんにちは」
受付にはベッキーがいた。午後の気怠い雰囲気の中でも、ベッキーの柔らかい笑みは変わらない。私は中年女性大好き! ってわけじゃないから、特別に何かを思うことはないけど。他の職員を見れば気怠い空気が流れてるから、ベッキーの姿勢は立派だなぁ、と思う。
「こんにちは。支部長はいらっしゃいますか?」
いないわけはないのだけど。お約束として聞いてみる。
「はい、奧で待ってますよ。どうぞ?」
「ありがとうございます。あ、お宅に伺う件ですけど、ドロシーも一緒に伺わせて頂きます。よろしくお願いします」
「あら、よかったわ。どういうつもりか知らないけど、母が張り切っていてね。人が多い方が嬉しいわ」
苦笑混じりにベッキーが言う。
え、ベッキーさんのお母さんは、トーマス来訪にノリノリなんですか。それでベッキーさんもまんざらじゃない様子と。
これでトーマスと上手く行っちゃったらどうするんだろう……。
他人の恋路を邪魔するほど野暮じゃないと自負はあるんだけど、トーマスが抱えている闇は深すぎる。ドロシーには隠せている、とは思うけど……彼女は鋭いところがあるし、いつかはバレてしまうような……予感がある。
「ははは。じゃ、奧行きますね」
手を振って、支部長室へ。
セドリックとクリストファーはまだ帰ってきていなかった。
「……良く来た」
「ええと……お二人の予定帰還時刻は?」
「……夕方には戻る予定のはずだ。……一応、明日の昼になっても戻らないようであれば、その時は頼む」
フェイが表情を変えずに言う。フェイはいつも無表情だけども、二人の冒険者を案じてか、緊張の面持ちが見える。
「了解です。あの、ジャックさんの件、調査してたのは、セドリックさんとクリストファーさんですか?」
「……ああ、そうだな。……何かあったのか?」
「いえ、東地区の『モンロー研究所』ってご存じですか?」
「……いや……モンロー、は王都にある錬金術師ギルドの幹部のはずだが……」
「例のジャックさんが、その研究所に出入りしてる様子なのです。ということは、錬金術師ギルドと関わりがありそうですねぇ」
フフン、と私は邪悪な笑み。
「……しかしなるほど、錬金術師ギルドが噛んでいるのか……」
フェイは自分の顎に手を寄せた。なるほど、のポーズらしい。このポーズって、トーマスもやるんだよね。
「……錬金術師ギルドは加入している人数が少なくてな。……勢力拡大のために拝金主義に陥っている集団と言えるな」
ははあ、がめついという評判にはそんな事情があるのか。
「その研究所が、ポートマット支部なんでしょうか?」
「……実質そうなのかもしれんな。……錬金術師ギルドは、支部が出せるほど人数はいないはずだ。……割と新興団体といえるか」
なるほど、お金のためにお金が必要になってると。その意味では、麻薬は手っ取り早いのか。
「今のところの情報としてはそれだけなんです。継続調査が必要かと」
「……そうだな……」
それも、二人が戻ってきてからの話だ。こうやって待っている側は、こんなにも不安なのか。二人の実力を疑っているわけではないけど、LV60程度の魔物は、あの二人のペアでもかなりキツイはずだ。
「………………」
「………………」
言葉を交わさないままの時間が過ぎていく。
が、そこにノックの音がくさびを入れた。
「ただいまっす」
「―――戻りました」
―――無沙汰は無事の便り、でした。




