※無力化の考察
【王国暦122年10月1日 23:42】
「つまりじゃな、物理的に触れられる何かを作らなければならんぞ?」
《う、うむ……》
第十階層に戻ると、ノーム爺さんの説教は続いていた。でも、頭ごなしに叱るのではなく、建設的に指導をしている点は好感が持てるね。
「ただいま。ノーム爺さんも攻撃手段には考えさせられたんだよね」
「そうじゃよ…………。ジュリアスめは儂を役立たず扱いしおったからの?」
こんなに使える精霊を役立たずですと……。使う人によって見方が変わるとは言え、何と固い考え方だろうね。
《ノーム様の場合は土を投げる。では我は光を投げようとしても…………》
ブライト・ユニコーンは座ったまま思案顔に加えて嘆息した。
「うん、光の場合は、直進性を生かすべきだよね」
《れーざー、というやつだな》
「ああ、うん、まあね。さっき、不完全なまま撃とうとしたでしょ? 練習不足が一目瞭然だったね」
《それで止めさせたわけか……我の完敗だ》
「いや、最初から勝ち目などないじゃろ?」
「まあまあ。前向きに考えよう。さっきみたいに、エミーが人質に取られた場合の奪還………って想定で考えてみようよ」
ノーム爺さんの蔑んだ目、私のスルーで、ブライト・ユニコーンはさらにシュン、となった。けれど、前向きに、という私の台詞を反芻して、顔を上げた。うん、そうこなくちゃね。
「大前提としては、傷つけずに無力化する、ってことなんだけど、直接手段や疑似魔法を含めるとこんな感じだよね」
① 殴る・蹴る
② 電撃で痺れさせる
③ 足元を固めてしまう
④ 何らかの手段で昏倒させる
①は剣やメイスで殴りつけるのも含む。②は加減した雷撃、③は『泥沼』『土拘束』だ。
「何らかの手段、とな……?」
「そう、④を考えてみようよ。たとえば『魔力吸収』は一気に気絶まで持って行けるから有用だよね」
《なるほど……物理的に触れられなくても、魔力的には触れられるからか》
「その通り。つまり、魔力的に接触さえすれば、この魔法は使えることになるよね。あとはねぇ……相手が生物で、目を開いているという前提なら、フラッシュが使える」
「ふらっしゅ?」
ノーム爺さんが言うとちょっと可愛い。
「うん、こんな感じ」
私は目を瞑って、『灯り』の発動とキャンセルを一秒間に十回繰り返した。パパパパパパパ、と瞼の向こうが明るく点滅して見えた。
《こんなことが……役に立つのか?》
「相手に目があって、脳があるなら効果があると思う。気絶に持って行ける可能性すらある」
いわゆるポリゴンフラッシュ。視神経が明滅について行けなくてパニックを起こす。
「もう一つは、逆に光を遮断しちゃえばいい」
《なんと?》
光の精霊に、光を使うなと言っているのだ。
「『不可視』は光の情報を曲げて、本体を透過させるでしょ? これを相手の顔の周囲でやればいいわけ。結果的には見えなくなると思うんだ」
《そうだな。我の姿を別の位置に誤認させるのはどうだろうか?》
「たとえば隣に化身を見せる、みたいな技だね? ――――こんな感じかな?」
ブライト・ユニコーン以外の、その辺を飛んでいた光精霊たちを使役して、イメージを伝える。光の精霊たちから、わかった、と了承の意志が伝わってきた。
「お……?」
《おお……?》
私はまるきり動いてないけど、ノーム爺さんとブライト・ユニコーンには、私の位置は一メトル左に見えているはずだ。
「一定の距離とタイミングが合えば有用だと思うけど、相手の位置と自分の位置が違えば意味がなくなるよね。いま、二人に対して魔法を使ったんだけど、二人が位置を変えると私は丸見え。効果を持続させるには、位置をずっと調整し続けないといけない。自動追尾だと途端に魔法の難易度が上がるのは理解できるよね。それと、根本的には、光の精霊が言うことを聞いてくれないと、この魔法は使えない」
《つまり、我よりも上位の精霊がいたら、使えないということか》
私は頷いた。LV7精霊という半端な立ち位置のブライト・ユニコーンには、障害となる上位精霊の存在が確実視されている。同種上位の精霊が一番の障害だというんだから世知辛い。
