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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
異世界でカボチャプリン
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網職人の老人


 朝も早くに起きて、昨晩できなかった作業を行う。

 夕べは結局ドロシー謹製の適当スープを頂いた。ホッとする味ではあるのだけど、この世界の家庭料理は、ドロシーの料理しか知らないわけで、これこそ親鳥の刷り込みをされている気がしなくもない。

 ドロシーの出自については詳しくは聞いてないのだけど、どうも物心つく前には、あの孤児院にいたらしい。つまり、ドロシーの料理というのは教会というか孤児院の料理と言うことになる。エミーやマリアに作らせても、きっと似たような味になるのでは……などと邪推したりもする。でもエミーとマリアは調理LV4だったし、また違う味になるのかもしれない。


 ま、そんなことはどうでもいいか。

 買ってきていた木の板と、昨日作った直剣(先端が四角い)を組み合わせて、留め具を作り、可動するようにして固定。板の裏の四隅には足を付けて、安定度を高める。

 裁断機は四台作った。二台は枝を切りそろえる用、もう二台は紙の裁断用。


 外に出ると、寒さが肌を刺した。

「さむー」

 はぁ~と白い息を吐く。

 グリテンは海流の関係なのか、冬でも温暖だ、とは言うけど、それでもやっぱり冬になれば寒い。比較になっている冬の寒さとは、どの地域なのかは考えないことにしよう。大陸のチーム、それも魔族担当は割と北の方らしいから、寒さとも戦ってるんだろう。寒いのが苦手な私からすれば、お疲れ様としか言いようがないのだけど。


 太陽はまだ昇っていない。同じ時間に起床しているはずなのだけど、日ごとに日の出の時間が遅れている。この世界の、この天体は地軸がずれていて、公転距離も微妙に楕円なのだろう。あー、それはぜひ、この目で見て、確認してみたいなぁ。

「ユリーカ」

 なんて言ってみる。人工衛星でも作ってみたいところだけど、魔法やチート技術でそれが適うだろうか。宇宙船とかは無理としても。

「宇宙服とか……モ○ルスーツとか……夢が広がるなぁ……」

 呟きながら、夕焼け通りを東へ、今日も東地区、職人街へ向かう。


 大型ロボットといえば、波止場に設置されていた巨像二体。可動したら面白いなぁ。いやー、でも、可動しなくても、魔改造して動くようにしたら格好いいかなぁ。

「クククク……きっとフラグだよね」

 私は一人笑いながら、東地区でもかなり南寄り、港に近い方へと足を向ける。こういう技術向上の発想は、実行に移したら、『使徒』から警告が来るかもしれないなぁ。


 この東南エリアの南寄り……は、港関係の工房が多い。トーマスによれば、網の職人がこの辺に数軒固まっているとのことなんだけど……。


 んっ?


 職人街には違和感のある人物を見つける。ジェイソンの息子、ジャックだ。

 うーん、一人で大手チームの人間が、朝っぱらからウロウロしてるのは、如何にも怪しい。アヘンの件もあるし、ちょっと尾行してみるか。


「―――『遮音』」

 小声で魔法スキル発動。『遮音』は術者の周囲に結界を張るので、術者が移動すると結界も移動する。イメージとしては雨傘かなぁ。


 私の本来のスキル構成は、暗殺向きセット、いわゆる『暗殺者』と呼ばれるものだ。最初の師匠であるアマンダが暗殺者のスキル構成だったから、私もそうなったわけなんだけど。ちなみにフェイは風魔法を得意とする魔法剣士だったので、『遮音』スキルは元々はフェイのスキルだ。


 ジャックは東地区から少し北の方へ向かうようだ。そっちは、私の本来の目的地とは逆方向なんだけど……。

 ルーサー師匠の工房があった地区がそうだったように、この辺りは小さな工房が雑然としている。中世ヨーロッパの中に、下町工場が登場しているような、不思議な猥雑さがある。


 アヘンはそのままでも薬効はあるけども、触媒を入れて精製して純度を高めたりする。こういう化学的な作業は、錬金術師の守備範囲内だ。と、なると、ジャックが向かっているのは、錬金術師の工房かもしれない。


 脳内ではミッション○ンポッシブルのBGMが鳴っている。私はだだもれる魔力を必死に抑えて、小動物並の魔力サイズにして、静かに追尾をする。

 角を曲がる……。


 いない。


 見失ったか、気付かれたか。

 しかし慌てるな、と偉い人は言ったものだ。周囲を見渡してみると、それらしい建物がある。

 表札には『モンロー研究所』と書いてあった。石造りの古い平屋で、小さな窓はあるものの、目張りがされていて室内を窺うことはできない。木造平屋で土間付きの鍛冶系統工房が多い中で異質ではある。

