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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
異世界でカボチャプリン
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中年のドワーフ女


 エレクトリックサンダーの解体は調査しながらということもあり、夕方近くまでかかってしまった。

 結局、肉は一部をフェイに渡して(一人で楽しむつもりらしい)、殆どは焼き肉パーティーのために私が持ち帰ることになった。本当なら内臓も焼き肉に供した方がバラエティに富んでいいのだけど、血抜きも満足にできなかったし、下処理は専門ではないので、こちらは諦めて焼却した。

「じゃ、炉を借ります」

「……うむ。……執務に戻る」

「そんなにニコニコしてたら、何があったんですか支部長、なんて突っ込まれてバレますよ?」

 ハッ、と口に手を当てるフェイ。

「…………………」

 おお、メンタルコントロールしているようだ。元の寡黙なダークエルフになっていく。

「……よし」

「はい」

 元に戻りました。


 手を振ってフェイと別れて、離れの建物へ向かう。

 冒険者ギルドに鍛冶施設があるのは、冒険者のケアの一環らしい。懇意の鍛冶屋、武器屋がいないような、駆け出し冒険者が利用することを想定している。一方では引退を余儀なくされた冒険者の、職業訓練的な施設でもあるらしい。離れになっているのは、火災を想定してのことだろう。トーマス商店にも魔法炉はあるんだけど、金床はここの方が質が良い。より良い金工に向いているわけだ。


「こんにちは、炉を借りにきました」

「おう」

 と鷹揚に返答したのは低い女性の声。

「こんにちは、マーガレットさん」

「おう、話は聞いてるよ。何か作るのかい?」

 マーガレットは引退した冒険者で、この鍛冶施設の管理責任者だ。ついでに言うとドワーフなのだけど………。女ドワーフが年齢を重ねるとどうなるのかというと……。


「はい、ちょっと。道具を作るのに必要だったので、自作しにきました」

「はっはっはっは、そうかいそうかい!」

 豪快に笑うマーガレットは、中年幼女だ。つまり、背丈は伸びず、皮膚と頭髪だけが経年を感じさせる。マーガレットによれば、ドワーフの女の老化パターンは、他にも髭が生えたりして男性と変わらぬ容姿になるもの、背が伸びるものなどがあるらしい。

 ドワーフはエルフほどではないけども長寿で、このグリテンはもちろん、大陸を含めて世界中に散らばっているから混血も多い。純ドワーフに近い者ほど、マーガレットのパターンになるのだそうだ。彼女に言わせれば、純血のドワーフはほぼいない、とのことだけど。

 ちなみに、マーガレットの年齢は…………怖くて訊いていない。鑑定で見ているから知ってるけど。


「今日は、お弟子さんはいないんですね?」

「ああ、一週間ほど、鍛冶ギルドに奉公に出してる。顔つなぎだな」

 建前上だけの話じゃなくて、本当に職業訓練なんだなぁ。

「そうですか。お二人とも、腕を上げてましたしね」

 名前は全然覚えてないけど、二人くらい鍛冶の訓練をしていた、元冒険者がいたはずだ。私がここに来るのは半年に一回くらいだけど、その間も続いていたし、腕が上がって鍛冶師の顔になっていたのを思い出す。


「まだまだだな。いやしかし、でも、そろそろあいつらも出て行く時期なんだよな……」

 そう言うとマーガレットは暗いため息をついた。疲れた三十路女(ヒューマン基準)みたいで、ちょっと色っぽい。

「はぁ……。ああ、こっちの炉を使ってくれ」

 ここは二つの魔力炉がある。この『魔力炉』という言い方も、そのうちに登場するだろう、動力炉と混同しそうだなぁ。

 マーガレットは鍛冶師としては、それほど腕利きという訳ではないけれども、知識が豊富で、勉強の質の高さを感じさせる。鍛冶のド素人が最初に師匠にするなら最適の人物かもしれない。

