※丸さの男
【王国暦122年10月1日 4:42】
「うーん」
直径半メトルの土球に、手が付いて目と口の穴が空いている物体が目の前にあるんだけど…………。
「ノーム爺さん、いる?」
実体化を求めてきたので承諾すると、土精霊たちが集まって、ノーム爺さんを形成した。
「ほい。……何じゃこりゃ?」
「よくわかんない。岩系ポケモンかな」
「ぽけもん?」
私とノーム爺さんは、二人して手を広げて、首を傾げた。
「要するにね、爆発した人間を、可能な限り元の機能を保ったまま修復しようとした結果なんだけど」
「ということは、これが人間だということじゃの……?」
うーん、元の世界で言ったら岩男潤子? いや男だから、岩男男子だな。いわおだんし! 何か格好いいな!
「一応の命は繋いでいるみたいだけど、このままだと、単に人間の血肉を巻き込んだ半生物・半鉱物だよね」
「人間は血液が巡らんと死んでしまうんじゃろう? なら、早晩死ぬぞい?」
ノーム爺さんに指摘されて、その通りだと思った。血が土塊に吸い取られて、乾いて水分を失えば死ぬだろう。単純に水に浸ければいいというわけでもなさそうだし……。
「生かすには……人間以外のモノに変質させるしかないか」
それはつまり魔物化のことだ。要領としてはリヒューマンを作るときと同様でいいはず。
「めいちゃん、人工魔核、魔物中級サイズを一つ持ってきておくれ」
『……了解しました、マスター』
「乾燥を防ぐだけなら、表面を陶器化すればいいかもしれんぞ?」
「それだと根本的な対策にならないけど、発想としてはいいかも」
海老っぽい……つまり外殻を作り、外骨格にすればいい。
ん~? 外骨格か……つい一昨日、陶器で白い宇宙刑事を作ったっけなぁ。今度は赤い宇宙刑事でも作るか? しかしなぁ、この丸いものを人型に改めるのも難しそうだし……。
「マスター、人工魔核を持参しました」
グラスメイドが、まだプニプニしている柔らかい人工魔核を持ってきてくれた。この迷宮の刻印がされている。
「ありがと」
自らの創造物にもお礼を言ってしまう私は性根が日本人なんだろうな。
人工魔核を『岩エスモンド』の口の中に入れてみる。
「…………………!」
発声器官がないので、声は上げなかったけど、あれば苦悶の声を上げただろう。そんなエスモンドに、押さえつけるように触れて意志を伝える。
「生きたいなら、その魔核を受け入れて下さいな。人間ではなくなりますが」
そう言いながら、触れた手から、岩エスモンドに魔力を注ぎ込む。
既に死んで生を放棄している存在を、無理矢理叩き起こしたのが不死者だ。この時点でしっかり魔物であるのだけど、不死者には魔核が存在しない場合がある。それほど多くの不死者を生成したわけじゃないけど、魔物寄りに生成されて破壊(すでに死亡しているから破壊が正確なところだ)された場合には魔核持ちとなり、まだ人間に未練がある場合は自らを人間(の死体)だと思った結果、破壊されても魔核を生成しない不死者になる――――のように感覚では理解している。
自分を人間であると思っていたとしても、本来の動力源である心臓はもう動いていないから、ここに魔核で補助をして動かしてみたのがリヒューマン。本来、魔核は魔物の死後にしか生成されないのだから、リヒューマンは『死んでいる人型の魔物』、つまり死者を模倣して動かしているだけであって、不死者の範疇は超えていないわけだ。
対して、今回のケースは、明らかに即死ではあったものの、肉片が飛び散った数秒後には保全したので、恐らく、正確には死んでいない。生き延びたと判断している。脳が飛び散っていたので記憶の方は正直怪しい。成功しても「ラッシャイ」か「イッシー」しか喋れない可能性が高い。ポケモンだからね!
