カボチャのプディング
「……なるほど、ルーサーの所に行っていたのか」
それで冒険者ギルドに来るのが遅れたのだな、と言外にフェイは文句を投げてきた。一日に一回は冒険者ギルドに来るように、というお達しではあったけど、時間指定まではされていなかった。昨日は紙にかかりきりだったし、今日は鍛冶屋見習いをしてきたところで、その帰りにギルドに寄った、という感覚だ。
「まあ、そうなんです」
包丁を見せる。
「……ほう。……見事じゃないか」
ギラッと輝く柳刃。そして、フェイの言いたいことも理解している。
「人前では使いませんよ。家事に使うだけです」
「……うむ」
満足そうにフェイは頷き、言葉を繋げた。
「……巡回の方は、セドリックとクリストファーに、今朝発ってもらった。……帰還は明後日の予定だ。……帰還報告にはお前も立ち会ってもらいたい」
「情報の共有ですね」
うむ、とフェイは言ってから、『遮音』スキルの結界を発動させた。これは秘密の話をします、という合図のようなものだ。
「……まず、こちらの勇者召喚の話からだ。……そろそろ勇者召喚の季節なのだが……今年は……これまでに『珠』に魔力を注入していた際に確認されていたような、魔力の急上昇が確認されていない」
魔力に敏感な者なら大きな魔力を感じることができる。これは『気配探知』スキルとして洗練されていった。私がそうだったように、街中であっても、異質な魔力は違和感として感じられる。
また、魔力使用時の高まりも感じることができる。これは波紋のようなもので、魔力発生時には周囲に影響を与えるため、これも違和感、もしくは脅威として認識される。
勇者召喚が近いかどうかは、これらの魔力の『動き』を察知して、合理的な説明を試みて判断されるわけだ。今回は、その『動き』が感じられないという。
「……そうだ。……だが、どうにも腑に落ちん」
「確かに。今年は勇者召喚をしない……とか?」
あり得ないなぁ、あれだけ毎年殺されても繰り返してきた連中なのに。
「……ありえんな。……現在の『珠』の状態に関しては調べる術がないのがネックだな」
ネック、というのはこの世界では多分通用しない言い回しだ。
「そうですねぇ。無生物が魔力を貯めていてもわかりませんしね」
「……うむ。……この件は引き続き調査をしていくが……。……例の巡回に人手を取られていてな」
あれ、じゃあセドリックやクリストファーも私が知らないだけで、近い関係者なのかな。フェイの手駒って言える人物のトップ2だものね。
勇者召喚の調査を滞らせるためにポートマットを襲い、結果としてスムーズな召喚が可能になったとしたら、冒険者ギルドポートマット支部や騎士団に向けられるのは、さらなる疑念だろう。
どちらにせよ、フレデリカやアーロン、そしてフェイ、私もフェイの手駒のように扱われていると認識されているだろうから、私にも、疑惑の目が向けられる。
そして、深まった疑惑は確信へと繋がるだろう。
「……で、もう一件の方だ。……大陸で召喚された勇者を見失った」
「え、勇者殺しに失敗したんですか?」
「……そういうことだろうな。……基本的に勇者殺しは召喚後に行動を起こさざるを得ず、後追いになるしな。……我々のように事前に察知できる体制が整っているというわけではないのだ。……それに―――大陸は広い」
考えてみれば、このグリテン島みたいな狭い島国に、これだけ密な調査網とバックアップ体制が整えられているのに比べると、大陸のチームは、広大な範囲を担当している。時には討ち漏らしもするだろう。
「その―――大陸の勇者の詳細っていうのはわかってるんですか?」
「……プロセア帝国で召喚されたらしい。……男ヒューマンで魔法使い系統。……交戦した限りでは戦闘センス高し」
プロセアは大陸のヒューマン支配地域の四分の一を領土とする大国だ。古いしきたりを守る、厳格な国だと聞いている。
「見失った時期というのは?」
「……手紙――――というか鳩便だな――――によれば、その人物を突き止めたのが召還後一週間目。……見失ってから三ヶ月経過、だそうだ。……手紙が到着する時間差を考えると召喚されてから四ヶ月というところか」
「うーん……。それはいけませんねぇ……。ユニークスキルも不明なんですか?」
それだけの時間があれば、簡単な戦闘訓練、魔法の訓練は可能だ。
「……不明だそうだ。……お前が見ればわかるかもしれんが」
大陸チームの担当者は鑑定系スキルのレベルが低いのかしら。いやでも、戦闘能力に関してはアマンダは『自分に匹敵する』とか言ってたし。代替わりしたとも聞いてないから、加齢による能力の低下があったとか?
