※新型魔導灯の製作
描くの超時間かかった………。
【王国暦122年9月8日 19:25】
コルンに連絡をして、オーナー特権を濫用して、フィッシュ&チップスを二人前、広場まで出前してもらうことにした。
ついでにめいちゃんにも連絡して、ケチャップを二十四本持ってきてもらうように頼む。
それぞれの品物を待つ間に『手鏡』でアーサお婆ちゃんに連絡を取った。
《そう……今からじゃ夜道は危ないわ。ちゃんとお食事摂るのよ?》
「はい、大丈夫です。お任せ下さい」
大口の案件を抱えているのだ、というのは事前にドロシーから伝わっていたようで、あまり反対されずにサリーの外泊は許可された。
「お婆ちゃん、ありがとう。明日の朝は直接お店に行きます」
《そう。じゃあ、明日の担当の子に、サリーの分のお弁当も渡しておくわね》
もう日々の食事ばっかり気にするよな……。まあ、お婆ちゃんってそんなものか。
関係各所に連絡をし終えると、コルンがテイクアウトの包みを二つ持って、ゆっくり歩いてきた。
「ご主人様……とサリー様」
「私……様じゃありません」
サリーは子供らしい純な心で、そんなことを言う。時と場合によっては、私所有の奴隷はサリーに引き継がれる可能性もある。コルンはちょっと寂しそうに笑って、何も言わずに包みを渡してくれた。
「まだ温かい……」
「厨房に行けばスープもありますよ」
「ああ、うん、ちゃんと食べちゃうと眠くなっちゃうから。コレで十分」
包みを開けようか、としたところで、周囲からざわめきが起こった。グラスメイドが登場したからだ。
「お待たせしました、マスター」
グラスメイドの一体が重そうな、木箱に入っている荷物を軽々と持っていた。その透明な体がパキッと折れないか不安になるけど、グラスメイドは魔法強化されてもいるから案外丈夫だったりする。
この木箱は魔力回復ポーションで使っていたものの再利用。ケチャップを入れる陶器製の容器は、合う容量のものがないので簡素なものを新製した。
「ありがとう。下がって下さい」
「了解しました、マスター」
恭しく挨拶するグラスメイドは、数少ない街灯の淡い光が透き通って、実に幻想的。迷宮広場にいる冒険者たちは奇異な視線というよりは、夢の世界を垣間見たような、ちょっとロマンティックな表情を浮かべている。
「コルンはグラスメイドを見ても、あんまり驚かないんだね?」
「ああ、時々集金にくるじゃないですか。だから結構会ってるんですよ」
「なるほどね」
面識、っていうのも変だけど、割と見かける間柄なわけね。
「ご主人様、それが例の調味料ですか?」
「うん、朝渡そうと思ってたんだけど、ちょっと色々あってね」
そうそう、ラナたんに襲われたので渡す機会を逸していた、っていうか、すっかり忘れていたのだ。
コルンにケチャップを渡すと、重そうに受け取った。
「持てる?」
「はい、だいじょうぶっ、ですっ」
重そうだね。手伝わないけど。
「クレメンスたちを呼ぶなりして何とかしてちょうだいね。二十四本のうち、試食は何本やっても構わないよ。とはいってもキリがないから十本程度にしようか。揚げ物に合うから試してみて? ああ、四本貰っておくよ」
「はあっ!」
持つのを断念したコルンは、『通信端末』でクレメンスたちに助けを呼ぶことにしたようだ。
「じゃ、今のところは貴重品だから大事に食べてよね。役得ということで」
「はあ、はい」
気のない返事。それは食べたことがないからだろうなあ、と思わずほくそ笑む。
【王国暦122年9月8日 20:12】
「これは姉さん、凶悪な組み合わせですよっ」
興奮したサリーの口元にはケチャップがベトベトに付いている。
「魚は予想通りでしたけど、イモフライとの相性がっ」
「ほらほら、慌てて食べないの。むせるよ?」
フィッシュ&チップスと水だけ、というわびしい食事にも関わらず、サリーは大満足のようだ。このケチャップは、元の世界基準でもかなり美味い調味料だと思う。煮込みすぎないバージョンも作ったら美味しそうだなぁ。ふむ、こちらはモー氏にいずれ伝授しちゃおうっと。まあ、こんな揚げ物と揚げ物の組み合わせとか、健康にはよろしくないわね。
「よしっ、じゃあやろう。眠くなる前に」
「っひ。はいっ、っくっひ」
あーあーあー、しゃっくりね。ポテトフライを急いで食べるからだよー。
「息を止めて、少しずつお水を飲んでみよう」
勇者オダもしゃっくりしながら食べてたっけ。お約束ではあるけどさ。
【王国暦122年9月8日 20:24】
そんなサリーを待っている間に、私はノーム爺さんと念話で仕様を決めて、ステンレスのブロックを作り上げていた。熱処理とかしないでも合金が得られるのは本当に土精霊様々だと思う。以前の私なら魔力炉と懸命に格闘していただろう。
外板は結局、金属製を選択することになった。全陶器製だと貫入が気になったのと、重量が重くなりすぎるのだ。これに関しては苦渋の選択だったとしか言いようがない。
「………やっと止まりました……」
息を荒くしたサリーは憔悴しきっている。しゃっくりが恐ろしいのは、何かのキッカケで、すぐに再発してしまうことだ!