自動追尾の方を補足するなら、いわゆるホーミングを実現させるためには、魔法に標的の情報(魔力波形)を組み込んで発動しなければならない。それぞれの生物には基本となる波形があるにはあるものの、自分の波形を一時的にでも変えられるような実力の相手にはまるで意味がない。
「視界を遮る系統は、格下にのみ有効ってことだね。その点、『フラッシュ』は格上でも効く可能性があるけど、相手が生物以外なら意味はない」
「なるほどのう……?」
《目くらましや脅しにはなる。『魔力吸収』以外にも手はあるのか?》
少しは自分で考えろよ、と思うけど、元の世界の知識に拠っている部分もあるからしょうがないか。
「んーと、たとえば…………」
土の床に図を描いて説明する。
「鏡みたいなのがあるとするよね。光が反射するように二枚置いてみる(①図)。これ、光が赤外線だったら?」
《れーざー、をかなり収束させれば熱が発生するだろうな》
「火の精霊が動きやすい環境だのう?」
「うん、火の精霊が相手だったとしても、与える熱量は変わらないでしょ。ま、本題はそこじゃなくて、この鏡と鏡の間を長くしてみたら(②図)どうかな?」
《熱であれば物理的に触れるということか。剣のような形状にすれば……》
「うん、鏡をどうするか、って問題はあるだろうけど、中空の棒の上下に鏡がついている物体がある、と仮定して(③図)、その間に収束した赤外線を通すことができるのなら剣として成立する……と思う」
あ、レーザーブレードが出来そう。惜しいのは赤外線が目に見えないことか。いーや、発光機能は別途、当然付けるでしょう!
《なるほど、仮に鏡がないにせよ、一瞬だけなら一定方向に束ねてレーザーを出すだけでも、熱による接触や攻撃は可能か》
「そうそう。幸いにして、っていうと変だけど、ユニコーンは蹄に見えるけど爪が内蔵されてるじゃん? 爪から短距離、一瞬だけでも赤外線を束ねて出せば攻撃になるはず。あとは、その角だよね」
《おお!》
再度、図にしてみる(④図)。
「こんな風に赤外線を出せば、角の先端に収束するから、短距離で済みそうだよね。間違うととんでもない方向に行っちゃうから(⑤図)、訓練するしかないねぇ」
わざと収束を甘くして(⑥図)みたいに拡散レーザーみたいな使い方も出来そう。うん、レーザーブレードの原理はできたかな。
《うむ、訓練をしてみる》
「レーザーそのものの収束と、どこに焦点を置いて、どのくらいの光量で、どのくらいまで減衰するか、させるか、練習だね」
《わかった。あいすまんが、何か的を用意してくれぬか?》
ちっ、面倒なやつだ。
「ノーム爺さん、土壁、すごい固いやつ、出してあげてよ」
「うむ……わかったぞい?」
素直に応じるノーム爺さんだけど、その表情が暗い。精霊の表情! なんて人間臭いんだろうか。
ノーム爺さんが手を翳すと、迷宮の床材を使って、幅五メトル、高さ三メトルほどの土壁が出来上がった。
「これで練習すればよかろう?」
《ノーム様、感謝する》
ブライト・ユニコーンが嬉々として赤外線レーザーの練習を始めると、ノーム爺さんが近寄ってきた。
「のう……儂には何かないのかのう……?」
「何かって?」
「土槍以外の攻撃手段じゃよ?」
「ああ…………」
ブライト・ユニコーンの情熱に感化されたわけね。
「わかったよ、何か面白いこと考えてみよう」
「おお!?」
ノーム爺さんの感嘆の声に、私はニヤリと笑いかけた。
【王国暦122年10月2日 0:16】
ははっ、今夜も寝られそうにないな……。
多少の脱力感と共に、ブレインストーミングを続けてみる。
「じゃあ、非殺傷の無力化と、攻撃力特化。二つの方向で考えてみようよ」
「うむ……。格好いいのがいいぞい?」
ちっ、『面白いこと』って言ったのをちゃんと聞いていたとは。目敏いな。ああ、精神の一部が繋がってるから、悪巧みみたいのはわかるんだっけか。なかなか面倒臭い存在ですこと。
「うーん、まずはこういうのはどうかしら?」
その辺の石と土塊で筒状の剣(?)を作る。
「格好悪いのう……?」
まあ、グニャッとしてるしなぁ。イメージとしてはボーリングの試掘、パイプから出てきた地層なんだけど。
「うん、今は剣の形にしてみただけ。別に剣じゃなくていいんだ。向こうの武器に絡みつく形であれば」
「ふむ……?」
「土精霊たちにさ、『とにかく柔らかくしろ!』って指示を出して、紐状の土を飛ばすのさ」
「ああ…………なるほどな?」
