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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
秋の味覚ツアー
346/870

※迷宮での物作り1

【王国暦122年9月28日 22:19】


「間違いなく、今日は寝られないなぁ……」

 嘆息するも気合いを入れ直す。エミーがスープの仕込みに入った。圧力鍋だし、そう時間はかからずに一品仕上げてくるだろう。その間にやれることをやっておこうと、まずは倉庫へと移動した。


「あちゃー、これしかないか」

 拳大のミスリル銀の塊が一つだけ。これしか在庫がなかった。この量では、注文された数の新型ギルドカードを作れはしないから、どこかからか捻出しなければならない。

「その点で言えば、ここはミスリル銀の宝庫だもんね」

 フフフ、稼働しているサーバからミスリル銀を抜き取ろう。短絡的だけど、まあどうにかなるさ。

 中央管理室の入り口に、『半刻で戻ります』と置き手紙をしてから、第十三階層へと移動する。

 サーバルームに到着すると、動作に影響の少ない箇所から手を付けていくことにする。


 手持ちのミスリル銀を加工、動作に支障のない程度まで薄くして、同等の古い部品と交換していく。

 要するにサーバに使われている分厚いミスリル銀板を、薄くしたミスリル銀板と交換して、差分を頂戴する――――。頂戴した差分を使って、自転車操業で銀を増やしていく。


 ところで板厚に関しては、厚い方が丈夫なのか、薄い方がいいのか、その辺りは判別が付かない。一般的にはトラブルに対する冗長性が低くなるんじゃないかと思うんだけど、魔力は電気じゃないので、流すだけで発熱して劣化……なんてことはない。

 だから、ここばかりは元の世界の常識を当てはめても意味がない気がする。魔導コンピュータそのものは、単純に距離が短くなると――――つまり集積化が進むと――――処理能力が向上する。これは処理()()が向上するという意味でもあるし、管理領域が広がるという意味でもある。


 何故こういう現象が起こるのか、と言えば、推測にはなるけれど、魔導コンピュータの構造体そのものにも魔力を消費して維持しているからではないか、と思う。だから、同じ魔法陣を使っているならば、サイズが小さいほど、他に回す魔力に余裕がでる、ということか。

 受け取れる魔力が同じであるならば、それだけ多くの魔導コンピュータを稼働させることが可能になるわけで、小型化が性能向上に直結する。


 いつぞやに寄せ月光芋(セガックス)を食べていた時に、吹き出す魔力を消費しようと、魔導コンピュータの改良を行っていたのがここで功を奏したというべきか。まとめる手順も大体把握しているので、サクサクと厚いミスリル銀板と薄い新型を交換していく。

 こういう時に二台の魔導コンピュータが存在するメリットは大きい。お互いがお互いを補完し合うので、機能を肩代わりさせつつ、部品を交換していく。


 魔導灯の時もそうだったけど、こういう単純作業みたいなのは楽しいわね。黙々やって、黙々と出来上がっていく。プチプチを潰しているようでも、ドミノを並べているようでもある。


 元々あった方の魔導コンピュータに使われていたミスリル銀を適度に回収して、五百キログラムくらい? が捻出できた。

 ホクホク顔で中央管理室に戻ると、扉の前にエミーが立っていた。

「あ、お姉様、スープができましたよ?」

「ごめんね、待たせちゃった?」

「いえ、たった今出来て、呼びに来たところだったんです」

 ジャストタイミングだったみたい。



【王国暦122年9月28日 23:11】


 塩蔵の豚肉と根菜のスープは、圧力鍋のお陰か、根菜を薄切りにしたせいか、あっさりしていて夜食にピッタリ……。なんだけど、元の世界の日本人的には食材に味が浸みている方が好みではある。でも、急いで作ったにしては及第点以上だと思う。

「美味しいよ。サッパリしてるね」

「火が通りやすいようにしてみたんですけど……。食材にスープが浸みてはいないから、五十点ですね」

 聖女様は自己評価が厳しいね。


「うーん、これはこれでいいじゃない。この時間に夕食っていうのも体には良くないから、ちょっとだけ食べて、明日の朝、ちゃんと食べようよ。そうしたら、ちゃんと食材にスープが浸みてると思うの」

