アーサ宅地下工房の攻防
【王国暦122年10月3日 18:02】
アーサ宅地下工房は、かつて私が使いやすいように作った工房だったけれど、使用頻度からすれば最近はサリーの工房と呼んで差し支えなさそう。
「魔導灯か……」
工房の隅には、作りかけの魔導灯、その外装が山と積まれていた。元々、新型と銘打って一緒に開発した魔導灯は湾曲した傘を付けていたのだけど―――――置かれているその傘は、さらに簡単な形―――単に板を百二十度くらいの角度で折り曲げただけの『へ』の字―――になっていた。
「おお……」
なるほど、設置場所によってはこの形でもいいんだなぁ。
エミーも、ドロシーも、サリーも、本当に感心させてくれる。あの教会の孤児院は一体何なんだろうね。麒麟児ばっかりいるなんてさ。どこかの聖闘士みたいに、全員きょうだいだった、って言われても驚かないね。
私とサリーは師弟で性質が似るのか、サリーも割と雑然とした環境に何とも思わないようで、この点はドロシーやエミーとは違う。この場合、ドロシーなら端っこから整理整頓を始めるし、エミーは見栄えの悪いところをちょいちょい、と片付ける。誰が一番女子力が高いのか、と言えば、エミーになるのかなぁ。
とまあ、私が落ち着いちゃうくらい散らかっているわけで、恐らくグリテンで一番女子力が高いと思われるアーサお婆ちゃんが、『そうね、片付けたいけど片付けられないわ!』とジリジリとしている様子が想像出来る。
ちなみに、この家で二番目に女子力が高いのはレックスだったりする。彼は非常に几帳面で、盗んだ下着で走り出すことはせずに、きちんと畳み、タグをつけて細かく分類していたのを思い出す。もしかしたら学術的な何かを調べていたのかもしれないけど、脱いだ下着から類推できる学問っていうのが何なのかは知らない。
それにしても、ここにある傘の数は壮観で、百個以上はある。新型魔導灯に切り替えてから作業効率が上がったということもあるんだろうけど、朝は迷宮支店で販売員をやって、空き時間には迷宮工房でモノを作って、夜は帰ってきてからこうやって内職をしているわけか。
ブリスト行きのために魔道具製作を前倒しでやっている、ってこともあるんだろうけど、私が言うのもおかしいと思いつつも、なかなかのハードワークだと思う。手伝える部分は手伝おうかな。
まあ、まずは自分のことからやっちゃおう。
冒険者ギルドに設置するタイプのリーダー/ライターを、支部用に四台、出張所用に三台。
「ノーム爺さん、実体化よろしく」
《ふむ……?》
地下室なこともあって、周囲から土精霊たちがわ~と集合して、ノーム爺さんが形成された。
「えっとね、リーダー/ライターの外装を作ってほしいんだ。あの丸いやつをとりあえず七組」
「白いやつじゃの?」
「そうそう」
ノーム爺さんは形状を思い出しながらも手際よく陶器で形成を始める。よく考えたら、いきなり焼き物の状態で完成するんだからいい加減チートな精霊だと思う。これは土精霊が凄いのか、もしかしたら他の最上位精霊もこんな感じでチートなんだろうか。
「――――『転写』」
虚空に二回ほど縮小魔法陣を形成する。魔法陣は維持せずにすぐに魔力供給を止める。これが一番効率よく魔法陣を縮小化できる。同じようにリーダー/ライターに必要な魔法陣を縮小していく。元々かなり縮小していた魔法陣だから、使用する魔力量は相当なもの。一年前の私なら一枚目で倒れていたと思う。
ところで『鑑定』系統であっても、魔力総量、いわゆるMPは数値として見えない。漏れ出ている魔力から類推するしかないのだけど、これは『魔力制御』にもよるけれど、大まかに言えば『平時に感じる十倍程度がその人の魔力総量』みたい。ただし、この法則が適用されるのは低級な魔術師の場合に限る。私は幸いにして『人物解析』でスキルLVがわかるので、そのLVと漏れ出た魔力で見れば、大体の魔力総量はわかる。
魔力総量と魔術師としての実力というのは比例しなくもないんだけど、完全に一致するわけでもない。私みたいにアホみたいな魔力の使い方をしているだけでも基本的には魔力総量は増える。
だけど、仮に魔術師として魔法に習熟してみよう、と一念発起しなければ、ただの魔力タンクでしかなかったかもしれない。やはり攻撃魔法は魔術師の見せ場、使ってナンボ、の世界なんだろうね。
使えば使うだけ鍛えられる、というのは筋トレに近いものがあるかもしれない。
「――――『成形』」