「……とにかく、こちらも続報待ちだ。……もどかしいが、情報として持っておいてくれ」
「わかりました」
フェイは『遮音』の結界を解除する。が、私が張り直す。
「―――『遮音』」
「……ん?」
まだ聞いておきたいことがあったのだ。
「エレクトリックサンダーの死骸の解体をまだしていないのです。誰もいないような時間に、解体場を貸して頂けたらと思うのですが」
「……ふむ。……今晩は混み合っていそうだな。……明日の昼頃はどうだ?」
冒険者が戻る時間である夕方から夜、時には深夜にかけて、解体場は混み合う。お昼頃が一番手空きではある。
「それでお願いします」
私は結界を解いた。
「あとですね、ギルドに貸し出し用の魔力炉がありますよね? それも貸していただきたいのですが」
「……かまわんぞ? ……両方とも受付に申し込みしておいてくれ。……解体の方は私が立ち会うということで、担当なしにしておいてくれ」
フェイが立ち会うとは思わないけど、そうでも書いておかないとジェイソン辺りがもれなく付いてくるのかも。ジェイソンは怖いからパスで。
「わかりました。じゃ、明日お昼頃にまた来ます」
こうして定例の顔出しが終わり、受付にいたポールに解体場と魔力炉の使用申し込みをして、冒険者ギルドの建物から出た。
もう夜になると肌寒い。魔術師っぽく見せるためのローブも、もう少し厚手のやつが欲しい。裁縫関係は教会のシスターたちや、エミーが持ってたっけ。編み物を覚えるならシスターたちにお願いすればよかったかな。でも、ベッキーの母親は『自称達人』だそうだし、どうせ習うなら、そういう人の方がいい。
あー、そうだ。
ちょっとトーマス商店に寄っていくかな。
はす向かいにあるトーマス商店は、もう閉店していた。今頃はドロシーが夕食を食べているところだろう。
お土産も持たずに訪問するのはちょっと気が引ける。明らかに逆方向かつ遠いけど、ハミルトンのところに先に寄ってみよう。
「お! ガキンチョじゃねーか!」
こいつは毎度毎度……。っていうか、それは挨拶なのか? 少年よ、客商売としてそれはどうなんだ? 私がそれで気になっちゃう☆ ようになるとか、本気で思ってるのか?
小一時間問い詰めたい気持ちを抑えて、優雅に微笑む。
「こんばんは、ハミルトン。遅くまでお手伝いなんて、感心だね?」
ちょっと上目遣いに見上げる。あー、ちょっとの間に男の子って大きくなるんだなぁ。っていうか、顔を赤らめてるんじゃないよ、少年よ。別に褒めてるわけじゃないよ、ご挨拶ってやつよ?
「お、おう」
チッ、色気づきやがって。女と見れば誰にでもちょっかいかけてんのかぁ? あぁ?
「えーと、果物あるかしら?」
私は邪心を隠してニッコリ笑う。
「お、おう、リンゴならあるぜ」
パッと見て、品揃えに柑橘類がないのに気付く。
「オレンジとかは?」
ハミルトンは、あ、言われちゃったよ、みたいな困った顔になる。
「季節じゃないっていうのと、あとはオレンジが入荷しなくてな」
いっぱしの果物屋のオヤジみたいな口調は、父親譲りなんだろうか。っていうか、いつもハミルトンが店番してるよなぁ。
「そうなんだ……。あれっ? これ?」
緑色の硬そうなゴワゴワした球体。スイカ?
「これ、スクウォッシュだぜ。手違いで親父が買わされちゃったんだ。イモもあるぜ……」
果物屋としては、根菜を店頭に並べているのは不本意なんだ、と顔に書いてあった。ここは果物専門店だもんね。
「ふうん。じゃあ、リンゴを十二個。スクウォッシュとイモはあるだけ頂戴」
「え、本当に?」
「うん。本当に。スクウォッシュは料理次第では果物以上の甘味になるんだよ?」
「なにっ! あのジクの砂糖煮みたいに!?」
あー、試作したのかな。
キラキラしたハミルトンの顔からは、試作がうまくいったことが窺える。よかった、美味しかったんだね。
「ああ、うん、砂糖と卵と牛乳を混ぜて、容器に入れて―――蒸すんだけど」
「蒸す?」
お菓子教室みたいになってきたな……。
このお菓子を普及させるのは、文字通りの売名行為になりそうなんだけど……。まあ、このグリテンにも美味しいモノがあった方がいいか。
皮が緑色のスクウォッシュ、というのは元の世界にも同じ名前のモノがある。同じく、皮がオレンジのパンプキンも同名で存在するらしいんだけど、これは見たことがない。
「お湯を沸かして蒸気で過熱する調理法。オーブンの天板に水を注いで加熱しても代用できるよ?」
「へぇ~~」
「焼いて加熱でもいいし。その他、バターを混ぜてパイの具にしたり、クリームの代わりにしたり。応用は利くよね」
「おお~~」
これがグリテン名物になったりすると面白いんだけど。
「ところでスクウォッシュとかイモはグリテンで栽培されてるの?」
「庭とかで育ててる人もいるぐらいだぜ。余った種を春前にでも蒔いてみればいいさ」
「へぇ~」
へー、国産だったのか。てっきり輸入物かと思ってた。
借家の庭に撒いてみるかー。大家さんに相談してみた方がいいかなぁ。っていうか大家さんに会ったことがないんだけど。
「パンプキンの方は輸入物しか見たことないな。親戚みたいなものなんだけどな」
「よく勉強してるねぇ」
私は感心して褒めちぎった。少年はテレテレになる。
「おっ、親父が詳しいからさ! 出入りの農家の人も色々教えてくれるし!」
こういった、スキルに含まれない知識などは私はコピーはできない。でも、経験でしか得られない技量はコピーできる。その差は何なんだろうね?