触った装備を破壊するという凶悪さに気付いてくれたようだ。
「土球でもいいんだけど、より斬られやすい形の方が接触の機会が多くなると思ってさ」
「ふむ………?」
「これは私じゃなくて、ノーム爺さん自体の攻撃として考えてよ」
「こうかの……?」
ノーム爺さんは土壁を出してから、紐状の土塊を飛ばした。と、土壁に紐が接触した形で穴が空いた。
「面白いのう……こんな単純なことで攻撃になるとは思わなんだぞ?」
ノーム爺さんが土紐をバンバン飛ばすと、そのうちに土壁が崩れ落ちた。つまりこれはその辺の土塊を媒介にして、土精霊そのものを飛ばしているわけだ。特筆すべき点としては生体に影響を与えないということか。
「これも問題点があるよね。まず飛ばすのを風精霊に頼っているのは変わらない。精霊を斬ることのできる魔法が付与されていたら効果がない、そもそも精霊を斬れる人には通じない、避けられたらおしまい、と」
「それはまあ、お主が使う泥沼? 土拘束? をして足止めしてからでもいいじゃろ?」
「そうだね」
いいね、ディスカッションが上手くいくと楽しいわね。
「あとは他の精霊、たとえば水精霊じゃの。あたりに邪魔をされるとやっかいじゃのう?」
ノーム爺さん曰く、『モノを集める』性質を持つ水精霊に、横から土塊を集められてしまうと、土紐に内包された土精霊が霧散してしまうとのこと。
「うーん、でもまあ、今の状態でマッコーキンデール卿とやる時は、ノーム爺さんと一緒に戦えないんだよ」
「何故じゃ?」
「ノーム爺さんと契約したのは『ラーヴァ』だと目されているから。だから、ジュリアスがここにいると知られるのもマズイっちゃマズイ」
「そうか、それで偽装装備を作ったんじゃったのう?」
「でもまあ、何とでも言い訳の利く状況ではあるけどね」
バレてもシラをきるつもりだけどさ。
ああ、でも土紐の発想は普通に使えるね。銅の弾丸をアルパカ銀に変更してみるか。それで、遅延発動をするようにして、当たったモノの結合がゆるゆるになるように小さな魔法陣を刻む、と。
「それでな、攻撃力特化の方じゃがのう?」
「ああ、うん、何かを飛ばす、っていう点を考えるとさ、風精霊と対峙したら何もできないじゃん?」
「確かにのう……。飛ばすのは風精霊に頼んでおるからのう?」
「でも遠距離を攻撃したい、となったらどうする?」
「宙に土塊を浮かばせるのは一苦労だしのう……?」
「うん、その、飛ばす、じゃなくて、這わせりゃいいんじゃないかと」
「ほう……?」
「うーんと、こんな感じ」
私は手を床に着けて、崩れた土壁に向けて筋を通してみる。
ボコボコボコッ
土がうねり、生き物のように盛り上がり、あたかもモグラが走ったようだ。
「なるほどのう……!?」
私の土系魔法ではせいぜいあの程度の速度しか出ないけど、土精霊そのもののノーム爺さんなら、もっと素早く土を動かせるだろう。
「まあ、これも問題があるとすれば、土がないと使いにくいかな。石畳や固い床とかだと使いにくいはずだよ。あとは空中、水中でも使いにくいけど、十分実用になるんじゃない?」
「うむ……。練習してみるぞい?」
「うん、じゃあ、二人とも頑張って」
またまた手を振って、私は工房へと戻ることにした。
【王国暦122年10月1日 0:31】
全く手の掛かる精霊たちですこと。
何かやることが色々あるような気がするけど、思いついたことからやっちゃおう。
まずは銅弾と、アルパカ銀弾を作る。
銅弾の方は『成形』で形を整えるだけ。最近は鋳造さえしなくなってきた気がするけど、これはぶっちゃけ銅の塊でいいのだ。
なので、雷管とかはないし、リムに相当する部分もない。薬莢と弾頭は一応区別して作ったけど、段差があるだけ。
うん、そんなに遠距離で使うものじゃないし、そもそも投擲か指弾だからこのくらいのいい加減さがいいのだ。そりゃ、ライフリングとかあれば、もっと正確に着弾するんだろうけどさ……。捻って真っ直ぐ飛ばせるように練習してみようかな。
ということで、銅弾は千発、アルパカ銀弾は百発作っておいた。小さい魔法陣を刻む手間があるから、原価が安いとはいえ、製作費込みで考えたら、かなり面倒臭い作業だった。
次は…………ああっ、思い付いたら作りたくて仕方がない! レーザーブレードだ!
