※迷宮での物作り2
【王国暦122年9月30日 9:45】
工房に入ってすぐ、ノーム爺さんを実体化させて呼び出した。
「ノーム爺さん、この金属、知ってる?」
鑑定で正確に表示がされないのがおかしい。罠魔法陣に使われていた金属線をノーム爺さんに見せる。
「ふうむ…………?」
「どう?」
「ほう……………?」
「どうなの?」
「いや、しかし……?」
「………………」
ノーム爺さんが考え込んでいる。レア金属かっ!
「以前、銀と銅の合金を作る実験をしたじゃろ?」
「うん、銅を混ぜて、どこまで銀と誤認するか、ってやつだよね」
「うむ。説明するのに、とりあえず、この金属を成分ごとに分けてみるぞい?」
ノーム爺さんは言うが早いか、白い金属線に触れる。金属線が生き物のようにグニャリと蛇のように曲がり、とぐろを巻いたかと思うと、いくつかの金属片に分かれていった。
「え、銅なんだ?」
「うむ…………しかしな……?」
ノーム爺さんは考えつつも合金の分離を終えた。
出てきた成分は、
① 銅 70%
② ニッケル 15%
③ 亜鉛 10%
④ 銀 5%
の四種類だった。つまり、洋白に近いモノだったわけだ。フレデリカが呟いたことは正解だった。
「ははあ、洋白か……」
「うむ、『アルパカ』じゃの。お主の世界ではそう言うのか。しかしな、これを混ぜただけでは、恐らく元の魔法を帯びやすい金属にはならんぞ?」
「へぇ………? 何か魔法的な……錬金術的な処理がされてるってことね?」
「そうなるのう。単純な合金ではなく、錬成したものじゃないかの?」
「なるほど」
結局のところ、そのレシピが見つからないとどうにもならないなぁ。こういうのはルーサー師匠に訊いてみると話が早そうだけど、現物がすでになくなっちゃった………。かの素材解説本には載っていなかったんだよねぇ。再読して確認してみないと。それよりは現物をもう少し欲しいな………。
「後で掘り返しにいこうっと」
知的好奇心を刺激されたのか、ちょっと調べてみるぞい? などとノーム爺さんが張り切っていたので、他のことをやっておこう。爺さんにとっては、これはきっとパズルみたいなものなのかな。
まずはローブから。
これは以前も作っていたので、同じものをもう一着。
シンプルなデザインのローブは、型紙を渡して、グラスメイドに作らせてしまう。
ミシンの扱いについては、実は私より上手いんじゃないかと思うんだけど、半ば機械みたいなものだから正確なんだろうね。
「んーと、色だけど…………」
裏地の色も揃えないとなぁ。
エミーのリクエストは白/緑だっけか。 サリー用には赤と白?
実際に生地を合わせてみると、赤/白は絹の光沢もあって竜宮城にいそうな衣装になりそうだったので、無難なところ、紫っぽいピンクになるように調整した。
結局、私用に黒とえんじ、エミー用に白と緑、サリー用に白と紫がかったピンク。
これらはいずれもフード付き。完成後は縦糸に魔法を付与。実に頑丈なローブになった。
お次はマント、これも型紙があったんだけど、型紙の名称が『死神博士マント』だってさ。立て襟マントなら死神博士扱いかよ、とツッコミを入れたくなる。フレデリカの身長に合わせて丈を調整、こちらにも縦糸に魔法を付与。色は表面が黒、裏面が赤ね。こんな派手派手しいマント、全然隠密作戦向きじゃないよなぁ。
『ザ・タームの星』を完成させるために必要なアイテム、ベレー帽は型紙なんぞはなく、仕方なく起こした。といっても、円形の布と、半円で帯状の布をくっつけるだけなんだけどね。生地に関しては、カコ絹や普通の絹は艶が出過ぎてよろしくなかったので、羊毛布を使った。
ベレー帽ってば、元の世界ではバスク地方の民族衣装だよね。フランスとスペイン国境近くの。革命=ベレー帽って時代があったんだろうか。まあどうでもいいけどさ。
帯を輪っか状にして円形パーツと縫い合わせ。この、円形に縫うっていうのは慣れないと難しい。縫い終わったら縫い代の余計な部分をカットして裏地を張る。うーん、手芸とかだとバイアステープを使うんだけど……。この世界にはないので、自作するか……。
「ふんふんふふーん」
自家製蜘蛛の糸を空中に漂わせながら、元の世界のインド風……しかも両手を交差させて怪しいダンスを踊ると、二メトル先くらいに縦横に重なったバイアステープが出来上がっていく。これは新機軸、ちょっと量産しておこう。
「名付けて、インディアンテープ…………」
名称はいいや。柔らかいうちに加工しようっと。バイアステープモドキを貼り付けて、端の処理をして、帽子が完成。
「これは『ベレー帽』。帽子の一種ね」
「了解しました、マスター」
グラスメイドたちがレシピ登録したようだ。ハサミを使うところまで再現してくれるんだろうか、ちょっと気になる。
