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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
旅ロマンはハミングを歌いながら
377/870

※ポートマットの聖者


【王国暦122年10月4日 6:32】


「魔術師殿、この状況は一体……?」

 スタインが眉根を寄せて訊いてくる。元気のなかった難民たちを立ち上がらせ、誘導し始めた私を、本能的に恐れたのだろうか。

「お願いを聞いてもらいやすくしました。なに、大したことじゃありません」

 大人数に対して一度に暗示にかけてみせたのだから、大したことじゃないはずがないのだけど、スタインにはそれで納得してもらうことにした。

「スタインさんも、一度、現地に行きましょう」

「あ、ああ……」

 きっと、スタインたちが想定していた事態とは違うんだろうな。


「スタインさんは、領主様にどう言われてこちらに来たんですか?」

「うむ、ノーマン伯爵は難民を一カ所に押し込んでおけば何とかなる……みたいな話をしていただけだな……。ダグラス騎士団長と魔術師殿に任せておけば何とかしてくれると」

 ああ、丸投げか……。まあ、アーロンはこういうの、しっかりしてるしね。

「つまり、騎士団の承認の下であれば、この難民たちは私がなんとかしていいということですね?」

 後ろで整列している難民たちを振り返りながらスタインに訊くと、首を捻りながら、曖昧に、

「いいんじゃないかな……」

 と、どうとでも取れる返答をしてきた。まあ、もう『統率』で、私について移動することが、難民たちの間で大正義になってしまっている現状は、言質を取ろうにも時すでに遅し、ではある。こうなったら、さっさと現地に移動して難民キャンプを作ってしまおう。01を作業用に持っていくとして、02はランドマークとして残しておこう。


「じゃあー、皆さん、移動しますよー」

 返事こそなかったものの、難民の第一陣、百人ほどは、ピタリと同じ足音を響かせて、タロス01に続いた。『統率』スキルは凄いなぁ。

「オレは……正直に言うと、この状況がとても怖い……」

 スタインは時々後ろを見ながら、呟くように、私に助けを求めるかのように言った。難民たちのほとんどは裸足で、軍隊のようにザッ、ザッ、などという不穏な足音ではなく、ズリズリとかベタベタとか、よくわからない足音だ。歩いているのが新西通りの石畳の上だ、ということもあるんだろう。時々馬糞を踏んだりしてるけど、お構いなしに歩き続けている。気分的にも衛生的にも宜しくないなぁ。

 ちなみに、この世界の靴は革靴よりも木靴が一般的かも。木工が発達しているということもあるし、下処理の難易度を考えると、確かに革製品は面倒なことこの上ない。

 彼らは王都最底辺の人たちで、もちろん、そのどちらも履いていない。ポートマット住民は、というと、最低限靴は履いているし、馬糞処理もまあまあ間に合っている(今踏んだばっかりだけどね)。衛生的には比較にならないし、治安も(王都から攻められたりするけど)良い方だ。こうなると、ポートマットが理想郷(ユートピア)に見えても仕方がない。



【王国暦122年10月4日 7:19】


 割とゆっくり歩いて、収容所の隣の空き地に到着した。懐かしいことに、ここは日光草を移植するときに引き抜きまくった場所だ。

 んー、どんな形にするかなぁ。前回、プロセア軍の捕虜を押し込めた時は、先にコイルたちが丸い壁を作ってくれてたから、それに沿う形で作ればよかったんだよね。千五百人分だっけ? 真四角だと強度が怪しいかな。いや、一つの建物に収容しなくてもいいのか。

《ノーム爺さん、いるね?》

《ふふふ………やる気じゃの?》

《ふふふ……》


 土壁の家、というと、元の世界で言えば漆喰もそうだし、日干し煉瓦もそうだし、アフリカによくありがちな丸壁の家もそうだ。

《こんな感じの円筒が窄まった形にしてさ》

《ふむふむ……?》

《直径を……そうだなぁ、十メトルくらいにして……》

《ふむふむ……?》

《計算上は一人当たり六十センチ取れるか。中央はみんなで足を重ねて寝ろって感じだ》

 段々考えるのが面倒になってきた。一基百人は詰め込みすぎか。病気になるなぁ。

《二十基もあればいいね。こんな感じで……できるかな?》


挿絵(By みてみん)


 適当に考えた。

《屋根は陶器にした方がいいのう?》

《さすがに土のままじゃ水に弱いしね。屋根を分割したパネルを作ってさ、重ねて置けば大丈夫でしょ》

《本当に最低限じゃの……?》

「下がってー!」

 タロスを動かして、あたかもタロスが魔法を行使するかのように手を翳す。


ウォオオオオオオン!


