鍛冶屋のルーサー
私とカーラは、北通りから鍛冶屋街に入っていた。
「道がわかりにくい……」
「そうかもね!」
カーラは、あはは、と笑って私を見る。彼女は快活なところが魅力的だ。
お昼過ぎにシモダ屋に行き、カーラと合流した後、こうして鍛冶屋街で、知り合いだという鍛冶屋を目指して歩いている。
「ルーサーさんっていうんだけどね。すっごい偏屈な人だけど、腕はいいの! それに、実は恥ずかしがり屋さんなの! 押しに弱いから、グイグイ行くべきよっ!」
「へ、へぇ~」
ルーサーの名前はトーマスから聞いたことがあった。『ルーサーの偏屈野郎め!』とプリプリ怒っていたのを思い出す。
それにしても実に道がわかりにくい……。
鍛冶屋街が小さな工房の集合体だから、かもしれない。
「えーっと……」
「こっちよ?」
カーラの案内は淀みない。と思ったら、少しキョロキョロしている。
「このへんかな?」
やっぱりカーラも迷ってるじゃないか。
本当に工房が入り組んでいる。いわゆる製鉄所のような大きい工房はこの地区にはない。小規模の鍛冶屋や工房が、それぞれ武具や鉄製品を作ったり修理をしたりしている。
それにしても、何かが燃えている悪臭が凄まじい。そして、あちこちで金槌を叩く音がする。鍛造しているのだ。
鍛冶屋が使ってる炉は幾つかタイプがあって、魔力を着火剤にして何かの燃料を燃やすタイプと、魔力だけで(これは『点火』をし続けることになる)火を継続させるタイプなどがある。前者の炉は『通常炉』と言って保有魔力は少なくて済み、炉の構造も簡単だ。後者の方は『魔力炉』と言って、より高い熱量を得られるけども、その分耐熱性も上げないといけなくなる。
腕のいい鍛冶屋さんというのは必然的に魔力炉を使用できる魔力量を持つ人材ということで、それは希少価値の高い存在ということになる。ちなみに、トーマス商店の工房にも、魔力炉がある。トーマス本人の魔力量は多くないので、見栄で設置してるみたいだけどさ。
「あー、あったあった」
カーラが見覚えのある地形(?)に出会ったようだ。小走りになって、私はその後を追う。
「こんにちは、ルーサーさん」
カーラが話し掛けると、その工房主は私たちを一瞥して、
「フン」
と鼻を鳴らしたあと、止めた手を再び動かして、金槌を振るった。
イメージ通りの偏屈なドワーフ。ここまでテンプレな存在は貴重だと思う。素直に感嘆する。
「先日は研ぎ直し、ありがとうございました。あ、これお土産です。……それでですね、実は………」
と、カーラは言い淀みながら、葉っぱに包んだ―――焼いた魚のサンドイッチ―――と、手紙をルーサーに渡す。手紙というよりは羊皮紙の欠片に書いたメモみたいなものね。
ルーサーは手を止めて金槌を地面に置き、もの凄く嫌そうに包みを受け取り、手紙を細目で眺める。眺め終わると、
「フン」
と、再び鼻を鳴らして、金槌を持ち上げ、鍛造に戻った。そこにコミュニケーションは成立していないようにも見えるけど、カーラは落ち着いたもの。
そのカーラに促されて、偏屈爺さんに挨拶をしてみる。
「初めまして。私はトーマス商店の―――」
「フン」
「あの……見学をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「フン」
ルーサーに話し掛けたあと、私は、これでいいの? とカーラに視線を戻す。カーラは頷いている。グイグイ行けとかジェスチャーをしている。
「じゃ、私は戻るから。ルーサーさん、冷めないうちに食べてくださいね。包丁、よろしくお願いします」
「フン」
すごい、鼻を鳴らすだけでコミュニケーションが取れているとは! 私は再び感動した。それにしても、今のやり取りで、見学は認められたのだろうか?
不安になるけど、フォローをしてくれただろうカーラは、手を振って走り去っていってしまった。
嘆息して、一人取り残された感のある私は、偏屈なドワーフを背後から注視する。
-----------------
【ルーサー・パターソン】
性別:男
年齢:65
種族:ドワーフ
所属:ポートマット商業ギルド
賞罰:なし
スキル:気配探知LV1(物理) 強打LV1(汎用) 高速突きLV1(汎用) 鈍器LV5
魔法スキル:
補助魔法スキル:
生産系スキル:金属加工LV8 金属精錬LV4 溶接LV4 研磨LV7 鍛造LV7
生活系スキル:採取LV1 解体LV1 飲料水 点火 灯り ヒューマン語LV2 ドワーフ語LV2
-----------------
―――生産系スキル:金属加工LV8を習得しました(LV2>LV8)
―――生産系スキル:金属精錬LV4を習得しました(LV2>LV4)
―――生産系スキル:溶接LV4を習得しました(LV2>LV4)
―――生産系スキル:研磨LV7を習得しました(LV4>LV7)
―――生産系スキル:鍛造LV7を習得しました(LV3>LV7)
清々しいほどに金属加工に特化したスキル構成。これが生粋の鍛冶屋というやつなのか。
「フン」
リズミカルな打音に耳を傾け、見事な金槌捌きを注視する。
さすがLV7鍛造、火花が踊っている。
「……」
「フン」
「…………」
「フン」
ルーサーが何か言っている。仕草と『フン』で、まるで老師が弟子に秘伝を伝承しているような―――錯覚に陥る。何を言っているのか、わかるようになってきたのだ。
「フン」
「はい」
「……………フン」
「わかります」
ルーサーは不満げに私を見る。
ホントにわかってるのか? この小娘が! 炉の温度は色で見るんだ、この色だよ! 維持するんだよ! その間も叩けよ! と言っている(ように見えた)。
ルーサーは立ち上がり、持っていた金槌を私に投げる。
おいおい、普通の人間なら怪我してますよ? もちろんガシッと片手で受け取りましたが!