「そうですね」

 少し眠そうにエミーは答えた。普段なら、この時間は思いっきり熟睡してる時間だものね。

「うん、これ食べてお茶飲んだら、寝ちゃいなよ」

「お部屋は1201号室を使えばいいんでしたっけ?」

「うん、エミーの専用部屋にしていいよ。最低限の魔道具しかないから不便かもしれないけどさ」

「いいえ、十分ですよ。普段は二段ベッドで四人部屋ですから。これでも贅沢に思えます」

「ううっ……」

 贅沢は敵だとか……。聖女様は、澄んだ瞳で嬉しそうに言ったよ……。それじゃあ、今日の爆買いツアーなんて、敵だらけだったんじゃないか!

「だから、こんなに広くて、本もたくさんあって……夢のようです」

 ああ、そういえばサリーなんかも、最初はトーマス商店のアレコレに目を丸くしてたっけ。そっか、私たちは感じないけれど、だんだん贅沢に慣れていって、そこから降りられなくなるんだな。

「うんうん、読めればだけど好きなだけ読んでいいからね」

 思わず涙ながらにそう言って、スープをかき込む。

「お茶を淹れます……」

「あ、うん」

 エミーは少量だけ、すでに食べ終わっていたみたいで、渡してあった乾燥ハーブでお茶も淹れてくれた。スープとパン、ハーブティーだけの実に質素な食事。いつぞやか教会で頂いた夕食みたいだなぁ。

「それにしても、簡素な厨房なのに、欲しいものは全部あるんですね」

「私が作ったんだよ」

「え、あの白いナイフも? ですか?」

「ああ、陶器の包丁ね」


挿絵(By みてみん)


「え、あれって陶器で出来てるんですか? どうして?」

「いやあ、どうしてと言われても……」

 マークについては、まあ、お約束のトップメーカーのロゴをシャレで刻印しておいたけど……。


「お姉様が作った、ということは、元々は何もなかったんですか?」

「うん、ここには人間が長期滞在してたことはなかったんじゃないかな?」

「? どういうことですか?」

「食事を必要とする存在が、長期に渡って、この迷宮の管理層に居着いたことがない、ってこと。管理者が魔物だったのかもしれないし、そもそも無人だったのかもしれない」

「いえ、でも、1201号室を見る限りは、ベッドの大きさは普通の人間を基準に作られているようでしたよ?」

 あら、鋭い。


「じゃあ人間が作った……んだろうね。千二百年放置されてたんだってさ」

「せんにひゃくねん………?」

「うん」

 悠久の時を想像して眠くなった様子のエミーを1201号室まで送り届けて寝かしつけると、食器を洗ってから、工房へと足を向けた。


 歯を磨かせるのを忘れたな、まるでお婆ちゃんみたいなこと言ってるな、などと独りごちながら。



【王国暦122年9月28日 23:45】


 エミーを寝かせた後、不意に睡魔が襲ってきた。

「負けないぞォ! 北島ァ(スイマー)!」

 眠気覚ましの謎の呪文(ただの独り言)を吐いてから、製作の準備に取りかかる。


 第十一階層に上がり、魔物の培養槽に付加する形で、人工魔核の成形機を設置する。

 大体、新型ギルドカード一枚につき、LV1ゴブリン一体分の魔力を費やす。これが安いのか高いのかはちょっとわかんない。一つメリットがある、とすれば、今までは管理層にある人工魔核の超過魔力については魔物を作ることでしか吐き出せなかったのだけど、魔核の形で安定して貯蓄できるようになった。

 長い迷宮の歴史の中で、これは大変化といっていい。魔物の増減によって管理していた魔力の調整が、魔核を使えば簡便に済むのだから。しかし大局に立って見てみれば、迷宮に楽をさせているだけであって…………これも贅沢に慣れるというヤツになるのかもしれない。


 ミスリル銀の在庫はふんだんにある。ここのところのミスリル銀欠乏症が解消されて、物作りに弾みが付くというもの。

 水晶のカッティング魔道具と新型ギルドカードの製造器も作り、ロンデニオン西迷宮を()()の生産拠点とする。建前としては水晶の在庫も豊富なポートマットで生産して王都に運ぶ、ということになっているから、あくまで予備ということにしておく。