 格好良いのでタロスに叫ばせてみた。

《ノーム爺さん、頼むよ》

《ふふふ………何だか面白そうじゃの?》

 ノーム爺さんが手を翳す。タロスが手を翳しているのはフェイクね。


ボコッ!

ボコボコッ!

ボコボコボコモコミチボコッ!


「おお~」

「おおおお~」

「神だ!」

「巨人神だ!」


 何もない、雑草しか生えていない土地が徐々に低くなっていき、その低くなった土を材料に、円筒状の壁が生えていく。中央に円形の空き地を配して、その周囲に五つずつの塊で四カ所。

 生成された時点で、ちゃんと入り口の穴が二カ所空いているのが面白い。排水溝と簡易トイレもここで掘ってしまう。

 建物ができたところで、ノーム爺さんと陶器パネルを量産する。一基につき八枚なので百六十枚。


「はぁ~。どうなってるんだこりゃ……?」

 バンバン陶器パネルを量産する私を見て、スタインが口を開けている。さすがにスタインは、難民たちとは違って、タロスが作っているとは思っていないようだ。

 陶器パネルは薄くて固い。八枚を重ねて固定することで安定する形状をしている。

 持ち上げるのはタロスにやらせればいいけれど、施工途中の屋根を押さえておく人手が必要だね。

 うん、人手ならいるじゃないか。そこに元気なく座り込んでいる人たちが。


「元気な人を募集します。報酬はパン一つ、仕事内容は仮宿舎工事の補助」

 歩き通しだった難民たちは、まだ『統率』スキルの支配下にある。だから、元気じゃなくても立ち上がろうとしている。それでも本当に立ち上がれないほど衰弱している人もいた。

「元気じゃない人は座って休んでてください。スタインさん?」

「ああ。ユリアン司教にこの場所だと伝えればいいんだろ?」

 返答に満足した私は大きく頷いてニッコリしておいた。スタインは私が笑顔を向けたというのに盛大に後ずさりした。まあ、失礼しちゃうわね。


 とりあえず、何か食わせてやらないと、この難民たちは早晩全滅するわ。炊き出しをするならさっさとした方がいい。生かすつもりなら生かそう。見捨てるなら最初から手を差し伸べない。だなんて、選択肢っぽいことを言ってはいるものの、ポートマットに来たからには、私たちには前者しか選べないのだ。

 べっ、別に、助けようとか思ってなんかないんだからねっ。労働力を確保したいから仕方なくやってるだけなんだから!



【王国暦122年10月4日 8:34】


「はーい、そこ押さえて―。しっかりー!」

「…………………」

 声も出さずに、難民たち――――が私の言うとおりに作業を手伝っている。最初にたどり着いた百人中、ただ『屋根を押さえる』だけの労働にかり出せたのは半分の五十人だけだった。前払いでパンを配給すると、貰った連中は家族やらに分け与えて、自分で食べたものはほんの数人。泣かせる話じゃないか。あたしゃそういうのに弱いんだよなぁ。パンも、エミーが余分に買ってきていた王都のパンで、余らせていてよかったと、今は思う。


 スタインは教会経由で北門に戻ってもらった。今頃は後続の受け入れの準備をしていることだろう。領主側の人間を何人か送ってほしい、と頼んでおいた。今は午前中だからトルーマンは役に立たないぞ、と言われたので、他の人をよろしく、と言っておいた。


 さすがはタロスの労働力、作業を始めてから一刻ほどで屋根葺きの作業が終わる。その頃、教会から炊き出し部隊が到着しはじめ、後続の難民も到着し始めた。

「お姉様!」

「あ、エミー。お早う」

 エミーが聖領域を振りまいてやってきた。妙に信心深くなっている難民たちは、聖領域に囚われたのか、しきりに合掌して拝み、エミーを崇めていた。まあ、女神様に見えるよなぁ。私だって聖領域を使えるのだけど、別に崇めてほしくてやってるわけじゃないから使わない。変なところで私は効率主義なのだ。