「はい、ありがとうございます」

 それほど時間もないし、さっさと作ってしまおう。


 備え付けの椅子に座るや否や、魔力炉に点火する。

「―――『点火』」

 今回はお手軽にインゴットを入手できたので、それを再加工するだけ。高性能な武器を作るわけじゃないし。五キログラムほどのインゴットを加熱して二分割。それを二組。

 キンキンキン、とタガネで割っていく。このインゴットのサイズは、武器とかを作る用途っぽい。ロックさんのところは武器用の金属供給がメインなのかしらね。鍛造とかは技術が必要で、ここに人手が必要になる。その前の段階の製鉄に関しては、もちろんそれなりに技術は必要なんだろうけど、やや大量生産っぽいことが出来るし、面倒な部分を分担し合ってるとも言えるか。


 炉に魔力を供給し続ける。イイ感じに赤くなる鉄。

 うん、まあ、金属製の鎧をぶった切るというわけでもないから、ここから鍛造していけば良質の刃物になるだろう。

 ヤットコで赤い鉄を掴み、金床の上に載せて、ハンマーを振るう。

 今回作る刃物は、直剣で、先端の尖った部分を平たくしておく。日本刀でいうボウシの部分がない。

「あれっ、上手くなってるんじゃない?」

 マーガレットが私の手際を見て気付いたようだ。だって、ルーサー師匠のスキルをコピーしてきたんですもの。

「ちょっと修行したんです」

 ゴメン、ズル(チート)してます。すごい引け目を感じるけど、間接的にはルーサー師匠が褒められていると思えばいいか。


 ガンガンガン、と乱雑に叩いていくけども、さすがにルーサー師匠のスキル、的確に金属を叩いて、均していく。

 うおっ、見る見るうちに刃物になっていくわ!

 五~六分も叩いたところで、雑な火花が飛ばなくなってきた。不純物が減ってきたのだ。

 この刃物は裁断機に使うので、先端に近いところに穴を空ける必要がある。

 焼き入れ後だと割れてしまう可能性があるので、鍛造で成形が終わったところで穴空けに入る。精密ドリルとか無いし。


「ん~」

 空けた穴から向こうを見る。うん、綺麗な円形。

 はて、円形、か。水系魔法であれだけ綺麗な円形の穴を空けられたということは。上手く調整すれば、こういう精密加工にも使えるんじゃないだろうか。

 魔力量を調節して、集約して小さな穴を穿つ、か。

 いやまあ、練習もしてない今やったら、金床どころか床どころか地面の奥深くにまで穴を空けちゃいそうだ。

 今回は普通に鍛冶師として穴を空けることにしよう。


 ポンチで慎重に穴を空けて、焼き入れ。

 瞬く間に四本が完成。


 あとは研磨しなきゃ。ここには新式の、魔力で回転させるグラインダーみたいな魔道具がある。ルーサー師匠のような古いタイプの職人からは忌避されそう。


 マーガレットによると、こういう魔道具を専門に作る職人さんがいて、お弟子さんに同じ物を量産させているのだとか。そう聞くと家内制手工業から大量生産に向かっているように聞こえるのだけど、そのお弟子さんもまた人を雇って同じ物を……と粗悪品の流通とともに、孫請けという、どこかの人材派遣会社か、ネズミ講のようなことをしているのだそうな。なかなか、この世界も世知辛いというか、良くできているものだと感心してしまう。まあ、がめついので評判の錬金術師ギルドが絡んでいるらしいから、納得できる話というか。


 研磨の前に炉の周辺に飛び散った金属粉を掃除。これはマナーね。

 グラインダーに付いている砥石は、石を丸く加工したもので、これも錬金術で作ったとのこと。ということは、消耗品までがめつく商売してるってことね。まあ、確かに通常の方法じゃ砥石を丸く加工なんてできないよなぁ。


「手早いね」

「ははは」

 マーガレットの褒め言葉も、ルーサー師匠に向けられているものだと思い直しつつ、私は乾いた笑いを見せる。偽りの肉体に偽りの技能(スキル)。『使徒』は、私をどうしたいんだろうね。