アルパカ銀板を何段階かに分けて曲げて、円盤を作る。曲げではあるんだけど、私のイメージとしては押し出し成形みたいに捉えている。一度にガバッと成形できて形状が決まるのは単純な形――――たとえば銃弾みたいな――――は、金属塊を握ってポイ、で指の間から成形射出みたいなことができる。先日作った銃弾は、途中からダレて、そんな方法を編み出した。
アルパカ銀はミスリル銀よりも魔力の通りが悪く、その分、厚めに作らないと同等性能が得られない。ギルド設置用のリーダー/ライターにはミスリル銀を使用した。設置用だから(厚くて)重くていいなら、アルパカ銀でいいじゃん? と思いきや、こちらの装置はサリーが触る可能性があり、出来るだけ仕様を統一しておきたかったのだ。
で、同様の魔法陣を組み込んで作っているものはコレだ。
「なんじゃそれは?」
「ラ~イ。携帯用のギルドカードリーダー/ライターだね」
丸い形状、小盾のように前腕に装着する。赤く塗ったのは、外観がムー大陸の遺産ロボットの盾に似てきたから。ああ、剣は飛び出ないし、ブーメランにもならない。スリットにはギルドカードを差し込むだけ。フェイ辺りにはツッコミを入れられそうだけどね。
「ほう……? 携帯する必要があるのかの?」
「うん、まあ、あるね」
っと、誰か降りてきた。サリーたちが戻ってきたみたいだ。
「ノーム爺さん、ありがとう。戻ってちょうだいな」
「うむ……またの?」
ノーム爺さんが意識下に戻ると、コンコン、と乾いたノックの音が聞こえて、返事を待たずに工房の扉が開いた。
「あ、姉さん、おかえりなさい」
「おかえり、サリー」
「ああ~。散らかってて……すみません」
散らかってるという自覚も、恥ずかしいという感性も一応あるわけね。
「ああ、うん、受注数、凄いね」
「はい~」
サリーは困ったような嬉しいような、複雑な表情になった。
「でも、雑然とした場所は嫌いじゃないんです」
「うんうん」
あるある、そういうこと。元の世界でも、機械いじりの好きな人ならわかる気分だろう。
「夢中になって作っていると、いつの間にかこんな風になって……」
「でも怪我の元になるから、工房は整理整頓が基本だよ。自分一人が使うと言ってもね」
「はい、姉さん、気をつけます」
「あんまり片付けしないのなら、片付けの手伝いをレックスに頼んじゃうよ?」
「ヒィ………」
ああ、サリーが引き攣った笑いを………。レックスの倒錯ぶりの本質こそ把握してないだろうけど、心の奥底に得体の知れない獣がいることは、きっとサリーも本能でわかっているんだろうなぁ。
「殿方は誰しも、心の中に黒い獣を飼っているものさ。世の中の女性は、男のサガを許容して生きているのさ。悲しいけれど男性上位の社会だからね」
「そういうものでしょうか……」
「うん、みんな動物だからねぇ。得体の知れない、魔力波形だとか、臭いだとか……目には見えないのに妙に牽かれるものってあるでしょ?」
「あ……はい」
思い当たるフシがあるんだね。そうだよね。モーゼズの魅力は臭いだよね。チーズみたいな人だよね。乳酸発酵しているかもしれないね。
「だから、色んな趣味の人がいる、って客観的な視点で見ていくことを強くお勧めするよ。性欲は今言ったように動物の本能だからさ。錬金術師的には生かせる部分もあるんだよ」
「あ、ああ……。セガックス……」
「そう、たとえばそっち方面の薬だね。あとは形状だね。大きくて丸いものに男は弱いものさ」
「え?」
サリーは話題には不釣り合いにも、可愛らしく首を傾げた。
「うんー、たとえば、シェミー姉御のお尻だね。女性からはそうでもないけど、男性にはモテモテでしょ?」
「あっ、はい、そうかも……」
あからさまに視線を逸らしたサリーを問い詰めようかとしたところで、当のシェミーが上から呼びに来た。
「なになにー? 誰がモテモテだってー?」
「シェミー姉さんがその……殿方に大人気という話で……」
すっごく恥ずかしそうにサリーが言う。そのサリーの表情を見て、今度はシェミーの顔が引き攣った。
「あっ、ああ、そうだわ」
「んっ、これは何かありましたね?」
吐いてくださいな、と私は薄目になってシェミーを視線で射貫く。シェミーはプレッシャーに対抗することはせずに、あっさりゲロった。
「じっ、実は、ちょっと前にトーマス商店の裏手で……その……ちょめちょめ……をレックスとサリーに見られたんだわ……」
なにぃ! レックスに重大なインパクトを………私以外の人物が与えていたとは……!