 現状では、この迷宮よりもポートマット西迷宮の方が、人工魔核にチャージされる魔力に余裕があるし、何かを作るのであれば向こうの方が魔力効率はいい。逆に、物流に関してはさすがに国の中枢だけあって、王都を中心にした方がアクセスはいい。痛し痒しというところ。


 ギルドカード、リーダー/ライターは、注文された数の倍をここで作ってしまう。非常に想像しやすいことで、王都とポートマットの冒険者ギルドに設置されたのなら、ブリストや他の周辺都市からもすぐに注文がくるだろう、と考えての備えでもある。付属パーツである入力端末、中型ディスプレイも、ここで作ってしまう。

 あとは――――迷宮入場ゲート用の読み取り専用機。迷宮用にもリーダー/ライターの注文は受けてたから、両迷宮用に二台ずつ用意。

 出来上がったギルドカードは、この迷宮のストックとして五千枚。残りは私の『道具箱』へ。

 一度作って見せて、すでに手順とレシピが確立されているから、残りはグラスメイドたちに製造を任せてしまう。


 さ、次に行こう。



【王国暦122年9月29日 0:57】


 南東エリア第六階層に移動すると、オリバーとフリーセルが緩慢な動作ながら、黙々とトマト畑の雑草を取っていた。


「精が出るね」

「お疲れ様です、マスター」

 オリバーが返答し、フリーセルの方は軽く黙礼をしただけだった。アグネスは元々活発な人じゃなかったんだろうね。ティムの方がまだ常識人だってことかな。


 畑にはラバーロッドが数体、一緒になって働いている。木の魔物(トレント)だから、栽培の作業には向いていると思ったけど、今のところ汎用性のある魔物ってこれしか用意できないんだよね。この迷宮の中で一番知能が高いのはワルドナー、次いでデーモン閣下、その次がラバーロッド、オークとミノの変異体……と今のところはそんなランキングになっている。もちろん遺伝子改良スキルがあるから、とんでもなく知能の高い魔物を生み出すのは不可能じゃないんだけど、制御できない可能性もでてくる。現在の枠組みの中から融通するべきね。


「ケチャップは……これだね」

 畑の隅に敷いてある木の板の上に、ケチャップが入った陶器の瓶が積まれていた。

「これは製造してからどのくらい経過してる?」

「こちらのものは一月ほどですね」

 保存期間の確認が最初の作業とは……トホホ……。

 思い切って味見をしてみる。

「ん~?」

 ほどほどに強い塩分のお陰で腐敗してはいなかった。発酵しているわけでもなく……。これは……。

「熟成していて、これはこれで美味い」

「こちらは製造後十日ほどです」

 新たに差し出されたケチャップも試してみる。一ヶ月ものに比べれば若いのは確かだけれど、熟成度はそう変わらない……。


 他の瓶も試してみると、五日目辺りから味がこなれてきて、調味料としての一体感が出てくることがわかった。

「というわけで、製造後五日目で出荷可能、ってことにしよう」

「了解しました、マスター」

「現在の在庫については、一両日中に運搬先を決めるから、それまでは普通に作り続けておくれ」

「了解です」

 フリーセルの方が短く答えた。ああ、喋るタイミングを計り損ねているのか。何も考えていない、寡黙ってわけじゃないんだな。


 お隣の南西エリア第六階層……通称タンポポエリア……に、オリバーとフリーセルを連れて向かう。

「うわっ…………」

 一夏を越えた格好になったのだけども、エリア全体がタンポポというタンポポ。ついでに巨大ミツバチ天国。ミツバチはトマトエリアにも飛んでいるけれど、こっちは密集度が違う……。