色は紺色に近い、深い青、白い☆マークもちゃんとつけておいた。縫い糸に魔法を付与したけれど、頭部全体を覆っているわけじゃないから、見た目より防御力がある、って程度だね。☆マークから光線が出たら格好いいなぁ、と思ったけど、布地に魔法を付与する大変さは………ああ、裏側から透過するように『灯り』でも入れておこう。☆マークを切り抜いて、星形に処理をして、薄い水晶を入れて、その裏側に魔法陣を記述して……。くそ面倒臭くなったな……。
よし、ヘッドランプ代わりに便利、っていうかフレデリカは『暗視』を持っていたような気がするんだけど……まあ、気分だからいいんだ。
『ザ・タームの星』専用の通信端末も、ちょっとテストのつもりでベレー帽に本体を組み込む。『灯り』の魔法陣はかなり小型化できるので空間はある。
ベレー帽の空間を気にするのはおかしいと思いつつ、小型化した通信端末を内蔵させる。ちょっと見はベレー帽の芯材に見えるように、平たく薄くしてみた。残念ながら表示装置と入力装置は内蔵できず、外付けになった。
表示装置は、『ザ・タームの星』マスクの右目の前に浮かぶようにした。これは『結像』っていう魔法で、光線を飛ばして任意の場所に結像する光系魔法の一種なんだけど、これは私が作り出した魔法ではなく、元々は迷宮管理から派生した魔法スキルだったりする。つまりめいちゃんが持っていたスキルというか。
管理層のコンソールから操作する場合の大型ディスプレイがコレよね。
変わった使い方としては、迷宮に侵攻してきた敵に、こんなアピールができたりする。
「バカめ、それは幻だ!」
というのを再現したかったんじゃないかと。……想像に過ぎないけどさ。
表示装置がどうにかなったところで、入力装置も作る。親指で操作できる限界まで小さくしたボタン、それをケースに入れて、剣帯の飾りとして仕上げた。それぞれはラバーロッドの皮で覆った細いミスリル銀線で繋ぐ。さすがに無線にはできなかったんだよ……。
絹布で黒いリボンも作った。これは形状が変わることが前提だから、何も魔法付与は出来ずじまい。っていうか強化したリボンとか、すでに武器じゃんね。ああ、これも鞭として使えると格好良いけど、違うアニメになってしまうので自重しておこう。
次にいこう。
ナース服は型紙起こすかなぁ、と思ったら、先代の迷宮管理人の趣味なのか、ちゃんとあった。ちなみにスッチー服、リクルートスーツ、汎用軍服、汎用セーラー服、汎用魔法少女コスチュームなんてモノもあった。探せばまだまだおかしなものがありそう。
っていうか汎用ってなんやねんと。
ナース服は綿布で作り、淡くピンクに染色。特に魔法付与は行わず、エミーとマリアにサイズを合わせて三着ずつ作る。あとはMサイズとLサイズを三着ずつ。合計十二着ね。エミーは身長の割にバストが大きいので専用のものが必要だし、マリアは足が長いので(普通に作るとミニスカートになっちゃう)丈を長めに作る必要があった。面倒だけど女の子だもんね。
次の製作に入ろう。
「エミー、いる?」
工房の、何もない空間に向かって大声で言うと、
『はい、お姉様?』
しばらくして、どこぞから、書斎にいるだろうエミーの声が聞こえてきた。
「採寸したいから、ちょっと工房に来てくれる?」
『はい、いま伺います』
【王国暦122年9月30日 10:27】
「ぬっ、脱ぐんですか!?」
「うん、脱ぎ脱ぎしてちょうだい」
軽い興奮を隠しつつ、努めて冷静に真面目な顔で言う。エミーは色白の肌を染めて、二、三度イヤイヤをしてから嘆息して、諦めたように神官服に手を掛けた。
神官服を脱いでもらうと、シミーズとカボチャパンツだけのエミーをジロジロと視姦する。ああ、キャロルの視線みたいだ。
「ちょっと両手を挙げて」
「はい」
「足を広げて踏ん張ってみて」
「はい」
「腰を捻って」
「はい。って、これは採寸ですよね?」
「ああ、うん、そうだね」
うん、採寸だよ。『計測』スキルがあるからね。
一応真面目に、各サイズをメモっていく。
「ごめん、ちょっと触る」
言うが早いか、アンダーバストの計測のために持ち上げてみる。
「あっ、ちょっ」
悩ましい声をあげたらいかんです。
「ふむ…………ここ、育ってる?」
「はい……」
「D65の汎用ブラジャーを一つ作っておくれ」
「了解しました、マスター」
待機していたグラスメイドに製作の指示を出す。あんなマニアックな型紙があるんだから、ブラとパンツの型紙が無い訳がない。くそっ、細身なのに乳があるとか……反則過ぎるぜ……。
「ブラジャー?」
「うん、まあ、乳房を支える下着の一種だよ」
「それも………お姉様が元にいた世界のものですか?」
「そうだよ。勇者オダが言っていたように、今の迷宮管理人は当然として、前の迷宮管理人も恐らく、私と同じ世界の人だろうね」
「異世界……ですか」
「うーん、私から見たらこっちが異世界だよ」
目を伏せて自嘲気味に笑う。
話しているうちに、グラスメイドが真っ白く、飾り気ゼロのブラジャーを持ってきた。
「じゃあ、付けてみようか。ちょっと腰を折って」
「えっ、はい」
エミーが言われた通りのポーズを取ると、乳房はちゃんと重力に従っているのに、張りがあって型崩れしない。おお、これが若さというやつですか!