「だって、ほら、好みの子だったし……私だって女だし……」
「お相手はお客さん……少年でしたよ?」
サリーが悪気ゼロの追撃をする。シェミーは瞼がピクピクしていた。
「少年とか……。まさかレックスには手を出していないでしょうねぇ?」
「私は出してないわ!」
おい………なにやってんだ……。
「そ、そうですか。ほどほどにお願いしますよ。レックスの煩悩は創作意欲でもあるんですから」
「うん、まあ、そうだわな」
言外に『カレンに言っておく』と聞こえた。チューブに押し込めたのは失敗だったか成功だったか。いやあ、レックスの溢れる性的衝動は決壊寸前だったのだ。認識阻害の魔法陣がついていない、普通のパンツを被ってポートマットの町中を徘徊していたかもしれないのだ。全てがギリギリだった、そういうことなんだろう。うん、そう思うことにしよう。
「夕食ですよね? 上に行きましょう」
「ああ……」
「なるほど」
サリーだけが、一人、何かに納得していた。何をどう納得したのかは、訊くに訊けなかった。
【王国暦122年10月3日 20:23】
夕食後には、レックスを閉め出して、女性陣だけにお土産を配った。
「どう……着けるんだ……?」
「前屈みになってください。そこでカップを当てて……」
ブラ着用講座、この場面はレックス垂涎だろうけど、彼に見せる訳にはいかない。せいぜい想像で悶絶すればいい。
否! 敢えて言おう、レックスは既に自分で着用していると!
まあ、乳房のサイズは関係するだろうけど、男性が着用しちゃいけないってわけじゃない。元の世界でも常用している男性はいたし、多少奇異な目で見られるだけで、限りなく実用品なわけだし。この世界では、まだ『女性専用』という常識が出来上がってないから、男性用下着として発展するかもしれない。非常に興味があるところだけど、私が生きている間に、その発展は見られるだろうか。別に見たくないけど。
「メンドクサイわ」
「そうね、体が……硬い……わ」
「慣れですよ、慣れ」
一足先に着用していたドロシーが偉そうに教えて回っている。
「何でこんな、したっぎっを?」
カレンの姉御は二の腕が太すぎて背中に手が回りにくいのか、苦しそうに訊いてきた。
「走ってもオッパイがボヨンボヨンしません」
「おー」
「へー」
反応が薄いのはシェミーだ。
「美しいオッパイを形作ることが出来ます」
「うん、それは確かにそうね!」
ドロシーがブラを着けたままの胸を誇示する。うん、良い形に補正できてるじゃないか……。
「つまり、女性が女性らしく動けて、輝けるようになります」
「素晴らしいです、姉さん!」
四人組のペネロペ、ダフネ、ジゼルは目を輝かせていた。フローレンスは、確実にバストアップした(ように見える)自分の胸に戸惑っていた。うはは、初々しいなあ!
「ねえ、これはトーマス商店で作って売ってもいいわけ?」
ドロシーが金の臭いを嗅ぎ取って、私に販売の許可を求めている。
「んっとね、今渡したブラジャーは完全に非売品。売り物にしないで。誰かに譲るくらいなら刻んで捨てて下さいな。形状や発想はどうぞ売り物にして下さいな」
コルセットの時代が短い方が、女性的には嬉しいと思うの。社会進出もしやすくなるけど、別に私は女性の地位向上を狙っている訳じゃない。女性が女性らしく、美しくあって欲しいと思うだけ。まあ、今回のモノは、あの清楚ワンピースにコルセットを使えない、その対策でもあったんだけどさ。
「姉さん、あの、あんまり私、オッパイがなくて……」
サリーが悲しそうな顔をしている。
「大丈夫、そのうち育つ。それに、そのくらいの乳が大好きな人も世の中にはゴマンといる」
ゴマン、がヒューマン語スキルで訳された。どういう風に伝わったのかはわからない。
「私、オッパイもお尻も、大きくなるように頑張ります!」
健気だ…………。うんうん、と慈愛に満ちた表情で全員が頷いた。アーサお婆ちゃん以外は。
「そうっ、入らないわっ!」
一人顔面蒼白のアーサお婆ちゃん……。そうだった、ちょっと長いんだった……。
急ぎ、カップ形状を修正してみる。
「これで……どうでしょう?」
「おっ?」
「おおー?」
「おおおー?」
ブラに収まった、アーサお婆ちゃんのオッパイは、背筋がシャン、としていることもあって、物凄い巨乳になった。一同の見る目が変わる。
「すごい、アーサお婆ちゃん……!」
「なっ、何だ、この溢れる母性は……!」
着用以前と今では、年齢が十歳は若返ったような、そんな錯覚さえ覚える。ベッキーさんの姉、と言われても不自然ではないほどに。
「そうかしらっ!」
重力に逆らう、その長大な乳房は、何百年後かに発明されるだろう、ロケットの比喩として使われることだろう!
「姉さん、さすがは世界一の魔術師ですっ!」
サリーが自分の胸を隠しながらも褒め称えてくれた。
「いや、何年か後には、レックスが下着の魔術師と言われているかもしれないよ?」
私がニヤリと笑うと、皆は不思議そうな顔をした。
――――ブルマの娘がブラなのは未だに納得いかないわね。普通にパンツとかパンティとかが正しいと思うの。