 微風は吹いているものの、あまり遠くに種が飛ばないようで、密集した状態が連続している感じ。

「えーとね、適当に間引いてほしいんだ。葉っぱは茹でて食べてもいいけど食べ過ぎると病気になるよ。茎は中の汁を搾って溜めてほしい。根っ子は疑似太陽光で乾燥させてね」


「花や種はどうしますか?」

「一応花は食べられる。種は放っておいていいよ。自然に任そう。重要なのは――――」

「増えすぎないように間引きをする、根っ子を乾燥させる、マスターが来訪したときには採取したての葉を提供する」

「そうだね。冴えてきたじゃないか、オリバー」

「はぁ。時々頭が冴えることがありまして……。徐々にその時間が増えてきている気がします」

「体と精神が一致し始めたのかもしれないね」

 魔物になるってことだから、本人にとって嬉しいかどうかはわかんないけど。


 タンポポエリアに行ったのは、持参した日光草を移植しようと考えてたから。

 しかし、これだけタンポポまみれだと間違いなく日光草が育たない。

 仕方なくトマトエリアに戻って、端っこの方に日光草を植える。

「マスター、これは日光草では?」

 フリーセルが珍しく話しかけてくる。

「そうだよ。採取したことあるんだね?」

 オリバーもフリーセルも頷いた。生前に依頼を受けたことがあるんだね。


「当面は種を取るために栽培する、って方向で。いずれ増やしていくことになると思うけど」

「了解しました、マスター」

 王都で日光草が禁止になったところで、ここは迷宮の治外法権。堂々と売りに出せる。ククククク…………。

 蜂蜜も回収して……って、これもすごい量だな……。朝に食べようっと。



【王国暦122年9月29日 2:08】


 管理層に戻り、迷宮内部の様子を観察する。

 過去のデータも参照して、内部冒険者の動きを調査してみる。


 ポートマット西迷宮と同じく、ロンデニオン西迷宮もミノタウロス、オークが強く、そこが冒険者の壁になっている。ロンデニオン西(こっち)で言えば北東、南西、南東の、第三階層が、ミノ/オークエリア。こっちもしっかり冒険者ストッパーになっちゃってるねぇ。

 これは共通の問題で、私がミノ/オークを強化しすぎたのが問題なのよね。でも、彼らの強化は外敵から迷宮を守るために必要なこと。だから武装させるのは既定路線なのだ。

 ロンデニオン西迷宮の管理下にいるリヒューマンには格好良い陶器装備を渡してある。あそこまでは至らずとも、簡易装備をミノ/オークに渡しておこうかな。



【王国暦122年9月29日 4:14】


 残土を吐き出しつつ、剣二百、盾二百作り終える。というかノーム爺さんと土精霊たちに作ってもらう。


挿絵(By みてみん)


《飾り気のない剣じゃのう……?》

「いいんだよ、訓練用だから」

 特に自壊魔法陣なんぞを刻印しているわけじゃないので、これは汎用、訓練に使う。

 ノーム爺さんと土精霊が作業をしている間に、私はガラガラ杖を百本作った。こちらはちゃんと魔力の高い個体を選抜して、個体認識の魔法陣を添付した。

《剣と防具はいずれ作るんじゃろう?》

「うん、鉄製の方が再利用できるからいいんだけどねぇ……」

 陶器装備のデメリットはそこだ。破片として再利用する手はあるけれど、回収の手間を考えるとあまり現実的じゃないし、破片は破片として使うしかない。モザイクみたいなのも、それはそれで格好良いかもしれないけど……。お手軽とは言えない。

「長期的には陶器じゃない方がいいなぁ」

《短期的に作らざるを得ない状況が来てほしいのう……?》

 とても不吉なことを、ノーム爺さんはサラッと言った。



【王国暦122年9月29日 5:31】


 エミーの様子を見に行くと、すでにエミーは起きていた。ベッドの上にボーッと座っていた。

「エミー? お早う?」

「あ――――」

 これは低血圧っぽいなぁ。前に教会で一緒に寝た時はそんなことなかったのに。

「眠いなら無理しないでいいよ? もう少ししたら起こしにくるから」

「いえ―――」

 パントマイムをする人のように、ゆっくりとエミーがベッドから立ち上がろうとして、バランスを崩して、また転がった。

 うわ、低血圧の聖女様可愛い…………。



――――そしてエミーの二度寝に付き合った。





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