 他の工房を見渡してみる――――と、どこも扉が開けっ放しで、きっとこれは鍛冶場の排熱のためなんだろう。結構寒いんだけど、碌な煙突もなかったりするから、一酸化炭素中毒防止のためとか、そんな理由なのかも。


 まあ、要するに、このモンロー研究所しか怪しい場所はない。ジャックの件については、フェイも調査するとか言ってただけで音沙汰もないわけだけど、ワーウルフ騒動の方に調査の労力を割いてしまっている現状では、仕方のないことかもしれない。

 捻くれた見方をすれば、ワーウルフ騒動を隠れ蓑に出来ることを知っていてのアヘン製造だったりして…………。

 いや、まあ、それはないか。

 後で、このモンロー研究所なるものを調べてみるか。トーマスかフェイに聞けば情報は得られると思うし。

 建物に耳をつけたり、ウロウロするのも怪しいし……。屋根の上に乗っても内部の会話は聞こえないだろう。

 ここでジャックが建物から出てくるのを待っていても仕方がない。現在は犯罪ではないけども、金儲けの臭いがするのは確かなんだよね。金儲けには一口噛みたいけど、乱用、悪用されるのもシャクというか、無秩序な廃人量産は間違ってる気がする。

 じゃあ、秩序立った死人の量産はいいのか、というと、暗殺者の私が言うのは偽善的だ、という自覚はある。

 まあ、つまるところ統制、管理したいのだけど、それはきっと傲慢なんだろうな。

 うーん、考えててもしょうがない。本来の目的に戻りますかね。


 モンロー研究所から離れて、南下していく。南に行くほど港に近づくので、潮の香りが強くなっていく。

 ポートマットに吹く風はかなりいい加減で、寒い冬には暖かい海流、という荒天要素がばっちりなこともあって、大雨が突然降ったり、海は大荒れになったりする。海から風が来ているということは暖かい風で、今日はこの後、天気が崩れるだろう。

 ポートマットは、海がモヤってるか、陸がモヤってるか、どっちかなんだけど、ちゃんとした雨が降った後はしっかり晴れる。

「天気の話はちょっとした会話のスパイス……」

 独り言で自分にスパイスを利かせてみる。

 そんなことをしているうちに、旧漁港へと出た。


 漁港は、荷揚げ用の港を拡張するときに、大部分の機能が西側の新漁港に移転したそうだ。

 ここに残っている漁船は、近場の漁場が荷下ろしの港を挟んで西側にあるので、貨物船(とまでは大きい船じゃないけど)の航路を横切る形になる。

 これを聞いた時には、不便だし危ないと思ったのだけど、基本的に貨物船が出入りするのは深夜かお昼と決められているそうな。逆に漁船は朝夕しか出入りできないように約束事として決められているらしい。良く考えられてるなぁと感心したものだ。

 西側にある新漁港の方は割と大型の船が多くて、大陸との海峡を北上して抜けて、グリテン島の北東に行く。三~四日周期で漁をしている。本当は今の漁場よりも、もっと北に行った方が漁獲の効率はいいらしいのだけど、どうやらこれは保管の関係で、これ以上長くできないのだとか。


 そのブレイクスルーとして登場したのが、冷蔵の『保管庫』で、トーマスが港湾管理事務所を巻き込んで、例の設置になったと。

 魔核への魔力補充は、練習さえすれば、保有魔力の大小はあれど基本的には誰でも可能なので、あとは有用性を証明してしまえばいい、とはトーマスの弁だ。

 となると、あとは漁船へ、もう少し小型になる『保管庫』設置ブームが期待できるわけで、錬金術ギルドを排除した形での魔道具販売は、トーマスからすれば、してやったり的なモノがあるのだろう。

 まあ、がめついだとか、トーマスが言うのもツッコミを入れたいところだけど、錬金術ギルドにはネガティブな印象を持たされている。まあ、これはトーマスの刷り込み教育の結果、ということにしておこう。


「この辺、かな」

 戸外で網を繕っている集団がチラホラ。でも、職人風じゃないというか、一家総出っぽいというか。漁師さんなのかなぁ。


「ネスビット商店……。これかな」

 トーマスから紹介をされていた網職人の看板を見つけた。木の板に手書きで、それも汚い字で消えかかっている。

「こんにちは! どなたかいらっしゃいますか!」

 工房らしい空間は土間になっている。他の工房と似たスタイルだ。今さっき見ていた、一家総出っぽい網の繕い風景を見ていると、大人数で内職のように網を作っているものだとばかり思っていたから、ネスビット商店の静けさに首を捻る。


「こんにちは!」

 もう一度店内に向けて声をかける。

「なんだい、どうした、うるさいね」

 奧から小柄なヒューマン老人が出てくる。顔は皺くちゃで日焼けしている。顔の作りは普通―――元の世界でいうアングロサクソン風の―――だから、労働者に多くいる、インド風の人ではない。