「お早うございます。さっそく炊き出しを始めますけど」

「お鍋とか食器とかは?」

「お鍋は持ってきましたけど、この人数では足りるかどうか……」

 チラチラッと私を見るエミーの下心が透けて見えたので、破顔して頷いておく。えへっ、聖女様に頼られたら断れないよねぇ。

《鍋と食器じゃの?》

《うん、頼むよ》


 モリモリモリッ


 土が持ち上がり、白い陶器製の鍋が地面から生える。三百人前は入りそうな大鍋だ。芋煮会のギネスが達成できる大きさか……どうかはさておき、この鍋を二つ作っておく。こんな鍋が置ける竈なんかないので専用の竈も作る。二つじゃ足りないような気もするけど、どうせ一度に千五百人分とか作れないし、配れないし、食べられない。同じ鍋で作り続ければいいのだ。そのためには二つもあれば十分。

「火は――――木屑でもあればいいんだけど」

 まあ、単純に火力が足りないよね。竈本体の地べたに魔法陣を刻み、外側に魔法陣を引っ張って魔核を添える。

「ここの魔核、盗んだりしたら、大鍋に入れて煮るからねー」

 難民たちからは悲鳴が上がった。せめて善意をまっすぐ受け取ってほしいから、軽く脅しておく。絶対に冗談だと思ってるだろうけどね。


「お姉様……さすがです……」

 瞬時に竈と鍋を作り上げた私を涙目で見つめるエミーに、ちょっと照れる。

「ああ、踏み台がないと料理できないね」

 この大きさ、規模だと料理じゃなくて食品工場での製造みたいだよなぁ。鍋の淵に届くように、それぞれ二カ所ずつ、階段状に踏み台を作る。後は調理器具? お皿も作らないとなぁ。

《お皿も頼むよ》

《面倒じゃのう。千もあればよいかの?》

《うん、人助けだよ、ノーム爺さん》

《人間はよくわからんのう。捨てる神あれば拾う神あり、というやつかの?》

《せめてエミーを聖者に仕立て上げよう》

《お主がやっているのに? 善行を喧伝しないのかの?》

《ガラじゃないよ。不死者生成スキル持ちが行う慈善事業は、どこからどう見ても偽善者の行動だもの》

 そんなことを念話で交わしながら、『道具箱』から丸太を出すと、一気に削り出す。巨大お玉とフライ返し。二人以上じゃないと扱えないだろう。まあ、そのうち難民自身に調理させることになるからどうでもいいか。


 ノーム爺さんは皿の量産に入った。粘土の質があまりよろしくないので、白磁なんぞにはならない。それでも、この数の陶器は本当の意味で難民たちにとって神器だろう。


「そこの人たち、食器を十枚ごとに重ねて脇においていってー」

「………………」

 無言でのそのそと立ち上がり、何人かが皿の整理を始めた。本当に全員の目が死んでいる。ただ、逃げ出さなかった人たちよりも、この人たちは生きたいと思ってここに来たのだと思えば、まだ救いがある。


 今回の事態は、王都の不手際であり、王都騎士団の不手際であり、王宮の不手際で、婉曲に過ぎるとは思うけど――――ポートマットへの攻撃だと言えなくもない。元第四騎士団所属の……何人だっけ、数人だか十人だかだっけ……脱走が、ポートマットにまで響いてきている。なるほど、彼らはポートマットにも含みがあったわけだから、迷惑という形で攻撃をしてきているということか。本当に命を賭した嫌がらせだ。少なくともポートマットの関係者や、私の手間は増えたよね。

 でも、今回のことは、食料提供分以上にプラスに転じさせてみせよう。それこそが、嫌がらせに対して真っ当で、一番の反撃になるだろうから。



【王国暦122年10月4日 9:43】


 炊き出し(芋煮だね!)を教会の皆さん、ヘルプに来た冒険者の皆さんに任せて、私はタロス01と共に北門へ戻る。

 新西通りには生気のない人々の列が延々続いていて、時々騎士団所属の馬車とすれ違う。

「ふむふむ……」

 アーロンからの短文(をフェイが同報で送り直している)によれば、百人ほどの捕縛者が出ているらしい。現行犯逮捕をしているので、捕まった人間はそのまま収容所に直行。臭いメシで生き延びられることだろう。これが狙いなのか、難民たちにとって幸福なのかどうかはわからない。そこまでして生きなければならないのはどうしてなんだろうね。