だからこれは情報を得たいがための修復作業でも、人道的な感性からくる偽善でもなく、多分、趣味…………。そうしたいからしてるだけ、っていうのが正しいように思う。
っと、まあ、要するに、辛うじて生きている人間を、本人の許諾を得ずに魔物化しているわけだよね。そのままだと死ぬよ、って脅してね。耳があるのかどうかは知らない。だけど手を添えて話したから、振動で言葉は伝わっているはず。…………理解できるかどうかわからないけど、本能が察してくれるだろうと願いつつ。
岩エスモンドは徐々に柔らかくなっているようで、丸い岩の形からスライムのように、だらしなく地面に広がった。
「このままだと床に同化してしまうのう?」
ノーム爺さんに言われて、とりあえず、このグミ状エスモンドを床から切り離すことにした。何か適した素材は………。
「コレを使うか」
魔力への親和性、硬度、共に申し分ない。先ほど回収したアルパカ銀を適量取り出して、魔力を注ぎながら成形、鍋の形にする。グミ・エスモンドを誘導して、鍋の中に入れる。
これ……スライムになっちゃったのかなぁ……。それとも形状が不安定なだけ………。あ、そっか、スライムってそういうことか。あれって、魔物になりかけの何かなんだね。中途半端な存在のまま固定されちゃったとかなんだね。
しかし、このままゲル状なのも問題がある。
「む………」
鍋の中を見ると、グミ・エスモンドが、今度は鍋と同化し始めていた。これが生命の神秘というやつなのか……。
いやいやちょっと待てよ、このままだと鍋男になってしまう。そこに鍋猫みたいな可愛さは一切ない。
ある程度可動、自力で移動できるように誘導してやらねば。
とりあえず丸くして、手足を生やしてみよう。完全な人型はすでに期待できないから。
「――――『成形』」
んんんんん…………。
あの丸い水陸両用モビルスーツにしか見えなくなってきた。
【王国暦122年10月1日 5:09】
「これは疑似的な土精霊ともいえるぞい…………?」
「形状についてはこの辺が限界かな………」
ミサイルも内蔵してないし、メガ粒子砲はダミーだし、バーニアはついてないし、ウォータージェットもついていないし(というか水に入ったら間違いなく沈んで浮かんでこられないはず)、内部はドロッとしてるし。腕とかだらしなく伸びちゃってるし。
でもまあ、ちゃんと口も付けておいたから、本人にやる気があれば発声器官として機能してくれるだろう。
「聞こえる? 喋れる?」
ガチャガチャ
胴体の丸い装甲部分部分が縦に割れて、開いたり閉じたりしている。装甲の下には、これも縦に口が配置されていて、これが喋った風ではあったけど、声にはなっていない。
「空気を通す管を作るんだ。空気を通して、管を震わせる」
ゲッ、ゲッ、ゲポン
最初に出す声がそれか。身も心もモビルスーツになってしまったようだ……。
外殻はアルパカ銀のためか白っぽい。角度によっては青みがかって見えるか。
このエスモンドは果たしてエスモンドなのか、生物なのか鉱物なのか、人間なのか魔物なのか。はたまた宇宙世紀の機動兵器(水陸両用)なのか。
ここまでの変遷はといえば……。
① 中年男(時々壁男)
② 頭の爆発した死体
③ 土塊を頭部にした死体
④ 土塊に飲まれて土球に手が生える(イシツブテ状態)
⑤ 魔核を得てゲル状の魔物
⑥ アルパカ銀の鍋に入れたら同化
⑦ 鍋を外殻に歩行ユニットを付加
⑧ 外装を整えた ← 今ココ
⑥辺りでもう何者なのか怪しくなってきたわけだ。いやいや、②の時点で死体ではあるよね!
ちなみに『人物解析』では、
-----------------
【エスモンド・ヘッド】
性別:
年齢:
種族:鉱物
所属:ロンデニオン西迷宮
賞罰:なし
スキル:
生産系スキル:
生活系スキル:ヒューマン語LV2
-----------------
となっていて、種族のところが『鉱物』って……種族なんだ? と、首を捻る鑑定結果が出ている。
これは……金属人間だ。っていうと何だか凄い存在みたいだけど、単に金属のボールに土と肉が詰まってるだけだよね。
一つわかったことは、このエスモンドは魔物ではあるけれど人間に近い扱い、リヒューマンと同列と見ていいということか。
「ああ、あうっ、いいい、痛い、んで」
あ、ちゃんと意味のある言葉を喋った。モビルスーツからの卒業おめでとう。
「痛くない、痛くない、それが普通なんだ。まだ慣れてないだけだよ」
子供をあやすように金属球に話しかける。
「うう、うう、痛く、ない」
「そうだね、痛くないね、それが普通だよ」
「これ、が、普通」
エスモンドが落ち着いたところで、会話を試みる。
「君の名前は? 覚えてる?」
「えええエスモンド・ヘッド」
なんと! 記憶がある!
「私は誰だ?」
「めめ迷宮管理人。マスターで」
「うん、私のことは『お嬢様』と呼ぶように」
いや、何となく、流れだよ流れ。
「お嬢様……。とお呼びすればいいんで?」
あ、口調がしっかりしてきた。元のエスモンドと違和感がない程度になったかも?
「そう。お嬢様だよ。エスモンド・ヘッド、君はどうなったか覚えている?」
「……………………?」
当たり前だけど金属球が口を開いているだけなので、表情とかはない。目なんて一つにしたはずなのに二つちゃんとあるし。いや、よく見ると三つくらいあるぞ……?
「君は、錬金術師ギルドのギルドマスターである、ラシーン・セルウェンに殺された」
「ラシーン……らららららしーん! くっそぉ! くっそぉお! 俺を殺しやがったんで!」
おお、ちゃんとキレた。正常……だよね、これ?