「……フン」
そこに座れ。打ってみろ。お前の金槌捌きを見てやろう。炉の温度も気にしろよ? と言っている(ように見える)。
「わかりました」
すでに以心伝心だなぁ。
「――『鍛造』」
スキル『鍛造』を小声で発動する。
わかる。わかるぞ、鍛造とは何かが!
やってみれば知識に経験が追いつくに違いない。
私はグッと金槌を握りしめて、振るいはじめた。
キン、キン、キン
熟練のリズミカルな打撃音。それを支える腕力。叩いた鉄が冷えてきた。
炉の温度に注意。青みがかかった色に……。
「よし」
鉄を炉にくべる。ジリジリと鉄はオレンジ色に染まっていく。
「よし」
取り出す。再びスキル『鍛造』発動。そして叩く。
余分な成分が取り除かれていき、金属内部にあるだろう隙間を潰し終わり、鉄を構成している分子の方向を整える。結果として強度が高まっていく。
「これは何にする予定なのですか?」
サイズ的には刃渡りの長い包丁、といったところだろうが、一応確認する。『フン』以外の台詞が聞けるかもしれない、と期待する。
ルーサーは壁に掛けてあった見本から一本を取りだし、
「フン」
と私に見せる。
細身で三十センチほどの刃渡り、魚肉加工用の――要するに柳刃包丁だ。ああ、あとでセットで出刃包丁と薄刃包丁も作らなきゃな、などと余計なことも考える。
「わかりました」
鍛造を続ける。
小さな金槌に持ち替えて整形に入る。
そして焼き入れ。これは水ではなく油に入れた。
これが日本刀であれば、もっと複雑な工程が必要なんだろうけど、ここで作っているのは単体素材による包丁だ。
ルーサーは完成した包丁を私から取り上げ、ジロリと一瞥すると、黙ってそのまま工房の奧の方へ移動していった。研ぎ場があるのだ。
幾つか粗さの違う砥石を順に使い、無言で包丁を研ぎ続けるルーサー。それをまた私は無言で見つめる。錬金術師ギルドの独占技術らしいグラインダーっぽい魔道具ではなく、ルーサーは手研ぎをしている。
シュッシュ、シュッシュ
研ぎの音さえリズミカル。これが熟練の技というものか!
「フン」
何度も刃を確認し、研ぎ直し、そして研ぎ終わると、出来たばかりの包丁を、私に渡してきた。
「フン」
「はい」
見事な研磨だ。ルーサーの、この研ぎであれば、確かにワーウルフと戦える……。いやこれは武器ではない、美味しい魚肉を切り出す道具だ、と出来映えを確認する。
「フン」
「はい、私は―――」
ルーサーは私の名前を確認すると、一瞬怪訝そうな顔になったけども、すぐに元の偏屈に戻り、ノミのような道具で銘を彫っていった。
「フン」
「いえ、これはルーサーさんの地金と研磨があってこその包丁です」
「……フン」
確かにな。ではワシの銘も入れるとするか。愉快だ。やるじゃないか小娘よ! と、ルーサーは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
あれ、柄の部分はどうするんだろう、と疑問に思っていたが、鍛冶屋的にはこれで完成のようだった。
「フン!」
と包丁を渡してくるルーサーは、不満そうだけど嬉しそうという不思議な表情をしていた。
「ありがたく頂戴します。ルーサーさん、師匠とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「フン……」
ワシは弟子はとらねぇ。いや、でもいいぞ、いつでも来い。師匠と呼ぶことを許してやる。こんなに楽しいのは久しぶりだ、と、ルーサーは、また不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ありがとうございます、師匠」
手を合わせてお辞儀をする。
改めて工房を見渡すと雑然としていた。それは主に金属屑や小さな金属片が散らばっているせいなのだけど、実に安心できる空間でもあった。
「師匠。また来ます」
「フン」
手を合わせて礼をして、ルーサー工房を辞去する。
工房を出て空を見上げると、夕方はとっくに過ぎて、夜になろうとしていた。物作りが時間を忘れさせるというのは本当らしい。
「後で『木工』と『整形』で、柄を作ろうっと」
それでこの包丁は真の完成となるのだ! 私の気分は高揚していた。
―――――――――フン。