「深呼吸して………。もうお水は飲まないでいいからね。喋らなくていいよ。じゃあ、始めるからね」
こく、と静かに頷いて、サリーは工房の椅子にゆっくり座った。これまでに二度再発しているから、慎重になっているのだろう。また再発したら、今度は息を止めてみるしかないな!
サリーには外板(傘)の塗装を中心にやってもらうことにした。布で口元を覆い、マスク代わりにしている。
先に私が傘を作り上げていく。薄くのばした鉄板をノーム爺さんに手伝ってもらいながら曲げ加工して、端の半円状パーツを『結合』して形状を固定。半円パーツは二種類、四角い穴が空いたものと、一度空けてから塞いだもの。塞いだほうを先に『結合』して、穴あきの方を後からつける。
傘の原型ができたら一度炉に入れて加熱、すぐに水に浸けて焼き入れ。冷やしている間に大まかに研磨。プライマーとかはないけれど、『転写』による皮膜ができるので、二回ほど研磨をして塗装に入ってもらう。
サリーが手を翳すと、スプレーの如く傘が白くなっていく。
「『転写』後に一回研磨して、同じ厚みでもう一度重ね塗りね」
全くの素材ゼロでも『転写』は可能だけど、色を着けるには何らかの素材を吹き付けた方がいい。多少厚みが出るけれど使用魔力も少ないというメリットもある。
今回は敢えて厚みも欲しいので、白い陶器を粉にしたものを顔料代わりにして吹き付けてもらうことにした。亜鉛はもしかしたら倉庫にあるかもしれないんだけど、探すのが面倒だったし、金属の形から絵の具にまで加工する時間を惜しんだ格好だ。
粉にするための『粉砕』は夕焼け通りの工事で実感したように、細かさの指定によってはかなり魔力を消費する。ここはノーム爺さんに、一番長続きする粗さ(細かさ)で粉にしてもらった。
サリーは愚直に粉に右手を突っ込み、白くなった手をパーツに翳していく。
「―――『転写』。――――『研磨』」
研磨し終わった傘を一度見せてもらう。
「研磨はもうちょっと細かく。ムラがあるところが直ればいいんだけど」
「はい」
そう言いながらも私は手を止めない。チーズを削ぐようにステンレスの塊から板を取り出して、丸め、癖をつけて、結合、焼き入れ、研磨。
ポン、ポン、と傘が出来て溜まっていく。
サリーは多少の焦りは見えるものの、懸命に作業をしている。
うん、このペースなら何とか、日付が変わる前にいけそうかな。
ええと、注文されているのは、学校に七十の魔導灯と二十の魔導ランプ、宿舎に二十の魔導灯と魔導ランプ、在庫として六十の魔導灯、十の魔導ランプね。サリーの方が魔導灯が百、だっけ。一番手間のかかるガラスの成型が終わってるようなものだから、まあ、サクサク終わらせてしまおう。
【王国暦122年9月8日 22:15】
しゃっくりが止まったサリーは、傘の製作が残り十個、というところで、
「姉さん、私も傘の方をちょっとやってみたいです」
と申し出てきた。
「いいよ。やってごらん。普通は鉄板の形に加工されたものを使うよ」
ステンレスはチーズじゃないもんね。焼き入れもやってもらおう。焼き入れをしないと鉄板が薄すぎて強度不足だからね。
「はい。硬っ!」
「ゆっくりやるとササクレができたり、変な風に曲げの癖が付いちゃう。一枚だけでもやってみてよ」
「はい。――――『成型』」
すごい勢いでビュルリン! とステンレスの板が飛んでいった。凶器だ。
「あぶな……」
「ごごごめんなさい姉さん」
「落ち着いて、あっちに向かって削ってごらん」
「はい。――――『成型』」
二枚目は綺麗な板状になった。
「はぁっ、はあっ」
「いいね、いいじゃん。…………頭痛、来た?」
「まだ行けます……。――――『成型』」
傘を一つ作り上げたところで、サリーがダウンした。
「うん、よく頑張った」
サリーを抱き上げて、居住区のベッド(テート工房製)に寝かしつけると、私は残りの作業に戻った。
「えーと、あとはガラスと魔法陣と、魔核取り付け部とスイッチ部分と」
大きなところからやっちゃおう。まずは傘の残りを処理、と。
「グラスメイドさんたち、ガラスを順番に持ってきて下さいな」
すわ出番がきた! と脇に控えていたグラスメイドたちはワラワラと動き出した。
「了解しました、マスター」
「さて、ここからが本番ね!」
再度、気合いを入れ直す。
【王国暦122年9月8日 22:20】
ガラスは一度二枚をスライム接着剤で貼り合わせ、そこからカッティングしていくつもり……なんだけど。
「くさっ」
接着剤が臭い!