「カップを当てて……ホックを繋いで……」
体が硬いと、これって自分でやるのが辛いんだよね。某下着マンガにも描かれてたけど、ホントだよ。
「で、肩紐をかける」
すごいなー、これ、ちゃんとホックもストラップの調整金具も再現されてるわ。汎用とはいえ、十分過ぎる。金具の素材はなんだろ、ステンレスかしら。こういうのって銀メッキが正しいのかしら。
「うん。真っ直ぐ立ってみて?」
「はい、お姉様」
「おお………」
美しい。女体の凹凸って、こんなに綺麗なんだね……。自分の貧相なプロポーションが恨めしい。でもまあ、自分がそうだっていうよりは、眺めている方が好きかも。
「いいねいいね、いいよー」
元の世界の、何かの監督みたいな台詞を呟いて、うんうん、と深く頷いた。
ブラとパンツはセットにして、エミー用に五枚ずつ作ることにした。ブラってばあんまり耐用年数がないものだけど、迷宮産だから、その辺はどんなものかなぁ。ま、半年に一回、迷宮に来ればいいか。私の死後はどうにかしてもらおう。
よし、この世界的には、セクシー神官の出来上がり、と。
【王国暦122年9月30日 10:49】
本当はドレスとかも作りたかったんだけど、エミーに固辞されてしまった。
「だってお姉様、私は貴族じゃありませんし、舞踏会に行く機会もありませんよ?」
「うーん、じゃあ、せめて町娘風のドレスを……」
「ドレスに拘るんですね……。じゃあ、こうしましょう、ドロシーと一緒の時に作る、とか」
「ふむー」
曰く、自分だけに供与されるのはドロシーに悪いんだとさ。これでもエミーはドロシーを気遣っているんだな。
「わかった。後で町娘風衣装の絵を幾つか届けるから、後で見ておいてよ」
「はい、お姉様」
そう言って、エミーは書斎に戻っていった。
うーん、神官服だけじゃなぁ、と思っての親切心だったんだけど、私の着飾り願望が透けて見えたということか、上手くスルーされてしまったよ。
仕方ない、既存の型紙から幾つか選んでおこう。
① フリフリドレス(絹)
② 謎の巨大ボタン付きジャンパースカート(綿・赤白)
③ シンプルなロングドレス(絹)
④ ドレスじゃない、縫い縮めたっぷりのワンピース(絹)
⑤ 普段着用のチュニック風ワンピース(綿)
①はエミーに着せようと目論んでいた服。うーん、可愛いだろうなぁ~。
②はサリー用。これはもう作った。一瞬で作った。コスプレとしか思えないんだけどね。ジャンパースカートの型紙はもちろんあったので、巨大ボタンは型紙ってほどじゃないけど、起こして作った。一度着たら二度と着ないだろう服にも手を抜きたくないわね。
⑤は一着だけ、エミー用に作っておいた。町娘じゃなくて村娘みたいな感じになるかな。色は淡い黄緑にしておいた。
②以外のデザイン画は、グラスメイドに届けさせておいた。
さて、と。服飾関係は次がラストかなぁ。
「レックス用変身マスク……」
じゃない、パンツを作ろう。さっき、エミー用に作ったこともあって、今回はブラジャーとセットにしようと思う。先ほどと同様に素材を綿にして、あまりセクシーなデザインにはせず、元の世界で言えば中学生な感じで、実用一点張りね。
ああ、でも、ブラジャーは確実にレックスの新しい収集対象になる。間違いない。火に油を注ぐことになるけれど、今回はちゃんと対策を講じようと思う。
んーと、身近な人向け――――私(A)、カレン(C)、シェミー(A)、ベッキー(D)、ドロシー(B)、サリー(A)、エミー(D)、フローレンス(B)、ジゼル(B)、ペネロペ(B)、ダフネ(B)、アーサお婆ちゃん(D)な感じかしら。
ちなみにアーサお婆ちゃんは、すでにオッパイが長くなり始めている……………。ま、まだセーフだと思うよ?