「じゃあ、これな。スクウォッシュは俺も使うから十個な! イモは五袋でいいか?」
荷車か馬車が必要な量なんだけど、私が『道具箱』持ちなのは知ってるし、麻の布袋に入れたまま、ハミルトンは、私の前にドン、と置いた。
「うん、ありがとう」
涼しい顔で『道具箱』に入れて、代金を支払う。元の世界の感覚からすると、メチャメチャ安い。
「おうっ。毎度っ」
「うん、またね」
良い買い物ができた。ホクホク顔で果物屋を後にする。
何だかいつも遠回りをしているような気がするけど、やっとトーマス商店に着いた。
裏口をノックして、ドロシーが解錠をして顔を出す。
「あら、アンタ、どうしたの、こんな時間に」
「んっとね、ちょっとギルド寄ってきたから。これお土産」
と、買ってきたばかりのリンゴを手渡す。
「ありがと。上がっていってよ」
「おーう、どうしたー?」
奧の工房から、トーマスの声がする。夜から深夜に掛けては、翌日の販売分のポーションを錬成するのが、トーマスの生活パターンだ。本当に豆腐屋さんみたいだよね。
「近くまで来たので寄りました」
建物に入ると、私は工房に足を向けた。ドロシーはリンゴを持って二階に上がっていったようだ。
「そうか。港の保管庫の方は順調だ。内装も、もう一週間ってところだな」
「魔法陣は正常に稼働してますか?」
トーマスは髭面を歪ませて、ニヤッと笑った。
「ああ、全く問題ない。内装が終わり次第、引き渡しだな。もう一部は荷物の保管を始めてるし」
そうかそうか、それは良かった。
「そっちの方はどうだ?」
私に向き合ったトーマスは少しだけ真顔で訊く。曖昧な質問にどう答えるべきか、少し考えて、『遮音』結界を張る。巡回で魔法陣と迷宮を発見したこと、破壊というか回収したこと、グリテンの勇者召喚の気配が見えずに不気味な沈黙を保っていること、大陸の勇者が行方不明なこと……などを話した。
「そうだな。その辺は大体フェイから聞いてるぞ」
「あとは――――ルーサーさんの弟子になりました」
私はそう報告しながら、結界を解いた。
「あの偏屈野郎の弟子!?」
突然沸騰したトーマスは、唾をまき散らす。汚いなぁ。
「いやまあ、偏屈は偏屈ですけど……。腕はさすがですね」
「うむ、そうだろうな」
うんうん、そうだろうとも、とトーマスは旧友を褒められて顔が綻ぶ。貶したり良評価に喜んだり、トーマスとルーサーは複雑な友人関係のようだ。
「あとですね、ベッキーさんのお宅に伺う予定があります。次の安息日かな」
「なにぃ!」
再び唾をまき散らす。汚いなぁもう!
今日一番の大声で目を剥くトーマスを見て、お茶を持ってきたドロシーが驚く。
「え、なに、どうしたの?」
「ドロシー、聞いてくれ! こいつっ! ベッキーの自宅に行くんだと!」
「ああ、トーマスさんの思い人の?」
「え、あの人、旦那さんいるんじゃ? 息子さんが独立してるとかなんとか」
フフン、とトーマスが鼻を鳴らす。
「それがな、死別してるんだな。そこで、その寂しさに付け込もうと思っているのだ」
サラッと言うトーマスにドロシーが眉根を寄せる。まあ、ドロシーからしたら、トーマスは雇用主でもあり、父親替わりでもある。本音の部分では、一緒になればいい、と思ってる……はず。
「そうだわ、中年女性を毒牙にかけるには……」
ドロシーがブツブツ言い始めた。雇用主のために、何かベッキーを陥れる罠を考えているのか。
トーマスは目を見開いて、血走った顔を私に近づける。
「よし、儂も連れて行け! いや! 連れて行って下さい!」
小さくなって合掌してお辞儀をしたトーマスがとても可愛かったので、私はオッケーマーク(死ポーズ)を作って、ニカっと笑いかけた。
―――あれっ、これって中年の恋を応援するお話だっけ……?