 一応、というと変だけど、どの宗教にも自殺は『死後の世界』で碌な事にならないとか脅している。でも、それよりは不死者になって永遠に苦しみますよ、と言われて現物を見せられた方がよっぽど心に響くと思うんだけどな。不死者による救いのない人生講座でも開催した方が、より良い生にしようと努力すると思うの。

 ただしこれは自ら生きる努力をする、ということであって、犯罪者となって臭いメシを食べて生き延びることとは隔絶した違いがある。嬉々として逮捕された連中は、これから『首輪』によって、イモとカボチャを作りながら、魔核への生きる魔力充填機として暮らしていくことになる。


 トーマスや私がプロセア軍の戦争捕虜をガンガン購入していたのは、最初に私が心を折っていたからでもあり、質の高い教育を受けていた人間が多かったからだ。


 犯罪者の烙印を押された彼ら元難民を、真っ当な商人が購入することはほぼあり得ない。収監者が溢れてきたら、十把一絡げにドワーフ村鉱山行きだ。

 この『ドワーフ村鉱山に送るぞ!』というのは、グリテンでは子供への脅し文句の一つになっているのだけど、ノーム爺さんに行くのを止められていることと重なって、どうも不気味な場所に思えてしまう。

 あやふやな記憶によれば、私がこの世界に登場した最初の場所であり、恐らくは同型ホムンクルスがいるか、いたか……ああ、やっぱり不気味だわね。


 北門に到着すると、02の足元に、難民とおぼしき人だかりが幾つかの塊になって鎮座していた。やっとポートマットに着いた、という安堵から崩れ落ちている印象でもあるし、もう歩けない、という疲労の極致を体現しているようでもある。


「ここに留まるな! 巨人の足元に集まれ!」

 タロスはちょうどいいランドマークとして扱われている。騎士団員の偉そうな女騎士…………って、エルマだ! ビックリだなぁ、出世したなぁ……が叫んでいるのが聞こえた。


「エルマさん、巨人はここに固定します。どんどん集めて下さい」

「あっ。やあ。元気そうだね」

「はい、エルマさん、立派になられて…………」

 今ではそのサバサバした立ち居振る舞いも、騎士にしか見えないよ……。ちなみに、よく一緒に西門の門番をしていたラリーさんは迷宮の演習場でたまに見る。教導部隊の方に配属されたらしい。

 難民たちは、と言えば、今座っていた場所から僅か数十メトル動いて、タロスの前に移動するのも億劫に感じられるほどに疲弊していた。

「―――――――――『統率』」


―――スキル:統率LV10を習得しました(LV8>LV10)

――――ユニークスキル:限界突破が発動しました

―――スキル:統率LV11を習得しました(LV10>LV11)


 ああ、広範囲に対象を広げるにはスキルレベルが高くないとだめで、大勢を対象にしようと頑張ったらスキルレベルが上がったのか。っていうか、このスキル、魔物以外にも効くんだよねぇ。


「――――『拡声』。《巨人の足元に集まれ!》」

 集まろう、とする意志は見えるものの、難民の足取りはのそのそ、と重い。

「――――『治癒』」

 光系の範囲治癒魔法を使う。周囲が光に満ちる。

「ああ……」

「おお……」

「聖者様……」

 生気を取り戻していく難民たちは、膝を折り、合掌してお辞儀をした。このままだと私が信仰対象になってしまう。冗談じゃないわよ。タロスにチェンジしつつ口パクをさせて、あたかもタロスが啓示を与えているような錯覚を持たせてみよう。


《た、巨人(タロス)を崇めよ》


「おお……タロス様……」

 ザッ、とお辞儀をする向きが変わった。信仰対象がタロスに変わったようだ。


《元気になった者から、西にある難民キャンプへ向かうがいい。そこで、汝らは生きる術を見つけるのだ!》


「お心を賜った……皆、約束の地へ向かうのだ!」

 誰かが立ち上がり、そう言った。よく見ると、叫んだのは難民じゃなくて、エルマだった。えっ?



―――――この、『統率』スキルって解除できるのかなぁ……?





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