ベッキーさんは妊娠によって少し張ってる感じで、本来はCだと思う。カレンの姉御は大胸筋が発達しすぎていて鳩胸なのでこのサイズ、シェミーの姉御はまあ、元々水の抵抗が少ないからね……アンダーはかなりあるんだけどね。四人組がそろってBなんだけど、フローレンス、ペネロペ、ダフネは今後期待大、ジゼルはすでに成長が止まりつつある。特筆すべきはエミーで、これでも発展途上だっていうんだから笑うしかない。
私に関しては、見栄が十割。本当は、全然必要ない。肉体の魅力については、さっきエミーの美しい姿態を見たからか、余計に残念なプロポーションだと自覚してしまうよ……。サリー、君だけが仲間だよ……。
今回はトーマス商店本店勤務の、働く女性たち、という配布の人選にしてみた。同行しているラナたんとかはどうしようか。ま、効能などわからないだろうから、切望もされないだろうね。
パンツとブラ、五枚ずつを一組にして提供しようと思う。買うとお高いだろうなぁ。
ブラを作るの際に面倒なところは、ホック用金具とか補強用ワイヤーなんだけど、さっき、エミー用のを作った時に、いやにスムーズに出来た、と思ったら、驚くべきことに、ズバリ、この金具が倉庫にあったのだ。これはつまり、前任者がいたころには、ブラの需要があったことになる。もしくは、私が作ることを想定していて、準備してくれていたことになる。
実にありがたい話ではあるけれど、行動を見透かされているようで、少し恐ろしくもある。
「H80の生理用パンツと、A70のブラも余計に一着作っておいて」
「了解しました、マスター」
このパンツとブラがレックスへの餌(変身セット)になる予定。何で生理用パンツかって? クロッチが広くないと、被りにくいからさ……。
レックスのどこに変身する必要があるのかと問われると、もはや私の趣味だとしか言いようがないけど、(性)教育の一環でもあり、もしかしたら商売、もしくはライフワークにしてくれるんじゃないかと淡い期待を持っている。
もはや真っ当な性的嗜好になるとは思えないけれど、『せいぎの味方』として目覚めてもらう他はないな。
手縫いのパンツはともかくとして、ブラジャーに関してはミシンを使わざるを得ないから、どうしてもこの迷宮に来なければならない。トーマス商店従業員用ユニフォームが『使徒』的におっけーなので、売り物にしなければ大丈夫よね。
【王国暦122年9月30日 11:15】
もはや被服工場と化した工房エリアをちょっと抜けて、通信室へ。
すぐに端末に短文が入る。
ドロシーからは、『ビートの種を入手、カルロスの案内でホテル内部を視察中』とのこと。ザンからは『昼過ぎにファリスが冒険者ギルドに来訪予定、当方も会談に立ち会う』とのこと。それぞれに了解、と返信しておく。
「さて、と」
本日のメインイベント、ブーツに取りかかろう。
まずは木型製作から。フレデリカの足形サイズはメモってある。ので、メモと記憶を頼りに木型を作っていく。
くそ、超ロングブーツだから膝の上までつくらにゃ……。めんどい……。くそ……。
『成形』で形を作ると削りすぎてしまいそうだったので、ナイフでショリショリと削っていく。
んー、こんなロングブーツ、どこで足に止めりゃいいんだろうか……。表皮を硬くして、あんまり足にフィットしても動けないしなぁ。
大まかに削れたところで『研磨』を繰り返す。靴作りは木工スキルが重要なのよね。
「ふう」
木型ができたところで出かける時間になった。
軽く何かを食べたいけど、どうしようかしら。
一度、書斎のエミーのところに行く。
「エミー、ちょっと冒険者ギルドに出かけてくるから」
「あ、はい、いってらっしゃい」
エミーは本に夢中……って読んでる? 読んでるの?
遠目に見ると、どうやらグリテン語で書かれた書物があるみたいで、それを読んでいるようだ。それと辞書みたいのを片手に持ってるぞ……? ちょっと放っておこう。何か凄いことが起こるかもしれないから。
――――まだお昼前。
なお、下着類の図版は自重しました(汗)。