 金属粉を掃除して、研磨も完了。武器とかじゃないから、標準的な丈夫さがあればいいのだ。

「作業、終わりました。ありがとうございました」

「本当に早いねぇ。修行したっていうのは伊達じゃないねぇ。うちの弟子たちにも見習わせたいところだよ」

「いえいえ、私など」

 そう言って私はマーガレットに一礼して、鍛冶場を後にした。地味にメンタルを締め付けて苦しい。


「あら、もう終わったの?」

 受付に終了を伝えにいくと、ベッキーがまだ残っていた。夕方から夜の依頼精算ラッシュが終わって、受付全体が弛緩している。ポートマットの冒険者ギルドは王都ロンデニオンほどではないにせよ、割と大きめの規模だ。


「はい、一応の作業は終わりました」

「そう。見回りもあるのに大変ね?」

 まだ冒険者が何人か残っている。母親っぽいベッキーと、娘っぽい私が会話をしているのは、傍目には微笑ましい光景らしく、ウットリ見ている冒険者もいる。ちょっとキモイ。

「いえ、ええと……四日後ですね。楽しみにしてます」

 ニカッと笑いかける。

「そうね。私も母も、楽しみにしてるわ。お食事もしましょう」

「はい、ありがとうございます」

 おー、ギルドのお袋さんのお袋さんの手料理かっ。思わずだらしない顔になる。


 あっ。思い出した。


「あ、それでですね、トーマスさんがですね。差し支えなければですね、私の付き添いということでですね、一緒にお邪魔してもですね、よろしいでしょうか?」

 歯切れ良く言いにくいことを言ってみる。

「あら」

 ベッキーは短くいって、うーん、と考えた後、

「いいわ。トーマスさんにもお世話になってますし。もう一人の―――ドロシー? ちゃんは?」

「店を空けられないので難しいと思いますけど……聞いてみます。トーマスさんは確定ということで、お願いします」

 あー、何とかドロシーと一緒に訪問できたらいいなぁ。ドロシーの謎料理のレパートリーが広がるというもの。

 私はベッキーに合掌してお辞儀をして、その足でトーマス商店に向かった。


「もう店じまい?」

 はす向かいにあるトーマス商店は、歩いて一分。店じまいをするドロシーがいた。店じまい、とは言っても、軽く掃除をして看板をしまうだけなんだけど。

「あれ、アンタ、どうしたの?」

「うん。まあ、とりあえず、手伝うよ? 掃除は?」

「もう終わったわ。看板を中に入れて終了」

「そっか。トーマスさんは?」

「今日は戻ってきてるわ。例の港の大型倉庫は目処が付いたんですって?」

「うん。そうだね。あとは内装だけ、みたいな事言ってた」

「そう。中入りなさいよ」

「うん」

 促されるまま、店内に入る。ドロシーは中から施錠して、店内の魔導ランプを消す。


 トーマスは一階の工房にいた。

「おう、どうした」

 いつものかけ声。

「今、冒険者ギルド行ってきたんですけど。ベッキーさんの自宅への付き添い、了承得ましたよ」

 顔の電球がピカーっと光ったようなトーマスは、見た通りちょっと頭髪が薄い。

「ほんとうかっ!」

 私はトーマスの様子に引きながらも頷き、

「それで、ベッキーさん、ドロシーもどうですか、って」

「私も? 何で?」

 隣にいたドロシーが声をあげる。

「うん、元々、ベッキーさんのお母さんに編み物を習うって話でさ。食事も作るから、一緒にどうですか、って話なんだけど」

 チラッ、チラッとトーマスを見る。

「行くのは何時頃なんだっけ?」

 ドロシーに伝えるようにトーマスが言う。ああ、これは了承ってことかな?

「四日後の安息日のお昼くらいにベッキーさんの自宅に行くことになってます」

 説明口調の私に、ドロシーはトーマスをちらりと見た。

「朝の忙しい時間が終われば行けますけど? いいんですか?」

「従業員研修のため、とでもしておくか。見聞を広める名目で」

 ニヤっとトーマスが笑う。本人はニコっと笑ったつもりだろうけど。

「はぁ」

 気のない返事をするドロシーだけど、こういうときのドロシーは、喜んでいる。

 私をダシにベッキー宅に乗り込もうとしているトーマスも喜んでいる。



――――ま、全員winーwinで、楽しそうだからいいか。





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