貼り合わせの作業をしながら換気を繰り返す。
接着剤の乾燥を待っている間に、魔法陣部分を作り出していく。
今回の魔導灯、魔導ランプの製作課題は、『素材、特に銀の消費量を抑える』事にあるので、この魔法陣部分にしか銀を使わない。これ、単に『灯り』なので銅でもいいんだけど、高性能を追求するなら銀、それもミスリル銀の方がいい。まだミスリル銅も実用化できてないし、銀箔ほどの薄さに延ばして使う分には、さほど使用量を気にする程でもない。
今回は銅板の中央に魔核の通る(接触する)穴を掘り、銀箔を貼り、適正な大きさの魔法陣を『転写』し、また銅の板でサンドイッチ。そんなに難しいことをしているわけじゃないから、サリーにもできるだろう。
実はこの部分が一番劣化しやすくて、本当なら銀、もしくは銅の一枚板が望ましい。異種金属同士の接触は、電位差というやつで劣化しやすかったりするのだ。ステンレスの方は塗膜でコーティングまでして気を遣っているのに、この部分には気を遣わないのは変かもしれないけど、金属同士は接触してないとね。ここはコスト優先にしたかっただけで、まあ、二十年も保てばいいんじゃないかと。だって、その頃は多分、私はいないしね☆
サンドイッチを二百五十枚作り上げたらスイッチ部。魔核取り付け部は銅板。ここの中心に魔核を取り付けて保持する。この取り付け板もスライド式に差し込む。
なので、スイッチ部にはバネが合計三つある。二つは魔核と魔法陣を接触/非接触させるスイッチの用途、もう一つは取り付け板の保持用。
細かい部品との戦いになってきた。部品を作り出すところだけパーッとやって、あとはチマチマと『接合』の繰り返し。ミニ溶接みたいなこのスキルは金属加工には実に役立つ。疑似魔法万歳だ。
【王国暦122年9月9日 0:09】
細かいパーツの組み込み作業が終わる。ガラス貼り付けの接着剤は乾いていたので、カッティングを始める。
ズバッ! と切って、切断面を軽く研磨。ガラスの角は切れ味が凄いので面取りもしておく。そうしないと、次に触った魔道具技師が血だらけになってしまうから。
うーん、魔力は残ってるけど、集中力がなくなってきたな。これがあれか、フレデリカの言っていた謎パラメータの『気力』とか『スタミナ』とかなのかな。心が疲れる、っていうのを実感できる時点で、強ち、謎理論でもないんじゃないかと思う。
ガラス部を取り付け、魔法陣部分で蓋をして、スイッチ部を取り付け。
「あとは魔力を使う作業はない、か」
手作業を残すのみ。グラスメイドも総動員して、組み立て女工哀史みたいな姿が工房に再現される。昭和な感じね。
【王国暦122年9月9日 2:49】
魔導灯二百五十組が完成。
「ふぅ~」
素晴らしいな、壮観だ。
しかし、まだ終わりではない。魔導ランプ五十個。これを作らねば。
ところで『灯り』の光り方っていうのは、魔法陣の記述によるんだけど、本来は魔法陣全体がボワッと光るようになっている。発光体そのものは球状をしているから、魔導灯や魔導街灯は、ガラスを使って導光したり乱反射させたりして、この発光体から得られる光量を増やしている。
対して魔導ランプは光っているだけ。銀よりはお安い銅を使うのが一般的なんだけど、庶民からすれば銅だってお高い金属には違いない。かといって鉄辺りだと魔力の通りが悪い(黒鋼なんて弾き返すくらい通りが悪い)から、結局のところ、廉価魔道具として使える最低限の性能を持っているのは銅くらいなんだね。
魔法陣の大きさ、書いた術式、込める魔力によって、発光体の大きさや位置は変わる。
だから作った人が、その時の気分で適当に作っていたりして、統一性がない。魔道具技師の癖というか、個性が強く出る魔道具でもあるし、超入門魔道具でもある。
まあ、今までは発光体がポヨン、と出て終わり、みたいにしていたのだけど、今回の魔導灯のアイデアを生かして、傘を一つ噛ませてみようと思う。
「うん」
同じ魔力で全然明るいわ。一応傘は外せるようになってるから、通常の使用もできる。新型だなんておこがましいけど、いい改善だと自負している。
全体は陶器で作り、魔法陣は銅板の極々薄切りで、殆ど膜。ふっふっふ、この薄さに魔法陣を刻むのは難しいだろうなぁ!
こうなると一見、燭台みたいだよね。陶器で重いのが難点といえば難点だけど、お安いし、ある程度重量が必要でもあるしね。
《この造形、すばらしい仕事だよ、ノーム爺さん》
《じゃろ? じゃろ? この曲線がのう?》
《ああ、いいね、この曲線……》
おだてつつ、私自身もウットリしつつ、次世代スタンダードになり得る、新型魔導ランプが完成した! というのは大袈裟かしら。
――――陶器の曲線……………はっ、パスカルを笑えないなぁ……。