「ええと、私、トーマス商店から来ました」

 こうやって自己紹介するのが一番わかりやすい。

「へえ、ほう、なるほど」

 老人は私よりも小柄で、探るような表情で見上げてくる。

「実は、特殊な網を作って頂きたく思いまして」

「なんと、どれ、なるほど」

 何だこの老人、話しにくい………。


「ネスビットさん、でよろしいですか?」

「うん、私だ、いかにも」

 ニカァ、と笑うネスビットには前歯がない。

「トーマスから聞いて、こちらを紹介されました」

 紙漉用の網作りを相談したら、魚網製作ではポートマットで一番だ、とトーマスが言っていた。魚網の職人が一番近いものができるだろう、と。それに、網職人は、魚網だけを作っているわけではなく、色んな網も作るそうだ。


「網、特殊、どんな?」

 あ、この話し方は()()()()なのか。

 スキル一覧を見ると、ヒューマン語はLV1だ。っていうかヒューマンなんだけどな……。

 ああ、とりあえず話せる、っていうことなのか。


―――スキル:手編みLV3を習得しました


 あれ、スキル覚えた。

 んっ、これってベッキーさんのお母さんでも同じスキルを覚えたんじゃ……。

 まあ、でもセーターと魚網じゃ製法も違うだろうし。今はノウハウだけがない状態だから、データのない表計算ソフトみたいなものか。

「目の細かい網が欲しいのです。水に強い素材で、細い糸を使って、このくらいの目の大きさで」

 私は指先で一ミリ四方を作って、そこから片目を瞑って、穴からネスビットを見るようなジェスチャーをした。

「細かい、特殊だ、なるほど」

「可能ですか?」


 ネスビットは天を仰いで一瞬考えてから後を向いた。サンプルを探しているようで、幾つか取り出すと、私に向き直った。

「糸、太さ、どうだ」

 麻っぽい糸、何かの生物の繊維っぽい糸(鑑定によれば、これはどうやらクジラの髭らしい)の二種類を出してきた。クジラの方は太すぎて論外、麻っぽいのは水に弱そうで却下。

「絹糸か亜麻(リネン)でも構わないのですが」

「それ、かかる、お金」

「構いません。木の枠に取り付けて張りますので―――丈夫だと嬉しいですね。となると亜麻の方がいいですね。防水加工はした物としない物、試してみたいので、両方作って頂けますか?」

「防水、亜麻、わかった」


 了解はしたようだけど、ネスビットは糸をどうやって入手しようか考えているのか、笑いながら困ったような、そんな芸をする俳優さんがいたなぁなんて思い出しながら、その複雑な表情を見守る。

「糸、頼む、知り合い」

「知り合いから糸を入手は可能なんですね。美しさは求めません。結び目が安定して、平滑ならいいですね」

 傍らにある、作りかけの網を見ると、その辺りは言わなくても大丈夫そうだった。まるで機械編みのような魚網だったのだ。トーマスが紹介したくらいだから、腕はいいのだろう。

 ネスビットはキラキラっと目を輝かせて、パチパチっと瞬きをした。少年の表情だ。

「できる、かかる、時間」

「どのくらいかかりますか。とりあえず一枚を試作して頂くとして……一枚の大きさはこのくらいで……当面は十枚ほどあれば」

 私は半メトルほどの大きさを腕で示す。ネスビットはまたまたニカァ、と顔を皺くちゃにして、

「お試し、一週間、かかる」

 妥当な線だと思う。私は頷いた。

「それでお願いします。お代は……これでいいですか? 足りない分は後で請求していただければ」

 布袋に入れた、銀貨二十枚。一枚二千ゴルドの計算だ。このサイズの網にかける手間と材料費を考えると破格かもしれない。

「お代、多い、もらえない」

 ネスビットは初めて困ったような顔になった。私はネスビットを正面から見据えて、

「いえ、これは正当な対価です。えー……そうですね……この網を、ネスビットさんは他の人には売らない。専属契約ということでどうでしょう?」

「うん、構わない、なるほど」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 私は合掌して礼をする。ネスビットも同じポーズを取った。全然インド人風じゃないのだけど、元の世界にいた非戦の偉人っぽい。

「わかった、作る、網」

 どう作るのかはわからないけど。

 即答したということは、ノウハウはあるのだろうと推測する。ちなみに、一ミリ目サイズの網は、グリテンでは見たことはない。蚊帳が必要な地域なら、そういうのは発達したのかもしれないけど。


 私は再度合掌をして、ネスビット商店を辞した。この老人に好感を持ったのは確かだけど、あとは出来上がりを見てから評価をしよう。私が網を注文したのは、この老人の人柄じゃなく、腕を期待してのことなのだから。



―――網、頼んだ、作るの。



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