「ああ、そうだね。ラシーン・セルウェンは酷いやつだね」
「あんのババァ! ゆるっゆるっ、ゆるさねえ!」
金属球エスモンドは、ムダに口が大きいので大声だ。五十センチくらいあるもんな。っていうか、非常に、とても、凄く、性的な方向でイヤらしいのだけど。こりゃ、早晩作り直しだなぁ。なんで口を縦に配置しちゃったんだろうか…………。
「まあまあ、落ち着こう、エスモンド・ヘッド。とりあえず記憶の確認をしよう」
そこで、先ほど訊いた尋問の内容の答え合わせを始めた。
【王国暦122年10月1日 5:25】
『お姉様、いらっしゃいますか?』
エスモンドにインタビューしていると、中空からエミーの声が響いた。
「はいはいー、おはようー。今、第十階層にいるよ。朝食は終わった?」
『今、配膳を終わったところです』
「それじゃあ、朝食が終わったらフレデリカと一緒に第十階層に来てくれるかしら」
『はい、わかりました、お姉様』
エミーとの会話を終えて、再びエスモンドに振り向く。
素直になったエスモンドから聞き出したのは、補足を入れると以下の内容だった。
① 昨晩の『作戦』に駆り出されていたのはエスモンドを含めて四名、ギルマスは指示だけ出して不参加だった
② 『風走』の魔道具は貴重品ではあるものの、ギルドの倉庫には少なくとも十個はあったらしい
③ 錬金術師ギルドについての情報に齟齬はなし
④ マッコーキンデール卿についてはよく知らない
⑤ こめかみに埋め込まれていた魔道具? は、爆発するとは聞いていなかった
⑥ ラシーン・セルウェンぶっ殺す
⑦ 例の『盗んだ本』に、一部の罠魔法陣の発動方法が掲載されていた
⑧ 魔道具の元ネタはほとんどが、その『盗んだ本』に記述されていたものである
⑨ 九月二十八日に冒険者を使って襲撃を依頼したのはラシーン・セルウェンである
①の四名は以下。
・エスモンド・ヘッド(男・三十代中盤)
・ローズマリー・マクドネル(女・二十代中盤)
・ジェフ・オーデッツ(男・二十代後半)
・シーラ・ソレク(女・二十代前半)
エスモンドとローズマリーがペア、ジェフとシーラがペアで活動していたとのことなんだけど、北方でジェフ組を見なかったので、エスモンドを捕獲した段階で逃げ出していたのだろう。
ちなみにローズマリーとやらはさっさと逃げてしまったようで、エスモンドはこれにも恨み節をガチャガチャと叫んでいた。
②は正直言って面倒臭いなと思う。『風走』LV1程度だと、魔力的には騒音じゃなく雑音程度なので、見分けが付きにくい。その他、ギルド製造の使い捨て魔道具が、幾つも在庫が(要は売れなかった残り)あったそうだ。
③は、齟齬がない、というよりは、そういう風に教えられてきたんだろうね。やっぱりエスモンドは下っ端もいいところで、情報を与えるにしても限定的にしか教えてもらっていないのだ。
④については、まあ、そんなものだろうと思う。
⑤は『位置を特定する魔道具』っていう説明を受けていたらしいのだけど、特定の波長の言葉(音は波だから、検出は可能だろう)をエスモンドが口にしたら爆発するようになってたんだろうね(位置を特定する魔道具は別に持っていたのにね)。
そりゃ、その程度は私にも作れるけど、作ろうとか思わないよなぁ。全く他人のことを言える立場じゃないんだけど、ギルマスであるラシーンは、ギルド員を人じゃなくて駒だと思える人なんだろうね。
⑥はもう、ことある事にガチャガチャ言ってたもんね。このエスモンド、実に騙されやすい人間というか、根が素直なんだろうね。
⑦の盗んだ本っていうは気になる。自分で考えてない、本に載ってたものを作るだけ………キテレツ大百科みたいだなぁ……。
⑨は重要な情報で、これを以て錬金術師ギルドは明確に敵と認定することにした。
【王国暦122年10月1日 5:42】
手早く食事を終わらせたのか、エミーとフレデリカが第十階層にやってきた。
「なに、それ!? カプル!?」
フレデリカはターンAな反応を見せてくれた。そうそう、ザクがボルジャーノンなんだよね。
「いや、鉱物の魔物……人間かなぁ……エスモンドくん、副迷宮管理者の二人だよ。挨拶して?」
「おはようございます」
ガチャガチャ、とエスモンドが挨拶をすると、エミーはポカンと口を開けて、フレデリカは顔を赤らめた。
「これは卑猥過ぎる!」
フレデリカにしては珍しく、絶叫した。
――――エスモンド、作り直し決定。
岩男潤子さんはCCさくらの知世ちゃん役などをやっている声優さんです。アイドルグループに所属してたんですよねぇ……。