握り手の形状は、やはり、懐中電灯の形。これは譲れない。
赤外線レーザーは発振された後に剣先端の鏡に反射、受光部に戻り、光精霊を再利用する―――のサイクルを一組にして省魔力化を図る。一周するのに必要な本数をとりあえず十本に設定してみる。あまりレーザーが密ではないけれど、どんなものなんだろうね。中心の発光棒の長さを調節して、剣としてのバランスも考慮しつつ組み上げる。
ロングソードというには短く、ショートソードというには少し長いか。手元の懐中電灯……いやレーザー発振部が十本で足りない場合は、もっと重くなるだろう。その分、先端の鏡部分も重くしなければバランスが取れない。
この時点で試し切りをしてみる。
とりあえず鉄の塊を取り出してレーザーブレードの刃を当ててみる。レーザーは、もちろん普通の目には見えないけれど、『暗視』スキルを使うと見える。
「ん~?」
ジジジ………と焦げた音がして、鉄臭さが工房に満ちる。
斬ろうとした物体に遮られて、レーザーが途中で止まる。直進したレーザーに徐々に焼かれていく鉄塊は、一部分がオレンジ色になって溶けていた。
「スッパリとはいかない、か」
レーザーの強度を上げ、本数を増やすしかないか。手加減を知らない私は、倍の二十本、強度も倍にしてみた。
よーし、スイッチオーン!
懐中電灯を模したスイッチをオンのポジションに入れる。
「わっ」
スイッチを入れて数秒もすると、発光棒が赤くなり、手元にも熱が伝わってきた。やりすぎた。
発振部を十五本、発振強度も落としてみよう。
この状態で鉄塊を斬ってみる。と、バターを切るような感覚で鉄塊がスライスできる。問題は中央の発光棒が発熱してしまうことか。
発光棒に耐熱の魔法陣を刻印してみる。この対処方法は豊富な魔力量による力技と言える。量産することになれば、ここは脆いのを承知の上で、セラミックコーティングすべき。その場合は発光装置を取り付ける場所を再考しなければならない。
ところでどうしてこの棒が発光棒なのか、と言えば、単に蛍光色に光るようになっているから。緑色なのは、レーザーブレード、ライトセーバーならこの色だからさ! ビームサーベルは生身じゃ使えないと思うから作らないと思うけど、仮に作ったときのために、ピンク色の蛍光色は取っておきたいじゃない?
握り部分には念のため木の皮を巻き、その上に革を巻いて…………。
「ムフフフフフ…………」
恐ろしい剣ができあがった。
ブオン、ブオン
音もちゃんと再現されている。この音は別に魔道具で鳴らしているのではなく、素でこういう音なのは驚いた。よくわからないけれど、レーザーの途中で空気分子が焼ける音じゃないかと思う。焦げ臭いし。
この剣の問題点は幾つかあって、
① 先端が刀じゃないので突きができない
② 複数の中級魔核で補助をしないと一般人が使えない
③ セラミック装備が天敵
④ 雨が降ると使えない
⑤ レーザー発振をしないとポッキリ折れるほど脆い
⑥ この剣で実力者の実剣を受けられない
なんて致命的な欠陥だらけの剣なんだろうか。
でも、格好良いから作った。後悔はしていない。
えーっと、今何時…………。
【王国暦122年10月2日 2:31】
「あっ」
やばい、まだやることがあるのに!
―――――すぐに後悔した。
柔らかい土剣を作図してみたところ、非常にアレな形になってしまったのでパスしました(汗)。レーザーブレードは、懐中電灯を振り回して「ライトセーバーだ!」「いいやビームサーベルだ!」「レーザーブレードだろ!」と遊んだ記憶が蘇りますね!




